以前「ヴィア・ドロローサの謎」という記事を書きました。
「ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)」とは、イエスが磔刑の地ゴルゴタの丘まで十字架を担いで歩いた道のことです。
道中には14箇所の「留(りゅう)」と呼ばれる中継点が設けられ、その時の出来事が説明されています。
その中の「第10留」
そこでイエスは衣服を剥ぎ取られます。
このことは「ヨハネによる福音書」に記されています。
兵士たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。
また下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。
そこで「これは裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう 」と話し合った。 (19章 23〜24節)
前回は、兵士が下着を分けようとしたことや、くじ引きをしたことへの素朴な疑問を書いたのですが、これは文章をそのまま解釈しない方がいいのかも?(何かの比喩?)
・・と思って、違う角度から考えてみました。(・∀・)
「くじ」・・だから「九字」?
「九字」とは呪力を持つ九つの真言、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前
(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
・・をいいます。
その真言を、対応する印と共に用いて魔を除ける護身術は、
「九字護身法」と呼ばれます。
そしてこれを行うことを「九字を切る」といいます。
呪文と印で結界を張ることですね! (・∀・)
イエスの下着はこの九字の結界のように、
「大切なもの(イエス)を守っていた」という比喩では?
「イエスの下着」
=「縫い目がなく分割できない織物」→「裂けない」
「九字」
=「強固な結界」→ 「裂けない(破壊できない)」
なので「引き抜いた」=「九字を引いた(引き抜いた)」
「強固な封印も方法を変えると簡単に解除できる」
「くじは、切るのではなく、引く 」
・・もしかしたらそんな意味では? (・∀・)
神社のおみくじも「何かの封印から、引き抜く」ことを表しているのかも?
強固な構造の「六角柱のおみくじ箱」
棒を取り出すには、箱を壊すのではなく、引き抜きますね。
「くじ引き」=「九字引き」=「九字の封印から抜ける」?
もしかして、もしかしたら、そんな意味があるのではないでしょうか・・??(・∀・)
今回は「ヴィア・ドロローサのくじ引き」をヒントにいろいろ考えてみました。(^。^)
そしてこちらは「あみだくじ」! ( ´ ▽ ` )
「あみだくじ」= 「阿弥陀九字」? (^。^)
「九字」についてはこちらにも
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