『自分の個性、感覚をしっかり認識し、大事にして、個性を楽しみましょう! 』

6月は、一人一人のタイミングでワンネスの扉を開け、
一瞬の恍惚感を味わって、自分が今まで何を演じてきたかの気づきが増し、
目覚めが急激に加速しました。

今まではまっていたドラマや配役に急に興味がなくなって、それを脱ぎ捨てて、
新しい自分に生まれ変わった方もいらっしゃることと思います。
 
このように6月は皆と一つ、ワンネスの意識を体験しましたが、
7月はそれとは反対の世界である個性が際立ってきます。

私達一人一人の個性がはっきりしてきて、
他人との違いが明確になり、分かれてきます。

6月までは自分にとって良いと思っていたことが、
急に興味がなくなったり、合わなくなることがあるかもしれませんが、
それは手放して、今の自分にとって合うことを選択していきましょう。
 
「瞬間瞬間に何を食べたいか? 」
「何を飲みたいか?」
「どこに行きたいか? 」
「何を着たいか?」
「何をしたいか? 」

自分のハートに聞いて、最も気持ちよく過ごせ、
自分に合ったことを選んで、しっくりくる方法で行うことが
とても大切になってきます。

皆がやっているからとか、流行っているからとか、
今までそうだったからといって、合わないことを選択しないようにしましょう。
 
私達は何か良いと言われる方法を知ると、
それをなんとか取り入れようとしますが、
その方法が本当に自分にとって良いかどうかは、
置かれている状況や体質などによっても変わってくるので、
その方法が全員にとって良いとは限りません。

どちらが良いとか悪いとかではなく、
自分に合った方法を選択すれば良いでしょう。

どんな方法でも自分に本当に合っているかどうかを疑って、
検証してみる必要があります。

自分に合っているかどうかは本人にしか分かりませんので、
よく自分のハートに聞くようにしましょう。 

周囲の目を気にして、自分の個性を表現することを抑えてしまったり、
自分の個性を嫌ってしまいがちですが、7月は個性が際立ってくるので、

「これこそが私だ!」

と自分の個性をしっかり認識し、大事にして、個性を楽しみましょう!

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◆ 篤弘からのメッセージに関するコメント

2012年も半分が過ぎましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

イルカくんのメッセージによると、6月のワンネス体験から反転して、
7月は個に重点が向くようです。

私達は自分の個性に関しては、生まれた時からよく知っていて、
馴染みがあると思っていますが、ワンネス体験をすると
今まで「これが私だ!」と思っていた個性が揺らぎ、新しい個性が
生まれてきているかもしれません。

今一度、自分自身としっかり向き合い、
「本当にハートが望んでいることは何か?」
を一瞬一瞬確かめるつもりで過ごすのが良いようです。

「やっぱりこれが私だ!」
と今まで通りの自分がハートにしっくり来るようであれば、その個性を
大切にしていけばよいでしょう。

もし、今までの自分に違和感を感じ、そのまま続けることに
抵抗を感じれば、今すぐ今までの自己イメージを手放して、
ハートに聞くようにしましょう。

すぐに新しい自己イメージがつかめなくても心配しないでください。

自分が分からないと不安を感じるかもしれませんが、
どんな自分が出てくるかワクワクしながら、
自分が分からない状態を楽しみましょう。

周りの人や社会が求める人間になろうとするのではなく、
自分のハートから出てきた新しい個性を大切にし、愛していきましょう。

あなたのマインドは混乱し、
「こんな個性は愛せない!」
「これは私ではない!」
「周りの人が認めてくれない!」
と言うかもしれませんが、どうぞありのままの自分をしっかり認識し、
受け入れてみましょう。

ただただ優しく、新しい個性と共にいてあげてください。

やがてハートだけでなく、肉体もマインドも新しい自分へと
変容していくでしょう!

Dolphinist Academy
小田原篤弘

篤弘ブログ
http://blog-atsu.iru-iru.com/

◆ このメッセージは・・・
2012年7月のメッセージ動画は、ドルフィニストアカデミーホームページのトップ画面の
「今月のメッセージ」からどうぞ。


http://www.dolphinist.jp/dolphinist/message/index.html






ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~


サイキックマッサージとスターサファイアセッションを 

長年に渡り関東方面で行っているまてぃが福岡にやってきます! 


わたしは、まてぃのワークが大好きで、

いつも関東で彼女のワークに何年も参加しています。


ワークを受けるときは、変化が起こる前に受けるからなのか、

またはワークに参加するから変化が起こるのか

(にわとりが先かたまごが先かみたいですが)、

ワーク参加後に大きな変化が起こることが多いのです。

物事が動き始めます。


彼女のワークは、サガプリヤのエッセンスが

とても感じられる深いワークです。

それは、内なる男性性と女性性に働きかける瞑想ワークです。


この両極に働きかけることは、あなたの生にバランスをもたらします。

今まで頭の中でモヤモヤしていたことも 

現在どちらの極が決定権をもって生きているのかなどに気づくことで、

色々なことがクリアになってくることでしょう。


*「あなたの内なる女性性・男性性をみる」ナイトイベント* 


「私」は、ひとりの人として存在していますが、

実は、この「私」の中には、男性的な質(男性性)

と女性的な質(女性性)という両極の質が存在しています。


普段、私たちは、頭の中で色々考えたり迷ったり、決めたりしています。

「あ~でもない、こ~でもない」、「こうしたい、でも・・・」などと、

頭の中で色々な考えがめぐっています。

そのとき、じつはこの内なる男性性と女性性が会話をしている状態なのです。


この両極は、じつは別々に成長をしています。

それは、まるで大地に二本の木が立っているかのようです。

そうです、私たちは確かに二本の足で 大地に立っています!

左足は、女性性、右足は、男性性の質を著しています。 


あなたが、女性なら、自分が女であることに自己同一化し、内なる女性性の質は知っていることでしょう。そして、あなたの内なる男性性は、外側のパートナーや親、またはBFや惹かれる人などに観る質に表されていることがよくあります。

あなたが、男性なら その逆が起こります。



このイベントでは、まず、一個体である身体に気づき、根ざし、自分のそれぞれの両極の質を知るようなエクササイズに入っていきます。

たとえば、右足に重心を置いたり、左足に重心を置いたりしながら、その質に気づいたり、二人組みになって、それぞれの性を現す、右目や左目にいくつかの質問をしたりします。


たとえば、、、
住まいに関して (それぞれ、内なる男性性・女性性に尋ねる)

何処に住んでいますか?その場所はあなたが選びましたか?そこは好きですか? etc..


また仕事に関しては

今、仕事をしていますか? その仕事のどの部分を行っていますか? どんな仕事をしたいですか?etc...

その後で、サイキックマッサージやスターサファイヤのセッションのデモンスとレーションを観ます。デモンストレーションでありながら、自分自身にも多くの気づきが起こります。

なぜなら、どこかで人は繋がっているからでしょう。


このイベントにて、自分の新たな両極の質に気づき、より探求への瞑想への興味が湧くことでしょう


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日時:7月27日(金)19:00~21:30 (開場18:30)


場所:アクロス福岡 練習室2(地下1F) 


ファシリテーター:まてぃ http://www.mati-cafe.com/

参加費:3800円 

   (早割あり 7月20日迄にお申し込みの場合 3,000円)


お問い合わせ:ヒーリングスペース アンタール(かるわてぃ)   

                     http://antar.jp/top            

    mail: antar0811@gmail.com 携帯:080-1710-8373

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7月28日(土)と29日(日)は、まてぃによる個人セッションあります。 

サイキックマッサージ スターサファイアセッション 


詳細は、のちほどアップします。  またはお問い合わせください。


先日、宮崎で行われたタントラワーク の1dayに参加しました。



タントラとは・・・

☆~☆~☆~☆ ☆~☆~☆~☆ ☆~☆~☆~☆

「タントラは、私たちの身体・性エネルギーへの探求・感受性を通して、気づきとともに生きること、自分自身を深く知ることを教えてくれます。

それは瞑想のスペース、意識が広がっていくツールです。

もっと目覚めていながらも、性エネルギーをどのように生きるのか、もっと強烈に、もっとエキサイティングにどうやって生きるのか。

私たちが途方もないほどの歓喜に満ち溢れた生を生きることを妨げているのは、自分が作り出してきた習慣です。

そのパターンに気づきをもたらすことを助けます。」

☆~☆~☆~☆ ☆~☆~☆~☆ ☆~☆~☆~☆


私が参加するワークは、瞑想中心ですが、これもそのひとつ。



じつはわたし、タントラワークには、ずっと抵抗がありました。なぜなら、タントラは、男女ペアになって行うワークが多いから、勇気が必要だったのです。でも、参加してよかった!



今までずっと、サイキックマッサージやスターサファイアセッションなど、サガプリやまてぃのもとで、「内なる男性性・女性性」に働きかけ続けていましたが、タントラは、それを外側の男性を(誤解を恐れずに言うなら)「利用して」、働きかけるワークでした。 



ワークで起こることは、日常生活での 自分自身の在りかたに直結しています。 私は今回、関係性における、「あるパターン」が浮き彫りにされました。 

「相手」ではなく、「自分」。 相手がわ○い・・・のではなく、自分の心のあり方から、ただ反応していただけ。 いつも、ここに戻らされます。




そしてワーク後、、、



自分の両足が、とても地についている、つまりグランディングしたのを感じます。

特にクンダリーニ瞑想していると、両足の裏がぴったりと地に着いているのです。 重心が下にある感覚。



そして、なによりも、第2チャクラがくつろいで、内側のスペースが拡がった。第2チャクラは、人との関係性や仕事、そして流れに任せて人生を歩む質が関係しているところです。 

起こることに任せていく、という信頼の質。



この「グランディング」と「起こることに任せて、生を信頼していく」という質は、「自分自身とつながり」「自分本来の生をいきる」 ためには、何よりも大切な要素ですね。 



今回は、そこにダイレクトに働きかけられた感がありました。



今回は、1dayだったので、タントラの扉をちょっと開いた程度・・・だと、ファシリテーターのトーシャン は お話していましたが、それでも十分に深いワークでした。  



またいつか受けてみたい。 



体をずいぶん動かしたので、今日は、筋肉通だぁ(笑 





今週の とある日、那珂川のステキなカフェに 

友人に連れて行ってもらいました。


ナビがないと、なかなかたどり着けないくらい、

ひっそりとたたずむその小さな小さなカフェは、

時がゆったりと流れていました。


ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~


まるで、昭和の時代にタイムスリップしたよう!?

または、、、別の星に来たような、

異次元の空気が流れている感もあり。 


友人も、あんまりステキなところだから、人に教えたくな~い、なんて

つぶやいていましたが、その気持ち、わかる 


ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~  

レムリアランチと称する このランチ。

とってもからだにやさしい 素材ばかり。

ひとつひとつが 丁寧に作られていると感じます。



ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~


友人が、「先週もお会いしましたね♪」と話していたKさんが

偶然、音合わせにいらっしゃいました。 

図らずも、Kさんの透明感のある歌声を聴けて、

幸せなひと時をすごしました。


場所づくりって大切だな~。

私も こんな、時が自然に流れるような場所に住みたい。。。


なんて夢が(妄想が!) 膨らんだ一日でした☆


ステキな時間をありがとう☆







今回は、「愛について」 の言葉を記しておきます。

愛=「木が大地を必要とするようなもの」  

そんな言葉がハートに響きます。


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質問:愛とは何ですか?なぜ、私は愛を恐れているのでしょう?なぜ、愛は耐えられない痛みのような感じがするのでしょう?

あなたは「愛とは何ですか?」と尋ねている。それは、全体とひとつになることへの深い衝動だ。我と汝が、ひとつの統合の中に溶け去ることへの深い衝動だ。

私たちが自分自身の源泉から分たれている為に、その分たれていることから、全体の中に還りたい、全体とひとつになりたいという欲望が湧き上がってくる。それが愛だ。

もし木を土から引き抜いたら、もしそれを根こそぎにしたら、その木は土の中に還って根づきたいという、すさまじい欲望を感じるだろう。なぜなら、それが木の本当の生だったからだ。今や、それは死につつある。分たれていては、その木は存在出来ない。それは大地の中に、大地とともに、大地を通して存在しなければならない。それが、愛とは何かだ。

あなたのエゴは、あなたとあなたの大地・・・全体との間の障壁になっている。人間は窒息している。呼吸出来ない。自分の根を失っている。人間は、もはや栄養をもらっていない。愛とは、栄養を求める欲望だ。愛とは、存在の中に根を張ることだ。

そして、もしあなたが反対の極に陥れば、その現象はより易しい。だからこそ、男性は女性に惹きつけられ、女性は男性に惹きつけられる。男性は女性を通して自分の大地を見つけることが出来る。女性を通して再び大地に根づくことが出来る。そして女性は、男性を通して大地に根づくことが出来る。彼らはお互いに補い合っている。

全体でありたいという、死に物狂いの要求の中で、男性だけでは半分だ。女性だけでは半分だ。これらふたつの半分が出会い、混じり合い、溶け合う時、初めて人は根づき、地についた感じがする。実存の中に大いなる歓びが湧き上がる。

あなたが根づくのは、女性の中だけではない。女性を通して、あなたは神に根づく。女性はただの扉だ。男性はただの扉だ。男性と女性は神への扉だ。愛を求める欲望は、神を求める欲望だ。

あなたはそれを理解しているかもしれないし、理解していないかもしれないが、愛を求める欲望は、神の存在を本当に立証する。他にはどんな証明もない。人間は愛するがゆえに、神は存在する。人間は愛なしでは生きられないがゆえに、神は存在する。

愛したいという衝動は、単にひとりでは私たちは苦しみ、そして死ぬ、ということのあらわれだ。一緒であれば、私たちは成長する。栄養を与えられ、満たされ、満足する。

あなたは尋ねている。「愛とは何ですか?なぜ、私は愛をとても恐れているのでしょう?」

そしてだからこそ、人は愛を恐れもする・・・なぜなら、あなたが女性の中に入り込む瞬間、あなたは自分のエゴを失い、女性は男性の中に入り込む瞬間、彼女のエゴを失うからだ。

さて、このことが理解されなければならない。あなたは、あなた自身を失う時にのみ全体に根づくことが出来る。他に方法はない。あなたは全体に惹きつけられている。なぜならあなたは、栄養をもらっていないと感じているからだ。

そして、全体の中に消え去る瞬間が来ると、あなたはとても恐くなり始める。非常な恐怖が湧き上がる。なぜなら、あなたはあなた自身を失おうとしているからだ。あなたは尻込みする。

これがディレンマだ。人間はそれぞれみな、それに直面し、それと出会い、それを通過し、それを理解し、そしてそれを超越しなければならない。あなたは、両方のものが、同じものから生じていることを理解しなければならない。

あなたは、消え去ることは美しいだろうと感じる・・・心配もなく、不安もなく、責任もなく。あなたは樹々がそうであるように、星々がそうであるように、全体の部分となるだろう。そう考えるだけでも素敵だ!

それはいくつかの扉を開ける。あなたの実存への神秘的な扉を。それは詩に誕生を与える。それはロマンティックだ。しかし、あなたが実際にその中に入ってゆく時、その時に恐れが湧き上がる。

「私は消え去ろうとしている。が、次に何が起こるか、誰に分かるだろう?」

それは、砂漠に到達しようとしている川のようだ。砂漠のささやきを聞きながら・・・ためらいがちに、川は砂漠を越えて行きたい。大海の探究に向かいたい。欲望がそこにあり「私の宿命は越えて行くことだ」という微妙な感覚と確信、そして信念がそこにあるのを彼は感じる。明白な理由は何ひとつ与えられない。だが、そこには内なる信念がある。

「私はここで終わるべきではない。私は、何かもっと大きなものを求める探求に進まなければならない」奥深くで何かが言う。「やってみろ!そして、この砂漠を超越するんだ」

すると、砂漠が言う。「私の言うことを聴きなさい。唯一の方法は、風の中に蒸発することです。彼らがあなたを連れて行くでしょう。彼らがあなたを砂漠の向こうに連れて行くでしょう」川は、砂漠を越えて行きたい。だが、疑問が生じるのはとても自然なことだ。

「そうだとしても、私が再び川になることを風が許してくれるという証拠や保証は?ひとたび消え去ってしまえば、私にはどんなコントロールも出来なくなる。そうだとしたら、私が再び同じ姿の、同じ名前の、同じ身体の、同じ川になるだろうという保証は何か?誰に分かるのか?それに、ひとたび私が風に明け渡してしまった後で、彼らが再び私に別れることを許してくれるなんて、信頼のしようがあるだろうか?」これが愛の恐怖だ。

あなたは分かっている。愛なしでは、そこに何の歓びもないことを。愛なしでは何の生もないことを。愛なしでは何か未知のものに飢え、満たされず、虚しいことを確信している。

あなたは空虚だ。何も持っていない。あなたは、中味が何もない器にすぎない。あなたはその虚ろであること、空っぽであることを感じ、その惨めさを感じる。そして、そこに自分を満たすことの出来る道があることを確信している。

しかし、愛に近づくと非常な恐怖が湧き上がる。疑いが湧き上がる。もしくつろいで、本当にその中へ入ったら、自分は再び帰って来ることが出来るだろうか?自分のアイディンティティ(存在証明)や人格を守ることが出来るだろうか?そんな危険を冒す価値があるだろうか?

そしてマインドは、そんな危険は冒すまいと決める。なぜなら、少なくとも、あなたはいるからだ・・・栄養不足で、満たされず、飢えていて、惨めだ・・・だが、少なくとも、あなたはいる。

ある愛の中に消え去れば、誰に分かる?あなたが消え去ることになるのだ。そうだとしたら、そこに喜びがあり、そこに至福があり、そこに神がいるという保証は何なのか?

それは、種子が土の中へと死んで行くときに感じるのと同じ恐怖だ。それは死だ。そして種子には、死から生が生じるだろうとは想像もつかない。

OSHO, 「生・愛・笑い」(めるくまーる社)より抜粋
by mudito