気功は、古来の中国より伝わるさまざまな伝統健康法の総称です。正式な年号はわかりませんが、気功は4000年~5000年くらい前には存在していたという報告もあります。

 

気功の中には、吐納(とのう、吐納派)といって、呼吸に重点をおいて修行する気功法があります。

 

吐納は、導引という気功法の次に古くから存在する気功法です。私たちは、普段の生活で、無意識に呼吸をおこなっています。

 

身体の中では、心臓や内臓、血圧、体温調節などはすべて自律神経により機能がコントロールされています。

 

これらの生命活動は、全て無意識の領域です。呼吸も、通常の状態では無意識におこなわれます。

 

呼吸は、私たちが生命活動を維持する上でとても重要な活動ですが、呼吸が浅くなったり無呼吸になったりすると、生命に危険を及ぼします。

 

ところが、これらの体内活動組織の中で、唯一自分の意思でコントロールできるのが呼吸です。

 

古来中国では、呼吸のトレーニングをおこなうことにより身体や心を穏やかにして、心身共に健康になれることを理解していました。

 

呼吸が速くなると、緊張して胸が苦しくなります。逆に、呼吸がゆっくりおこなわれると、身体や心はリラックスして落ち着きます。

 

古来の中国の人は、吐納という呼吸法を修行法として実践していました。今回は気功における吐納と呼吸法について解説します。

 

呼吸の重要性

前述したとおり、呼吸は生命活動の基本であり、私たちが生きていく上で最も重要な活動です。体内には、自律神経があり、「交感神経」「副交感神経」により成り立っています。

 

交感神経は、身体が活動しているときや緊張しているとき、ストレスを感じたりするときに優位になります。

 

交感神経が優位になると、心拍数が上昇して、筋肉の緊張も起こります。この状態では、身体がすぐに動ける体勢(臨戦)になっています。

 

例えば、前から強そうな人や動物が自分の方に向かってくると、身体をこわばらせて闘うか逃げるかの判断を瞬時におこない臨戦体勢をとるのです。

 

これとは逆に、身体や心がリラックスしているときには、副交感神経が優位になっています。

 

例えば、夜寝ていたりお風呂に入っていたり、トイレ、食事、休息時などの状態のときです。

 

副交感神経が優位になると、心拍数は安定して、筋肉や血管が緩んだ状態になっています。

この状態では、胃や腸などの内臓器官もスムーズになります。

 

そして、栄養素の吸収や体内老廃物の排出がおこなわれ、身体の疲労回復が進みます。交感神経も副交感神経も、身体や心の健康には重要であり、バランスが大切です。

 

自律神経のバランスが崩れると、疲労や不眠、肩こり、冷え、頭痛、便秘、ストレス、やる気が出ないなどの症状が生じます。

 

自律神経は、体内でコントロールされ、自分の意思でコントロールできません。しかし、唯一コントロールできる器官が肺と呼吸です。

 

普段呼吸は、無意識におこなわれていますが、意識的に大きく息を吸ったり吐いたりすることが可能です。

 

呼吸が浅いと、身体が緊張したり胸が苦しくなったりします。呼吸を深くおこなうと、身体も心もリラックスします。

 

また、深い呼吸は胸郭が広がって横隔膜が上下するため、内臓運動が活発になり血行も改善されます。

 

 

吐納とは

吐納(とのう、吐納派)とは、古来中国からおこなわれていた呼吸のトレーニングに重点を置いた気功法です。

 

吐納という言葉は、もともと「吐故納新(とこのうしん)」を縮めた言葉です。この言葉は、「古いものを吐いて新しいものを納める」という意味です。

 

我々が普段おこなう呼吸のことを「不随意呼吸(ふずいいこきゅう)」といいます。しかし、呼吸は意識的に呼吸のリズムや大きさをコントロールすることが可能です。

 

この呼吸のことを「随意呼吸(ずいいこきゅう)」といいます。吐納による呼吸法も、吸気を主体にする流派や呼気を主体にする気功の流派などがあります。

 

具体的には、納気や吐気、胎息に分かれます。

 

 

納気

納気による気功法では、吸気のあとに、しばらく息を止めてから呼気をおこないます。

 

納気は、別名「閉気」ともいいます。現代的には、「長吸短呼型」と呼ばれる呼吸法になります。

 

納気の流派により、呼吸法や息を止める時間が違いますが、長く止めるほど良いといわれています。

 

吸気の状態では、交感神経中枢を刺激するため、交感神経の働きが活発になります。

 

吸気により、酸素が大量に肺に流入するため、体内で新陳代謝が活発におこなわれます。

 

内養功(ないようこう)や周天功(しゅうてんこう)などが、納気に属します。内養功とは、身体の筋骨を強めて内臓を整え、気血を調和する気功法です。

 

内養功には、「軟式呼吸法」「硬式呼吸法」があります。内養功は、脊柱の牽引や捻転、屈伸などをリズミカルにおこない、肩や腰、足など各関節をスムーズに動かすことが基本です。

 

周天功は、道家がおこなう全身に氣を循環させる気功法です。

 

養生延命録という書では、「体を正して仰臥し、目をつぶって握固し、吸気後、閉気して息を止め、200まで数えてから息を吐く。そして閉気の時間をたえず増やしていき、250まで数えれば、目も耳も聡く、全身の病気は無くなり、病邪も外から侵入しなくなる」と指導されます。

 

 

備急千金要方による教えでは、「鼻の先につけた軽い羽毛さえ微動しないように、息を胸と横隔膜で止め、そして300まで数えると、もう耳には聞こえるものがなく、目には見えるものが無く、心には考えものが無くなり、そして360歳まで長生きできる」といいます。

 

 

360歳とは、すごい歳ですが、そのくらい長生きできる例えとして、古代中国では指導されていました。

 

 

吐気

吐気は、息を吐く呼気を重点におく流派の気功法です。吐気は、「長呼短吸型」の呼吸法です。

 

吐気による呼吸法では、副交感神経が優位になるため、交感神経による興奮を鎮めて身体をリラックスする作用を高めます。

 

吐気は、息を吐いてリラックスするため、滞った気血の流れを改善する「寫法(しゃほう)」と同じになります。

 

放松功といわれる気功法も吐気と同じです。放松功は、体内の気血の滞りを変えて全身のエネルギーの流れを良くする気功法です。

 

放松功は、疲労やダイエットなどに有効で、誰でも簡単におこなうことができます。放松功は、立位(立ち姿勢)でおこなうため、場所を取りません。

 

仕事や勉強で疲れたときに、少しだけでもおこなうと楽になります。両足を肩幅に広げて立ち、膝と腕を少し曲げた状態で身体を上下に小刻みにゆらします。

 

このとき、「氣」が頭のてっぺん(頭頂)から足先までスムーズに流れていることをイメージしておこなうことがポイントです。

 

さらに、へそ下三寸の奥に位置する「下丹田」に意識を集中して放松功をおこない、身体が温まったら徐々に動きを緩めて、最終的に静止します。

 

また、激しく放松功をおこなうのではなく、心地良いリズムでおこなうと、さらに身体が楽になります。

 

吐気には、「六字訣(ろくじけつ)」という中国で最も古いといわれる呼吸法もあります。

 

六字訣による気功法は、「マイナスエネルギーをプラスエネルギーに変化させることができる」といわれています。

 

ちょっと変わった方法ですが、自分に起こったマイナスの感情に対応する内臓を意識して、特定の音を発します。

 

さらに、対応する五行の色もイメージして、動作も入れて六字訣をおこないます。下記に、六字訣による呼吸法と対応する臓器、音、色、動作を記述します。

 

 

五臓六腑   マイナス感情    発する音  五行色    おこなう動作

 

・肺~大腸   悲しみ        スー     白色      胸を反らす

・心臓~小腸 イライラやストレス ハー     赤色      右脇を伸ばす

・胃~脾臓   憂い・煩い等    ホー     黄色      前屈(前屈み)

・胆~肝臓   怒り         シー     青色      左脇を伸ばす

・心包・三焦  エネルギー回路  ヒー     ピンク・緑色 動作なし

 

 

尚、心包や三焦は、東洋医学では「名前があるが形はないもの」とされ、現実の内臓のことではありません。

 

一般の人には、あまり馴染みがない言葉です。心包とは、心臓に「絡み包まれたもの」という表現であり、あくまで例えの言葉です。

 

東洋医学には、「心包絡(しんぽうらく)」という言葉がありますが、「心臓に形がはっきりしないものが絡みついたもの」という意味です。

 

これにより、心臓と心包は2つで1つと解釈して、中国古典では六臓六腑といわずに「五臓六腑」というのだそうです。

 

心包の働きは、心臓の代行や、心臓を守る働きを担うといわれています。有名な「黄帝内径」の書に、心包のことを「臣使の官、喜楽を出づ」と記述しています。

 

これは、君主たる心(心臓)が信頼する器官で、喜怒哀楽を発露するという意味です。

 

心包は形がなく、働きだけがある架空の臓器で、心(心臓)を包んでいる膜(空想)と考えられているようです。

 

心を保護して気血を通じさせ、脳や中枢神経系と深く関わりがあります。心包は、邪(外敵)が心を侵そうとするときに、身代わり(代行)になります。

 

心包の機能が低下すると、何かうわごとをいったり歯を食いしばったり、不眠、不安感などが生じるといわれています。

 

三焦も実態がなく、心包と同じように働きだけがある「実態のない器官」と考えられています。黄帝内径では、「決瀆(けっとく)の官、水道を出づ」と記述されています。

 

これは、「決瀆(けっとく)は水道を疎通する」という意味合いで、決は「通じる」という意味で、瀆は水道を意味します。

 

決瀆は、水液の通路として、水分の代謝をおこなう働きを担っていると考えられています。

 

三焦は、消化吸収において「氣・血・津液(しんえき)」を作り、氣と津液(水)が移動するための場所(スペース)と考えられています。

 

三焦は、膀胱に属するといわれています。つまり、古来中国の考え方では、腎と膀胱と三焦は相互に依存し合って同類と考えられていました。

 

 

三焦は、「上焦・中焦・下焦」に分類されています。下記に、3つの分類について記述しました。

 

上焦

上焦は、横隔膜から上にある器官の機能を指します。つまり、上焦は、心臓や肺などの胸部を指します。

 

古来中国では、飲食物から得られた”氣“を、心(心臓)の「推動作用」と肺の「宣発(せんぱつ)や粛降(しゅくこう)作用」により全身に巡らせると考えられてきました。

 

さらに、上焦は氣を全身に巡らせるとともに、皮膚を潤して体毛などに栄養を与えます。他には、発汗作用などにより体温調節をおこないます。

 

推動作用とは、中医学用語で、血液循環や組織、臓腑、経絡、発育、生長など、あらゆる生命活動の機能を推し進める作用のことを指します。

 

宣発は、上や外などへ動かす作用のことで、粛降は下や内に動かす作用のことです。

 

宣発では、体内に溜まった汚い気(濁気)を体外に出す(呼気)ことで、粛降は自然の清らかな氣(清氣)を体内に取り込む(吸気)ことになります。

 

つまり、宣発と粛降は、呼吸のことになります。

 

 

中焦

中焦は、横隔膜から臍(へそ)までの部位を指します。中焦は、胃や脾(脾臓、膵臓)などの上腹部のことです。

 

食事で取り入れられた飲食物(水穀)は、最初に胃の受納(じゅのう)作用や腐熟(ふじゅく)作用により消化され、津液(水)の生成がおこなわれます。

 

次に、脾(脾臓)の運化作用により肺に運ばれて血や清氣となり、全身に巡らせる役割を担っています。

 

受納とは、飲食物を受け入れて納めることで、食欲のことを指します。腐熟とは、受納した飲食物を消化して、飲食物を精微(せいび、栄養)に変えることをいいます。

 

胃が正常に機能していれば食欲旺盛になり、胃の機能に異常がみられると、食欲不振や不快な症状が生じます。

 

中医では、脾臓(ひぞう)や膵臓(すいぞう)のことを「脾」と表しているようです。

 

脾臓は握り拳大の大きさで、スポンジ状の柔らかい臓器で胃の後方に存在し、脾臓の内側は左の腎臓に接しています。

 

脾臓は、老化した赤血球を破壊して除去する役割を担っています。異常が生じている赤血球は、脾臓でせき止められて破壊されます。

 

また、脾臓は「血小板の貯蔵庫」としての役割を担っています。膵臓は、消化酵素である膵液(すいえき)を分泌して、消化器管に送り込む外分泌腺です。

 

こうした関係上、中医では脾臓と膵臓をまとめて「脾」と考えられていたようです。

 

運化作用とは、胃や腸で消化された飲食物(水穀)を血液や氣のエネルギーに変えて心臓に送り、心臓から全身にこれらを運搬することを指します。

 

 

下焦

下焦(げしょう)は、臍(へそ)から下にある腎臓や腸、膀胱などの下腹部のことをいいます。

 

下焦は、水液の清濁(せいだく)をおこなうことや、大小便の排泄、アンモニアなどの不要な毒

素や水液を膀胱に運ぶ作用などをまとめて呼びます。

 

水液とは、体内の胃液や関節液などや、体外に排出される汗や尿、涙、鼻水などの全ての液体のことで、中医では「津液(しんえき)」といいます。

 

清濁とは、澄んでいることと濁っていることを指します。腎臓は、全身の膵液の代謝を促進させ、その平衡(釣り合い)を一定に調節する作用があります。

 

これは「蒸騰気化(じょうとうきか)」といって、摂取した飲食物を別のものに変化させることで体内調節がおこなわれています。

 

そのため、中医では腎臓の代謝作用のことを腎の「気化作用」と呼びます。

 

臓腑(内臓)で利用された後の膵液は、前述した三焦を通って腎臓に戻ります。その後、蒸騰気化作用により、清濁がおこなわれます。

 

このうち、清は三焦を通って肺に戻り、そのあと全身に流れていきます。濁(毒素など)は、尿として膀胱から体外へ排泄されます。

 

 

胎息法による呼吸法

胎息法は、胎児が母親のお腹にいる状態で、「あんしんして穏やかな状態で安定していること」を例えた呼吸法のことを指します。

 

胎息は、気功を長く実践して、心と身体がリラックスの頂点に達したときに自然におこなわれる呼吸法です。

 

この呼吸法では、呼吸を少しずつ細長く小さくしていきます。呼吸は、1分間に1回~2回くらいおこなうだけです。

 

呼吸の最後には、臍(へそ)で呼吸するといいます。この呼吸法の特性から、「毛穴呼吸法」「臍呼吸法」「無呼吸」などと呼ばれることもあります。

 

胎息法をおこなうことにより、細胞の酸素交換能力が向上して、細胞が活性化するといわれています。

 

胎息法に慣れてくると、時間の感覚に変化が起こり、時間がスローモーションになるような感覚を得られます。

 

 

呼吸には、心と身体の状態が現れます。例えば、緊張した状態では呼吸が荒くなり、リラックスした状態だと呼吸は深くゆっくりになります。

 

呼吸は、人それぞれで違い、呼吸とともに身体的特性や気質も人により違います。

 

気功をおこなう上で大切なことは、先ずは呼吸をあまり意識せずにリラックスした状態になり、すぐ呼吸をコントロールせずに自分の呼吸の状態を知ることです。

 

そうすることにより、自分の呼吸状態や体調、心の状態などを知り、少しずつ自分に合った呼吸法により、心や身体がリラックスした状態へと向かうことがポイントになります。