◼️魔王シリーズ一覧

 

【序章】たびのこころえ

【第1章 その1】深き洞窟の魔王

【第1章 その2】あなたが執着を恐れる理由

【第1章 その3】動機は、どこを向いているか? 執着の取扱説明書

 

 

「さあ、青年よ。

 必要なものはもう揃った。

 

 

 その、深き洞窟の魔王は

 他ならぬ、お前さんの中にいる。

 

 

 どうじゃ、魔王と対峙してみる気はあるか?

 

 

 お前さんが長年、敵とみなして

 ひたすらに攻撃し

 避け

 排除しようと

 手を尽くして来た存在じゃ。

 

 

 向き合うのはさぞかし怖かろう。

 

 

 だがな、青年よ。

 その戦いを終わらせるのも

 続けるのも

 自分次第じゃ。

 

 

 必要なのは

 それと向き合う

 お前さんの勇気、ただひとつ。

 

 

 そうか。

 

 

 では、微力ながら、この爺がそなたを手助けしよう。

 

 よいか。

 では、目を閉じて。

 

 

 そう、ゆっくりと呼吸するのじゃ。

 

 

 焦らずともよい。

 そなたはすでに、行く道を知っておる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅人は、老人の誘導で

心の深き奥へ、奥へと歩を進めました。

 

 

 

 

そこは、緑深い森の中。

 

目の前の巨大な木のウロに

人がやっと通れるくらいの

小さな、扉がありました。

 

 

その扉をそうっと開けると

眼下には長い長い螺旋階段が続いています。

 

 

 

不意にポケットがポウ…と光を放ちました。

手を入れると、そこには小さなランタン。

 

 

きっと老人が用意してくれたのでしょう。

 

 

 

旅人は、意を決して螺旋階段を降りはじめました。

 

灯りは、手元のランタンのみ。

 

ひとつでも踏み外したら

真っ逆さまに落ちそうなほど深く

 

底は果てしなく続いているように見え

下は見えません。

 

 

 

 

 

旅人は、階段を下りながら

これまでの人生を振り返っていました。

 

 

 

 

なんとしてでも欲しいと

随分と人を蹴落として来たこと。

 

人を騙して、奪ったもののこと。

 

欲しいものを得た快感を人に自慢しまくって

煙たがられたことのこと。

 

欲しくても手に入らなかったものは、

徹底して自分も相手も傷つけたこと。

 

 

 

諦めきれなくて

苦しくて

どうしようもなくて

 

 

アレがなければ、私の人生は終わってしまう。

アレがなかったら今までやって来たことの意味がなくなる。

 

 

 

欺瞞。

不安。

恐怖からの獲得意識。

 

 

 

 

 

そんなものがあるから

私の人生は狂った。

 

 

そんなものがあるから

苦しんだ。

 

 

そんなものさえなければ

もっと私は幸せだった。

 

 

 

 

 

 

でも

それは

本当?

 

 

 

 

 

「そんなものさえなければ」

   私の人生は、本当にうまくいっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

老人の書物にはこう書かれていた。

 

 

 

執着そのものに問題は、ない。

 

執着を「問題とするわたしたちがいる」だけである。

 

 

 

 

執着できるほど

熱中し

恋い焦がれ

追い求めるものがあることは

 

 

 

この上なき歓びであり

極上の至福である。

 

 

 

 

 

 

「私はもしかして

 とんでもない勘違いをしていたのかも知れない」

 

 

 

 

 

 

 

ふっと、口をついてその言葉が出た時

 

螺旋階段がぶつりと途切れ

 

 

 

 

目の前に真っ直ぐに伸びる

一本の道が出来ていました。

 

 

 

 

 

そこは、旅人が今まで

行ったことのない

深い、深い

闇のように感じられる

地の底。

 

 

 

足元から

一瞬で凍りついてしまいそうなほどの

冷気を感じます。

 

 

 

 

旅人は、道を進みはじめました。

 

 

一歩先に何があるのかさえ見えぬほどの

真の暗闇。

手元のランタンだけが頼りです。

 

 

 

 

旅人はまた、人生を振り返りはじめました。

 

 

 

 

私が、アレを欲しいと思ったのはなんのためだったのか。

 

 

あんなに恋い焦がれて、死ぬほど欲しいと思ったのは

どうしてか。

 

 

私は、アレを得ることで、何を感じたかったのだろうか。

 

 

 

ただ欲しい、得られれば満たされると思ったけれど

得れば得るほど、枯渇感が増していった。

 

 

だから余計に

もっともっと欲しくなり苦しくなった。

 

 

 

それはどうしてなのか。

 

 

 

私が、アレを得ることで

本当に感じたかったものは、何だったんだろうか。

 

 

 

 

 

それを「真実」だと思い込んだのは

どこからだったんだろうか。

 

 

 

 

 

チャリン、と音がしました。

足元に、鍵が落ちていました。

 

 

 

青年が鍵を拾ったその瞬間

 

 

 

「あっ!!!!!」

 

 

足元の床が大きく崩れ

 

 

 

青年はまっさかさまに

暗闇へと落ちていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、人生が終わる。

私はこんなところで死ぬのか。

 

 

私が得たかったものはなんだったのか。

私が本当に欲しかったものはなんだったのか。

 

 

 

獲得欲を刺激し

名誉欲を高め

支配欲を呼び起こし

保存欲を荒ぶらせ

顕示欲を引きずり出し

 

 

 

それらの奥底にあった

本当に欲しくて仕方がないものは、なんだったのか。

 

 

 

 

なんだったのか。

なんだったのか。

なんだったのか。

 

 

 

 

 

 

落ちていく恐怖の中、

時間にしたら

ほんのわずかだったのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

旅人は大声で叫んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

「私は、私の存在を

 私がここにいることを知って欲しい!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ダン!!!!と床に強く叩きつけられ

旅人はうめき声をあげました。

 

 

 

 

どうやら命は助かったようです。

 

 

 

 

けれど

身体中が痛くて

呼吸すらままならぬ。

 

 

立ち上がることもできません。

 

 

 

 

顔に張り付いた泥が口に入って来て

思わず顔をしかめたその時。

 

 

 

 

 

ブォン、という

不気味な音が聞こえました。

 

 

 

 

ブォン

 

ブォン

 

ブォン

 

 

 

その音は、ゆっくりと大きくなってきます。

 

 

 

旅人は、なんとかして顔を上げようとしますが

身体中が軋み、思うように動くことができません。

 

 

 

 

 

 

その音は、ゆっくりと、確実に近づいてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブォン…という音が

やがて耳元、すぐそばで止まり。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中に、不気味な声が響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、誰だ。

 

 

 

 

 

 我が何かを

 お前は知っているのか。

 

 

 

 

 お前は何者だ。

 

 

 

 

 ここに来た者を

 我は3人知っている。

 

 

 

 1人は、気が狂い

 1人は、自死を選び

 1人は、我と同化した。

 

 

 

 何者も

 我を止めることはできぬ。

 

 

 我を封印した

 あの、忌まわしき賢者の使者よ。

 

 

 

 我を世に放つことで

 この世は炎国となろう。

 

 

 

 

 我が名は

 深き洞窟の魔王。

 

 

 

 未来永劫消えゆくことのない

 人の欲望を喰らい続ける

 破滅の帝王である」

 

 

 

 

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