今の気持ちを綴ったブログVer 2.0 -84ページ目

今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

自分の心と向き合って言葉を詩に乗せて紡いでいきます

夜も深くなり

空を見上げて一つ息をする。

輝く星々は夜に頑張る人を

それとなく見守ってくれている


僕の心に残る不安

何処と無く感じる寂しさ

星の優しい光は

それを和らげてくれる


僕より孤独を抱えて

僕より苦しい道を敢えて進むアナタに

この星の輝きと共に

素敵な言葉を掛けるよ。

『大丈夫。君なら出来るさ』

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1999年5月
高3になり、対象として選んだ模試を受けた。結果は、745点/800点満点で、全体偏差値は70.8だった。
流石に、この結果なら、
『ほう…。かなり意外だな…。1年の時の欠席が祟って一般入試しか選択の余地は無いから、滑り止めも受けておけ』
と、何とか教師を説得しうる内容となった。

が、僕は滑り止めは受けなかった。
東大の出題傾向に合わせた勉強をしていくと、私学では求められる分野が全く違うので初めから太刀打ち出来無いし、その為に私学用の勉強をする気にはならなかった。
また、私学では僕の今までの貯金で学費が払えない為である。

その為、高3の間は、心に傷があった記憶も無い。とにかく勉強とバイトで連日超多忙だった。
極度に緊張感が増すと、胃が痛くなりますが、まさにそんな状況だった。

この当時は、1日があっという間に過ぎていたのだ。
途轍もない速さで入試まで来たような気がする。

2000年1月にセンター試験。
結果は、654点/800点満点だった。
時間が足りない為、英語と国語を捨てて、それでも足切りを免れるギリギリの点狙いだったので、これでも僕にとっては計算通りだった。

そして、二次試験。
東大の場合、こちらが圧倒的に配点が高い為、此方の方が事実上本番だった。

東京には、2月23日から来ていた。
東京観光とかこつけて、一緒に来てくれた彼女と、東京を見て廻り、これが僕ら二人にとって思い出として残るのだった。

なので、入試直前は意外と勉強していない。過去問や、模試問題集を散々解いて来たので、今更やっても余り意味が無いと思ったから…。

2月25~26日の2日間に渡る本試験は、手応えは余り無かった。
だけど、僕には進路は保証されていた。大学落ちた場合、バイトしていたコンビニが社員として雇ってくれる話になっていたから、勿論不安はあったけれど、その不安も軽く…

2000年3月
高校を卒業して、それから東大の合格発表があり、合格していた僕は、この日の為に貯金していた金を下ろし、入学手続きをした。

…この時、人生の最も上の部分、このまま進んで立派な職業に就けると当時は疑いもしなかった。

第2章 END

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第2章執筆を終えて
こうして振り返ると、絶望から一転して、頂点まで登りつめてしまいます。

一つの出逢いが奇跡を呼んだ感じで人生楽もあれば苦もあるとは言いますが、僕の場合、それが極端なんですよね…。

高校時代の記述が薄いのは、この章のメインをイジメ問題に持ってきた為です。

頂点に登ったように見える僕の人生はまた、奈落の底まで落ちてしまいます。
続いて第3章 頂点からの堕落 を書いていきます。


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彼女の前では一度たりと勉強をした事が無かった。

勉強よりも、今の、彼女と居るこの時間の方が僕には大切に思えたから…。

しかし、そうは行かなくなる時がやはり訪れた。

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1999年2月
僕の居た高校では、みんなが修学旅行へと旅立った。この寒い時期にわざわざ北海道だそうで、やはり行かなくて良かったと思う。
しかし、修学旅行に行かない者でも学校には登校しないと欠席扱いになる為、僕は渋々と学校に行き、黙々と受験勉強をしていた。

当時の僕は、とにかく数分でも暇を見付けると、すぐにポケットサイズのテキストを開いて、暗記項目を確認していたりしていた。俗に言う『ガリ勉』というやつである。
高2の間は、欠席が殆ど無かった為、赤点はとらずに済み、補習も受けずにすんだ。そして、この時期、第一志望校を巡って、教師との間で対立が始まる。

『この学校から、一般入試で国立に合格出来た奴など居ない。
お前がどれだけやってるのか知らんが無駄だから、やめとけ。』

…こんな調子である。これじゃあ、高校に入ってから努力を続け、才能を開花させた人間を潰しているのと同等だろう…。
予想は出来ていたけど、予想以上の反対のされ方なので、流石に気も滅入る。

だけど、僕はここで闘争心に火が付いた。
本番では捨てるつもりだった英語を必死で勉強して、模試の偏差値で黙り込ませる作戦に出たのだ。

幸い、彼女は英語が凄く得意だった。
そう…。この時から二人きりで居る大切な時間が、勉強会の場と化したのである。
僕に英語を教えてくれる、その時の彼女の顔は、今も忘れられない程に輝いていて、愛しささえ感じていた。

だけど、英語に関しては中学の基礎の部分から既に抜けている為、習得に時間が掛かる。

やむを得ず、今まで週6日バイトしていたのを店長に無理を言って、週5日にして貰った。
そして、空いた1日は、彼女に家に来て貰ってひたすら英語の勉強をやり込む。

高2の終わり頃は、そんな生活だった。
高3で最初に受ける模試で、東大受験を先生に納得させるだけの偏差値を取る為に半ば意地になっていたのだ。

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(以下、追記です)
今思えば…。僕が人生の中で最も英語の勉強をしたのは、この時だったりします。
そのお陰で、少し合格に余裕が出来た為、結果的にこの当時の担任に感謝しています。


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