今の気持ちを綴ったブログVer 2.0 -85ページ目

今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

自分の心と向き合って言葉を詩に乗せて紡いでいきます

1998年3月終わり頃。
僕は、欠席がかさんで赤点を取ってしまった為、補習を受けに学校へ来ていた。
もし、将来の進路を考え直したとしても、就職は殆ど不可能な状況となっていた(僕の居た学校では、推薦は勿論、就職を希望する人は欠席日数に規定があった)。
高1の終わりにして、進路は一般入試一択しか無くなった。

だけど、きちんと高校だけは卒業したいという思いだけは、人並み以上にあったし、母にも
『必ず卒業だけはしろ』
と言われていた。母は、自身が高校を中退しているので(東大合格者を毎年出している有名校を、です)、僕には同じ思いをさせたく無かったのだろう…。

勿論、そんな学校の状況は母に話してはいるが、母に言わせると、
『無視してくる奴は、話さなきゃ良いだけだから対応が楽』
との事で、僕にとっては少しも解決にはならない。
まぁ、確かに相手にされないって事は、考え方によっては楽なのかも知れないけど…。当時の僕には、寂しさの方が先に来ていて、とてもそんな余裕なんて無かった。

補習は、僕以外は、本当にレベルが低く(高1で掛け算の九九が出来無いんだからな…)、向こうは勿論だけど、此方も相手にする気にもならなかった。

何事も無く補習は終わり、高2に進級した。
高2になると、それ以降クラス替えが無い。高2と高3が同じクラスメートで過ごす為だ。
そして、同時に修学旅行についての話も始まる。
僕は積み立てられるほど金に余裕が無いし、クラスは変わっても相変わらず誰からも無視されている状況だったので、初めから行く気など無かった。

だから、その話がある時間は非常に辛く、夜にバイト先で会う彼女の事ばかり考えて過ごしていた。
当時の僕は、彼女に依存していたのだと思う。
一緒にいる時間は、例え仕事中であったとしても楽しかったし、一人で過ごす時間になると、急に寂しさがこみ上げてくるのを感じ、前以上に孤独感がしていた。

だから先が怖くもあった。
高校を卒業後、大学に進んだ後の事を考えると、不安な気持ちも次第に増していく。
彼女は、僕のその心境に気付いていたのだと思う。

仕事では無く、普通に一緒に居る時は、片時も離れずずっと傍に居てくれた。
その優しさに、ますます大学へ進学して離れ離れになる事が辛くもあり、考える事となったんだ。

そんな気持ちとは裏腹に勉強は怖いほど順調に進んで、大学入試へと着々と準備は進んでいた。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
と言いましても、特に追記するような点はありません。
2月執筆時の文章をそのまま再現しているので、省略無しで書いているのですが、
この辺りは書かなくても良かったかな…
なんて思う位です。


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寂しさを抱えていたのはお互い様だった。だから惹かれたのだろう、と今にしてみれば分かる。
静かな恋はあの日から始まった。

彼女はよく、自分の過去を話してくれた。
心に傷を作った学生時代のイジメの事や、子どもの頃に抱えた悩み。
実は、彼女には親が居ない。家庭の温もりさえ知らず、僕以上の孤独を背負っていた…。大学生になった今でも夜の闇が怖い。
そんな夜の怖さを忘れたくて、バイトに来たのだと言う…。

話を聞いている内に、そして目の前に居る彼女に何をしてあげたら良いのか、考える必要も無かった。

「僕で良ければ、その寂しさが少しでも軽くなるのならば、一緒にいるよ」
そんな事言ったけれど、他でも無く、一緒に居て欲しいのは僕の方だったりする。

こうして、仕事以外の場所でも二人で居る事が次第に増えていった。
お互いに何も要らなかった。
ただ二人で一緒に居て言葉を掛け合う事。それだけで良かった。
此処から僕が大学へ進学するまで、そんな日々は続いた。
そしてまた母も、この付き合いを心良く了承してくれた。それも僕には大きかった。

高校を卒業する迄に迎えたクリスマスイブの夜も大晦日の夜も3回共職場で一緒だった。

そして、彼女に心を支えられながら、僕は学校での孤独さに立ち向かい、勉強時間そのものは減ったけれど、成績の方は上昇していった。

高1の終わり頃には、英語と国語以外は、ほぼ高校で履修予定の内容を独学でやり切っていた。

当時の僕には、彼女の存在は余りに大きくて、失う事が怖いという不安もあった。
東京に行けば、遠距離になってしまい一緒に居られなくなる。
それが怖いのもあり、この頃から進路を悩み始める。

彼女が
「やりたい事があるなら、気にせずに行って。私は何時までも待ってる」
そう言ってくれたから、僕はそれを信じて第一志望を曲げずにいたのだけど…。

今でも僕の選択が正しかったのか分からない。此方の大学に進んでいれば、将来はきっと変わった筈…。
どちらが僕にとって、彼女にとって幸せだったのか…。後々堕落した日々にそれは非情なまでに悩みとして、僕に襲ってくる。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
この、東大受験を取るか、彼女と一緒に居る事を取るか…。
当時はかなり迷いながら毎日を過ごしていました。
そして日に日に悩んでくるのに、成績は上がってゆくという感じですね…。

ただ、当時は『夢』というか天体物理学を学びたい思いが強く、彼女も理解してくれた為、最終的に受験を選んだのですが…
この選択肢は今でも正しかったのか分かりません。


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1997年秋
高校であった『地学』の授業ですっかり天体の神秘に魅了された僕は、第一志望校を東京大学へと置いた。
…と言うか、その当時、天体物理学を研究している大学を他に知らなかった為だ。

それ以前まで、官僚を目指していた為、理転した事になるが、僕は元々数学系が強く、語学が苦手だった為、ベストな選択となる。

その月、僕は始めて、予備校という場所に足を踏み入れた。
模試を受ける為である。
高1の時の模試は、普段とは違う環境でどれだけ力が出せるかを試す場所、という意味合いで受け取っていて、合格判定などは初めから度外視していた。

それでも、流石にE判定は出したく無いという思いはあり、その時点までで出来る限りの準備はして臨んだ筈だった…。

結果は問答無用でE判定が出た。しかも偏差値なんて40切っている科目が幾つかある。
流石にこれではマズイ。
僕は尚更に焦りを感じたのだが、孤独感を背負い、前を向けない僕は学力など伸びる余地も無かった。

次第に不安な気持ちが増大し、心は沈んでいく。
勉強に専念する思いから、コンビニでのバイトを辞めようかとも思ったが、僕が家にお金を入れないと生活自体が成り立たない為、辞める訳にも行かないし、まだ大学に入ってから必要な金等全く貯まっていなかった。

そんな前も向けない時代に、一つの奇跡が起こったんだ…。

1997年11月
その頃になると、僕はコンビニでの業務は全てこなす事が出来るようになっていて、店長からも仕事力を認めて貰えるようになっていた。
最年少でありながら、店長が居ない時間である深夜を任されるような立場になっていたのです。

そんな時、忘れもしない。
11月10日。僕が、彼女と初めて逢ったのが、この日だった。

僕は何時ものように、バイトに着く。
すると、店長に
『今日から入ったんだ。お前が教えてやってくれ』
と言われ、その時に初対面した。

彼女は僕より3つ年上で、当時大学生だった。
第一印象は、僕の中で何かが音を立てて崩れたような、そんな強い衝撃を感じたんだ…。正直、目を合わせるだけでドキドキしてしまう…。

でも、まさかその人が僕の今までの人生で只一人の愛する人となるとは、当時知るよしも無かった。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
遂に此処まで来てしまいましたか…って感じなのですが、
此処で初登場した彼女は、僕の28年の人生の中で唯一愛した人で
別れも自然消滅の形で、悪い思い出が一つも無いため、時々引きずってしまいます…。


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