高3になり、対象として選んだ模試を受けた。結果は、745点/800点満点で、全体偏差値は70.8だった。
流石に、この結果なら、
『ほう…。かなり意外だな…。1年の時の欠席が祟って一般入試しか選択の余地は無いから、滑り止めも受けておけ』
と、何とか教師を説得しうる内容となった。
が、僕は滑り止めは受けなかった。
東大の出題傾向に合わせた勉強をしていくと、私学では求められる分野が全く違うので初めから太刀打ち出来無いし、その為に私学用の勉強をする気にはならなかった。
また、私学では僕の今までの貯金で学費が払えない為である。
その為、高3の間は、心に傷があった記憶も無い。とにかく勉強とバイトで連日超多忙だった。
極度に緊張感が増すと、胃が痛くなりますが、まさにそんな状況だった。
この当時は、1日があっという間に過ぎていたのだ。
途轍もない速さで入試まで来たような気がする。
2000年1月にセンター試験。
結果は、654点/800点満点だった。
時間が足りない為、英語と国語を捨てて、それでも足切りを免れるギリギリの点狙いだったので、これでも僕にとっては計算通りだった。
そして、二次試験。
東大の場合、こちらが圧倒的に配点が高い為、此方の方が事実上本番だった。
東京には、2月23日から来ていた。
東京観光とかこつけて、一緒に来てくれた彼女と、東京を見て廻り、これが僕ら二人にとって思い出として残るのだった。
なので、入試直前は意外と勉強していない。過去問や、模試問題集を散々解いて来たので、今更やっても余り意味が無いと思ったから…。
2月25~26日の2日間に渡る本試験は、手応えは余り無かった。
だけど、僕には進路は保証されていた。大学落ちた場合、バイトしていたコンビニが社員として雇ってくれる話になっていたから、勿論不安はあったけれど、その不安も軽く…
2000年3月
高校を卒業して、それから東大の合格発表があり、合格していた僕は、この日の為に貯金していた金を下ろし、入学手続きをした。
…この時、人生の最も上の部分、このまま進んで立派な職業に就けると当時は疑いもしなかった。
第2章 END
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第2章執筆を終えて
こうして振り返ると、絶望から一転して、頂点まで登りつめてしまいます。
一つの出逢いが奇跡を呼んだ感じで人生楽もあれば苦もあるとは言いますが、僕の場合、それが極端なんですよね…。
高校時代の記述が薄いのは、この章のメインをイジメ問題に持ってきた為です。
頂点に登ったように見える僕の人生はまた、奈落の底まで落ちてしまいます。
続いて第3章 頂点からの堕落 を書いていきます。
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