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- 秋山 隆平, 杉山 恒太郎
- ホリスティック・コミュニケーション
- エリック シュルツ, Eric Schulz, 足立 光, 土合 朋宏
- マーケティングゲーム―世界的優良企業に学ぶ勝つための原則
- 吉見 俊哉
- メディア文化論―メディアを学ぶ人のための15話
- 吉見 俊哉
- メディア時代の文化社会学
こんなところです。
読みたい本をリストアップ
こんなところです。
なんとなく思ったこと
UNIQLOのCMで
ユースケサンタマリアさんが金魚をとる
というシーンがある、
これは考えてみればもはや洋服とは関係ない
要はなんとなくユースケサンタマリアさんが
もっといえばUNIQLOがとても楽しんでいるCM
のような気がする
これはブランドイメージをつくることがCMの目的のひとつとなったりしてきたことや
向こうからメッセージを送られてくるよりも
向こうに引きつける力があることのほうが大切になってきたことが
要因だと思う。
とはいえ、もうCMってのが見られなくなって、
広告の形が変容してきたからあまり有効な発見とはいえないかもしれないなぁー
「これを○○とする」という考え方のルールがある。
勝手に決めてしまうことによって
新しい体系を見つけるということである。
これはお笑いの発想法に似ていると思った。
例えば、ダウンタウンのガキの使いやあらへんでのトークで
松本さんが勝手に結論を早く出す
としてそれを成り立たせるためにはどう体系化するか
考えているのだと思う。
例えば、犬が糞をすることは誰の責任なのか?という問いに対して
「それはウンコのせいやろ」と結論を出してみる。
勝手に「悪いのはウンコである」と規定してみる。
ぶっとんで規定してみる。
それによって新しい体系が生まれるかもしれない。
これは小さなことや大きなことがある。
その一つのとして人を超えて想像するというものがあると感じた。
勝手にテレビはどう思っているのだろう?と
「テレビに意識があるとする」と規定することによって新しい体系が見えてくるかもしれない。
例えば、ダウンタウンの松本さんは
「浜田は足がくさい。
靴下のpoloが靴下から逃げ出すほどや」と言っていた
もはや広告である。
これも足のくさい人の靴下はどう思うだろう?
と「靴下に意識があるとする」ということから生まれたことだろうと思う。
勝手に定義をする
勝手に結論を出してみる。
「これを○○とする」
その中で人を超えて考えてみる
できるだけぶっ飛んで定義していることが大事なのだろうと思う。
久々にガーンときました。
緊張感のあるものは芸術性がある。
例えば、ライブや演劇である。
すべて緊張感によってすばらしさを感じている。
こういった新しい体系が見つかった時
新しい万華鏡の核を見つけたとき、
とてもうれしい
誰に何を伝えるのか考える
コンセプトを決める
シンプルに言いたいことをを考える
一行で書く
素直に、簡単に
そしてそれを表現する
表現とコンセプトは一致していないといけない
それをチェックする
表現によってコンセプトは伝わるのか
そしてそれは世の中にないものなのか
インスタレーションとは
場所や空間全体を作品ととして体感させること
現代美術はこういうものらしい
佐藤可士和さんの言葉でした
伝えたいことはシンプルに
素直に
伝わらないと意味がない
コンビニっていうのはカラーマーケティグが使われている。
なぜだろうか?
それは
コンビニのルックスが似ているからだ。
似たような面積・似たような四角いルックスの建物である。
こういうものはルックスが同じだからカラーマーケをするしかない。
例えば、コンビニ、例えばカフェ、例えばタイヤ広告
僕は思いました。
「責任とは糸だ」と。
今まで見たミスとは
社会に出た時は違う
それは責任というものがついてまわるかどうかということです。
今までは、ミスをしてもそれによって影響される人がいなかった。
行動によって影響をうける、つながっている人間がいなかった。
しかし、今はたくさんいる。
電話対応をミスしただけでいろんな人に影響がでる。
それが責任ということだ。
僕たちはいとによっていろんな人とからまっている。
ある先輩がいいました。
広告は共感だと