「これを○○とする」という考え方のルールがある。
勝手に決めてしまうことによって
新しい体系を見つけるということである。
これはお笑いの発想法に似ていると思った。
例えば、ダウンタウンのガキの使いやあらへんでのトークで
松本さんが勝手に結論を早く出す
としてそれを成り立たせるためにはどう体系化するか
考えているのだと思う。
例えば、犬が糞をすることは誰の責任なのか?という問いに対して
「それはウンコのせいやろ」と結論を出してみる。
勝手に「悪いのはウンコである」と規定してみる。
ぶっとんで規定してみる。
それによって新しい体系が生まれるかもしれない。
これは小さなことや大きなことがある。
その一つのとして人を超えて想像するというものがあると感じた。
勝手にテレビはどう思っているのだろう?と
「テレビに意識があるとする」と規定することによって新しい体系が見えてくるかもしれない。
例えば、ダウンタウンの松本さんは
「浜田は足がくさい。
靴下のpoloが靴下から逃げ出すほどや」と言っていた
もはや広告である。
これも足のくさい人の靴下はどう思うだろう?
と「靴下に意識があるとする」ということから生まれたことだろうと思う。
勝手に定義をする
勝手に結論を出してみる。
「これを○○とする」
その中で人を超えて考えてみる
できるだけぶっ飛んで定義していることが大事なのだろうと思う。