人生の足跡10
~ 病気との戦い&始めての実習 大学二年の終わり~
初めての発作、
初めての精神科。
あたしは不安が募る一方だった。
あたしは大学には行ける範囲で精一杯いった。
そして、具合が悪くなればすぐに保健室か、心理学の先生の所へ駆け込んだ。
唯一の救いの場所だった。
あたしは保健室でも、心理学の先生の所でも涙をこぼしていた。
精神科の先生の話しを心理学の先生に全て報告していた。
あるとき、英語を担当していた教授が亡くなった。
あたしは死についてふかく考え込むようになった。
今、思えばあんなに死にとりつかれたようにいつもそのことを考えているなんて異常だった。
心理学の先生は、あたしの発作について、分析していた。
どんな時におこるか…
その先生は、何かショックな事があると、発作がその後出ると分析した。
確かに言われてみればそうだった。
心がまいっていて、あたしは何にたいしても敏感に傷ついた。
その後発作がでるのだ。
英語の教授が亡くなり、ショックもうけて、発作はでた。
あたしはその後とりつかれたかのように、死についてずっと考えていた。
ある日、心理学の先生からメールが来た。
実はね、あたしうつ病なの。
もう四年も戦ってるのよ。
薬もたくさん飲んだ。
睡眠障害もあるし。
目に映る景色が見た事ないように映った事もある。
それはね、うつ病と共に離人症は併発しやすいの。
だから大丈夫よ、気軽に相談してね。
その心理学の先生はうつ病だったのだ。
一見わからない。
綺麗で凛としてて、キャリアウーマンのようにうつる先生だった。
普通なら学生に自分の病気など打ち明けないだろう。
あたしのSOSに応えてくれた唯一の先生。
痛みがわかるからこそだった。
あたしは精神科の先生よりずっと頼れた。
精神科の先生はあたしに次から次へといろんな薬を出した。
何がきくのか試行錯誤していたんだとおもう。
病名も次から次へと変わる始末。
あたしはひどい副作用に悩まされた。
吐き気、便秘、手の震え。
頭の中のノイローゼのように考えがとまらないのも、発作も落ち着く事がなかった。
死にたいような思いにかられたり、不安がとまらなかったり…。
本当に生きた心地などしなかった。
顔はむくんだ。
強い眠気にも襲われた。
それでも大学へ行けたのは、保健室と心理学の先生がいたからだろう。
学年の担当の先生は、心理学の先生とは別の精神科専門のリハビリの先生だった。
ここで暴露してしまうが…あたしが目指していたのはリハビリをする人だった。
心理学の先生の他にもその先生に事情を話すように声がかかった。
その先生はあたしを更に追い詰めたのだった…。
やむを得ず、その先生にも訳を話すこととなった。
なんとも変わった先生だった。
授業らしい授業なんてしない。
課題を鬼のように出し、その答えは教科書にあるものではない。
その先生の考え方に沿ったものではないといけないのだ。
気分屋で、答えはその時によってかわる。
一度提出した課題の点数が二度目に提出すると、一度目より点数が低くなるなんて当たり前。
えこひいきも激しかった。
その先生[男]と共に、キャンプなどにいった女子は成績がいい。
みんな媚びをうりはじめていた。
なんせ留年させると脅すからだ。
あたしは疑問だった…
そんなのおかしい!って。
だけどそんな事いえやしない…
ましてや、心理学の先生にも。
先生通しだから…。
相談は心理学の先生がよく、あたしはその男の先生の所へはあまりいかなかった。
それがおもしろくなかったらしく、今後にひびく事になる。
あたしはその後も、心理学の先生に相談にいっていた。
薬の状態を伝えては、
副作用等や効果を調べてくれた。
そしてその先生と話し合った結果、病院をかえることにした。
精神科はあたりはずれが激しい事は今となってわかることだが…。
二年の後半には実習が待ち構えていた。
それまでに何とか体調をよくしたかった。
親にも隠してはいたが、
親にも事情を話したほうが良いと言われて、
心配をかけたくなかったが知らせた。
親は予想通りひどく心配していた。
しかし病気についての理解は難しかった。
あたしは思わずこんな事を口に出してしまった。
大学辞めたい…。
辞めてどうするの!
親なりに心配してくれた言葉である。
将来を考えてのこと。
だけど悲観的になってたあたしはまた、わかってもらえない…とその後発作が出てしまったのを覚えている。
親もまた、どのくらい深刻なのか、わからないでいたとおもう。
元気いっぱいだった昔。
親も想像がつかなかったのだ。
あたしはその後病院をかえて、新たに診断されたのが、うつ病だった。
坑うつ剤を出された。
その時の薬は、副作用が激しかった。
手の震え、眠気は倍異常になった。
しかし、二週間たてば、薬の効果は現れた。
発作は出るが、回りの景色などは暗かった世界に少し明るさをました感じであった。
その病院で始めて体験したのは点滴だった。
その後は、身体はだるすぎで、何の効果もない。
一度目で病院を失敗したこともあり、医者に告げる事もできるようになったあたしは点滴は拒否した。
とりあえず、坑うつ剤の他の薬はぼっーとさせ、
考えをとめるものだった。
そんな状況の中、実習が始まる。
初めての実習は一週間だった。
あたしは仙台の国立の有名な病院へと実習に行く事となった。
…が…。
あたしは三日行った後に高い高熱をだしてしまったのだ…。
免疫力が落ちていた。
そこで、あたしは休む事になり、内科の病院に駆け込んだ。
点滴をうけた。
どーしてこんなについてないの?(T-T)
実習先にも連絡は入れたが、大学にももちろん連絡をいれないといけなかった。
その連絡先は…精神科担当リハビリの男の先生だ。
状況を説明するとすぐ、
『じゃー留年だね。どんな理由があっても駄目なのは駄目。』
あたしは
『えっ…再実習とか無理ですか?』
というと
『駄目なのは駄目。』
四十度の高熱に…
冷たい言葉。
あたしは発作がまた出てしまった。
熱&発作。
状態を心理学の先生に告げた。
親は心配して来てくれた。
親はそこであたしの発作を初めて見て、びっくりしていた。
病院へまた駆け込んで、
筋肉注射の安定剤を飲むが落ち着かない。
そんな発作の中、何とか実習にいかないと…
再び電話を母が男の先生にかけると…
『こういう前例がないから、手のうちようがないですね』
と言われた。
その後そんなのは全くの嘘だと知ったのは、
ずっと後だった。
本当はそういう場合は再実習にいけたのだ。
あたしは内科の先生に事情を話した。
四十度の熱が下がらず、
医者は実習はいけないだろうと告げた。
あたしは必死だった。
『いけなかったら留年なんです…』
医者はそんなのはおかしいとなんとその男の先生に電話をかけてくれた。
『熱があっていけないのに、留年なんておかしいですよ。』
と…。
この連絡をしてくれなかったらあたしは、その男の先生の独断と偏見で留年だったかもしれない。
男の先生はやっと実習先に再実習を依頼した。
今思ってもおかしい話しだ。
熱があるのに、例え実習先に行っても、患者さんにうつしたら駄目じゃないの?
迷惑かけるんじゃないの?
弱ってる人に対して言う言葉でもない。
あたしは自分がなりたい職業の先生がそんな人という事にショックを受けた。
リハビリをする人でしょ?医療関係者でしょ?
おかしい…
そしてそんな先生に媚びをうる人達も信じられなかった。
権力を持つ先生に対して、弱者の学生。
もちろん、すかれてる生徒はよい…。
その先生が理由で辞めた学生や、病んでしまった学生は多数いた。
でも真実は暗闇の中だった。
明らかに権力を持つ先生とすかれる[媚びをうる]生徒達は強かった。
あたしは結局死にながらも三日休むのが限度と言われて、熱ありながらタクシーで実習にいった。
今思い出すと自分でも、
かなり無理があったと覚えている。
その後再実習も行った。
その時にお世話になってしまった実習先のリハビリの先生には深く感謝している。
そして、何処までもこれから先も、その男の先生に苦しめられる事となる…。
あたしは今でもはっきりと言える。
医療従事者であるものの姿ではないと。
でも医療の裏側なんて残酷なものだ。
それは今後の足跡にのせていこうとおもう。
初めての発作、
初めての精神科。
あたしは不安が募る一方だった。
あたしは大学には行ける範囲で精一杯いった。
そして、具合が悪くなればすぐに保健室か、心理学の先生の所へ駆け込んだ。
唯一の救いの場所だった。
あたしは保健室でも、心理学の先生の所でも涙をこぼしていた。
精神科の先生の話しを心理学の先生に全て報告していた。
あるとき、英語を担当していた教授が亡くなった。
あたしは死についてふかく考え込むようになった。
今、思えばあんなに死にとりつかれたようにいつもそのことを考えているなんて異常だった。
心理学の先生は、あたしの発作について、分析していた。
どんな時におこるか…
その先生は、何かショックな事があると、発作がその後出ると分析した。
確かに言われてみればそうだった。
心がまいっていて、あたしは何にたいしても敏感に傷ついた。
その後発作がでるのだ。
英語の教授が亡くなり、ショックもうけて、発作はでた。
あたしはその後とりつかれたかのように、死についてずっと考えていた。
ある日、心理学の先生からメールが来た。
実はね、あたしうつ病なの。
もう四年も戦ってるのよ。
薬もたくさん飲んだ。
睡眠障害もあるし。
目に映る景色が見た事ないように映った事もある。
それはね、うつ病と共に離人症は併発しやすいの。
だから大丈夫よ、気軽に相談してね。
その心理学の先生はうつ病だったのだ。
一見わからない。
綺麗で凛としてて、キャリアウーマンのようにうつる先生だった。
普通なら学生に自分の病気など打ち明けないだろう。
あたしのSOSに応えてくれた唯一の先生。
痛みがわかるからこそだった。
あたしは精神科の先生よりずっと頼れた。
精神科の先生はあたしに次から次へといろんな薬を出した。
何がきくのか試行錯誤していたんだとおもう。
病名も次から次へと変わる始末。
あたしはひどい副作用に悩まされた。
吐き気、便秘、手の震え。
頭の中のノイローゼのように考えがとまらないのも、発作も落ち着く事がなかった。
死にたいような思いにかられたり、不安がとまらなかったり…。
本当に生きた心地などしなかった。
顔はむくんだ。
強い眠気にも襲われた。
それでも大学へ行けたのは、保健室と心理学の先生がいたからだろう。
学年の担当の先生は、心理学の先生とは別の精神科専門のリハビリの先生だった。
ここで暴露してしまうが…あたしが目指していたのはリハビリをする人だった。
心理学の先生の他にもその先生に事情を話すように声がかかった。
その先生はあたしを更に追い詰めたのだった…。
やむを得ず、その先生にも訳を話すこととなった。
なんとも変わった先生だった。
授業らしい授業なんてしない。
課題を鬼のように出し、その答えは教科書にあるものではない。
その先生の考え方に沿ったものではないといけないのだ。
気分屋で、答えはその時によってかわる。
一度提出した課題の点数が二度目に提出すると、一度目より点数が低くなるなんて当たり前。
えこひいきも激しかった。
その先生[男]と共に、キャンプなどにいった女子は成績がいい。
みんな媚びをうりはじめていた。
なんせ留年させると脅すからだ。
あたしは疑問だった…
そんなのおかしい!って。
だけどそんな事いえやしない…
ましてや、心理学の先生にも。
先生通しだから…。
相談は心理学の先生がよく、あたしはその男の先生の所へはあまりいかなかった。
それがおもしろくなかったらしく、今後にひびく事になる。
あたしはその後も、心理学の先生に相談にいっていた。
薬の状態を伝えては、
副作用等や効果を調べてくれた。
そしてその先生と話し合った結果、病院をかえることにした。
精神科はあたりはずれが激しい事は今となってわかることだが…。
二年の後半には実習が待ち構えていた。
それまでに何とか体調をよくしたかった。
親にも隠してはいたが、
親にも事情を話したほうが良いと言われて、
心配をかけたくなかったが知らせた。
親は予想通りひどく心配していた。
しかし病気についての理解は難しかった。
あたしは思わずこんな事を口に出してしまった。
大学辞めたい…。
辞めてどうするの!
親なりに心配してくれた言葉である。
将来を考えてのこと。
だけど悲観的になってたあたしはまた、わかってもらえない…とその後発作が出てしまったのを覚えている。
親もまた、どのくらい深刻なのか、わからないでいたとおもう。
元気いっぱいだった昔。
親も想像がつかなかったのだ。
あたしはその後病院をかえて、新たに診断されたのが、うつ病だった。
坑うつ剤を出された。
その時の薬は、副作用が激しかった。
手の震え、眠気は倍異常になった。
しかし、二週間たてば、薬の効果は現れた。
発作は出るが、回りの景色などは暗かった世界に少し明るさをました感じであった。
その病院で始めて体験したのは点滴だった。
その後は、身体はだるすぎで、何の効果もない。
一度目で病院を失敗したこともあり、医者に告げる事もできるようになったあたしは点滴は拒否した。
とりあえず、坑うつ剤の他の薬はぼっーとさせ、
考えをとめるものだった。
そんな状況の中、実習が始まる。
初めての実習は一週間だった。
あたしは仙台の国立の有名な病院へと実習に行く事となった。
…が…。
あたしは三日行った後に高い高熱をだしてしまったのだ…。
免疫力が落ちていた。
そこで、あたしは休む事になり、内科の病院に駆け込んだ。
点滴をうけた。
どーしてこんなについてないの?(T-T)
実習先にも連絡は入れたが、大学にももちろん連絡をいれないといけなかった。
その連絡先は…精神科担当リハビリの男の先生だ。
状況を説明するとすぐ、
『じゃー留年だね。どんな理由があっても駄目なのは駄目。』
あたしは
『えっ…再実習とか無理ですか?』
というと
『駄目なのは駄目。』
四十度の高熱に…
冷たい言葉。
あたしは発作がまた出てしまった。
熱&発作。
状態を心理学の先生に告げた。
親は心配して来てくれた。
親はそこであたしの発作を初めて見て、びっくりしていた。
病院へまた駆け込んで、
筋肉注射の安定剤を飲むが落ち着かない。
そんな発作の中、何とか実習にいかないと…
再び電話を母が男の先生にかけると…
『こういう前例がないから、手のうちようがないですね』
と言われた。
その後そんなのは全くの嘘だと知ったのは、
ずっと後だった。
本当はそういう場合は再実習にいけたのだ。
あたしは内科の先生に事情を話した。
四十度の熱が下がらず、
医者は実習はいけないだろうと告げた。
あたしは必死だった。
『いけなかったら留年なんです…』
医者はそんなのはおかしいとなんとその男の先生に電話をかけてくれた。
『熱があっていけないのに、留年なんておかしいですよ。』
と…。
この連絡をしてくれなかったらあたしは、その男の先生の独断と偏見で留年だったかもしれない。
男の先生はやっと実習先に再実習を依頼した。
今思ってもおかしい話しだ。
熱があるのに、例え実習先に行っても、患者さんにうつしたら駄目じゃないの?
迷惑かけるんじゃないの?
弱ってる人に対して言う言葉でもない。
あたしは自分がなりたい職業の先生がそんな人という事にショックを受けた。
リハビリをする人でしょ?医療関係者でしょ?
おかしい…
そしてそんな先生に媚びをうる人達も信じられなかった。
権力を持つ先生に対して、弱者の学生。
もちろん、すかれてる生徒はよい…。
その先生が理由で辞めた学生や、病んでしまった学生は多数いた。
でも真実は暗闇の中だった。
明らかに権力を持つ先生とすかれる[媚びをうる]生徒達は強かった。
あたしは結局死にながらも三日休むのが限度と言われて、熱ありながらタクシーで実習にいった。
今思い出すと自分でも、
かなり無理があったと覚えている。
その後再実習も行った。
その時にお世話になってしまった実習先のリハビリの先生には深く感謝している。
そして、何処までもこれから先も、その男の先生に苦しめられる事となる…。
あたしは今でもはっきりと言える。
医療従事者であるものの姿ではないと。
でも医療の裏側なんて残酷なものだ。
それは今後の足跡にのせていこうとおもう。
昨日のあたしと今日の予定
昨日は夜遅くに忙しくなった。
昨日は嬢達に、こんな事を聞かれた。
『悩みあるんですか?なさそうに見えますよね。悩み無いのが悩みとか?(笑)』
あたしは昔からそうだ。
楽天的に装っているのか自分でもわからないけど、人から悩みなんてなさそーとみられがち。
きっとあたしにいろんな過去があることなど、
わからないだろう(笑)
それは時にはよいけど、
時には辛い時もある。
みんなね、人間は弱い。
あたしはそうおもう。
どんな人でもきっと
何かを抱えながら生きている。
何も無い人なんていない。
今日は銀行に振込みにいって、病院にいって、ペットショップにいって癒されて、コインランドリーにいこうとおもう。
だけど…どこまで出来るかな…
身体がついてこないかも。苦笑
ってな訳で準備していってきます(^-^)
anna0304
昨日は嬢達に、こんな事を聞かれた。
『悩みあるんですか?なさそうに見えますよね。悩み無いのが悩みとか?(笑)』
あたしは昔からそうだ。
楽天的に装っているのか自分でもわからないけど、人から悩みなんてなさそーとみられがち。
きっとあたしにいろんな過去があることなど、
わからないだろう(笑)
それは時にはよいけど、
時には辛い時もある。
みんなね、人間は弱い。
あたしはそうおもう。
どんな人でもきっと
何かを抱えながら生きている。
何も無い人なんていない。
今日は銀行に振込みにいって、病院にいって、ペットショップにいって癒されて、コインランドリーにいこうとおもう。
だけど…どこまで出来るかな…
身体がついてこないかも。苦笑
ってな訳で準備していってきます(^-^)
anna0304
実況 デリ待機所にて
今日は暇で、たくさんの嬢が待機所にて待機をしている。
人気のある嬢も待機してはいらついている…汗
あたしはいつもどうしても周りに気を使ってしまう(^_^;)
雰囲気を敏感に感じ取ってしまう。
最初すごくボス的な存在の人が居て正直苦手意識をもっていたのだが、
よくよく中身を知ると輪に入ってないような無言の嬢の方が怖い事を知る。
そのボス的な存在の人は、案外フレンドリーで場を笑わせてくれる。
今、話題になっているのはフェラについて。
フェラの際に、やはり男性の精器が大きい場合について。
プロの嬢は、喉の奥であたっても『うぇっ』っとならない場所があるらしい…。
あたしの場合は、まだそこの場所は見つからないが…(^_^;)
女達の集まりとはいえ、待機所は汚い(-.-;)
タバコを吸わない嬢はほとんどいない。
あたしも吸うが…(^_^;)
がんばらないと(-.-;)
人気のある嬢も待機してはいらついている…汗
あたしはいつもどうしても周りに気を使ってしまう(^_^;)
雰囲気を敏感に感じ取ってしまう。
最初すごくボス的な存在の人が居て正直苦手意識をもっていたのだが、
よくよく中身を知ると輪に入ってないような無言の嬢の方が怖い事を知る。
そのボス的な存在の人は、案外フレンドリーで場を笑わせてくれる。
今、話題になっているのはフェラについて。
フェラの際に、やはり男性の精器が大きい場合について。
プロの嬢は、喉の奥であたっても『うぇっ』っとならない場所があるらしい…。
あたしの場合は、まだそこの場所は見つからないが…(^_^;)
女達の集まりとはいえ、待機所は汚い(-.-;)
タバコを吸わない嬢はほとんどいない。
あたしも吸うが…(^_^;)
がんばらないと(-.-;)