なんとか仕事
今日は…
なんとか仕事に来た。
やはり昨日の出来事が
いくら強がっても響いていて
結局、遅刻してしまう始末。
情けない…。
あたしはすぐ身体に出てしまうので、
昨日は動悸が激しかった…。
一本仕事をこなしてきた。
さすがにお客様の前で
暗い姿など見せられない。
やけに逆にテンションが
高かった。
お客様に
やけに笑ってるね
なんて言われてしまった…
緊張するとテンションあがっちゃって…
なんて言ってごまかした。
若いお客様だった。
いつも年齢を聞かれると
失礼のないようにだいぶ下に言うのだが
見事にはずしてしまい…
あちゃあ…だった。
それでも頑張って仕事をこなした。
話しをしてると、
そのお客様は出張ホストをしているという。
夢の為にお金がいるんだとか。
あたしはこの仕事につくまでは
どこか
風俗、ホスト、キャバクラなどをやる人達を
軽蔑していたように思う。
でも自分がこの仕事について、わかったこと。
これも立派な仕事だということ。
みんな様々な理由を抱えて働いている。
もちろん、礼儀も必要だし、どんなお客様でも
笑顔で満足して帰って頂けるように勤める仕事だ。
決して楽な仕事ではない。
あたしはその事が最近わかるようになって、
素直にお客様の夢を応援できた気がする。
かえりぎわに、時間が無く、
しかも今日はバタバタと出て来てしまい、名刺を忘れてしまった。
でも、名刺ある?と聞いてくれて
事情を説明して紙に名前とお礼を書きおいてきた。
至らないあたしでも
お客様から名刺などを下さいといわれるとやはり嬉しいものだ。
少しはこんなあたしでも
満足してくれたかな?と思った。
これから12時までの受付。
正直元気はないけど、
精一杯がんばろうと思う。
生きる為に…
今のあたしはそれだけが精一杯だ。
どんな仕事でも仕事は仕事。
今まで自分の考え方が浅いものだったと
きづかされた今日この頃です(^-^)
なんとか仕事に来た。
やはり昨日の出来事が
いくら強がっても響いていて
結局、遅刻してしまう始末。
情けない…。
あたしはすぐ身体に出てしまうので、
昨日は動悸が激しかった…。
一本仕事をこなしてきた。
さすがにお客様の前で
暗い姿など見せられない。
やけに逆にテンションが
高かった。
お客様に
やけに笑ってるね
なんて言われてしまった…
緊張するとテンションあがっちゃって…
なんて言ってごまかした。
若いお客様だった。
いつも年齢を聞かれると
失礼のないようにだいぶ下に言うのだが
見事にはずしてしまい…
あちゃあ…だった。
それでも頑張って仕事をこなした。
話しをしてると、
そのお客様は出張ホストをしているという。
夢の為にお金がいるんだとか。
あたしはこの仕事につくまでは
どこか
風俗、ホスト、キャバクラなどをやる人達を
軽蔑していたように思う。
でも自分がこの仕事について、わかったこと。
これも立派な仕事だということ。
みんな様々な理由を抱えて働いている。
もちろん、礼儀も必要だし、どんなお客様でも
笑顔で満足して帰って頂けるように勤める仕事だ。
決して楽な仕事ではない。
あたしはその事が最近わかるようになって、
素直にお客様の夢を応援できた気がする。
かえりぎわに、時間が無く、
しかも今日はバタバタと出て来てしまい、名刺を忘れてしまった。
でも、名刺ある?と聞いてくれて
事情を説明して紙に名前とお礼を書きおいてきた。
至らないあたしでも
お客様から名刺などを下さいといわれるとやはり嬉しいものだ。
少しはこんなあたしでも
満足してくれたかな?と思った。
これから12時までの受付。
正直元気はないけど、
精一杯がんばろうと思う。
生きる為に…
今のあたしはそれだけが精一杯だ。
どんな仕事でも仕事は仕事。
今まで自分の考え方が浅いものだったと
きづかされた今日この頃です(^-^)
人生の足跡11
~大学三年生&失望~
発作の回数は徐々に落ち着いていた。
心理学の先生のお陰で、
自分の発作の前兆を
なるべく察知できるようになってきた
それでも薬は強く
副作用はひどかった。
吐き気や便秘、手の震えなどパーキンソン病に
似た症状がでた
眠気もひどく、
授業中にはよく爆睡していた
下手したら三限分まるまる寝てるなんて事も
日常茶飯事だった
三年生になり、グループ学習が始まる
どの授業もグループ形式。
あたしは相変わらず孤立していた
三年生になっても
孤立していた
グループ学習程苦痛なものはなかったが
なんとか必死に入ろうとは努力した
しかし、身体が思うようについていかず
休む事もしばしば。
グループのメンバーに信頼などされるはずはなかった。
ましてや、理解してくれる人などいなかった
諦めてた
今更、輪に入れる訳がないと…
心は悲鳴をあげっぱなし
救いは心理学の先生と
保健室
何度トイレに駆け込んで
涙した事だろうか…
入っていけないあたしを
あからさまに更に入っていけない状態にしたのは
前に話した男の先生だ。
[今後M先生と記載]
M先生は専門分野が、精神科だった事をいい事に、自分の判断に間違いはないという所があった。
ある時、あたしは別の席を用意された。
輪の中に入っていれないならこの席にと。
それは、みんなを遠くから眺めるような席。
遠くにさせる事がその先生なりの治療?リハビリ?だったのだろうか…
でもみんな変な目をして
見ているのは当たり前
明らかに孤立してるのを
今おもうと見せ付けている状態だった…
でもあたしはその時はすでに…
自分はどうせおかしいから。
と思っていた。
回りの空気が重く感じた。
眩暈がしたのも覚えている
電車で通学していたが、
帰りのホームによくたたずんでいた事もよくあった
この頃、バイトは週一回程度がやっとだった
でもなぜバイトを続けたかは
大学ではない所で
大学の姿を知られない所で自分の居場所がほしかったから…
大学ではダメ人間みたいなレッテルを先生方で貼られていた
友達なんて呼べる人も
いなかったから…
仕事を少しでもこなす自分が、
自分を保っていたように
おもう。
大学間では先生方の派閥が目立った
心理学の先生もこの大学の異常性を感じている事をあたしには明かしてくれた
そして先生方の特徴を教えてくれて
この先生にはこういう態度で。
とアドバイスしてくれた。
媚びを売る学生達はそれが上手だった
中にはやはり下手な学生もいて、
あたしのようにダメなレッテルを張られた生徒もいた
中には派閥で弱い立場の
先生もいた
それは自然と学生達は察知していて
授業中にその先生に
簡単に暴言をはく生徒もいた
医療福祉に関わる人達&生徒なのに…
あたしはひどくショックだった
なんなんだろう…一体…でもそういう人達ばかりたと(自分がおかしいんじゃないか?)という錯覚に陥った。
リハビリの世界は、
歴史的に浅い。
そして、世界が狭い。
始めの頃に活躍していた先生でも、六十歳くらい。
あたしの大学は出来たばっかりの私立大学だったので、有名な先生を金で集めていた。
まさしくおえらいさん、
みたいな態度をとっている。
あたしは次第に先生方の顔色を伺うようになった。
あの時も今も変わらずにおもうこと。
医療に携わるからといって、偉い?
偉くなんてないじゃない!
先生と呼ばれて、患者さんは弱者で、今までどれだけ偉い態度を示してきたんだろう…と。
自分がなりたい職業の人達がそんな現実に、
失望していた。
ある先生の前では、ひたすらその先生をほめないと機嫌が悪い。
機嫌が悪くなると、
無意味にひたすらキレ続ける。
ある先生は、人の気持ちを理解せず、一方的に非難する。
ある先生はもっと権力のある先生にいつも媚びをうっている。
ある先生は、巻き込まれたくないからいつも、逃げてまわっていたり。
そしてM先生。
このM先生が学年担当で1番厄介だった。
以前にも記載したが。
あたしが1番許されないと思った事は生徒を
何系と勝手に作りだし、
表にして気に入ってる先生だけに配った。
何系には例えば不思議系など、勝手に決め付けて、かいてあるのだ。
中には論外もあった。
ありえない…
あたしはその表に群がりながら笑ってる人達が信じられなかった
リハビリは障害の程度を評価する。それから治療となる。
自然と評価が欠点しかみれなくなっていると
私は感じた。
それはどの先生にも共通して見られた。もちろん全員じゃないけど。
職業病?
あたしは思った。
だけど…リハビリは残存能力を生かしていくもの…
それなのに人を悪くしかみれない事にあたしは更に失望した
そんな状態の中、M先生に親が呼ばれた
母親は、わざわざM先生に地元名物のお菓子を持参してきてくれた。
何をはなすのか…
不安だった
そこで話したのは自分が面倒みてやってるという訳わからない話し…
あたしはM先生よりずっと心理学の先生の方がずっとお世話になっていると思っていた。
とりあえず当たり障りのないように母親もあたしも御礼をいったが…
そうしないとこの先が怖いから…
母親にはM先生の異常さには前以て話していた。
そして母親は、お菓子を丁寧に渡した。
その時当然だろみたいな顔をして
御礼も言わず
当たり前のように持って
部屋をでていったM先生…
さすがに母親もおかしいとわかったようだ。
それでもあたしは
心理学の先生の所へ相談にいっていた
二回目の実習を控える前の事。
ある日あたしにM先生はこう言った
『あなたは、心理学の先生とあたしをどっちとるの?』
はっ?と思った。
何故にそんな事をきくんだろう…
どっちとるって何?
あたしは困惑しながら、
『心理学の先生も、M先生も頼りにはしてます…』
本当なら、心理学の先生と言いたい所だが後々を考えると否定などできなかった。
心理学の先生は女の先生。M先生は男。
M先生がおもしろくなかったのは、自分はリハビリの先生だ!学年の担当だ!なのになんで心理学の先生に相談するんだ?
ってことだった。
M先生はひどく心理学の先生に敵対心を持っていたのだ。
あたしの答え方がおもしろくなかったらしい。
M先生と言ってほしかったのだ。
イラつきをみせて
『あっそう』
と言って、さっていった。
その後の実習先を決めるのはM先生だった。
なんと自分の奥さん[看護士]がいる所の病院にあたしは行く事となる。
あたしは病気を隠していくつもりだった。
だが、病気の状態をさらにひどくして次の実習先に伝えていたのは
そこで働いていたM先生の奥さんだった…
次の実習程、苦痛を感じた実習はなかった
実習内容は次回へ続く
発作の回数は徐々に落ち着いていた。
心理学の先生のお陰で、
自分の発作の前兆を
なるべく察知できるようになってきた
それでも薬は強く
副作用はひどかった。
吐き気や便秘、手の震えなどパーキンソン病に
似た症状がでた
眠気もひどく、
授業中にはよく爆睡していた
下手したら三限分まるまる寝てるなんて事も
日常茶飯事だった
三年生になり、グループ学習が始まる
どの授業もグループ形式。
あたしは相変わらず孤立していた
三年生になっても
孤立していた
グループ学習程苦痛なものはなかったが
なんとか必死に入ろうとは努力した
しかし、身体が思うようについていかず
休む事もしばしば。
グループのメンバーに信頼などされるはずはなかった。
ましてや、理解してくれる人などいなかった
諦めてた
今更、輪に入れる訳がないと…
心は悲鳴をあげっぱなし
救いは心理学の先生と
保健室
何度トイレに駆け込んで
涙した事だろうか…
入っていけないあたしを
あからさまに更に入っていけない状態にしたのは
前に話した男の先生だ。
[今後M先生と記載]
M先生は専門分野が、精神科だった事をいい事に、自分の判断に間違いはないという所があった。
ある時、あたしは別の席を用意された。
輪の中に入っていれないならこの席にと。
それは、みんなを遠くから眺めるような席。
遠くにさせる事がその先生なりの治療?リハビリ?だったのだろうか…
でもみんな変な目をして
見ているのは当たり前
明らかに孤立してるのを
今おもうと見せ付けている状態だった…
でもあたしはその時はすでに…
自分はどうせおかしいから。
と思っていた。
回りの空気が重く感じた。
眩暈がしたのも覚えている
電車で通学していたが、
帰りのホームによくたたずんでいた事もよくあった
この頃、バイトは週一回程度がやっとだった
でもなぜバイトを続けたかは
大学ではない所で
大学の姿を知られない所で自分の居場所がほしかったから…
大学ではダメ人間みたいなレッテルを先生方で貼られていた
友達なんて呼べる人も
いなかったから…
仕事を少しでもこなす自分が、
自分を保っていたように
おもう。
大学間では先生方の派閥が目立った
心理学の先生もこの大学の異常性を感じている事をあたしには明かしてくれた
そして先生方の特徴を教えてくれて
この先生にはこういう態度で。
とアドバイスしてくれた。
媚びを売る学生達はそれが上手だった
中にはやはり下手な学生もいて、
あたしのようにダメなレッテルを張られた生徒もいた
中には派閥で弱い立場の
先生もいた
それは自然と学生達は察知していて
授業中にその先生に
簡単に暴言をはく生徒もいた
医療福祉に関わる人達&生徒なのに…
あたしはひどくショックだった
なんなんだろう…一体…でもそういう人達ばかりたと(自分がおかしいんじゃないか?)という錯覚に陥った。
リハビリの世界は、
歴史的に浅い。
そして、世界が狭い。
始めの頃に活躍していた先生でも、六十歳くらい。
あたしの大学は出来たばっかりの私立大学だったので、有名な先生を金で集めていた。
まさしくおえらいさん、
みたいな態度をとっている。
あたしは次第に先生方の顔色を伺うようになった。
あの時も今も変わらずにおもうこと。
医療に携わるからといって、偉い?
偉くなんてないじゃない!
先生と呼ばれて、患者さんは弱者で、今までどれだけ偉い態度を示してきたんだろう…と。
自分がなりたい職業の人達がそんな現実に、
失望していた。
ある先生の前では、ひたすらその先生をほめないと機嫌が悪い。
機嫌が悪くなると、
無意味にひたすらキレ続ける。
ある先生は、人の気持ちを理解せず、一方的に非難する。
ある先生はもっと権力のある先生にいつも媚びをうっている。
ある先生は、巻き込まれたくないからいつも、逃げてまわっていたり。
そしてM先生。
このM先生が学年担当で1番厄介だった。
以前にも記載したが。
あたしが1番許されないと思った事は生徒を
何系と勝手に作りだし、
表にして気に入ってる先生だけに配った。
何系には例えば不思議系など、勝手に決め付けて、かいてあるのだ。
中には論外もあった。
ありえない…
あたしはその表に群がりながら笑ってる人達が信じられなかった
リハビリは障害の程度を評価する。それから治療となる。
自然と評価が欠点しかみれなくなっていると
私は感じた。
それはどの先生にも共通して見られた。もちろん全員じゃないけど。
職業病?
あたしは思った。
だけど…リハビリは残存能力を生かしていくもの…
それなのに人を悪くしかみれない事にあたしは更に失望した
そんな状態の中、M先生に親が呼ばれた
母親は、わざわざM先生に地元名物のお菓子を持参してきてくれた。
何をはなすのか…
不安だった
そこで話したのは自分が面倒みてやってるという訳わからない話し…
あたしはM先生よりずっと心理学の先生の方がずっとお世話になっていると思っていた。
とりあえず当たり障りのないように母親もあたしも御礼をいったが…
そうしないとこの先が怖いから…
母親にはM先生の異常さには前以て話していた。
そして母親は、お菓子を丁寧に渡した。
その時当然だろみたいな顔をして
御礼も言わず
当たり前のように持って
部屋をでていったM先生…
さすがに母親もおかしいとわかったようだ。
それでもあたしは
心理学の先生の所へ相談にいっていた
二回目の実習を控える前の事。
ある日あたしにM先生はこう言った
『あなたは、心理学の先生とあたしをどっちとるの?』
はっ?と思った。
何故にそんな事をきくんだろう…
どっちとるって何?
あたしは困惑しながら、
『心理学の先生も、M先生も頼りにはしてます…』
本当なら、心理学の先生と言いたい所だが後々を考えると否定などできなかった。
心理学の先生は女の先生。M先生は男。
M先生がおもしろくなかったのは、自分はリハビリの先生だ!学年の担当だ!なのになんで心理学の先生に相談するんだ?
ってことだった。
M先生はひどく心理学の先生に敵対心を持っていたのだ。
あたしの答え方がおもしろくなかったらしい。
M先生と言ってほしかったのだ。
イラつきをみせて
『あっそう』
と言って、さっていった。
その後の実習先を決めるのはM先生だった。
なんと自分の奥さん[看護士]がいる所の病院にあたしは行く事となる。
あたしは病気を隠していくつもりだった。
だが、病気の状態をさらにひどくして次の実習先に伝えていたのは
そこで働いていたM先生の奥さんだった…
次の実習程、苦痛を感じた実習はなかった
実習内容は次回へ続く
傷
今日は…
ある傷つくことがあって
体調にも影響して、
寝たきり状態の杏奈です
(>_<)
あまりにもショックで
blog書かないでいたけど、
どこまでも
落ちていく一方なので
気分転換に書いてみることにしました。
この傷もいつか…
足跡のように載せれるように
なっていくはず…
昔よりは強くなったとおもう
でも
傷つく事は慣れたりしない…
いつか光が照らしてくれると思っていた…
手を伸ばして光を求めた
いつか光がさしてくれるだろうと信じて
頑張った
今は…
手をのばす力もない自分がいる…
明日はきちんと仕事にいかないと…
(-.-;)
ある傷つくことがあって
体調にも影響して、
寝たきり状態の杏奈です
(>_<)
あまりにもショックで
blog書かないでいたけど、
どこまでも
落ちていく一方なので
気分転換に書いてみることにしました。
この傷もいつか…
足跡のように載せれるように
なっていくはず…
昔よりは強くなったとおもう
でも
傷つく事は慣れたりしない…
いつか光が照らしてくれると思っていた…
手を伸ばして光を求めた
いつか光がさしてくれるだろうと信じて
頑張った
今は…
手をのばす力もない自分がいる…
明日はきちんと仕事にいかないと…
(-.-;)