8月30日。

不安なことや聞きたいことを
わからないことを
付箋紙にわーって書き出しノートにペタペタ。

これはそのノート。
もう、
先生の答えもメモってあるけどね。
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頭の中グルグルだから、
付箋紙が役に立つよ。
順番変えられるし。


全部、聞こう。
先生に聞いてみよう。
ちゃんと話して教えてくれる先生なら
それでいい。

●温存+放射線を選んだとしたら…
 傷跡は?形は?その後再建するとしたら?

●全摘になったら…
 同時再建のメリットやデメリット、リスクは?

●他の病院のホームページにかかれていたこと。
 “美容的な面も重要視して手術したり、再建を視野に考えて”
 って、考え的なこと。配慮してくれてるのかな…。

●将来的に赤ちゃんが欲しい!
 ホルモン治療、放射線治療、抗がん剤治療とか
 体にどんな影響があるの?

●私の今の細胞。どのくらいの早さで治療すべき?
 手術前に治療を始めてる人もいる…。

●初期ということで手術しないで治すって人もいるみたい。
 それって大丈夫なの?

●PETって何?私に必要?

●手術後、いつから動けるの?

●食べ物とか気を付けた方がいいのかな?


予約外だったので、やっぱり待ち時間は長かった。
でも、先生と話したい。教えてほしい。

予約外だったので、
“今日はどうされましたか?”的な問診票を書いて待ってた。
『不安でいっぱいです。わからないこと教えてください。』


番号が表示され診察室へ。

問診票を見て一言。
先生「1個ずつ解決してこうか!」



もうね。正直、それだけでよかった。
ほんと救われた。

私がグルグル迷走してたこと
1個ずつ前に進んでいった。
安心した。

この先生でいいって思えた。

私に合う答えをちゃんと丁寧に答えてくれた。
良いことも、悪いことも全部聞けてスッキリ。
戦う覚悟ができたかな。
ちゃんと向き合ってくれる姿勢が見えただけで
不安が吹き飛んだ気がする。

この日の診察代210円。

でも、この210円が一番心を治療してくれた。
ネットの情報の中でグルグルするよりも
やっぱり動いてよかった。


お医者さんの一言ってすごい。
だから、やっぱり頭がいいだけじゃなく
人間性が大切なんだろうな…。



さて。
8月26日。

病院までの道のり。
遠かった。
買い物で浜松まで行くのはすぐなのに、
足が重い…。(ってか、車ですが…。)
遠い。

診察待ち。
予約の時間が過ぎても待ち時間。
ふ~~~~~~。
ため息しかでなかった。

結果。
「 "取った細胞の部分では" 非浸潤性乳がんの疑い。」

『がん』って単語、出てきちゃった~~~~~。

もうね。脳内キャパオーバー。。。

乳がんに対するちゃんとした知識がないアンジ。
もうよくわからない単語やら何やらで。
残ったのは『がん』って言われたこと。

「できるだけ早く治療してください…」
そして、パタパタ予定を決めてきた。

その日に血液検査とかCTとか入院手続きとか。
次は9月4日にMR。

その後家に帰ってきて…。

アパートと実家の行ったり来たり生活も疲れたので、
実家に戻ることにした。
30オーバーなアンジだけど、
家族と過ごそう。

へこむ。不安。わからない。グルグル。
食べれない。一人がつらい…。
ネットで情報収集…。涙。

う。やばい。情報いっぱいありすぎる。
わかんない。

この時、すごく迷走してたと思う。

ネットで情報収集…これダメだ。

正しい情報や自分にあった情報を選ぶのに、
なんの知識もないまま検索してると、
ほんと訳わかんなくなる。
不安になる。

『名医ランキング』『おすすめの病院』とか。

(え。病院選び、もっと考えた方がいいのかな?)
(みんなが言う名医がよいのかな?)
(ん。セカンドオピニオン?した方がいいの?)

でも、一応ね。
最初に行った病院のK医師が紹介してくれて
「ちゃんとした先生だよ。」って言ってくれたし。
病院の先生がそうやって言うんだから
大丈夫なんじゃないかな?って。
あ~でも、そういう中でも…
こう…うーん…ちょっとブラックなつながりとかあるのかな…?

はい。考えすぎのグルグル連鎖。


わかんないことをちょっとメモって先生に聞こう。
9月4日。待てない。
予約外でも行けるかな…。
「不安なことがあって、
 先生に聞きたいんですけど、
 予約外でも入れますか?」
病院へ電話。

8月30日。
急遽、外来へ。

病気のせいじゃない。

気持ちのせい…。

食事が喉を通らない。
食べなきゃって思って食べるんだけど、
咀嚼することすらイヤになるというか…。

食べたいのに食べれない。

こんな姿を毎日職場で見てたら、
そりゃ心配になるよね…。

その日食べたいものをって、
コンビニに一緒に行った先輩が
「あのね、アンジちゃん。
 食べたくないかもしんないけど、
 とにかく食べなきゃダメ!
 何でもいいから口にしたいものから
 栄養とるんだよ!
 免疫力だよ!」って。
その先輩のお父さんは癌で亡くなってる。
『食べることが大事!』って。

うん。食べることは生きること!

わかっているんだけど、
やっぱりモヤモヤは続いていて。
不安、悩み、道が見えない恐ろしさに
どーしていいやら。
でも『食べる!』よ。
できるだけ。

よりによってこんな時に夏休み。
仕事してた方が気がまぎれる。

8月22日~24日。
友達と金沢旅行。
ずっと行きたかった金沢21世紀美術館。
ふ~~~。
また心ここにあらずなアンジだぜぃ。
でもね。
せっかくだから、楽しまなきゃって現実逃避。
って言っても、やっぱりご飯はいつも通りに食べれず。
女子2人旅だったんだけど、
ホテルはシングルを2部屋頼んじゃってあって。
夜、一人でいる時間が少ないように、
友達が部屋に来てくれて就寝まで一緒にいてくれた。
その子にとっても楽しみにしていた旅行なのに
何だかひとつ大きな荷物を背負わせちゃった感。
ごめんね。でも、ありがとう!!
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金沢、素敵な街でした。





あ~。26日が近づいてくる。




その頃。
心も病んでたよ。

一人暮らしだったアンジ。

1日、1日。
夜はその日が終わるから平気でいられるんだけど
一人で迎える朝が本当にイヤだった。
長い1日が始まるかと思うとゾッとした。
どうしていいかわかんなくて涙が出てきた。
起きて仕事に向かう準備も手がつかなかった。

友達が毎朝LINEでメールしてくれるようになった。
「頑張って!」
「大丈夫!」って。

 それまで「頑張れ」って言葉、
キライだった。
だって、普通に生活したり、
仕事したり、恋愛したり…。
その日、それなりに、自分なりに頑張ってるというか
ここがベストと思って生きてきたから。
「頑張れ」って言われても、
「頑張ってるもん!」としか言えなくて。
でも、今までの「頑張れ」と違う。
本当にツライ時、
自分から頑張るパワーが出ない時には
「頑張って!」その言葉に救われた。

あの頃よりずっと前向きになった今も
毎日メールしてくれる。
ほんとうにありがとう!

そんな中、職場へ向かう。
検査のことや今後の事。
何となく悪い気がしてたので、
そのことを上司や同僚に話す。
やっぱり涙…。

いっぱい気を使わせちゃったし、
いっぱい心配させちゃったし、
いっぱい優しさをもらったよ。

職場の皆に感謝。

今まで何となく自分なりに人に迷惑かけないように
それとなく生きてきた感があったんだけど、
周りの人に支えられてる、
支えられて生きてるっていう感じをあったかいなって実感した。

いろんな人に支えてもらいながら
細胞診の結果待ちの日々。

それとなく、
おそらく休みをもらうことになるだろうって思い
仕事をできるだけ進めておけるようにした。

その日は入浴禁止。
問題は次の日…。

翌日よりシャワー&入浴OK。
『翌日、テープとガーゼを外して絆創膏を貼ってください』って。

すご~い粘着力のテープ、剥がすんですか?
しかも、なんかチラッと見た感じ…
おっぱいの色、ど~かなっちゃってるんですけど…。

ああああああああああああああああああああああああ。

テープ剥がすのキライ。
痛いのキライ。
怖いのキライ。
狭いの怖い。
暗いの怖い。
もう、訳わかんないいいいいいいいいいいいいいいい。

1枚目剥がした時点で、
アンジふらふら冷汗だくだく。
軽い貧血状態。
上半身裸で、ベッドに横になりました。

うううううううううううううううううううううううううううううう。
シャワー浴びるまでの道のりが長い。
先が思いやられる。

起き上がれるように復活したところで
残りのテープを剥がして、
すごーい内出血の跡をみてクラクラ。

だよね。
おっぱいの中で針グリグリしたり、
バチンって音のもやったもんね。
そりゃ、血だって出るさ。
でも、無理…。
もう1度ベッドへごろん。
そして、シャワー浴びました。

細胞診の跡。
癌細胞に穴開けちゃったら、
そこから他へ転移とかしないのかな?等という
よからぬ心配も悩みも増えていき、
その頃から左胸を触れなくなってました。
なんかしこりを動かさないように…とか、
細胞が動かないでほしい…とか。
たぶん、全然意味はないのだけど。

細胞診した場所が固くなった気がしたり、
あれ?しこりって痛いかもって思ったり。
カッチカッチのテーピングのせいで
テープかぶれ。
細胞診の跡よりも痒みがひどかった。
アンジのお肌、デリケート。www。

ほんと。大変だった…。



こんな人が今は手術、終えてるの不思議で仕方ない…。