『 人間の美しい姿 』
手を合わせて、「 ありがとう 」 と感謝をしている人の姿。
これ、美しく魅える人間の姿、ベスト1に思えてならない。
おそらくでもなく、2位から大きく差をつけてのベスト1だ!
これ、
どんな外観 ( 姿形 ) をした人であったとしても、
なぜにか、美しくみえてしまうという魔法の姿だとも思う。
手を合わせた感謝の姿以外に、ほか、どんな姿が美しく思えるだろうか?
そう、
キュン♪キュン♪レベルの美しい姿とはちょっと違う、
なんというか、心が、なんだか感動してしまうレベルの美しい姿である。
う~ん、あんまり思いつかない。
笑顔の姿!
勿論、美しい姿でもあるが、なんだか、ちょっと違う。
5本の指には入るとは思うが、2位ではないのは確かな感覚だ。
何があるだろう?
これだ!と思える姿が、なかなか思いつかない。
やっぱり、
手を合わせて感謝する人の姿は、2位から大きく差をつけてのベスト1だ。
『 プラチナム・ロウ 』
あのね、
今!感じていること!思っていること!( 思いの姿 ) が、
今現時点での本当の自分の姿なのだ!
という考え方を受け入れた方が、人生、圧倒的にうまくいく!
残念ながらというか、そうした方が、仕組み的にもうまくいく!
そうよ、
整った顔の自分が、本当の自分の姿なのではない!
整っていない顔の自分が、本当の自分の姿なのではない!
スリムで、ボン!キュッ!ボン!の自分が、本当の自分の姿なのではない!
デブ四段腹で三重顎の自分が、本当の自分の姿なのではない!
クリクリ二重でほっそりフェイスの自分が、本当の自分の姿なのではない!
粘土を爪でほじったかのような細目でおかめ輪郭の自分が、
本当の自分の姿なのではない!
勝利の表彰状を多数持っている自分が、本当の自分の姿なのではない!
銅賞どころか頑張ったで賞すら持ってない自分が、本当の自分の姿なのではない!
運動神経、ウルトラ抜群賛辞の自分が、本当の自分の姿なのではない!
運動神経、ナマケモノに上から目線級の自分が、本当の自分の姿なのではない!
etc、etc・・
いやいや、勿論、上記の自分は自分自身である。
しかしそれは、
肉体自分の姿であり、本当の中枢自分の姿ではない。
中枢自分とは、「 思念、かくあり!」 なのだ。
今、感じていること、思っていることが、自分の本当の姿なのだ。
( " 現時点 " での本当の自分の姿である。
思いは、進化成長によって変化するゆえ、 " 現時点 " は外せない。)
たとえば、
( 自分は )格闘世界のファイターだとする。
ボクシングでも剣道でも空手でも地下ファイトでもなんでもいい。
試合開始の前、
相手の強さが自分以上に感じてしまうと、
大半の人間は、
自分の心の中に、怖いぃ!という思いが発生する。
怖い!という思いが増すと、逃げたい!という思いにも発展する。
いわば、敵前逃亡の一歩手前状態だ。
これ、どちらの思いも、
自分は強いというイメージをもったファイターにとっては、
認め難い思いの姿である。
怖い!とか逃げたい!とか、
「 このオレがっぁぁ!!このオレがっぁぁぁっ!!」
としか嘆き吐けないほど、
情けなすぎて認め難い思いの姿でもあるが、
観念しなされ!
それが、今現時点での本当の自分の姿なのだ!今現時点での本心なのだ!
分岐点的に重要なのは、
「 今ここで、自分は怖いと感じている・・!思っている・・!」
という、今の自分の本心を素直に認めることなのだ。
しかし、この、素直に認めるってことが、
これまたなかなか以上に難しいことであり、
これまた、大半の人は、
自分の本心に嘘をついて、その本心を隠蔽して捏造しようとする。
これ言わば、
ビビッた子羊のくせして、
余裕しゃくしゃくの猛獣の演技をしてしまうという行為でもある。(隠蔽&捏造)
これ、
恐怖の思いをどうにか " 治める " だけでも大変ごとなのに、
さらにハードルを上げに上げて(本心の抑圧からの隠蔽&捏造)
戦いに挑むという、
表層イメージ裏腹にも、
自分を苦汁ゾーンにわざわざ追い込むというハードマゾスティックレベルなその思行為。
しかしまた、なぜに、
恐怖を悟られぬよう余裕しゃくしゃくの
演技(アピール)をわざわざしなければならないのだろうか?
これ、たとえるならば、
これより、相手と人間対人間の真剣勝負をしようとしているのに、
なぜに、
奴隷暦の長い人心理のごとくに、
30kgの重り付の拘束着を自ら着用し、
自分を不利な状況にわざわざ追い込んで負い込んで、
戦いに挑もうとするのか??
即効で、
詳しくその理由を語れるのならば、ある意味、それでいいのかもしれない。
しかし、
「なんでだろう・・??」というクエスチョンが点じるのならば、
それは、何者かに操られている的レベルに愚かしいこととも言える。
ま、なんであれ、
そんなメンタル体制&肉体体制ではうまくいくわけがない!うまくいくはずがない!
押えても抑えても心から湧いて出てくる恐怖心に対しては、
無駄な抵抗をせず、
素直に、これが今の本当のオレの姿なんだ・・!と認めて受け入れて、
( 30kgの重り付の拘束着を脱ぎ捨てて、)
目の前の戦いに挑んだほうが、
絶対的に、肉体の操縦はスムーズにこなせると思うのだ。
勿論、勝つか負けるかは知らないけどもな。
格闘ファイターの恐怖思や逃げたい思をたとえにしたが、
これ、ありとあらゆる業種の人々の様々な思いにも応用がきく。
要は、本心の抑圧からの隠蔽・捏造を図るとうまくいかなくなるということである。
そうよ、
今!感じていること!思っていること!(思いの姿)が、
今現時点での本当の自分の姿なのだ!
という考え方を受け入れた方が、人生、圧倒的にうまくいく!
認め難い思いの姿が自分の心の中に現れても、
その姿に抵抗するなかれ!
全ての全ての不和・不具合・不調・不etcは、
自分の心の中に発生した認め難い思いの姿に対する抵抗から始まるのだ。
、で、ある。
*
認められない自分をこれでもかっ!ってほどに直視する思行為ゆえ、
当然勿論、
きつめの通過儀礼的な○○も受けるが、
そこを越えれば、
「 なるほどなっ♪ 」と思える世界が広がっているゆえ、
途中でへこたれることなかれだ!
と、言いたいかぎりである。
『 自己肯定体質になれるためのレシピ 』
大半の人は、
自己評価が低くなると ( 自己肯定でき難い心境 ) 、
どうしても、
他者からの ( 肯定的な ) 言葉を求めるようになる。
他者からの ( 肯定的な ) 評価を求めるようになる。
他者からの ( 肯定的な ) 扱い・対応を求めるようになる。
そう、
落ち度 ( 自己否定 ) がほとんどなく普通に自己肯定できる心境の時には、
普通に堂々と自分の意思で語ったり行動したりできるのだが、
何らかのキッカケやら連想的不安思考やらで
自分に落ち度 ( 自己否定 ) を感じてしまった心境になると、
どうしても、他者からの思いが気になって気になってしかたなくなってしまうのだ。
これは、どうしても、どうしても、そういう心境になってしまう。
どうですか?
「 自分ってダメだなぁ・・」って落ち込んでいる時には、
ある他者から、それ ( 自己否定 ) を、打ち消してくれるかのような
言葉や評価や扱い・対応を求めてしまったりする自分に記憶がないでしょうか。
きっと、あると思います。
やっぱり、みんなそうなってしまう。
君のお父さんもそうなるし、あなたのお師匠さんもそうなる。
自分だけではない。
みんなそうなってしまうんだ。
自己評価が低くなるとな。
しかして、
世の中は、なかなか厳しいもので、
自分が求めるものが、自分の求める形では、
なかなか得られ難かったりすることがほとんどだったりもするのだ。
求めたものが求めた形で得られないどころか、
求めたものが求めない形で得られる、
すなわち、
傷口に塩をすり掻き込まれるような反応を得ることのほうが多かったりもするのだ。
その結果、
ますます、自己評価が低くなる → 低い自己評価がさらに悪化する。
そして、ますます、それを打ち消してくれるような強力な
肯定反応(他者からの)を求めるようになる。すがりつくようになる。
求めるものは、得られない・・低い自己評価がさらに悪化する・・
、的な、脱出不可な失望のスパイラルに苦を深め落ちる。
ではでは、
自己否定しない心境にはどうしたらなれるのか?
自分を肯定的に思える心境にはどうやったらなれるのか?
もう、これは、法則的なので、小難しい理屈説明を省略して言います。
・自己否定しない心境にはどうしたらなれるのか?
・自分を肯定的に思える心境にはどうやったらなれるのか?
★
~~ それは、自分以外の存在の言動・行動・仕草・身形を肯定的に思うことによって
自分自身のことも、肯定的に思えるようになれるのです。 ~~
一応というか、
他人のことを肯定的に思えるようになれる為の、
心の下準備というか、心の下生地というか、
そう、
他人に無視されれば悲しいし、
とか、
初めての会社に出社する時は、期待やら不安で心臓がドキドキだし、
とか、
誰かにバカ扱いされれば腹立つし、
とか、
褒められれば舞い上がるくらい嬉しいし、
とか、
腕を抓られれば痛いし、
とか、
腹が減ればご飯食べたいし、
とか、
自分の外見はどうであれ、誰かに恋する気持ちはあるし、
その人に好意をもたれたら嬉しいし、
逆の場合は、寝込みたくなるほど悲しいし、
などなどetc、etc、etc、と、
他の存在も、自分と同じような感覚や感触をもった人間なんだ!
自分と同じような望みを抱いて生きている存在なんだ!
という思い ( 気持ち ) で他の存在のことが見れる比率が高くなれば、
そんなに難しいことではなくなれてきます。
そう、
人は、時に、他人のことをモノとして見てしまいます。
自分にとって都合のいい存在 ( モノ ) とか、
自分にとって都合の悪い存在 ( モノ ) とか、
自分にとってはどうでもいい存在 ( モノ ) とか、
自分にとっては関係のない存在 ( モノ ) とかetcとな。
他の存在を、モノと見れる精神構造は、ある意味大事です。
でないと、
毎日、ニュースなんて見てられませんですからね。
今朝、テレビで見た、事故や行方不明やら殺人事件やらと、
それらが全部、まるで、
自分の家族や恋人や親友に起きた出来事のように
とらえてしまう精神構造であったとしたら、
もう、とてもじゃないが、
心配で心配で神経衰弱して、
学校に行って勉強なんてできるわけがないし、
会社に出社して仕事だなんて、
当たり前のごとくに、やってられない状態になってしまいますからね。
もう、ホント、
この世なんて地獄としか思えなくなって、
精神崩壊して廃人状態になるか、
発狂自殺してしまうかに陥ってしまいますからね。
ええ、
地球上に存在する人間が、
すべて、
自分の大事な家族のような存在、
恋人のような存在、
親友のような存在に思えてしまったらね。
ええ、
韓国の沈没船のニュースをテレビでみても、
可哀想、、心配、、と、数分、涙を流して悲しがったり、
行方不明者の安否を気づかったりしても、
(無意識の自然反応としては、)
やっぱり、自分の家族や恋人や友達ではないから、
無意識的にも、上手い具合に心の切りかえができて、
たとえ、テレビが点いていても(ニュース映像が流れいても)、
その空間で、姉妹で別の会話をして笑ったり、
今晩のご飯は何がいい?などの話をしたり、
今日のプレゼン、ちゃんとできるかな??などの心配したりetcと、
いつもの平和な日常生活に戻ることができるのですよね。
ええ、ある意味、大事なんです。
他の存在を、
モノと見れる精神構造は、人間にとって、必要な構造なのです。
と、ま、
他の人間のことを、
モノと見ていると言われて、
自分は違う!と受け入れられない人もいるでしょうが、
やっぱり、
事件を見て、数分で気持ちを切りかえることができて、
日常の生活に戻れるということは、
言葉は適切ではないかもしれないが、
やっぱり、モノとして見ているのですよ。無意識的にもね。
と、ま、
モノと見れる精神構造は非常に大事なんですけども、
・他の存在も、自分と同じような感覚や感触をもった人間なんだ!
・自分と同じような望みを抱いて生きている存在なんだ!
という思い ( 気持ち ) で、
他の存在のことが見れる比率が高くなれば、
(他の存在を、モノと見れる比率が少ない分、
この世の出来事から、苦しみや悲しみetcを、
高感度にキャッチしてしまうことは増えていきます。当然に・・
でも、と言うか、
通常の人間であれば気づけないような、
他者の苦しみや悲しみをキャッチしてしまうがゆえ、
自分当人的には、辛いことであるかもしれないが、
とりあえず、
天使の領域側にいることだけは、事実でもある。)
★
~~ それは、自分以外の存在の言動・行動・仕草・身形を肯定的に思うことによって
自分自身のことも、肯定的に思えるようになれるのです。 ~~
、の実践は、それほど困難ではなくなれます。
と、まぁ、
★
~~ それは、自分以外の存在の言動・行動・仕草・身形を肯定的に思うことによって
自分自身のことも、肯定的に思えるようになれるのです。 ~~
そう、
・他の存在を肯定的に思えれば、自分自身のことも肯定的に思えるようになれる。
・他の存在を否定的に思うと、自分自身のことも否定的に思ってしまうようになる。
という、
この仕組みは、全ての人にあてはる法則といっても過言はありません。
軽く一般的に例えれば、
多くの人とは異なった行動をしている一般的に変わり者の人がいるとする。
今までの自分の思考反応を引き継ぐならば、
その人のことを、普通に、変わり者評価をくだしてしまったりもするでしょう。
変わり者評価だけではなく、
「 なんで、皆と同じことができないんだ!常識のないダメな人間だな!」
と、皆で批評し合ったりする人もいるでしょう。
ええ、そこです、ネックポイントは!
その、そう流れやすい自分の思いを、意図的に、チェンジしなくてはなりません。
そう、
多くの人とは異なった行動をする、一般的に変わり者の人がいたとしたら、
ほう、
あの人のことを、皆は、変わり者扱いしてるし、偏屈者扱いしているし、
自分も最初はそう思ったけど、
冷静に考えると、別に変でもないじゃん。
ただ、個性が強いだけだよ。
あんまり進んで公表はできないけども、自分にもそういう性質あるもんな。
そうだよ、そんなの、誰だって、人とは違った自分ってあるでしょうに。
と言うか、人と違った部分が多いのが普通でしょ。
みんな、仲間外れにならないように、多数寄りに合わせているだけじゃん。
多数決の多数寄りの評価に追従笑いしているだけじゃん。
それよりは、皆に追従せずに、
個性的に生きているあの人の方が強くてカッコイイかもな。
正直な気持ちで言うとな。
ってな具合の評価を無理なくできるようになると、
自分の中にある、人とは異なった自分、
すなわち、
今までだったら隠したい自分のことも、
なんだか、別に曝け出してもぜんぜん無傷だわな!的に、
えらく気楽に思えるようになったりとかとな。
あと、別に例えれば、
一人で店に入ってご飯食ってる人を見た時に、
「 あの人って、友達のいない可哀想な人なんだな! 」
、と評価してしまう自分である場合だと、
たとえ、
自分で一人お店ご飯したいと思っても、
「 あの人 ( 自分 ) って友達のいない可哀想な人なんだな! 」
思われることを恐れて、一人お店ご飯なんてできなかったりもするが、
(↑は、いわば、" 自分が過去に下した他者への評価 " が " 今そこに存在する他者の目 "に化けて、今の自分に襲ってくる幻覚みたいなものなのだが、当の本人にとっては、今、ここにある現実以外の何者でもないのである。)
その逆に、
「 今入って来た人、腹減ったんだな。 」
と人間の自然生理現象ぐらいしか思わない人や、
「 一人でお店ご飯できるだなんて、なんてカッコイイ人なんだ! 」
と憧れ的に評価できたりとかすると、
当然ながら、
前者の評価ならば、
自分が一人でお店ご飯することに、当たり前の感覚でいられるし、
後者ならば、
自分が一人でお店ご飯できている、この今の自分に誇りを感じたりもする。
ま、いわば、これを簡単に言えば、
人は、
自分が肯定的に思ったこと ( 評価したこと ) は、抵抗なくできるが、
自分が否定的に思ったこと ( 評価したこと ) は、抵抗があってできなくなるのだ。
肯定的に思ったことは、そう成りたいと強く思うが、
否定的に思ったことは、そう成りたくないと強く思ってしまう生き物なのだ。
無意識的にもな。
これら、過去に発した思いは、全て、自分の無意識の領域に残っている。
否定的に思ったことは、肯定的な思いに書き換えない限り、
永遠に、自分の無意識の領域で否定的な容姿のまま生きている。
ゆえ、どれだけ年月が経とうとも、
とあるシチュエーション時に、そのとある何かに対して、
抵抗なくできることと、抵抗があってどうしてもできないことがでてくるのだ。
表面意識で、こうしなければ!と思っても、
無意識の領域からわいてくる抵抗感やら嫌々感やらがそれを阻害してくるのだ。
ということだ。
・・・・・
自分以外の存在の言動・行動・仕草・身形etcを、
純粋に肯定的に見れるようになってくると、
( 否定心が混じってない純粋な肯定心 )
だんだんと、とか、ジワジワと、というレベルではなく、
即効的にも近くに、自己肯定体質の域に達せられるようになってきます。
ええ、憧れの、自己肯定体質になれます。
疑って拒絶するよりも、信じて実践するほうが、得るものは、多し、哉。
『 映画の中の英雄 と 現実世界の英雄 』
失う恐怖。
権力、地位、プライド、
平穏な生活、
現状維持ならば困ることのない財力、
苦労少なく子供を育て苦労少なく家族を守れる人生、etcetc。。
「 これらを失うのか?! 」 の選択だなんて、
この世の人間にとっては最強最大の恐怖なのではなかろうか。
生半可な正義なんて、簡単に打ち砕かれてしまう、この恐怖。
この恐怖にうち勝てるほどの人間(正義)なんて、この世に存在するのだろうか?
いる!!
しかして、
いないのほうが、普通に多し!
でも、いなくても責める気なんて毛頭ない。
なにせ、それが普通の人間の普通の精神反応でもあるからだ。
しかして、失う覚悟で物申す正義も、確かに、ある!
しかして、一億人中に、10人でもいれば、・・・・な存在ですよな・・。
もしのもし!
失う恐怖にうち勝てる人間が存在するとするのならば、、
おそらく、その人間こそが、人類最強の人間だ!
、と、断言したくて、したくて、たまらなくなるほどの存在だ。。。
しかして、上も、
常識なし・・で片付ける人のほうが多かったりも、する。
これまた、上も、一般世間常識的には、別に普通のことでも、ある。
『 「 泣き寝入り 」の未来は絶対勘弁でございます。』
「 泣き寝入り 」とは?
・泣きながら眠ってしまうこと。
・相手の不当な仕打ちを不満に思いながら、
どうすることもできずにあきらめること。
「 仕返しを恐れて泣き寝入りする 」 などの例文がある。
・異議や不服はあるが、そのままあきらめてしまうこと。
「 性的暴力をうけた、泣き寝入りしないで訴えましょう! 」 、
という例文もあるが、
これはちょっと、デリケートでありすぎるゆえ、
普通の思考で、
「 性的暴力をうけた、泣き寝入りしないで訴える 」 などとは扱えないことだと思う。
だってというか、
性的暴力を裁判にかけると、
その詳細を皆の前で公表されなければならなくなるゆえ、
泣き寝入りしたくなる女性は普通に多いでしょうに。
というか、自分がもし女だったら、絶対イヤだ!
ホント、
自分は、性欲しか能のない糞バカ亡者の玩具にされた被害者なのに、
なぜに、
トドメを刺されるかのような辱めを、
今度は、大衆の前で二度も三度も受けなければならんのだ!
糞バカ性欲亡者の性器を切り落として、
そいつに、今後、二度と快楽を味わせないという、
ある種の笑えないリアルを突きつけるという裁きをすればいいだけなのに、
なぜに、加害者を裁くという工程で、
なぜに、ヤラれっぱなしの自分が、
なぜに、辛い思いを二重三重にも負わなければならんのだ!
そんな性欲しか能のない人間に何の未来があるっていうんだ!
あと、正直な話、
自分が性的被害を受けただなんて、世に知れ渡ったら、
この先の未来生活にも、ウザウザしい支障はでるしさ・・
、、という気持ち以上にはなるだろうな、、と想像する。
ゆえ、このような問題は、
自分的には、表舞台、すなわち、裁判するというより、
裏の仕事人みたいな存在に、犯行を犯した部位、すなわち、
犯人の両手&性器の切断なりの征伐を
隠密でくだしてもらうという現実を希望してしまう。
これが、普通の人間の、本当の本心だろうとも思う。
世には、
「 犯人でも、人間だ!」 などと、アホみたいな戯言を語る人もいるが、
いやいや、人に苦しみを与えた者は、それと同等の苦しみを与えるべきだと思う。
「 犯人でも、人間だ!その犯人にも悲しむ親がいるんだ!
だから決して殺さない!生け捕りにして反省させる! 」 などと、
アホみたいな戯言を平気でぬかしていた刑事ドラマがあったが、
背中がゾワゾワするくらいに気持ち悪くなった記憶が近い過去にある。
犯人を生け捕りにする為の数分or数時間の時間が、
その場に居る人たちにとっては、
なんらかの被害を受けるかもしれない?!
という危機なる時間にもなるゆえ、
そんな不安要素は、すばやく、排除してもらいたいというのが、
その場の人とその場の人の関係者の本心だと思う。
スナイパーがいたならば、即効で、危険因子を排除してもらいたいとも思う。
犯人の命なんてどうでもいいから、
はやく、私の息子、私の彼氏、私の親が受けるかもしれない危機、
すなわち、不安要素を排除してと願うのが普通でしょう。
私、すなわち、自分だったら、絶対的にそう思います。
そう、
生かして反省させると言ったってね、
とっ捕まえてさ、
害虫がウヨウヨいるような不快な空間にブチ込んでさ、
そして、
『 目には目を!歯には歯を! 』 的な痛み&苦しみを、
来る日も来る日も与え続けるような体験をさせてあげないとさ、
普通に絶対に、
被害者が受けた苦しみや悲しみ云々の理解の入り口にも立てないのだからさ、
結局、今の刑法で反省させるだなんて、当たり前のごとくに無理なのよ。
刑務所生活で反省させる!ということ自体が無理なのよ。
今現在の刑務所での人間らしい生活をさせていたらね。
反省させるのだったら、
同じ痛みを与えない限り、人間の性質的に無理なんです。
ええ、
もしもでもなく、本当に、
そういう処置を施してくれるのならば、
生け捕りにして反省の機会を与えるのもいいのかもしれない。
犯人に、被害者側希望の、生き地獄メニューを与えてくれるのならばね!
しかし、そんなことは現実的にありえないから、ダメですよね!
長い年月、恐怖も痛みもない刑務所生活をしたところで、
自分の犯した罪を心の奥底から反省できる人間なんているわけがない!
よって、犯人の命よりも、
被害者になるかもしれない人たちに、
些細な危機すらも与えない処置を施すべきだと強く思います。
被害者側からしたら、
自分の大事な人を殺したor精神&肉体に危害を与えた犯人が、
毎日毎日、飯食ったり、寝たり、空気を不自由なく吸ったり、
時々、笑ったりして生きているという現実さえ許し難いのだからさ。
ええ、
もしのもし、反省している犯人がいるとしても、
それは、
快適で自由な生活ができなくなった今の現実に苦しみを感じて、
ああ、罪を犯すのはイケないことなんだな・・・と、
自分自身の為に反省をする人の方が大半のことでしょう。
犯人に気を使うより、被害者に気を使え!ってな話ですので、
犯人に対する気持ち入れ ( 理解 ) は一切無用です。
ま、
もしのもしの話として、
とある発明家により発明開発されたサイコ擬似追体験装置みたいなもので、
催眠作用のごときというか、
毎日毎日、
自分が襲った被害者の殺されるまでに受けた恐怖な体験なりを、
現実のように疑似体験させる精神装置のようなものが開発されれば、
『 目には目を!歯には歯を! 』的な痛み&苦しみを肉体に与えなくても、
自分が襲った被害者の恐怖やら苦しみやら悲しみやらが
多少なりとも理解できるようになれるかもしれなくなるので、
従来の生ぬるい刑務所生活よりは、
本当の反省ができるようになれるかもしれない。
ので、
生け捕りにして、
その精神装置にかけて、
リアルな恐怖や苦しみを体験させるという刑罰も、有りかもしれない。
ですが、
ま、もしのもしの話ですので、
今現実的にはありえないという現実になりますね。
泣き寝入りの話から、話が急に飛んだ感もありつつ、こんな話の展開になったが、
「 泣き寝入り 」・・
「 泣き寝入り 」なんてしたくない!と思う人って、
日本に何人くらいいるのだろうか?
おそらく、
日本に数パーセントは存在するであろうと思われる
異常マゾスティックな精神をもっている人以外は、
「 泣き寝入り 」なんて絶対にしたくはないでしょう。
ええ、
『 倍返し 』 があんなに受ける日本民族ですから、
『 泣き寝入り 』 だなんて冗談じゃねーよっ!
ってな人の方が圧倒的に多いと思います。
が、しかし、
日増しにエスカレートする中国のデタラメな異常高圧行動&言動やら、
北朝鮮の刈りあげバカ坊ちゃんの性質をみていると、
このままの日本の体制でいたら、
「 泣き寝入り 」 の経験をしてしまう日本民族の未来しか想定できないです。
憲法9条という、いわゆる、平和憲法というものがあるのは日本だけであり、
その平和憲法を友達思いの純真な子供のように一生懸命に守っているのに、
なぜなのか、
戦後数十年経っても、
中国にイジメられ、朝鮮半島にイジメられる日本国。
憲法9条という、いわば、平和を愛する民族という実践をしているし、
国連で2番目に多い分担金を払っているのに、
なぜにか、強い発言権のある(国連)常任理事国にもなれない日本国。
(↑理由は過去ブログで何度か言ってます。)
憲法9条は護っているし、
村山談話やら河野談話やらという、
普通の主権国家ではありえないような談話を発表して謝罪しているのに、
何十年経っても、
南京大虐殺やら従軍慰安婦問題やらという、
証拠なんて何一つない捏造の歴史事実で頭を踏みつけられ、
お金をカツアゲされる日本国。
勿論、慰安婦はいたが、
強制連行ではなく、募集によって集まった慰安婦であり、
報酬は、大企業の重役レベルの金額だったのです。
でもって、
日本軍は、規律も正しいし、
お金(軍票という小切手)もちゃんと払うし、
コトを済ました後も優しいしとで、
慰安婦たちには人気があったのですよ。
間違った歴史認識で頭脳を洗脳されている人には、
信じられないかもしれませんけどもね。
韓国の軍人は、女はヤッたら殺せ!あとで面倒になるから殺せ!という
上層部からの " お達し " があったゆえ、ヤった後は殺していたが、
日本の軍人に殺された女性なんていないのですよ。
韓国政府が言ってることは、ほぼ、自分の投影の如くに、
自分らのやった蛮行を、日本軍もやった的に言っているのです。
そう、
韓国軍がベトナムで犯した大虐殺には、ちゃんと証拠が残っているが、
日本軍関連の従軍慰安婦問題で言われていることには、
何一つ、証拠が残ってないのです。
日本軍が犯した蛮行の証拠を、
探しても探してもいっくら探しても、
ちゃんとした物的証拠がでてこないのですよ。
あると言えば、
「 おら、日本軍の従軍慰安婦にされて人間としての尊厳を失った! 」
と物申す、80歳すぎの老女が十と一桁人だけ。
従軍慰安婦は何万人もいたと言っているのに、
申告している慰安婦は、80歳すぎ老女が十と一桁人だけ。
これは証拠とはいえません。
アチラ側の言い分では、
何万人やら何十万人やらの韓国人が強制連行されたと言ってるのですから、
普通に考えても、せめて、数千人、
低く見積もっても、数百人くらいはいてもいいと思うのですが、
申告している慰安婦は、老女が十と一桁人だけ。
ええ、
「 あの人は、もう死んだけど、
過去、日本軍に、こんな辛いことをされたと言っていた!」
というような、知人の証言なりも、
普通に、数千件くらいはあってもいいと思うのですが、
あるのは、十と一桁人の老女の、
「 おら、日本軍の従軍慰安婦にされて人間としての尊厳を失った!弁償金いこせ!」
という言葉だけ。
何万人もいるのならば、一つや二つくらい、
なんらかの証拠があってもいいはずなのに、
あるのは、十と一桁人の老女の、
「 おら、日本軍の従軍慰安婦にされて人間としての尊厳を失った!弁償金いこせ!」
という言葉だけ。
こんなの、巷の詐欺師の言葉となんら変わりません。
河野談話というのは、
証拠はなくても、ヤられた!と言っている人がいるのならば、
それは、真実なのだろう!という観点から書かれた謝罪文章なのです。
証拠がないのに、
自分はこれこれの被害を受けた!と言えば、
それが受理されて弁償金を貰えるだなんて、
普通の世界ではありえないことですよね。
ホント、そんなレベルの河野談話を上手いこと利用して、
云兆円もお金を巻きあげようとする
韓国政府の下劣極まりない性質には呆れかえります。
あと、老女の申告以外にあるとしたら、
日本軍でない他の国の軍人が犯した殺人写真満載な
左翼著者の捏造本だけ。
「 日本人で、従軍慰安婦問題を認められない人は、世界的に恥ずかしいよ!」
とか言っている日本人は、
みな、↑の左翼著者の書いた捏造本を読んで騙されてしまった人なのです。
残念ながら、心が優しすぎるがゆえ過ぎて、騙されてしまったのです。
オレオレ詐欺に騙されるレベルで騙されてしまったのです。
いやホントに、
日本軍を邪悪な民族にしたてあげて、
邪悪な民族を黙らすには、原爆を落とすしか手がなかった・・的に、
世界アピールしようとして捏造された 「 ザ・レイプ・オブ・南京 」 やらの本を、
感情移入しながら涙を流し一生懸命に読み込んで、信じきってしまったです。
アメリカの原爆投下を正当化する為に書かれた本の内容(戦略)に、
まんまと引っかかってしまったのです。
中国やら韓国がギャーギャー騒ぎだしたのは、
この本がでてからであり、
この本に便乗したほうが、自分らの国の国益になると思って、
日本バッシングが始まったのです。
多額のお金も巻きあげられるしね。
ま、とにかく、
日本軍のことよりも、韓国軍が、ベトナムで犯した事実を調べてみなされ。
あれには、証拠があります。
南京大虐殺も、捏造の塊です。
なにせ、30万人の人が大虐殺されたのに、なんの物的証拠もないんですからね。
それって、ある意味凄いよね!
だって、
邪悪な日本軍が30万人も殺したと言っているのに、
なんの跡形もなく、その証拠を隠滅できるだなんて、
まるで、広島型以上の核兵器を数発爆発させたくらいの仕事力ですよね。
もし、事実ならばね。
ええ、そう、
30万人というと、
南京という地域で、
佐渡島の人口の約5倍の人間を惨殺したのに、
その地には、なんの物的証拠が残っていないという、
まるで、手品か魔法のような事件ですからね。
そんな魔法のような事後クリーニングを日本軍がやってのけたというのならば、
逆に、尊敬に値してしまうわっ!つ~~の!
と思えてならない人も、きっとでもなくに、多くいてることでしょう。
いやいや、ホント、日本は、今のままでいたら、
「 泣き寝入り 」の未来しか待っていないとしか、想像できないです。
アメリカはあと数年で、世界の警察官をやめるつもりでいます。
今現在、日本も含め、
自国すら守れない軍事力の乏しい国家にとっては、
不安に怯える日々がやってきそうです。
というか、もう目の前以上にやってきています。
普通とは違いますが、シリアなんてまさにそう。
(他国に攻められるではなく、自国の政府に自国民が攻められている。)
オバマが、ブッシュ元大統領くらいの実力行使ができていれば、
今頃、シリアの市民には笑顔が戻っていますよ。
ええ、ホントに。
そう、
ノーベル平和賞をもらったオバマ大統領の実力行使力がないせいで、
十数万人もシリア市民が2014年4月現在進行形で死んでいるんですよ。
ええ、シリア政府の攻撃によってね。
この状況を、
日本国で起きている現実だと思って考えてみると、
吐き気がもよおすほど恐ろしくなりますよ。
(嫌われ者だったブッシュ大統領みたいな人だったら助けてくれるが、
ノーベル平和賞をとった平和主義のオバマ大統領みたいな人は、
世界中からの批判を恐れてすぎて、実力行使にはふみ切れないのです。)
今までの共和党のスタイルであれば、
国連で反対されても、
アメリカはアメリカの正義として何とかしてくれるんですけども、
オバマ就任後は、まさに、弱いオバマUSAになってしまったがゆえに、
躊躇しすぎて結局ふみ切れず(実力行使できず)、、に加えて、
国連という組織さえも助けの手を伸べられないがゆえ、
今現在のシリア市民の犠牲者は、
十数万人から現在進行形で増え続けているんですよね。
いわば、日本列島の真ん中に位置する、新潟県の県民はほぼ殺された、
次は、山形、京都、東京と被害が広がっていくのが目に見えているのに、
アメリカも助けてくれないし、国連も助けてくれない・・。。
なんで助けてくれんのよ!!
おれら日本人は、殺られるのを待つだけか!!
ってな状態となんら変わりません。
ええ、今現在のシリアの国民にとってはね。
ええ、
ホント、
これだけはマジマジで、
「 泣き寝入り 」 の日本国ではなく、
今からからでも遅くはないので、
自国を守れる力だけではなく、
他の国も守れるくらいの強さと威厳をもった日本になってもらいたいと、
強く強く希望します。
近々、アメリカが世界の警察官をやめますのでね、
アンド、
日米安保条約ができた当時と条件が違って、
北朝鮮も中国も、アメリカ本土を攻撃できる核兵器を保有していますので、
今や、日米安保条約なんていうものは、
形式的なお飾りでしかなくなったも同然なのですよね。
ええ、
自国(アメリカ本土)を核攻撃されてでも、
自国民(アメリカ国民)を犠牲にしてでも、
アメリカは、日米安保条約に則って、
日本国と日本人を守ってくれる!と信じられる人は、
残念ながら、頭の弱い善人としか言いようがありません。
今のアメリカ国民は、
日米安保条約なんていうものを理解している年代ではないので、
「なぜ、私たちの大事な人が(アメリカ人)、
戦わない日本人の為に、命をかけなければならないの?
なぜ、戦わない日本人の為に、アメリカが被害を受けなければならないの?」
という考え方の人でいっぱいな状態なのです。
もし、
日米安保条約に則って、日本を守るという事態になったら、
ヘタすりゃ、大規模な反対デモがおきかねないゆえ、
そういう観点からも、
アメリカは日本を守ることに躊躇してしまう可能性があるのです。
ましてや、
アメリカ軍に感謝する日本人ならまだしも、
アメリカ軍に出て行け!と邪険にするような日本人を守るために、
我が子、私の大事な人の命をかけてまで戦うだなんて、
アメリカの国民にとっては、理不尽極まりないことですよね。
沖縄では、
「 アメリカ軍は出て行け!」 などと声を荒げている人もいますが、
せめてというか、
アメリカにいる、その軍人たちの家族の気持ちを考えて、
形だけでもいいから、感謝の言葉を発してもらいたいと思います。
ええ、ま、これこれこういうことでもあるゆえ、
これは、ホントに、
日本は、
自国&他国を守れるくらいの力の保持に、
早急に着手しないと、
ホントにホントに、
「 泣き寝入り 」 の日本国民になってしまいそうです。
自分はというか、
自分だけではないと思いますが、
「 泣き寝入り 」 の未来だなんて、絶対に勘弁でございます!!
『 いくさ人 』
『 不確定な状況を楽しめる自分に成りたい!』
と、常々、心の中で理想っとれ!
不確定な状況とは、
誰にでも分かる一般例でいえば、
試験を受け、3日後に発表されるその結果を待っている間のことだ。
いろいろな不安で心散り散りになって、
結果が発表されるまで、
何をしてても、心から楽しめる心境ではなかったりもするだろう。
普通はな。
ああ、そうよ、そんなのまったくおかしなことではない!
いわば、人生の分かれ道だ!
不安になって当然だろ!
と、開き直って、そんな自分を自己肯定化するのもいいが、
いやいや、そんな不確定な状況であったとしても、
今現在を心から楽しめるような人間になりたいとも望む、45°頭後方にある理想。
不確定な状況を楽しめる人間だなんて、ありえなく、カッコイイと思わないか!
映画やマンガの世界には、よく存在してるけども、
そんな存在が、現実世界にいてもいいじゃないか!
そんな存在が、自分自身であっても、普通にありではないか!
『 不確定な状況を楽しめる自分に成りたい!』
と、常々、心の中で理想っとれ!
自己暗示には力がある。
アファーメーションとも言ったりもするが、
とにかく、自己暗示には力がある。
自己暗示には力があるという、その事実を信じられるかどうか。
信じようと思う人、と、信じられない人。
これ、水面下での、+展開 -展開の分かれ道であったりもする。
『 小保方春子さんをGETしなされ!でかい株になるから!』
小保方さん、理研でやってちゃダメだ!
あんなところで研究していても、小保方さんにとっては不利不利。
理研なんて自ら辞めてやれ!
あんだけ捏造あつかいしたSTAP細胞なんだから、
理研側としては、STAP細胞の権利は全て小保方さんに移行して、
小保方さんは、
日本人ばなれの如き民間の企業でSTAP細胞の研究をしてもらいたい。
と、願望的に希望する。
とにかく、理研でやってちゃダメだ!
そう、
STAP細胞は、
ノーベル賞をとったiPS細胞という存在自体が、
その存在意義を失ってしまうほどの発見であるゆえ、
あのSTAP細胞の発表から、いったい、何があったのか・・
なんかイヤぁ~~なものを感じてしまいます。
小保方さんの言ってたSTAP細胞のレシピやコツについてですけども、
レシピや上手く作るコツだなんて、
ええ、こんなこと普通に人に教えられるわけがない!
もし、
「 どうやったらそんなに美味しく作れるの?」っと皆が知りたがるような、
超~美味い魚の煮付けのコツがあったとしても、
普通、なかなか、
「 はい、コツは、火力をこうして、これとこれを入れて・・」 的には語れませんよな。
ええ、コツを教えてあげてもいいのですが、
ちゃんと、「 あの人から作り方のコツを教えてもらったの! 」
という前置きを忘れずに言ってもらえればね!
その前置きもせずに、
まるで、自分が発見したかのような言い方をされるのはシャクですからね。
教えるにしても、やっぱ、人を選びますよ。
どんなことであれ、" コツ " を全てを教えたら、
手柄は横取りされてしまう可能性はもの凄くハネ上がりますからね。
端から言わぬが正解だと思います。
そんなことは、一般世間圏での、子供の世界でもあるし、
奥様の世界でもあるし、職場でもあるし、技術職人さんたちの世界にもあるし、
etcetcにあるし、、ですからね。
ええ、
ある人から聞いた、上手くやる為のコツであっても、
その人が他の誰かに語る時には、
まるで、自分でみつけたかのような言い方をしたがるものですからね。
それがましてや、研究者たちの間ですからね。
誰もが、新たな発見をしたいという意欲をもって研究していますから、
そんな中で、ましてや、女性が、
あの、iPS細胞の存在を無にするかのような発見をした!(STAP細胞)
だなんて世界的に認められたら、
とある人たちにとっては、その研究を潰したくなったりもするでしょうからね。
でもでも、理研側としては、
入念に調査すれば不手際の多い、
小保方さん自身も認める、あの研究論文でさえ、
" さっそく "な人間の行動的に発表する気になったのですから、
理研側としては、当初は、絶対的に理研側の利になると考えていたと思うのですが、
それを突然引っ込めたような形になったということは、
普通に考えても、ノーベル賞をとったiPS細胞の研究者側からの、
強力ななんらかの作用があったのかな・・っと推測してしまいますよね。
ええ。
で、理研側の処置としては、
小保方さんという未熟な人間の捏造etcということにして・・。
いやいや、これは、これは、いかんよ!いかんよ!いかんですよ!
小保方さんは、理系の人間のくせに、
頭ガチガチの唯物理論人間ではなさそうだから、
あんな風なツメのあまいことをしてしまったんでしょうと思います。
ま、頭ガチガチの唯物理論人間には、
インスピレーションの如き発見なんてできませんですからね。
ま、科学者であるための定義として、
唯物的であることと、理論的であることがあげられますが、
その思考体制(頭の仕組み)では、
天地がひっくり返っても気づけないことってあるのですよ。
過去から今現在までの発見・発明を考えてみて下さい。
ほぼ大半の科学者・研究者は、ガチガチの唯物理論人間ではありませんから。
大半は、見た目、常識ハズれな変わり者が多いですから。
あるんですよ、その人にしか気づけないコツってのがさ。
どんな分野にもあるんですよ、とある人にしか気づけていない事実というのがさ。
ええ、
おそらくでもなく、
小保方さんとしては、
もっともっともっともっと煮詰めてから、
コツやらレシピを公表したいと考えているのだろうと思います。
これはね、
どっか民間のベンチャー企業みたいなところで、
小保方さんを引き抜いて研究させたほうがいいよ!
まだ、研究の成果は、小保方さん的には100%近くにはほど遠いと思っていて、
もっともっと研究して、はやく100%に近づけたいと考えている状態だと思うから、
どこか感度の優れたアンテナを持っている民間の企業が小保方さんをゲットして、
投資して、小保方さんに研究を続けさせたほうがいいと思いますね。
この株はでかいぞ!
でも、日本じゃ無理なのかな??
日本人って、バケツの中のカニみたいな人が多すぎるからね。
人と変わったこと、人より頭が抜きんでた人を、煙たがらずに、
「 もっとこい!もっとこい!、そういう人の方が研究家としては最適だ!」
と、普通に考えられるような人(企業)に引き抜いてほしいと願います。
さすれば、もっともっと伸びますよ、小保方さんは!


