こんにちは♪
MiracleHappychiyorinです
この世は、出来事への意味付けで出来ている
出来事への意味付け
それは同じ出来事でも、人それぞれの意味付けは違ってくるということ
最近わたしは、意味付けをすることをあえて止めてみている
出来事に対して、無、空の状態を作る
ただそうあるだけ
ただそうあるだけ、なのでそこに様々な意味付けや、感情を乗せないように意識的にしてみている
感情を動かすことは、喜びにも繋がるけど苦しみにも繋がる
思い通りにいかなければ、苦しみ
思い通りにいけば、喜び
という二極性を生み出す訳で
そもそも、苦しみも喜びも
自分のそれぞれの尺度で決定付けているなら
なんとなく、空虚だなと思ったの
なので、苦しく感じるような出来事に対しては、感情を越えた無や、空の意識に合わせてみる
喜びも、一時的にわーっ♪となっても、やはり無と、空に合わせてみる
そうすると、そもそも
何も無いというか
見える出来事に、感情や意味を付けているのは自分以外いないことに気がつく
人生は自分の意味付けで出来ている=自分が創造主ということになるね
良い悪い、苦しみ喜び
みたいな二極性を越えた
無のところまで一度意識を上げてみると、なんとなーく
出来事に、感情を付けていたことが無意味に感じる
そうやって、感情を付けずに
あるがまま、を観るようにすると
疲れないな、と思った訳です
出来事に、感情を付けずに観るようにすると疲れない
感情を動かすことが人生の醍醐味でもあるけど、あえて自分の中心に戻るような
意味を付けない時間も持つようにすると、とらわれからの解放が生まれます
元々出来事は、意味付けさえしなければ無色透明なのでないでしょうか?
感情を動かしすぎて辛いなら、元々の無の境地に意識を飛ばしてみると、新たな気付きがやってきます♪ということでした
ということで、
今日も最高のHAPPINESSを!
おすすめ
ブログ、YouTube、本
Mrs. GREEN APPLE
おすすめ