こんにちは♪
MiracleHappychiyorinです
最期はみな、愛に戻る
と思ってるよ
だからそこに戻る間際に、自分が愛ではなく自我であった部分に悔いが生まれ
その時に、後悔、罪悪感が一気に押し寄せるんだろうと思う
愛とは、分かち合いや相手を思う心とか
自我とは、自分を全面に出すような小さい心
若い時は、とかく自我優先なところがあるけど自分という存在が永代繋がりゆく中の一部であるなんてことは、気がつきもしない訳で
うちの父親は、亡くなる1年程前からだったな、自分がわたしにしてあげなかったことを悔いていたのは
自分のこと、自分の欲しいものやりたいことばかりで、わたしにしてあげていなかったことを後悔していたわ
そのきっかけは、わたしが子供たちに色々してあげている姿を見た時、そこに当時の何もしてこなかった自分を投影して、泣いてたわ
あんなに強気(小心者隠す)で、自我の強い父でも死期が近づくと愛に戻るんだなぁって、感心した出来事だった
いつか何かのタイミングで、愛に戻れるなら死期が近くなるよりもっと前がいいと思う
やり直せるから、その後悔
愛に戻らず自我を強くするのってね
結局愛から逃げているだけなんだよ
それ恐れだから
関わることの恐れ、失うことへの恐れ
深く愛することを避けることは、同時に自分が傷付かないようにしてるだけだもの
愛であること素直さって
謝ること、感謝すること、自分に嘘をつかないこと
この3つをちゃんとで来たなら、愛の中にいると思うよ
謝ることは、人は間違いをおかすのだからそこに気が付いたら、時が経っても相手に謝る
感謝することは、相手の思いを受け取るから出来ることなので、時が経っても相手に感謝する
自分に嘘をつかないは、自分に嘘がなければ相手にも嘘を与えていないので、偽りはない正の状態
ここから離れたときは愛から遠ざかっているよね
そしてここにいるのが一番楽だと思う生きることがね
なのに、人は逆を行きたがるんだよね
一番楽な方法より遠ざかる
それが、自我
愛の大きさからしたら、ミクロのちっささの自我
そこに翻弄されて、悔いが生まれるんだよ
愛に戻れば、一番欲しい結果が手に入るのにそこはあえて避ける、なぜだ?!
ミセスのね、スタートって曲があるんだけど、まんま法則歌ってるよね♪
「スタートラインに立った今、そう武装と"創"と"造"で登場!」
「幸せと思える貴重な時間をどれだけ過ごせるかは、微々たるものでも愛に気付けるか、さぁ試されよう」
「忘れたくないなぁを如何に増やせるかだ、微々たるものでも愛に気付けぬならスタートに戻ろう」
「幸せと思える貴重な時間をどれだけ過ごせるかは、いつでもスタートでいよう」
そういうことです
ということで、
今日も最高のHAPPINESSを!