aneのブログ~パートのおばちゃんも大変だ~ -12ページ目

記憶が飛んでました。

震災の日、家まで帰ってきたことは覚えているのですが、

その後数日の記憶が飛んでいました。

今になって少しずつ思い出してきたので、記憶のまま書きます。

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初日の夜は車に避難していました。

雪の中、ご近所の人達と集まり、地震の時の話と今後の不安を話していました。

その夜はご飯なんかもないし、子供達も大人たちも食欲は無く、ただただ怯えていたのですが、

何か口にしなくては・・と思い、家の中に一昨日買って食べきれなかったドーナツがあった事を思い出しました。

いつもだったらもう捨ててしまうであろうドーナツを、めちゃくちゃになったキッチンから探り出してきて子供達に食べさせました。


しばらくしてお隣のご主人が戻られて、まっさきに子供達に『これ、帰り道で少し買えたから食べてね。』と菓子パンをくれました。本当にありがたいと思いました。

お腹がすいていたのでしょう。モナコは無邪気にそれを食べ、お腹がふくれたのかチャイルドシートに座ったまま寝始めました。


正直、食料の事は1~2日の辛抱で、お菓子や家の中のものでなんとか繋げると思っていました。

きっとそのうち配給や炊き出しなんかがあるんだろうと、甘い考えでいたのです。

だから母が『ガスコンロ、あるの?』と言った時も、あるけどそんなに必要ないんじゃない?なんて思ってしまいました。

我が家にあるのはガスコンロ一台と、ボンベも一個だけでした。


車が必要になるかもしれない。ガソリンの無駄遣いができないという話になり、怯えながら家に入り、

一番被害の少なかった一階の和室に布団を引っ張り出して包まりました。

寒くて寒くて、皆ダウンを着たまま布団に入りました。


そのうち夫が帰ってきました。

夫の職場も震度7でしたが、なんとかひび割れた道を4時間かけて帰ってきました。

無事で帰ってきたパパに、子供たちがすがりつきました。

反対隣の奥さんが、海辺の方に職場があるご主人と連絡が取れないと言って、夫に道路の状況を不安そうに聞いてきました。


頻繁な余震に寝ることはできませんでした。

真っ暗な部屋の中。

懐中電灯もいつまでもつか分からず、

この時はラジオもまだなかったので、携帯のTVを観たかったのですが、電池も残り少なく、観ることはできませんでした。


こんなに夜が長く感じたことはありません。

体のあちこちが痛くて、寒くて、一睡もできませんでした。


ようやくうっすら明るくなって、朝になりました。


トラックの音がして、外に出たら

お隣のご主人が海辺からトラックで戻られてきた所でした。

奥さんと息子たちが駆け出してきて

『パパ!』

と叫びました。

『車が流された!あっちはダメだ!』

ご主人が叫びました。


津波から逃げる際、車を捨てて走って逃げたそうです。

やっと逃げきって、会社のトラックでなんとか瓦礫の中を帰ってきたそうです。

逃げる途中、流木に挟まった人を見つけて流木をどけたけれど

もう息が無かったそうです。せめて高台にこの人も・・と引きづり出したけれど、また波が押し寄せてきて、どうしようもなくて逃げたそうです。


そんな事が現実に起きるの?

夢じゃないの?


夏にはよく海水浴に行った海です。

買い物にもよく行く道です。

知人がたくさん住んでいる場所です。


恐いのと、信じられないのと、何が起きてどうなっているのか分からなくて、ただただ泣けました。




あの日のこと。

大きな災害が起きました。

いつか起きるだろうと思っていたけれど、心のどこかで『大丈夫』と思っていた事。

まさか自分の身に起こるとは思っていた事。


忘れてはいけない事だから、自分の為に綴っておこうと思います。

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その日、aneは普通に職場に来ていました。

昼休みは久しぶりに友人とランチして、午後からの仕事に戻り、

あと30分くらいで帰れるな~なんて気楽に思っていたのが午後2時40分頃。

軽い揺れを感じて、『あ、地震だね』なんて同僚と話をしていたら、

すぐに大きな揺れが来ました。

誰が叫んだのか、『机の下に!』という声で、近くにあった机の下に頭から入り込みました。

揺れは横にどんどん大きく揺れて、少しおさまったかと思うとすぐに倍の大きさの揺れが来て、

また少しおさまってまた大きく揺れての繰り返し。


何分経ったの?

いつ止まるの?!

私どうなるの?

このままビルがつぶれたら、私は死ぬよね。子供達はどうなるの?


電気が消えて、デスク周りの大きなロッカーが倒れてきました。

aneのもぐった机に倒れかかったロッカーからたくさんの書類が叩きだされました。

『ぼんーー!もなこーーーー!!』

叫び声の間に、何度も子供の名前を叫びました。

小学校は大丈夫だろうか?保育所は・・・あの古い保育所はつぶれてしまっていないだろうか!


長い、長い揺れのあと、ようやく地震が止まりました。

変わり果てた事務所の中。


真っ暗な階段を、ビル中の人が降ります。

コートを羽織って、仕事用のサンダルのまま近くの公園へ全員で逃げました。


道はひび割れ、ガラスの破片や瓦礫が散乱した道を移動。

地震が起きてすぐなら携帯が使えるかも!

母、夫、義母、妹、できる限りメールを飛ばしました。

小学校と保育所へは電話は通じませんでした。

何度電話しても通じませんでした。


ビルから煙が上がり、余震が頻繁に起きていたので一時間ほど公園で待機になりました。

ようやく会社から解散になったのが四時半。

電車や新幹線はストップ。

信号が止まっているので、道路は車が大渋滞を起こし、歩いて帰るしか術はありませんでした。

街の職場から山の上にあるaneの家までは約8km。

歩いて帰ることに何の抵抗も感じませんでした。

歩いて帰れるだけ幸せだと思わなくてはいけません。


途中、『津波がすごいらしい』という話を聞きましたが、この時はこんなひどい事になっているとは知らず、

海辺の方に家がある会社の同僚と『大丈夫だよ』と励まし合って途中まで一緒に歩きました。

帰路何度電話してもつながらず、携帯の電源は無くなりました。

災害用の電池を付けましたが、すぐになくなりました。

途中、いくつかあいているコンビニに寄りましたがすでに電池は売り切れ。

早く帰りたい!と思いましたが、子供達がお腹をすかしていたら・・・と思い、少しだけ残っていたお茶とお菓子を買い、鞄につめました。


雪が容赦なく降って、サンダルから出たつま先の感覚が無くなり、歩きにくくてイライラしました。

同僚と別れてからは、薄暗くなった道を一人で歩きました。

公衆電話を見つけては電話をしましたが、相変わらずつながりません。

小走りになります。


あたりが真っ暗になりました。

足元が見えなくて、何度も地割れに躓き、疲れて息が上がってきた自分に腹がたちました。

なんでもっと早く走れないの??


二時間後、ようやく保育所につきました。

よかった!つぶれていない!

門を開けると、すぐに『誰のおかあさんですか?!』と真っ暗な中から叫ばれました。

『モナコです!』大声が出ません。

保育所の中にはいると所長先生がいらっしゃいました。

『おかあさん!よかった!』

モナコは??

『あのね、さっきおばあちゃんがいらしてね。ずいぶん迷ってたけど、モナコちゃんを連れて自宅へ帰りました。おかあさんに伝えてねって。』

母が??

母は今日ずっと遠くに行っていたはずなのに??

すごく不思議に思いましたが、先生が違う人に渡したりするわけはないのです。

『本当にありがとうございました。』

心からお礼を言って、小学校へ向かいます。

所長先生がパンケーキを一つ『頑張って』とくれました。

今はとても口に入れられなくて、後で子供と頂きますといってポケットに入れました。


どうか保育所にまだ残っている子供達の親も早く迎えにこれますように。

先生方のご家族も無事でありますように。


坂道を踏ん張って歩きます。

途中、スーパーの明かりが見えました。

店長さんがお茶やパックのお米、お菓子など、瓦礫の下から出せるものだけをだして配っていました。

後で分かった事ですが、この店長さんは阪神淡路大震災の経験者で、善意でこの配布を行っていたそうです。

今買っておかないと、この先どうなのか分からない!

なんとなくそう思いました。

残った体力で持てるだけの物資を袋に詰め込みました。

後で数えたら、ペットボトルのお茶が八本、パックのお米が四つ、ろうそく、電池1ケース、りんごなどを持っていました。


お店を出たらまた真っ暗。

小学校へ早く!!

そう思って踏みだした瞬間、一気に目の前がさらに真っ暗になりました。

自分でも何が起きたのか分かりませんでした。

しばらくして自分の状況を確認しました。

1Mほど陥没した道路に落ちたのです。

両脇に荷物を持っていたおかげで怪我はしませんでした。

荷物の袋が両脇のコンクリートに破かれてしまったので、持っていた手提げとビニール袋に物資を詰め込んで這い上がりました。


ようやく小学校につきました。

『子供を迎えに来ました!』

すでに避難所になっているのか、誘導している人を見つけて聞いて、3Fに子供達がいると聞いて階段を上ります。


『だれのおかあさん?!』

先生の声が聞こえました。

『ぼんです!三年生のぼんです!』


担任の先生が走って来て、

『おかあさん!歩いてきたの?!』と手を握ってくれました。

『ぼんね、さっきおばあちゃんが迎えに来たの。自宅にいるって。怪我はしてないから大丈夫だよ。』

よかった・・

先生も子供がいます。まだ連絡が取れていないそうです。息がつまりそうです。

先生、本当にありがとうございます。

どうかお子さんも無事でありますように。

待っている子供達の親が早く迎えにきてくれますように!


足をひきづって家に帰ります。

あとちょっとなのに、足が重くて腹が立つ!!


ようやく家が見えてきました。

よかった、外壁も倒れていない。

家の中はどうなってるんだろう。

この後暮らせるのだろうか。

母と子供達はちゃんと入れたのだろうか。


寒くて震えるのでなかなかカギが出せません。

ようやくドアを開けました。


玄関に

ジャンバーを着たままの子供たちが座っていました。

母がそこに立っていて

『ママだ!ママ帰ってきたよ!』

と言いました。


良かった。本当によかった。


同時に二人を抱きかかえました。

二人ともワーワー泣きだしました。


母の話では、モナコはよく解っていなかったようですが、

ぼんはずっと

『ママが怪我してたらどうしよう。帰ってこれなかったらどうしよう。壁の下敷きになってたら?橋が壊れて落ちちゃったらどうしよう』と泣いていたそうです。


しばらくして夫からメールが届き、無事を確認できました。

頻繁な余震が恐くて、この日は夜中まで車中に居ました。


津波の被害の情報を聞いたのはこの翌日でした。

お母さんを探す子供。子供を探すお母さん。家族を探す人。胸が痛くて、涙が止まりません。

決して自分達が助かったことを手放しで喜ぶことはできません。

aneにもまだ連絡が取れない同僚や友人がいます。

どうか早く皆が家族に会えますように。

どうかもうこれ以上の悲しみや苦しみは起きませんように。

今もずっと願います。













胃薬。

薬嫌いのaneですが、

あまりにも胃がキリキリするので、ついに胃薬を飲むことにしました。


飲み慣れた薬が無いので、救急箱に入っている胃薬を飲んだのですが・・・


激まず・・ガーン


なんだろう・・・

漢方だからでしょうか?


おやじの頭の匂いっていうの?整髪料の。

あれと仁丹を混ぜたような・・・


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まさにオヤジが団体で入ってきたような味でございました・・。



けれども、さすがは団塊の世代パワー。(?)

彼らの働きによって、翌日にはスッキリ治っておりました。


ありがとう、オヤジ!グッド!

いやな予感。

先週から土日のイベントが多く、お疲れ気味なのと、

天候がコロコロ変わるせいか、ややお疲れ気味な我が家。


昨夜からモナ子がやたらハイテンション・・。

咳と鼻水が大量なのに・・・・??

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あーーやーーーしーーーいーーー。叫び

こういうテンションの時って、熱出る前兆なんだよなー。


と思っていたら、案の定翌日から発熱~。ガーン


そして、なぜかaneも胃がキリキリと痛い・・。

気のせいかと思ってたけど、やっぱ痛い・・・。


暴飲暴食続いてたからなー。


先週ママ友とお茶会した時のケーキ。
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ane作スイートポテトと、S君ママ作成ガトーショコラ。


彼女のケーキ、絶品なのよねー。

また食べたいわ!!


こんなに胃が痛くても食欲がまったく落ちないなんて!

太るハズだ・・。汗

間にあった!


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へもっちに教えてもらった技で、バズーカぶっとばしたトコ、激写成功合格

まだ上手に言えないのよ。

注意お下品なお話です。(またか?)苦手な方はご遠慮くださいね。


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aneの母。
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こんな顔して、こんな歳して、

かなり純粋乙女だったりします。


だから、ちょっとやらしい映画とか、ドラマとか観てると

『んまー!いやらしいっ』

と騒ぐし、

街でいちゃつく男女なんか見た日には

『最近の子は!』

とか言って、どこがどうなっちゃってんの?みたいにジロジロ見まくっています。


だからね、

モナ子には純粋で、汚れを知らない乙女に育ってほしいと思っていて、

与える本も洋服もメルヘンチック。
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それからね、母はとっても心配性だから、

孫たちがちょっとでも赤い顔してたら

『熱があるんじゃない?!』

汗かいてたら

『大変!風邪ひいちゃう!早く着替えなきゃ!』

と、とにかく色々騒ぐの・・。


もうそんな母には慣れてるんだけど、

この間、母を最高パニックにさせた事件がおきました。


それは・・・

最近流行りのあの人のマネをモナ子がウケ狙いでやっちゃった時のこと。
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やばい!!

『子供達にくだらない番組見せないこと!』と普段から注意されていたのですが、

お笑い大好きaneがバラエティー見てたのバレバレだわ!


当然の如く、

『なんてこと言うの?!ダメ!そんな事言っちゃ!!そんな格好しちゃ!!』

大騒ぎ。

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さらに、こんな事を。


『どう臭いの?そんなに臭いなんて何か病気かしら?どうしよう!病院に行った方がいいんじゃない?』


ナンノコト??


・・・つまりね、

母にはこう聞こえたのです。


モナ子、まだ『サ行』が上手に言えないんです。

だから、『し』は『ち』に、『さ』は『しゃ』になるんです。


さ!この〇にあてはめて、羽田空港の前まで言ってみて!!
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おわかりですか??


お笑いなんか見ない母は、このギャグなんか全然知らないから、

モナ子が臭くてばーちゃんに訴えてるのだと思ったそう・・・。


『もー、何科で受診すればいいのかと思ったわー。』

真剣にそうおっしゃる母。

臭くたって別に病院なんか行かないし・・。


はー、疲れる。





自給自足。

あっ!

前の記事読んでこのタイトル見たら

『aneさん、自給自足の道に進むのか?!』

って誤解されそう。


なんのことはない、給料日前日のお話です・・。


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まさに、サイフ空っぽ状態!


来月分の貯金をちょーーーっと借りちゃえば(毎回そんな感じ)なんとかなるところですが、

ここは主婦の意地。

行かないわ!銀行には!

今日はあるものでやりぬくわ!!


あるもの・・。

ネギと、

きゅうり。

あと、色んな調味料・・・。


『ぼく、今日、調理実習だよ。

お豆腐持ち帰りだから、タッパちょうだい。』
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ぼんの発言に希望の光。

息子よ!お前だけが頼りだ!!


そして夕方巨大な豆腐とおからを持ち帰った息子は

とても大きく見えたのでした。


これ、その日の晩御飯。
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マーボー豆腐~。

上はおからドーナッツ。

デザート付き自給自足ディナーよ!!


(パパが出張でヨカッタ)


それは突然に③

なんて、色々思惑を抱いておりましたが、

週四日・・・

なんか物足りないかも??

とも感じたり。



だってね、

最近aneの周りでこういう人が多いの。
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超、まぶしい!!

いや、だからってaneも何か具体的な夢があるわけじゃないんだけどね。


専業主婦だったお友達が、やりたい仕事見つけて働き始めたり、

趣味だった事をお仕事に変えた友達がいたり、

逆にずーーーっと仕事一本だった人が専業主婦に転身したり・・


春だから??

なんか最近変化に輝いてる人がaneの周りに続々と出現してるわ!


そうするとさ、

今の仕事って自分のやりたいこと?楽しい??

とかってまた思ったりして。(またか?)



さあ、三月末の更新。

どうしようか。






それは突然に②

副支店長の話が唐突すぎてビックリしたんだけど、

つまりは本社指示で会社の雇用形態が変わったとかで、

一旦契約取り消しの、再計約って事だそうです。


なんだかなー。


ま、そんなわけで

四月から、勤務体勢が週四日になるそうです。


月火、仕事。

水 休み。

木金、仕事で、

土日休み??


何それ・・・

それって・・・

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サイコーじゃない!ドキドキ


水曜日、何しちゃおう?

やりたいこといっぱいある!

それは突然に①

最近、忙しいながらも時々ゆったりした時間が自分で作れるようになり、

『私って仕事慣れてきたかも~音譜』とやや良い気になっていたaneですが・・・。


その日も同僚の人とちょっとおいしいお店にランチなんか行っちゃって

フフフーンな気持ちで迎えた午後の就業時間。


ププー


内線が鳴りました。


んもー。誰~?今からこの仕事、ちゃっちゃとやっつけちゃおうと思ったのにぃ~。


軽い気持ちで受話器を取ったら・・・
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副支店長から、まさかの打ち切り電話でした。


悲しきパートタイマー。

こんな電話一本でクビっすか。