金文が学べるカルチャー教室にて使用するため、

 

ここ数日間、天来書院テキストシリーズ金文61番(以下、天来とする)にも掲載されている

 

『大𣪘(大簋)』をせっせと作っている。

 

以前、目黒の教室で

 

「これ、丸く文字が配置されているから、

作品展で目立つと思うのよ、これ書きたいわ」と重鎮がひと言。

 

そこで、2週間近くかかって調べて、

 

大𣪘には二つの祭器があり、その蓋が二つ残されている。

集成番号もゲットして、拓本をPCで巨大にして文字確認をしつつ、

拓本をトレースしていった。

 

天来をお持ちの方はご確認いただきたいが、

 

天来61番(書道全集では67番、中国法書選では70番、白川氏の『金文通釈』では175番)は、

左右反転形が多く、

不明瞭な文字が多い。

 

資料をすべて作ったものの、

この左右反転形が多く、字源理解から外れたような、正確性のない文字が散見される西周金文を

書の資料として良いのだろうかと悩んで、

 

もう一つの同文(「賓」字の異同あり)の『大𣪘』を選択して、

 

資料を再度作り直したのであった。

 

 

今回、これを再び

 

異なる教室で使用しようと思い、再度、探求。

 

 

 


この大𣪘は面白い。

 

金文オモシロ№1にしてみてもいいだろう。

 

作りながら、内容の面白さに惹かれるのも、珍しいものだ。

 

 

内容をがっちり掴んだ後で、二年前の自分のトレースが気に食わず、

再びマジックを取って書き始めた。

 

トレースがスムーズに書ける方法は次の二つ。

 

1 字源が解っていて、

 

2 書く順番が解っていること

 


字源が分かれば、金文の書き順がある程度分かる。だから、

 

 

 

金文マニア安東麟でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

若く、

 

子育てが終わって、時間が取れるようになった美人さん。

 

待ってました。

 

そして、書道経験あり。

 

 

待ちに待っていました。

 

 

 

「楷行草ではない、もっと昔の文字が知りたくて。」

 

 

(飛んで火にいる夏の虫)←これは、心の奥の、ずっと奥の方で思った言葉

待ち続けていました。あなた様のようなお方を。

 

 

なんという嬉しさ。

 

 

先秦代の文字をあなたさまに、これより正確にお伝えしましょう。

 

 

安東の行う甲骨文、西周金文の書道は、

 

ズバリ字源主義です。漢字の成り立ちを知ることで古代文字は書けます。

 

 

字源理解から、その字源に拠って、

構成要素の順に書いていくのです。

 

 

これから多摩センターには、

スキップして行こうっと。

 

 

 

 

 

古代文字書道家 安東麟(あんどう りん)でした。

硫黄の温泉での醍醐味は、

 

お宿の部屋の、

布団に入り、

 

身体の汗腺に硫黄の成分が詰まっているのか、

どうにも暑くて、寝苦しい。硫黄の香りに包まれて、

布団を蹴っ飛ばして寝る、これがたまらなく良い。

 

5月はもはや暑いから、もろもろ大丈夫だろうかと思いつつ、

本を1冊持って、

草津に行ってきた。

 

温泉は一人が一番。

 

一人でお願いしたのに、なぜかすべて二人分がセットされていた・・・

 

 

 

 

 

湯畑の目の前の白旗の湯の硫黄の香りと、

ビリビリする熱さに、これを求めて長時間揺られてきたのだと思った。

 

高温を知っているのか、暗さと狭さが嫌なのか、

 

湯畑には多くの観光客がいるが、白旗の湯は誰もいない。

もちろん無料である。感謝。

 

入っては出て、入っては出てを繰り返しながら、「最高だ~」と独り言。

 

千代の湯は湯量が減少。地蔵の湯は、明るくて入りやすいのだろう、観光客がいた。

 

 

草津は、本を読むことを目的としているわたくしにとっては選択ミスだった。

 

 

 

湯畑の昼間と、夕方と、夜と、早朝。西の河原の昼間と、夜と、早朝。

鶯、カッコウが4時半に起こし、白旗の湯の、入れたて、新鮮な高温の硫黄温泉を味わえた。

 

自然豊かで、白旗の湯が最高な、魅力的な街だが、

 

やはり、蛍光灯の小さな部屋と硫黄のお風呂だけでいい。

 

 

我に娯楽などいらなかった。

 

 

そして、なんといっても、

帰りの中央線や埼京線での肩身の狭さ。

 

帰りの日は暑く、汗が垂れた。

 

汗と、身体からにじみ出る硫黄の匂いは合体する。

5月でもダメであった。

硫黄マニアは暑い時には、体臭に気を付けないといけない。

 

 

本も3分の2しか読んでいない。

あ~、遊びに行ったわけでもないのに、ふらふら歩いてどうする。

まったく。

 

大反省の、漢字のルーツである甲骨文マニアの安東麟でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

この写真は

 

ずっと前に書いたもの。

 

ここに甲骨文書作品のサンプルとして添付する。

 

落款の位置についても、提示している。

 

安東麟

 

 

 

 

甲骨文「蠱」

()」と「皿」を合わせた形で、災禍(さいか)の意味。

 

 

 

 

●吉凶占いを臨書する時の落款印の位置は?

 

最後の文字を書き終えて、その書作の完成と自身を示すのが落款印。

左行と右行の吉凶の甲骨文を書いた場合、右行の甲骨文の、最後に書いた最終文字の「蠱」に添えて、「蠱」の右側に捺した。

 

 

 

 

 

以下に筆文字資料を添付いたします。

 

 

カルチャー教室で資料説明はいつでも30分程度。

 

 

 

「あ~、そうなのね」

 

「知らなかった~」

 

 

と頷きながら、御自分のものにしてくださいます。

 

 

その後、

 

どんなに些細なことでも、気になったことでも、

なんでも質問してくださって、

 

結果、皆が発言して、

 

一つの事を、皆で考えて、

一緒に高め合っていくのが、甲骨文、金文の書の教室の在り方、これこそ醍醐味だとおもっています。

 

 

 

 

 

町家カルチャーの生徒さんのお一人は、

 

つい、

 

甲骨文の「蠱」を、「皿」の中に小さく書いてしまいました。

 

 

ホワイトボードに貼って、

 

甲骨文の拓本と見比べつつ、

 

「蛇がお風呂に入っているみたいですね」

 

と言って笑い合いました。

 

 

その方は、まず、皿を書いてから、

 

蛇たちを書く方が書きやすいとおっしゃっていました。

 

書く順番として提示している番号は、目安として添付しているものです。

 

 

 

資料説明をしっかり読んでから、

 

 

手習いにトライしてみたらいかがですか。

 

 

安東麟(あんどう りん)

 

 

 

 

 

 

 

 

以下に添付するのは、

池袋の勉強会にて甲骨文講読に使用したものを

町家のカルチャー教室にて使い回し・・・

いや、推敲、再編成、手直ししたものです。

町家カルチャーのSさんからの指摘、ダメ出しなど、感謝!

生徒さんに育てられていることを、実感しております。

 

 

さて、

 

みなさま、

是非、スマホでお気軽に、甲骨文を読んでいただきたい。

 

家で読む場合は、声に出して読むこと。

その理由は、声に出して読むと、読めないところが明確にわかるから。

 

甲骨文って、よく分からないと思う方を少しでも減らしたいと思いつつ、

資料作りで毎日を過ごす安東麟でした~。

 

 

これは蠱という災いを示す甲骨文です。

天来書院テキストシリーズ甲骨文3番に掲載されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかがでしたか。

 

町家カルチャーのSさんは、

学んでから、

 

「それで、結果として、祟ったんですかね、蠱という災いがあったんですかね。

 

あ~、❹の験辞がないんですか。

 

結果が分からない甲骨文って、どうにも座りが悪いと言いますか、心に決着がつかないと言いますか、面白みに欠けると言いますか」と言って、首を捻っておられました。

 

その言葉を聞きながら、

 

確かに❶前辞から始まって、❹の験辞の(王が占卜した通り)まことに〇〇となったという結果があった方が、甲骨文の初心者向けには、すっきりするだろうなと思い、

 

甲骨文の本に入れるために、家に帰ったら、

 

❶~❹の完全に揃っている甲骨文を探してみようっと!と思ったのでした。

 

以上、蠱を含む甲骨文でした。

 

甲骨文は、高校生の時に習った、漢文のレ点と一、二点が分かれば(知らなくてもすぐに慣れます)、

読めます。

 

読んでみると、雲っていた空に少しずつ青空が見えてくるような気がしますから、読んでみてください。

 

 

安東麟

 

 

 

 

 

正確性を重視して、

 

甲骨文

 

西周金文

 

東周代の金文

 

の文字を明確に提示する資料作りを毎日行っている。

 

誰もが甲骨文の臨書、

西周金文の臨書

東周代の金文を臨書できるように

 

資料を纏めることが我が使命だと思っている。

 

 

これまでの甲骨文の扱いとしては、

 

1 よく分からないから、

 

2 書道とは異なるから、

 

3 書き順はないから、

 

4 遊びましょう。

 

5 象形文字なんですから、どんな書き方をしてもいいのですよ。

 

そんな調子だったと思う。

 

 

完全に真反対の甲骨文の学び方を提唱するのが、わたくし

約30年甲骨文を主にマニアックに追及してきた安東麟(あんどう りん)である。

 

1 古代の甲骨文は読める。漢文がちょっとでも分かれば、現代人の日本人でも分かる。

 

2 漢字のルーツの甲骨文の当時、筆を持ち、筆で書かれ、

甲骨文から脈々と続いて書道が生まれた。当たり前だが、甲骨文は書道の範疇に含まれる。

 

3 筆で書かれていたのだから、上から下へ送筆、

また、右手で筆を持っていたのだから、(甲骨文には右手を示す「又」や右手で何かを持つ「殳(しゅ)」などの字形が多いことから、右利きが多かったと推測できる)横画は左から右へ送筆されていた。

 

つまり、書く順番を推測できる文字もある。

 

 

 

4 甲骨文を知らない人が、急に、遊ぶな。

 

例えば、

ガンバって、漢字の成り立ちを調べて、

「甲骨文の「風」の文字って鳳凰の姿なんだ~、スゴ~イ」と興味を持って書こうと思ってくれることはもちろん嬉しいが、

 

筆の遊びに移行させるために、無理やり加工して、

現代人の我が甲骨文を書くと、こんな風情に変化しました!と堂々と披露されると、

変化=遊びなのか、と思い、その自己流の遊びの正解はなんだろうか、

甲骨文のリアルな字形は何処へいったのか、甲骨文を素材にする必要性はなんだろうかと首を捻り、

軽みの中で扱われる甲骨文が、可哀そうに思えてくる。

 

 

 

5 象形文字は、漢字のルーツ。

 

漢字の種といえる甲骨文には、

 

漢字の書く順番や、いまの漢字と甲骨文を比較すると、近いところもあり、

甲骨文を全くしらない人でも、実は読めたりする。

 

 

 

いまのところ、

甲骨文、金文の見えない字形を提示することが仕事ですといった方にお会いしたことはないため、

安東一人の趣味に近い、全くお金にならない、ただの静かなる行いなのだが、

 

これからもリアルを追及し、

 

古代の文字を提示して、誰もが臨書できるようにしたい。

 

そして、誰もが甲骨文や金文は、学んでから書くという姿勢が当たり前になるようにしたい。

 

甲骨文や金文こそ、リアリズムの追究が必要だということを広めたい。

 

甲骨文と遊びを切り離したい。

 

 

 

日曜日の朝、

家人がいなくなった家で、

青空を見ながら、闘志を燃やす安東麟でした。

 

 

時間を割いて

 

一つの事に向き合い、

 

集中する、その時間が好き、その雰囲気が好き

 

 

 

そういった趣味が、もし、書道であるならば、

 

「書く」前に、「学ぶ」を大前提にしたいもの。安東が

 

研究対象としている古代文字の甲骨文や金文は、字画の欠落があるため、

 

すぐに筆を持って書くことはできない。甲骨文や金文は簡単に臨書できるものではない。

 

 

例 甲骨文資料から、同字比較を行ったうえで補足したしたのが赤マジック

 

 

 

すべての文字を把握し、見えない文字や不明字は、

 

字源調べや同字比較をしてからでないと先には進めない。

 

臨書する場合、イメージされている古代文字の印象とはまるで異なると思う。

 

すべての文字が解っていないと、正確に臨書することは不可能である。

 

(もちろん、調べないで、知らないで書くことは可能であるが、残念ながら正確性からは遠くなる)

 

 

貴重な時間を割いて、趣味の書道に没頭するならば、

 

まずは、学習。

 

文人墨客は、骨董蒐集をしたが、それは宝を得て、飾るためだけではなく、

自らの目を養うという、学びでもあった。

 

甲骨文、金文は、

 

第一に字源、

 

第二に文字分析、文字追究

 

第三に内容把握、

 

これを段階的に行って、階段を一段一段上がっていって、

 

やっと自分の中で腑に落ちて、

 

もはや自分のものになった、特徴も掴んだ、

 

いざ、書いていこう、書いていけるとなる。これが自信の正体である。

 

 

 

たかが趣味であっても、

 

適当

 

よりも、

 

真面目に、真摯に向き合う方が

 

その場にいて、居心地が良いのではなかろうか。

 

 

 

 

朝、趣味について思う、甲骨文、金文マニアの安東麟でした。

 

 

 

これの、

 

 

 

 

これ、

 

 

なんなの?

 

 

 

どう書くのか

 

皆目見当がつかない。

 

 

小學堂金文

 

 

 

で同字比較。

 

 

続いて、

この小學堂でクリックするのが、

漢語多効能字庫

 

 

 

漢語多功能字庫 - 字頭 「尃」

 

『説文解字』も活字で提示。

 

ただ、翻訳機能は金文の説明にはまだまだ機能せず、使用できない。

 

」象田中有禾苗生長之形,疑「」字是種田之意。

(この尃の字形は)田の(ような形の)中に禾の苗有りて生長するの形に象(かたど)る、疑うらくに、尃字はこれは田の種の意味であろう。

 

 

漢語多功能字庫 - に『説文解字』布也。从寸,甫聲。とある

 

 

なんだ、

 

寸に従(したが)い、甫の声(せい)

 

後漢時代の許慎が、

 

この「尃」の文字の下は、

 

「寸」ですよ。これに意味があって、

 

その上にある「甫」はこの文字の音、つまり、読みですよ

 

と教えてくれている。

 

 

なんだ~

 

 

『説文解字』から

 

書けるヒントが見つかった。

 

 

でも、手の形だけに意味があるって、変じゃない?手は、何かを持つ形なんじゃないかしら。

 

「布(し)くなり」って、なに? 

 

 

あれ、やっぱり、

 

『説文解字』だけでは、意味がよく分からない。

 

そう、

 

そうやって、

 

調べて、

調べ続けていくのです。

 

わかった!

 

と思って喜ぶけれど、

 

次の瞬間、

 

あれ?

 

 

となる。

 

そう、

 

ドツボにハマるのです。

 

 

ドツボにハマりたい方は、

是非、金文の書道体験を目黒、町家、多摩センターJEUGIAカルチャーでどうぞ。

 

 

金文マニアの書道家 安東麟(あんどう りん)でした。

 

いまは見えないけれど、もとはあったのか、

 

 

それとももともと無かったのか、

 

 

それがよく分からない。

 

そのため、

 

金文の臨書は嫌煙される。

 

 

 

 

書道の先生も、金文に慣れていなければ、その文字調べはとても難しい。

 

「金文に慣れていなければ」

 

の慣れるとは、金文を調べる方法のことをいう。わたくしが

 

子供の頃、書道を嗜んでいた母は

 

いつも『五体字類』で文字を調べていた。

このような字典で甲骨文や金文を探してもあるわけない。

 

金文の拓本が掲載され、研究者によって釈文や説明が入っている書物を

何冊も調べないと字形分析はできず、書くという行為は不可能である。

 

ネットの調べ方も、調べる方法がある。

 

そんなことを今回の資料『叔尃父盨(しゅくふほしゅ)(弔尃父盨・鄭季盨(ていきしゅ))』に、時系列で記述していった。

 

次回、金曜日の目黒学園カルチャーで生徒さんにお話をした後で、公開するので乞うご期待。

 

 

 

 

ひとまず

「いまは見えないけれど、もとはあったのか、

それとももともと無かったのか、それがよく分からない。」

という方に、

 

次の叔尃父盨(しゅくふほしゅ)(弔尃父盨・鄭季盨(ていきしゅ))の「尃」の文字をご覧いただきたい。

 

 

 

この尃の下の形は何?

 

 

そう思ったら、文字調べ。つまり、同字比較。

 

 

次は国学大師の尃     尃_汉字「尃」的拼音_尃的解释_尃什么意思_尃念什么 - 国学大师

 

 

 

 

下の右側二文字は、西周代の後の、東周代(春秋時代)の文字なので、

除外するとして、それ以外の文字は西周金文

 

 

 

ぼ~っと見ても、

 

 

がっちり見ても、

 

 

他の文字を参考にすると、西周金文「尃」の下には、右手の形が入っていることが分かった。

 

右手の形が「寸」の漢字になるのだ。

 

 

 

 

叔尃父盨(しゅくふほしゅ)(弔尃父盨・鄭季盨(ていきしゅ))を書こうと思って、

 

この「尃」の下の形がなんだかよく分からんと思ったら、

 

必ず、同字比較をすること。

 

 

これは、同字比較を行ったら、下部は右手の形であったため、

ここでは、少し見えなくなっているが、

 

右手の形。

 

 

調べて、自分で納得する、これが金文を書くコツ。

 

 

納得しないと書かない、筆を持たない。

 

 

金文臨書の悩む点は文字の一部が見えないから、どう書けばよいか分からないことであるが、

 

調べれば納得できる。

 

納得すれば、書ける。

 

 

調べる方法も慣れていき、調べ続ければ、どう書けばよいか、分かってくる。

 

 

知らなければ、書けない。これが書道。

 

金文も筆で書かれた文字を鋳造したため、書道。

 

繰り返し臨書するのが金文書道。

 

 

また、今日も調べ続ける西周金文マニアの書道家 安東麟でした。