書道を習っていないのですが。

 

書道は行・草(行書と草書)を長く習っているのですが、甲骨文は初めてで。

 

 

そんな方がいらっしゃいます。

 

 

つまり、みんな初心者です。

 

 

書道の先生も、初心者じゃないんですかね~。(また、同業者の悪口を言っている・・・だめだ。悪口は言わない、いわない。)

 

 

初心者こそ、マニアックな世界にお連れしたいです。

 

マニアも唸らせる、そんな書の教室を開いています。

 

 

東京 甲骨文、西周金文の書の教室主宰 安東麟でした。

 

 

では、突然ですが、クイズです。

 

下部の拓本は、甲骨文、なんて読む?

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなへんてこりんな甲骨文をただ書くだけではもったいない。

 

なんでこんな形をしているのか、調べないとね~。

 

腑に落ちてから書きましょ。

 

答えは、春でした。

 

文字変遷を眺めれば、今の漢字になるのが、分かりますよ。

 

 

古代文字書家 安東麟でした。

甲骨文、金文一筋25年の書家、安東麟(あんどうりん)です。

 

これまでは世にも珍しい書道教室と言ってきましたが、

 

唯一無二の書の教室に変えようと思っています。

 

最も古くて、全く新しい書の教室。

 

*ここでの「新しい」とは、内容をばっちり掘り下げることを言います。内容は二の次という書道教室もあるような気もするので。同業者の悪口は止めま~す。

 

 

古代中国の殷の甲骨文(こうこつぶん)や周の金文(きんぶん)、

 

マンガのキングダムの世界である、戦国時代の金文(きんぶん)や竹に書かれた竹簡(ちっかん)の文字も

 

内容を掘り下げつつ、古代の人々の世界を眺めます。

 

*金文とは、青銅器の文字のこと。

西周金文は、文字は鋳込まれていましたが、東周代(春秋・戦国時代)になると、青銅器を作ってから、文字は鏨などで彫られたのです。

 

*竹簡は、耳慣れないですね。

日本では木簡が一般的ですが、紙のない時代の、古代中国では竹を細く切って、文字を書いていました。1本ずつを紐で結んで巻いたのです。竹簡を広げた形が、「冊」。いまでも本を1冊、2冊を言いますね。西周金文には、「冊命(さくめい)」という王様からの命令文を記した金文があります。王は命令を下すだけではなく、命令とともに、物を与えています。「賜与(しよ)」と言います。

 

古代文字を習う時は、こんな専門用語も出てきます。

 

初めは面食らうこともあるでしょうが、

慣れてくれば大丈夫。腑に落ちてから書くことを合言葉にしています。

 

甲骨文から、篆書までを専門的に習う書の教室を主宰する安東麟でした。

 

東京の目黒学園カルチャースクール、町家カルチャースクール、多摩センターJEUGIAカルチャーでお待ちしております。

 

 

古代文字の書家 安東麟でした。

 

 

一般的な書道を習っていた。

 

その中で、当初から、甲骨文のビジュアルな魅力に心を掴まれたのではなく、

 

内容に掴まれた。

 

だから、大好きなのは、甲骨文。

 

 

甲骨文の本を纏めているが、

 

本には、「甲骨文字」とは記さず、

 

一文字であっても「甲骨文」と書いている。

 

甲骨文字をエンターテインメントとしてお書きになる方は大勢いらっしゃる。

その作品至上主義の方は、相当大変だろうと思う。

独自性を生み出して、装飾を施して、変化の美を生み出して・・・。

 

甲骨文を扱っていても、我とは世界が違う。あちらはキラキラしているけれど、わたしは、

キラキラは嫌い。

 

ただ淡々と、静かに、甲骨文がどんな形で、どんな内容であるか、

それを伝えるために、生きたい。

 

突き詰めた自己の学びの上に作品は出来上がると思う。

 

ただ、わたしも甲骨文の書家という肩書だから、そのキラキラした方たちと肩書は同じなんだよな~。

 

 

甲骨文研究の書家 安東麟(あんどうりん)でした。

 

いま纏めている甲骨文は、

 

甲骨文の占われた内容に着目して、その魅力を伝えようとしている。

 

落合淳思先生の御著書にある釈文を見て、

 

これは面白い‼と思い、

 

拓本を添付し、文字を打ちつつ、

何日もかけて作って、スキャンしては、トレーシングペーパーで写して、

纏めて、纏めて、纏めたのに、一部、首をひねる部分があったら、だめだ。

 

不使用となる。

 

勿体ないが仕方ない。

 

それこそが、厳選だ。ふるいをかけてこそ、ゆるぎのないものとなる。

 

 

あ~、もったいない、勿体ない。

 

 

資料作りのはじめから、気づければいいのになあ。

 

 

甲骨文研究の安東麟


 

年末年始は親戚や、家族がやってくる。

 

「野良猫いるんだ」「飼ってるの?」「ダニ怖くないの?」

 

「猫嫌いなのよね」

 

といったネガティブな意見が出るかもしれないと想定。

 

 

そのため、野良猫くーちゃんがのんびりお休みになる

 

玄関先に置いていた箱を、玄関の一段下の外の、

 

玄関に人が来ても

 

 

すぐには目に入らないところに置いて、

 

そこでのんびりしていただくことにした。

 

 

 

 

 

人に会わせないようにしようと配慮して、箱を外に置いたのに、

 

夜、人がやってきたら、箱から出てきて、

 

玄関横で

 

こちらを向いて静かに座ってしまった。

 

 

 

あらら~。

 

くーちゃん、丸見えだよ~。

 

 

 

 

 

猫大好き甲骨文オタク金文マニアの安東麟でした。

 

 

 

 

昨日、Oさんにメールを返信した。

 

我と同じくご家族持ちで、書道教室を開いているOさんには本心を隠すことなく、

 

「気忙しい年末年始は大嫌い、心から日常の日々に戻ることを欲する」とメールに書いた。

 

 

昨年、上の子も下の子も家を出て、寂しいと言ってはみたものの、

突如として目の前に自分の部屋が登場して急に世界が開けた。

 

それまでは、

リビングの机の一角がわたしの居場所で、パソコンとプリンターを前にした極小空間を楽しんでいた。

テレビに背を向け、キッチンに向かって座っているため、

甲骨文や金文の資料を作りながら、コトコト料理が出来た。

カレーの人参は薄く切らずとも大きいままで良く、

分厚い大根の出汁煮だってなんてことはなく調理ができた。

ただし、大音響で流れるYouTubeをイヤホンで聞いてテレビの音を遮断し、夫がテレビを見て爆笑しているさまを冷たい目で一瞥していたが・・・。

 

 

 

今年、リビングと離れてしまったのは玉に瑕だが、部屋の獲得によって、

静かな中で甲骨文と向き合うことができるようになった。

 

たった一文字を調べて、調べて、調べるのが普通で、1時間などあっという間である。

洗濯の30分など、「え~と、これは、どんなだったかな」と文字とにらめっこしているうちに、ピー、ピーと洗濯機から終了のお知らせが発せられる。

 

まさに牛歩の歩みで甲骨文を調べている。いつでも無我夢中で一人ただ楽しく調べている。

 

 

 

それなのに、年末年始はなんだ。

 

帰ってくる息子のために布団を乾し、掛布団、敷布団カバーを洗い、

息子夫婦がやってくるために、掃除をし続けているような気がする。

 

夫は

 

座っては立ち、立っては動いて、

窓を吹き、電気を変えて、掃除をして、車を洗い、買い物に行っては、年賀状を書いてせわしなく動き回っている。

 

そして入れ代わり立ち代わり、家族や親戚がやってくる。

 

もちろん楽しい。

祖先神に感謝である。

 

 

 

ただ、わたしの世界だった部屋には息子が陣取り、再びリビングの一角にいるが、

なぜか追いやられた感にさいなまれる。

 

気忙しい。

平常心が失われると思考がうまく働かない。

非日常の年末年始は嫌いだ。

 

 

日常を心から欲する、甲骨文オタク、金文マニアの安東麟でした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

今朝、まだ暗い5時

 

玄関横のふきっ晒しの箱の

 

柔らか布団を入れた中に

 

 

くーちゃんは座っていた。

 

 

 

 

朝ご飯を取りにいったん玄関に入ってから、再び開けると、

 

箱から出てきて、戸のすぐ前に来ていた。

 

こちらが外に出ていって歩き、お皿にご飯を入れようとして座る度に、

 

シャーと言って脅しをかけてくる。

 

真っ黒い顔から真っ白い牙を出して、こちらを真正面に見ながら、一生懸命シャーと言うので、

 

いつもいつでも笑ってしまう。

 

 

 

シャーと言ってこちらを脅すけれど、

 

扉のすぐ前にやって来るから、仕方なく、ちょっとどいてくれると言って扉を開けるのであり、

 

また、お皿にご飯を入れるためには座らないと上げられず、

袋を開けたり、切ったりしていると

すぐそばにやってくるのは、くーちゃん、あなたである。

 

まだ薄暗い夜明けに、老眼のわたしが必死に

 

どこが袋の開け口かと袋を動かしつつ見る様子に、

シャー、シャーと脅すのはやめていただきたい。

 

ただ、世界一可愛すぎる怒りのため、許す。

 

 

 

以前、たった1回だけ、シャーという声がなく、ただただ静かだった朝があったが、

調子が悪いのだろうかと心配してしまった。

やはりいつものように朝からファイティングポーズを受ける方が、刺激があって面白い。

 

 

今日もシャーと言われながら、

がさがさと袋を開けて、カリカリご飯をお皿に入れた。

 

 

くーちゃんが来てくれることで心底癒されている。

毎朝嬉しい。

女性ホルモンが減少し、「肌も心もカッサカサです」と言ってきたが、ここへ来て幸せホルモンが爆上がりしている。

 

題して、野良猫セラピー。

 

 

ただし、大変なのは、くーちゃんのいない朝である。

 

まだ明けぬ空のもと、

道に出ていってしばらく見回して呆然と立ち尽くす。

 

帰らない男を待つ女の心境・・・、野良猫はこんな感情も教えてくれた。

 

 

 

 

甲骨文オタクの書家 安東麟(あんどうりん)でした。

 

 

 

我が家の玄関に今年の夏、突如現れた黒猫

 

声が出ないのか、ニャーと鳴かず、いつも静かに

 

毎朝5時ごろには玄関前にて座って、こちらを向いて座っている。

 

 

 

ゴロゴロしてみたり、早くちょうだい、ごはん~というような素振りは一切見せず、

 

ただ静かに座っている。

 

 

 

東京といっても真冬はかなり寒く、

 

玄関横に、黒猫のくーちゃん専用の箱をご用意して、そちらでお待ちいただくことにした。

 

昼でも夜でも来たい時に来れられるように、

100円ショップで購入した温かくて柔らかい小さな布団を入れて、

風が強く寒いさむい夜には、ホカロンを入れている。

(ついこの間ホカロンが20時間温められることを知って驚いた・・・)

 

 

夜、玄関を開けて覗くと、箱から

少しずつ黒い三角の耳が見えてきて、次に大きな黄色の丸い目が見える。

 

 

 

番犬ならぬ野良の番ねこは、玄関横で、今晩も、我が家の安全を守っている・・・ような気がする。

 

 

 

漢字のルーツ甲骨文(こうこつぶん)を探る安東麟(あんどうりん)でした~。

 

 

 

 

 

 

一人旅をする理由は、

 

ひとりになりたいからである。

 

 

静かさを求めつつ、硫黄の匂いに包まれて自然の中で本を読みたいのだ。

 

 

 

それなのに、

 

我が欲する硫黄の温泉旅館は、建付けが基本悪い。

 

お隣さんのテレビが聞こえ、もちろん、話声も聞こえる。

 

以前行った万座温泉の硫黄は最高であるが、

 

安い部屋を取ってしまったため、

寝ていたら、すぐ横で鼻をかむ音がして飛び起きた。

 

 

さて、硫黄温泉一人旅の心得である。

 

この間行った塩原温泉の元湯のお宿は、

 

間接照明だった。

 

つまり、お部屋での本読みがうまくいかなかった。しっかり年取った我の目には、

 

しっかりと、はっきりとした明るさが必要なのに、

 

温泉旅館の薄明かりは、痛手中の痛手である。

 

谷崎潤一郎は、日本の家屋や宿屋に残る薄暗闇、影を美しいとして『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』を書いたけれど、我は、

無邪気で、安っぽい、部屋の隅々まで光がほとばしる蛍光灯を心から礼讃するため、蛍光灯崇拝者と呼ばれてもいい。

 

 

 

 

この心得に則るならば、

 

ネットで写真を見てすぐにクリックするのではなく、電話をして、

 

「つかぬ事をお聞きしますが、お部屋は紐がぶら下がっている蛍光灯ですか?」

 

と聞かねばならぬ。

 

 

 

なかなかこれだ‼という硫黄の温泉を探せない女、古代文字研究 安東麟でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温泉には、浴衣が付き物。

 

風呂に入る時、食事の時、当たり前のように始終、浴衣でいる。

 

ただし、布団に入る時は別である。

 

大の字になるため、前がはだけて、最も冷やしてはならない腹が出る。

 

そのため、浴衣は着ない。

 

ただし、家からパジャマをかばんに入れて持参するのは避けたい。

 

一人旅は電車のため、帰りは人様へのお土産でかばんがパンパンになるのは、良いけれど、

行きからバッグがいっぱいなのは嫌い。

 

冬の事例であるが、

 

ズボン下を穿き、薄い、ばばシャツを数枚着ていく。

 

そう、これが、わたしのパジャマなのだ。

 

パジャマをかばんに入れて持参するのではなく、

 

パジャマを着て温泉に向かうのだ。

 

 

浴衣を着てお腹を冷やすよりも、

家から穿いていったズボン下を穿く方がどんなに良いか。

 

 

ただ、

 

 

まだ暗い明け方に目が覚めてしまい、温泉に行こう‼と思った時には、

わざわざ大切なパジャマであるズボン下を脱いで、ババシャツを脱いで、浴衣に着替えねばならないのが、

玉に瑕なり。

(風呂に行く時には、浴衣とタオル&化粧水と鍵以外は持って行かないという自分が決めた鉄則があるため。)

 

 

甲骨文オタク安東麟でした。