一個まえの記事を書くために呉書をめくっていたら、
とっても見覚えのある記述が目に入ってきました。
孫皓伝、天璽元年の注に引く『江表伝』より。
「また尚書の熊睦は孫皓の暴虐の酷さを目にして、軽く諌めようとした。
孫皓は人に命じて彼を刀の環で撲殺させ、その死体はひどく損傷していた」
人に命じて刀の環で撲殺って、
そんなことをやっていた亡霊がいたような……
確か名前は魯…………おっと!
いや、ここでこれだけを書いたら、
まるで魯粛さんが孫皓のようだったという記事を書くようなもんですよね。
そんなはずないですね。なんか一捻り加えないとダメですよね。
※でもアンチ孫皓ではないです
なので、刀の環で人を撲殺した人間を史書から探すことにして……みました。
するとですね、これが意外といないんですよ。
みんな結構やってるもんだとおもったんですが(……)、いないんです。
とくに『三国志』では“刀環”という単語が孫皓含めて3件しかヒットしない。
そのうちの一人が桓範という人で、魏書に立伝されてました。
立伝されてるくらいなので有名な人だとおもいます、
私は長江より北のことには疎いのであまりつっこまないでおきます。
そこの注に引く『魏略』曰く、(原文なのではっきりとは分からんのですが)
「桓範は妻の言葉に激怒してその腹を刀の環で衝き、
このとき懐妊していた妻は胎児もろとも亡くなってしまった」らしい。
なんてひどい……(この人の名前を知らなかった私も大概ひどい……)
で、もう一人は司馬師。よかった、有名な人だ!
魏書、夏侯玄伝の注に引く『魏氏春秋』に、
「李豊の言葉に激怒した司馬師は、
配下の勇士に命じて李豊の腰を強打させ、これを殺した」
とありました。曹芳関連のゴタゴタ中のできごとみたいです。
あれですね。
「他人の言葉にキレたときに使う」
というのが刀の環のよくある使い方らしい。(そんなあほな……)
魯粛さんのすごいところは、刀の環で撲殺っていう行為を
集団に命じてやらせてるところだとおもいます。
しかも、一番そういうことやらなさそうな人がですよ。
むしろ彼は生前、折り目正しいまじめな人物として通っていましたよ。
今風の言葉で言うと「ギャップ萌え」ってやつですかね?
↑たぶん使い方が違いますね。
魯粛さん、
「墓の下で200年眠っていたのに、あなたはなぜ私の墓を壊したのですか?」
て言ってるから、
きっと安眠を妨げられたことが余程許せなかったんでしょうね。
墓自体に執着するような人ではないとおもいますし。
つまり彼は「寝起きは機嫌が悪いタイプ」なのでしょうか?
寝起きは機嫌が悪い魯粛さんとかとても想像がつく……
だって低血圧っぽいですもん。うん。
妄想ばかりですみません。ほんと、すみません。
この記事にオチはありません。
魯粛さんって生前も死後も変わらずカッコいいなあってことが書きたかった。
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コメントありがとうございますー!
今日夜更かししたら昼間確実に半死してしまうので返信はのちほど……><