今日は午前中から大忙しでした。

平日と同じ時間に起きて、ご飯も食べずに役所へ。

雑事を済ませてスタバで朝ご飯を食べ、10時と同時に1件目の病院に行って薬を貰って、12時に心療内科のカウンセリングと診察を受けてきました。

もう一日分動いたって感じです。笑

私の通っている心療内科は診察代の中にカウンセリング料金が含まれています。

自立支援も受けているので、診察費も1割負担で済みますし、カウンセラーの方も穏やかな女性で私との相性も悪くありません。

去年は薬を飲んでも落ち着いている気持ちになれず、カウンセリングを受けてもカウンセラーの方の優しい言葉に余計に辛くなってしまったりと、あまり病院と相性の良くない年でした。

去年の夏?くらいに今の病院に通いだして、最初はあまり通院もせず薬も飲まずに居ました。

死にたいって思う事が何度もありましたけど、なんとか社会人生活を送っていました。

本当に辛くて、どうしようもなくなって医者に助けを求めて、薬を飲み始めて少しは?落ち着いたかな。

少なくとも線路に飛び込もうかと本気で悩む回数は減りました。

今の医者とカウンセラーさんとは相性が良いみたいです。

で、今日はカウンセリングで少し気分が良くなったのでその備忘録を残しておきたいと思います。


最初は今の身体とメンタルの調子から。

薬が効いて?いるのかあんまり苛々しなくなったこととか、最近疲れやすくて眠くて眠くてしょうがないって話をしました。

最近本当に眠くて、体が疲れていて。

なんでそんなに体が疲れているのかなって話になって、仕事で疲れてるんだと思いますと答えました。

慣れない仕事で、時間との闘い。毎日帰るころにはクタクタで何も出来ない。

これって普通の社会人なのかもしれませんけど、多分病的にやる気になれなくて。

朝も起きるのが億劫すぎて、体が動かない。

少なくとも私は辛い。

そんな話をしました。

あとはなんだったかな。

私、クレジットカードで物凄く買い物をしてしまうんです。

でもクレジットカードって結局借金なわけで。

カードで買い物する理由は、買い物をすると気持ちがすっきりするから。テンションがあがる気がするから。

でもそれって一時的なもので何の解決にもなってないんですよね。むしろ借金が増えるから自分にとって良くないことだってわかっているけど、やめる気になれなくて。

でも、そういう借金を清算しようという気になれました。

だから、出来るだけクレジットカードでは買い物をしない。

公共料金は固定費?だからもうカード払いでいいけど、お洋服とか食べ物とか本とか、クレジットでしか買えないものしかカードを使わない。

決めました。

出来るだけ現金で払う。現金で払えないなら買わない。

こんな基本的なことなんですけど、それがずっと私には難しかった。

今も少し?難しいかな。でも私は頑張ります。


私の悪癖はまだあります。

それは食べたいものを食べたい時に無制限に食べてしまうこと。

ふつう、お腹が空いたら何かご飯を食べると思うんですけど、私の場合少し違っていて。

心が満たされない時に、食べ物を食べるんです。

もちろんお腹が空いたらご飯は食べます。

でもお腹が空いていなくても、何か食べたくなってしまうんです。

ストレス発散?鬱憤晴らし?なのかな。

気持ちが滅入っている時に食べ物を食べてテンションをあげようとするんです。

これは買い物も同じかな。

何かを取り入れる事で、一時自分の気持ちを上向きにするかんじです。

でもそれもやめようと思います。

私、鬱病を発症してから20キロも体重が増えてしまったんです。

でも、体重が増えて太った自分がそんなに嫌いではないというか、いやだけど強い嫌悪感を覚えるほどではないし、実害も特にないと思ってました。

何より、家族にデブだの豚だの言われて痩せろ痩せろって言われることにうんざりしていて。

だから痩せなくてもいいかなって思ってました。

でも先日会社の健康診断を受けたら、体重の部分で判定がCになってしまって笑

笑いごとじゃないんですけど、もう年も年だし、見た目云々とか痩せて綺麗になろうとかではなくて、健康的になろうかなと思いまして。

で、ご飯をむやみやたらに食べることをやめようと思います。

だから今、毎朝体重を量り、食べた物の記録をとっています。

それで健康的になれるかというと微妙ですが、何もしないよりはましかなと思ってます。


こういう話をカウンセラーさんにしたら、「今日はどうしたのって思うくらい前向きになりましたね」って言われました。

でも、こういう考えは今日に限って考えているわけではなくってこういう前向きスイッチが入ったり、後ろ向きスイッチが入ったりっていうのが一日に何回もあったりするんですよね。

こういう前向きなのがずっと続けばそれにこしたことはないんですけど、でも人間なのでそういうわけにもいかない。

落ち込むことだってある。

でも、勉強もなんでもそうですけど、三日坊主でもそれを何回も繰り返していれば継続していることになりますよね。

そういう話をしたら、「とても良いと思いますよ」とカウンセラーさんに言われて、なんだかすごく嬉しい気持ちになって。

簡単なんですけど、誰かに褒められたり?認められたりすることは凄く嬉しいです。

今日はとても良い一日でした。

満足です。
怒り狂ってると先日ブログに書きましたが、そのあと主治医の元に向かいました。


主治医は「餡子さんはさみしいから怒るんでしょうね」みたいなことを言いました。

私はそれを聞いて納得しました。

私が怒るのは、私が一人でさみしいから。


すごくこどもっぽい願い事ですけど、誰かに頭を抱いて居て欲しい。

それで私が泣いても離さないで居て欲しいと思ってしまいます。

たぶん子供の頃にしてもらえなくって今さみしいんだろうな。

でも私はもう三十路。

なんだかもう、悲しい気持ちでいっぱいです。
先日から、餡子は怒ってばかりです。

内心、物凄くイライラしています。

それは他人に何かをしてもらうことを期待して、その期待に応えて貰えなかったりだからが多いです。

先日のカウンセリングでも、カウンセラーさんに話をしたのですが、餡子は他人に何かを期待しすぎているように思います。

そんなわけで、餡子は最近日常の些細なことでイライラしていて、それに対して自己嫌悪の繰り返しです。

あと最近じゃなくて去年のことを思い出して、その当時は怒りという感情は湧き出てこなかったのですが、今になって物凄くイライラすることがあって。

去年の秋でした。

餡子は職場の女性からある人を紹介して貰うために三人で食事をすることになりました。

ただ、餡子はその頃仕事で色々とストレスを抱え込んでいて、あまり体調が良くなかったんです。

そんな中待ち合わせに向かう途中の駅のホームで貧血で倒れてしまいました。

幸いにも親切な方々に囲まれて、すぐに駅の事務室?のようなところに運んで頂きました。

その時に見知らぬ人が餡子の待ち合わせをしている女性と連絡をとってくれまして。

その人が駆けつけてくれました。

ありがたいやら、迷惑をかけて申し訳ないやらの気持ちでいっぱいでしたが餡子は結局救急車で運ばれることになりました。

その時、待ち合わせをしていて女性はレストランで料理を注文して、紹介相手を待たせているから1人で救急車に乗れる?と餡子に聞きました。

餡子は迷惑をかけているのでもちろんレストランに戻って欲しいと逆にお願いをしました。

そうして餡子は1人で救急車に乗せられて、1人で緊急外来で治療を受けたわけなのですが…。

最近、そのことに対して非常に強い怒りを感じてしまって自分でも驚いています。

もう半年近く前の話なのですが、振り返ってみて「病人を1人で救急車に乗せるとはなにごとだ」とその人にとても失望してしまいました。

この感情は当時感じるべきだった感情なのかもしれません。

また、こんなふうに思ってしまうのも他人に期待しすぎているからなのかもしれません。

そして、餡子は病気でも、誰も助けてくれないんだ。そばにいてくれないんだ。という事実を改めて認識してとても悲しい気持ちでいっぱいです。

この悲しい気持ちが、もしかしたら怒りになっているのかもしれません。

他人のことなんて関係ない。

他人が餡子をどう扱おうが、餡子には何も関係ないし価値を揺るがすことじゃないんだと。

そう言い聞かせても餡子の怒りや悲しみがまったく消えてくれません。


餡子は昔からよくこんなふうに他人にがっかりしてはそのことで非常に不快感を覚え、怒りを露わにしてきました。

これは餡子のどうしようもない欠点のひとつだと思っていたのですが、もしかしたら病気のせいなのかもしれません。

次回の診察の時には、医師にその点を確認してみようかと思います。

感情のコントロールをうまくできるようになりたい。

病気になって数年経ってから、よくこんなことを考えます。

双極性障害の方は自分でもどうしようもない怒りや悲しみに自分自身振り回されるということはないのでしょうか。

お久しぶりです。
餡子です。

年始からまたブログを書くのがあいてしまいました。

皆さんはひとつのトピックを書くのにどれくらい時間をかけるのでしょうか。

餡子はどうしても1トピック書くのに1時間くらいかかるので、あんまり頻繁に更新することができません。

それは時間がなかったりだったり、書く元気がなかったりだったり。

あとは日常があわただしくて、ブログの存在自体を忘れていたりしています。

今日は仕事がおやすみなので時間があるのと、先日仕事のプレッシャーで胃が痛くなったのでそのことについて書こうかと思います。

良ければお付き合い下さい。



どんなお仕事でも締切があると思います。

餡子のお仕事もそうです。

「今週までに・・・をしなきゃ」とか「来月までに・・・しなきゃ」なんて感覚で締切に追われます。

社会人なので、その納期に間に合わせなくてはいけません。

もし間に合わなければそれ相応の理由が必要です。


でも、例えば「餡子の具合が悪くなったから」

この理由で締切を延ばすことは可能でしょうか?

不可能です。

餡子の具合が悪くなったら、その分誰かがその仕事を請け負って納期に間に合わせなくてはいけない。

それが基本です。

どんなお仕事でもそうだと思うのですけど。



餡子は先日の金曜日に「その日締切」「初めての作業」をしなくてはいけませんでした。

餡子はもう、大パニックです。

やったことのない作業、その作業の仕組みがどうなっているのか理解できていない、単語もわからない。なのに今日までに終わらせなくてはいけない。

その作業の必要性が、まずわかっていないのです。

なんとなく「こういう理由でしなきゃいけないんだろうな」というあたりはつけられます。

でも「それが本当に正しいのか」ということがわかりません。

そして、そのことを説明してくれる人もいませんでした。

聞けば教えてくれるんですけど、「何で知らないの?」「知ってるんでしょう?」という反応をされるのがまず怖いんです。

ごめんなさい、ごめんなさい、こんなことも知らなくてごめんなさい。

餡子はまずそう思ってしまいます。

でも理解しなければ正しい作業ができません。

だから、以前やったことのある人に質問をします。

でも餡子は1回で理解できなかった。。。

なので聞き方を変えて何回も質問をします。

でももうこの時点で相手の仕事の邪魔をしていることが申し訳なくて餡子にとってはストレスなんです

申し訳なくて、何回も聞きます。そのたびに謝る餡子。でもきっと謝られてる人も謝られることに不快な思いをしているんじゃないかな。、と餡子は更にストレスを感じます。


こうなってくるともうダメです。



理解できない初めての作業、教えて貰う事に罪悪感を覚え、締切は刻一刻と迫っています。

餡子の頭はもう、ネガティブな考えでいっぱいで、ポジティブなことを考える余裕なんてありません。



「締切に間に合わなかったらどうしよう」

「失敗したらどうしよう」

「うまくできなくて誰かに責められたらどうしよう」





まだ発生していない、発生しないかもしれない、餡子にとって辛い状態を想像してとまらなくなりました。


そう、まだ発生していないんです。

結局、その仕事は無事終了しました。

でも餡子は作業中ネガティブな発想ばかりしていて、作業が終わるころには胃薬も効かないくらいの胃痛で涙が出ていました。



これが先週金曜日の餡子の話です。




今日はお休みなので、餡子の大好きな映画を久しぶりに観ました。

「キューティブロンド」という映画です。


物凄くざっくり言うと、「ブロンドという外見でおバカさんで軽い子と思われている女の子が、自分を振った元恋人を追いかけてロースクールに合格し、自分の個性を見失わずに優秀な弁護士になろうとする」、というストーリーです。

この映画の好きなところは主人公のエル・ウッズの底抜けに明るいポジティブ思考。

彼女は大学でファッションを専攻していました。

ロースクールに入るのはとうてい無理だと周囲の大人は考えています。

でも彼女はどんな難しいことがやってきても「私ならやれる。だって私は今まで・・・だってできたんだから」と、自分で自分の可能性を肯定しています。

ちゃんと自分を納得させられる根拠があるんです。

そうして、自分の可能性を自分で信じている

これが私にはない事だなと思って。

そういう考えって素敵だなって思います。



餡子にだって、過去に「・・・できた」という事実はあります。

でも「難しい」と思ってしまったことに対してネガティブになるのを止められません。

これって、何かで読んだんですけど確かアダルトチルドレンの特徴でもあったような気がするんですよね。

餡子は自分を信じられない。



でも、この「キューティブロンド」という映画を見てると、自分で自分を信じて難しいことにも全力で取り組めば報われるんじゃないかって、勇気を貰えるんです。


今週はこの気持ちを忘れないように、お仕事を頑張ろうかと思います。






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これって私がアダルトチルドレンだからなのかなって思うことを思い出した時に書いていこうと思います。


今日は私にとって物凄くタイムリー?な話題。


■のんびりできない

のんびりというのは、ゆったりリラックスして何もしない状態と思って下さい。

私はこの状態を意識してすることが出来ません。

何故なら罪悪感を抱くからです。

何もしないこと=悪い事

だと思っています。

ふつうの人?がどうなのかはわかりませんが

「よし!今日はのんびりすごすぞ~!」

というのが私には物凄く悪い事でしてはいけないこと、のように思えるんです。

でも不思議なことに他人がそうやって過ごすことに対しては何も思いません。

自分がそうすることについて、とてつもない抵抗感があります。


でも、例えばうつ状態のときやあまり元気のないとき、何かをするのに気乗りしないときってありますよね。

その結果、一日何もせずにネットサーフィンをして終了してしまった。。。。


そんなことも少なくありません。

そうするとどうなるのか。


途方もない絶望感・罪悪感が襲ってきて

「自分はなんてダメな人間なんだろう」「これだから私はダメなんだ」「こんなことだから誰にも好かれないんだ」「こんな私を好きでいてくれるのなんて結局両親だけなんだ」「両親以外に私を愛してくれる人なんていない」「………死にたい。。。。」

という負の連鎖に陥ります。


たかだかリラックス出来ないだけでここまでいくことに、ふつうの?人は理解できないかもしれません。

私も書き出してみて「なんだこの思考回路(笑)」ってなります。


でも、例えばうつ病の人とかって、こういうふうに考えることあるんじゃないかなって思うんです。


私は精神的な病気になる前からこういう性格?なところがあって。

でも若くて(笑)バイタリティに溢れて体力が今よりもあった時は「休むという事」をしませんでした。

そういう時って物凄く自分の人生が充実している感じがしていたんです。

そういう意味では、私の人生の頂点は中学時代でした。

寝る間も惜しんで勉強して、自分で自分を管理しながら時間を工面して読書の時間を作る。

読書をしているので一見リラックスしているようなのですが。

今思うとそれって休んでいたのかな???って。

知的好奇心は満たされていましたけど、心も身体も休んでいなかった気がするんです。

寝不足で頭が痛くても、時間がないから寝る時間を削って小説を読んだりしていましたから。


高校に入って勉強にまったくついていけなくなって(笑)

これじゃダメだとわかっているのに何もしたくなくてあまり授業にも出ずにダラダラしていました。

中学時代のストイックな私から一転、物凄くだらしない人間になってしまったんです。

それを見た母が「中学時代のあんたのほうが時間の使い方がうまかった」と言いました。


まあ、まったくもってその通りだったんですけど、その時の私にとってその一言は「今の私を否定する言葉」としてずっと私の心に棘として刺さっていて今も抜けません。




じゃあ私はどうなりたいのか。


私は、何もしない、ダラダラする私をそんな私も私で、悪い事をしているわけじゃないんだと許容してあげたいです。

確かに、仕事の勉強も、掃除も、洗濯も、料理もしなきゃいけない。

でも精神的に病気になってから大好きだった読書も苦痛な時があります。

だからもう本当に八方塞がりで。

そんなときもあるし、それは悪い事じゃないんだよって教えてあげたい。

元気のあるときに、やれることをやればよいし、気乗りしないときに無理に何かをしなくていい。

私の「気乗りしない」はうつ状態のさせること、つまりは病気のせいだから、それはどうしようもないし。

そうやって意識して生きていけるようになればいいとは思うんですけど。


これがなかなか難しいですね。。。。





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