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新人ライター奮闘記

自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

演劇、小説、漫画、そして、映画など、それらの物語の世界に共通すること、それは、どれもファンタジーの要素があるという事だ。


代表的なのがディズニー映画。

「信じる者は救われる」、「努力はきっと報われる」、「友情の大切さ」、「仲間の大切さ」、「恋愛の素晴らしさ」

ウォルト・ディズニー作品は、それらの夢、希望、勇気をテーマに多くの名作を世に残して来た。


しかし、大人になって、働いて、社会の中に生きようとすると、少し事情が違ってくる。

信じる者が必ずしも救われるわけではないことを学び、努力は結構、報われない事が多いという事を知り、本当に信頼できる友達、仲間なんて一人いれば多いほうなのではないか?という事に気づき、恋愛がどうしようもなく面倒な事に思えて来る。


それが大人になるという事だ。

よって、大人になって、ディズニー映画を観ると、「嘘つけよ、あるわけないじゃん!」と、言ってやりたくなってしまう事も時々あったりする。

皆さんは、どうだろうか?

テレビのドラマやハリウッド映画などで、僕と同じように、「嘘つけよ、あるわけないじゃん!」と訴えたい時もあるのではないだろうか?


これは、なかなか困った問題です。

昔、僕が前に書いたような事を先輩に相談した事がありました。

すると、先輩はこんなふうに答えたんです。


「それは映画に期待しすぎだよ!」


つまり、映画から何かを感じよう、学ぼうという気持ちが強すぎて、単純に楽しめなくなってしまっているのではないか?と、その先輩はアドバイスしてくれたんです。

解る気もします。確かに、もっとシンプルに、余計な事を考えずに、映画を楽しめばいいのかもしれません。


でも、自分の気持ちに嘘はつけない。う~ん、ますます困ってしまいます。

今日は、僕のように、用意された夢、希望、勇気では満足できない人に、とっておきの映画をご紹介しましょう。



成瀬巳喜男監督作品



「放浪記」




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黒澤、小津、溝口と並ぶ、日本映画の巨匠、成瀬巳喜男。


女性を描かしたら右に出る者はいないと言われ、今も多くの映画監督に影響を与えている偉大なる映画人です。

普通、成瀬映画の代表作、「浮雲」を挙げるのが、セオリーだと思うんですが、僕はあえて変化球で、「放浪記」を挙げてみました。


成瀬作品は、ストーリーがシンプルなので、あらすじは書きません。

ただ、ファンタジーたっぷりの映画とは違って、夢、希望、勇気とは真逆にある映画であることは間違いないと断言できます。


中には、「そんな観てるのがつらい映画を何でわざわざ観なきゃいけないんだよ」と、言う人もいるかもしれません。

しかし、成瀬映画の凄さ、ファンタジーの要素は、つらい現実の中にあるんです。


ぜひ、「放浪記」の主人公である、高峰秀子さん演じる、林芙美子に会ってほしい。

あの林芙美子の魂の中に、僕が求める夢、希望、勇気と呼べれるファンタジーが生きています。

皆さんは、映画を観ていて、最初は嫌いだったけれど、最後のほうになってくると、だんだんと好きになって来てしまう登場人物に会った事がありませんか?


僕はあるんです。と言うよりも、成瀬映画の主人公は、みんな、そんな感じなんですよ(笑)

どう考えても嫌いな登場人物がいつのまにか好きになってしまう。

それが、観ていて、とても心地良く感じてしまうんです。


現実が厳しかろうと辛かろうと、逆に甘いものだろうと、「幸福」や「楽しさ」、「素晴らしさ」を一人の登場人物、または女に求めて行く成瀬映画を観ていると、自分自身の可能性すらも少し信じてみたくなるから不思議です。


ぜひ、あなたも成瀬のかっこいい女性たちに会ってほしい。

それがビリーの願いです。

「自分は不器用だな」と実感する時ってないだろうか?

きっと、会社の会議や普段の人間関係で、「自分の不器用さを味わってばかりいる!」と、叫びたい人も多い事でしょう。


僕が自分は不器用だなと実感する時は、こんな時です。


飲み会や結婚式の披露宴などでスピーチをしなきゃいけない時。

これは本当に緊張します。

「何か面白い事を言わなきゃいけない」、「気のきいた事を言わなきゃいけない」というプレッシャーに押しつぶされそうになってしまうんです。


皆さんの中にも、覚えがある方いらっしゃるんじゃないでしょうか?


そんな、あなたに、今回、ささやかな自信を身につける事が出来る映画をご紹介したいと思います。




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「英国王のスピーチ」という映画です。


主人公は、イギリスの王室、ジョージ6世。

彼は、幼い頃から、吃音症に悩まされていた。

王室として国民の前でスピーチをしなくてはいけないのだが、上手く原稿が読めずに失敗ばかり。

そんなジョージを見ていられなくなった妻が、専門の医師を探して来る。

その医師との出会いがジョージを大きく変えるきっかけになって行くのだった。


物語はとても地味なんですが、それだけに伝えたいテーマは、はっきりしていて、無駄がありません。


「人は変われる、なりたい自分になれる!」というテーマをこの映画は貫いているんです。

そもそも映画は、変化する、成長する人間を描き続けて来ました。


60年代頃にフランスからスタートした自主映画ブームの影響で、変化しないまま終わったり、主人公が成長しないまま終わる映画も量産されました。

しかし、観た後のスカッとする気持ち、晴れ晴れとした気持ちを味わうためには、主人公の変化、成長が欠かせない事をこの映画は証明してくれています。


僕には、この映画の主人公、ジョージは、観客そのものに思えてなりません。


一年に一回ぐらいしか映画を観ない一般の観客は別にして、週に一本は映画を観てしまう僕のようなマニア系の映画ファンは、大なり小なりジョージと似た想いを抱えているように思えるんです。

かつて、ウディアレンという映画監督が、インタビューで、ある作家の言葉を引用して、こんな事を言っています。


「映画館は人生の臆病者たちの神殿である」


つまり、現実の厳しさ、理不尽さを知っているから、人々は映画の虚構世界に惹かれるんだと、ウディアレンは言っているんです。

僕は、この考え方は、正しいと思っているんです。

この映画の主人公も、「何で自分だけ?」と、心の中で何度も叫ぶことになります。

しかし、出会った医師と向いあう事で、しだいに自分を認めて行く事が出来る。


この映画を観て、映画館が臆病者たちの神殿だからこそ、人が変わっていく姿、成長していく姿を堂々と描くべきだと実感する事が出来ました。

有名な映画評論家の淀川さんは、言っています。


「映画は人を大人にします」


まさに、そんな映画です。

ぜひ、ご覧あれ!

久々に最近の日本映画を堪能させて頂きました。


最近と言っても、2005年の映画ですが、山下敦弘監督作品、

「リンダリンダリンダ」という作品です。



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さわやかでありながら、尚且つ飽きさせない。


そんな映画に出会えたことに、この場を借りて、感謝の言葉を伝えたい気分です。

さわやかって言うのは、つまり大袈裟なドラマチックな展開を控えているということ。

しかし、それでもこの映画は、全国劇場系の映画として観客を飽きさせない極上の娯楽作品に仕上がっている。


そこが、まず凄いと思いました。

クライマックスまで、なるべくクローズアップを使わないカット割りのセンス。

役者に自由に演じさせているようで、しっかりとコントロールしている演技指導の的確さ。


そして、この作品が脚本を担当している向井さんとの相性の良さがおそらく一番出ている作品ではないでしょうか。

注目すべき点は、回想なし、ナレーションなしで作品をエンターティメントにしているところにあります。


ハリウッドやヨーロッパ、アジアなどにも、回想なし、ナレーションなしの映画ってないことはない。

でも、それが娯楽作品、全国劇場系の作品となると話しが違ってくる。

現代のシナリオライター志望者にとって、回想とナレーションに頼らずに作品をつくるのは、なかなか難しい事のように思うんです。

物語を盛り上げるために、登場人物の過去に何かがあったという設定をつくったとします。

その瞬間、客にその情報をどのように伝えるか?また謎のままストーリーを進めても大丈夫か?という葛藤が出てきたりする。


ミニシアター系のマニアックな観客に向けて作品をつくるなら、「解ってもらう人にだけ解ってもらえばいい」と宣言して、登場人物の過去に何かがあったと匂わしておいて、そのままラストまで行くという作り方もOKだったりするのです。


まぁ、そこは、プロデューサー、監督と相談になるとは思いますが、ミニシアター系の企画は、全国劇場系の企画に比べて、そのへんがアバウトだったりします。

しかし、全国劇場系の映画は、企画が動き出した瞬間から、「ヒットする企画なのか?」という議論なしには進めれないものなのです。

「解ってもらう人にだけ解ればいい」というスタンスで、なかなか企画を進められない。

そこに、「解りやすくするためにナレーション、回想を入れたほうがいいのかな?」という不安材料を意識してしまったりするのです。


だから、「宇宙兄弟」や「テルマエ、ロマエ」のように、すでに売れている漫画を原作として採用し、企画が動き出すというのも頷けますよね。

売れてる漫画を取り上げておけば、とりあえず知名度があるので、大コケはしないだろうという制作サイドの思惑があるわけなんです。


けれど、この「リンダリンダリンダ」という作品は、「解ってもらう人にだけ解ってもらえばいい」という感覚を失わずに、「多くの人に理解されなければいけない」という宿命も忘れていないんです。

その絶妙なバランス感覚に、心を撃たれました。


「これ以上、カットを長くしたら飽きるんじゃないか?」と思ったら、パッと次のシーンに行ったり(笑)、「これ以上、芝居の間があったら飽きるんじゃないか?」と思い始めたら、役者がじゃべり始めたりする(笑)。

ギリギリのところで、全国劇場系の娯楽映画にしていて、勉強になりました。

これは誰にでも出来る芸当ではありません。


独特のワンシーンワンカットのおかげで、本来ならシラケるはずの女子高生がはしゃぐシーンや友情を語りあうシーンが、まるでそこにいる人達を見ているかのような臨場感を引き出す事に成功しています。

今から、「天然コケコッコー」を観るのが、楽しみでしょがない(笑)


皆さんにも、この喜びを味わって頂きたい。