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新人ライター奮闘記

自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

昨日の「Mr、サンデー」で新卒、大学生の就職氷河期が特集されていましたね。


実際に番組を見た学生の方は、心配になっただろうし、就職されて毎日、仕事をされている方も、「どんな事があっても辞めるわけにはいかないな!」と、決意を新にしたのではないでしょうか?


僕のように、フリーライターとして仕事をしようと考える者にとっても、昨今の就職難は他人事ではありません。


世の中が不景気でみんな自分の事で精一杯だと、映画やドラマ、小説、雑誌などを見てみようという気分になりません。


ますます、若い世代のドラマ離れ、映画離れ、活字離れが進んでしまうように思います。


しかし、それでも僕は堂々と、いや、ほんのちょっと不安な思いを抱えながら(笑)、フリーライターとしての道を引き続き選びたいと思っているんです。


こんな事を言うと、「おまえは現実から逃げてるだけだ!」とか、「子供だから夢を見ているんだね?」、「就職できない言い訳でしょ?」と言った批判的な言葉が飛んで来そうです。


でも、大真面目に僕は、こんな時代だからこそフリーランスな生き方が必要なのではないか?と思うんです。


何でそんなふうに思うか?というと、会社が頼りない時代だからというのが大きな理由です。


あるフリーライターの方が言っていました。


「会社はつぶれますが、個人はつぶれません」


確かにそうですね?(笑)、会社は自分の意思とは関係なくつぶれますが、個人は自分の意思とは関係なくつぶれることはありません。


これがフリーライターとして生きる人間のたった一つの強みです(笑)


いや、むしろ、会社に就職して仕事をしてる方達も、同じように考えたらどうかと提案したい気持ちなんです。


会社はある時、つぶれてしまうかもしれません。


絶対につぶれない会社というものは存在しません。


だからこそ、会社で働く方も、会社にいながらにして、フリーで仕事をする気持ち、会社の後ろ盾がなくなった時の自分をつねに想像し、生活して行く事が大事なのではないでしょうか?


そうです。僕のようなフリーライターの心境になってみるという事です。


「フリーだと不安だから就職したんだよ!」と怒るかもしれません。


解かります。その気持ち。実は僕も不安です(笑)


でも、何度も書いているように、会社が絶対につぶれないと断言する事は出来ないんです。


そんな事を考えると、世の中に軽い目で見られがちなフリーライター、フリーランスの人達の気持ちこそ、今世の中に必要なのではないか?と考えます。


「会社という後ろ盾がなくても、なんとか生きて行ってやるぜぇ!」という気持ち(笑)。


今やその気持ちは、フリーで生きる人達だけではなく、日本全国にいるすべての労働者にも必要なものなのではないでしょうか?


なんだか番組を見て、そんな事を考えてしまいました。


いずれにしても、フリーでも大変、会社にいても大変という厳しい現実は変わりませんけどね(笑)

昔のライター(作家)と今のライター(作家)の一番違うところはどこですか?と聞かれたら、皆さんなら、何と答えるだろうか?


僕はパソコンがある事と答えたい。昔の作家達は、原稿用紙を使い、鉛筆でコツコツと書いて行くという作業だったと思うのですが、今の作家は違います。


パソコンのワード画面で書いて、メールで原稿を送るという仕事の仕方になるわけなんですよね。


だから、昔は鉛筆と原稿用紙さえあれば、誰でも始める事が出来ると言われたライター業、作家業だったのですが、今はパソコンさえあれば誰でも出来ると言い変えなければなりません。


それは、逆を言えば、パソコンが無ければ、ライター業、作家業は出来ません。と言えるという事でもあります。


今回、僕はその事を肌で実感してしまいました。パソコンが壊れちゃったんですよ(笑)


メールはエラーが出ちゃうし、インターネットはページが表示できませんという事になっちゃうし、本当に慌てました(笑)


やっぱり僕らには、締め切りというものがあるので、「すいません、パソコン壊れちゃったんで、締め切り延ばしてください」とは言えないんです。


なので、何とかパソコンを締め切りまでに直さなければいけないと思い、人生ではじめて、パソコン修理業者を呼びました。


まぁ、本当にパソコンって奴は、言う事を聞いてくれない(笑)


なんとか直してもらいましたが、そろそろ買いかえの時期みたいです。今だに、初期のXPを使ってますからね(笑)


本当はもっと早く新しいPCを買わなければいけなかったと思うんですが、どうしても、先に延ばしにしちゃうんですよ。


今後もライター業を続けて行く為には、もっとパソコンの状態に気を配るように心がけなくてはいけませんね。反省です。


パソコンと一心同体になりたいと思います(笑)

皆さんは学生の頃、何をしていただろうか?


勉強に集中していたなんて人は、ごく僅かで、ほとんどの人が遊んでいたというのではないでしょうか?


何を隠そう(べつに、隠さなくていいけど、笑)、僕もその一人です。


ただし、遊んでいたと言っても、他の方とは、おそらく遊び方が違います。


皆さん、だいたい、合コンしたり、どっかに旅行に行ったりしてたんじゃないですか?


僕は違うんです、僕はですね、ひたすら映画を観ていました(笑)


日本映画学校(現在は、大学)に、入学し、一年生の時は、実習をする毎日でした。しかし、2年生になると、「とにかく、映画をたくさん観なさい」という講師の方と知り会い、その方の影響で本当にたくさんの映画を観る事になったんです。


そこから、日本にある、ありとあらゆる映画館に行きました。


フィルムセンター、アテネフランセ、新文芸座、ユーロスペース、イメージフォーラム。


今、日本は、世界で一番、クラシック映画がフィルムで観れる国と言ってもいいと思うぐらい、世界の名作、映画を観る事が出来たんです。


「市民ケーン」も「第三の男」も、ブレッソンの「バルタザールどこへ行く」も、ゴダールの「勝手にしやがれ」も、トリュフォーの「大人はわかってくれない」も、すべてフィルムで観る事が出来た。


これは、本当に幸福な事だったと今でも思います。


また、前に書いた講師の方の影響で、映画の歴史約100年を勉強するという事もしました。つまり、サイレント映画のグリフィスから当時、放映されていた「マトリックス」まで、映画はどんなふうに進化して行ったかを理解して行くという事なんです。


これも、本当に勉強になった。とくに、映画の父と言われる、グリフィスの作品は、今観ても泣けて来るんです。かつて、フランスの映画監督、トリュフォーが、「グリフィスを観れば、現在のアメリカ映画はすべて解かる」という名言を残しています。


あれは事実です(笑)、最初は笑わして、ラスト近くになると、ハラハラドキドキさせて、最後にジーンとなって、泣けて来る。あの娯楽映画のパターンを作り上げたのは、やはりグリフィスだったんですね。


チャップリンよりも前に、早くもグリフィスが完成させていたというわけなんです。


グリフィスが完成させた娯楽映画のパターンを、チャップリンが受け継いで行く。さらに、キートン、ロイドが自分なりの喜劇を追い求めて行く。


そして、時代が変わり、ホークス監督やヒッチコック監督、ジョンフォード監督やルビッチ監督などが現れて、グリフィスから学んだ事を活かしながら、自分なりの作風を作り上げて行ったのです。


このように、ハリウッド映画の歴史を紐解いてみると、温故知新という言葉がよく似合う事に気がつきます。


誰しもゼロから作品を作る事は出来ません。


ある歌舞伎役者がこんな言葉を残しています。


「型を知りつくして型を破るのは型破り、型も知らずに勝手に思うままにすると型なしだ」


この言葉よく解かります。先輩達が作ってきた型というものをよく理解し、型破りなオリジナル作品を書いて行きたいと思います。