映画から学ぶ、人が人を想うこと | 新人ライター奮闘記

新人ライター奮闘記

自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

かつて、フランスの映画監督、ジャン・リュック・ゴダールは、こんな事を言った。



「すべての映画は恋愛映画である」



つまり、戦争映画は、自分の国に対する愛情を描いているし、サスペンスやミステリー映画は、真実に対する愛情を描き、ホラー映画は生死に対する愛情を描いている。



すべての映画は、このように、何かに対する愛情を描いているのだから、そういう意味ですべての映画は恋愛映画なのではないか?というのが、ゴダールの主張なわけなんです。



やや強引な気もするけれど(笑)、言われてみれば、そんな気もしますよね。



自分の好きな映画を思い浮かべてみても、主人公達は、みんな、誰かの事や特定の事柄に想いを寄せている姿が目に浮かぶ。



なるほど、確かに、映画を大きく俯瞰してみると、恋愛映画と言えるのかもしれません。



でも、そんな映画の恋愛の要素は、しっかりとしたラブストーリーでもなければ、まったく見えて来なかったりする。

だからこそ、ゴダールは、堂々と映画は、もともと恋愛映画である事を宣言したのではないか?と推測します。



しかし、恋愛の要素、誰かが誰かを想うという要素を男と女というかたちで描くのではなく、もっとストレートに、もっと直球に描いた最高の映画があるんです。



その映画は、ど真ん中のラブストーリーじゃないけれど、ゴダールの言葉の意味が身体に沁み渡ってくるような映画なんですよ。



ご紹介しましょう。



クリント・イーストウッド監督作品



ヒアアフター



という作品です。



映画から私が学んだニ、三の事柄



この映画を一言でいえば、



紳士的な映画という言葉につきるように思います。



どんなに素晴らしい映画でも、商業の世界にいるのであれば、どうしても観客にサービスするような派手さが必要になってくる。



でも、イーストウッド監督は、そんな商業の世界から、離れて映画を作っているように思えてなりません。



余計な事を一切せずに、まっすぐに自分の描きたい題材と向き合っている。

その姿が、実に紳士的なのです(笑)



問題になった冒頭の津波のシーンは、確かに日本人にはキツイシーンになっています。けれど、イーストウッド監督自身も言っているように、描きたかったのは、津波の派手さではなく、登場人物が直面する臨死体験だと思うのです。



ストーリーは実にシンプル。



かつて霊能力者として有名だったマットディモン演じる、ジョージ。

彼は、霊界と交信出来てしまうという自分の能力を憎み、今はひっそりと暮らしていた。しかし、兄弟を亡くしてしまった少年や、津波に巻き込まれ、生死を彷徨ったフランスの女性記者との出会いによって、ジョージの心は変化して行く。



まず、脚本が素晴らしい。



シンプルなストーリーの中に、一つ一つ丁寧に、登場人物達の生き方が描かれている。



皆さんが脚本家だとして、もし霊能力が主人公の物語を考えてくれと依頼されたとしたら、どんな物語を書きますか?



霊能力者の主人公が悪霊と戦う話し。それとも、自分の霊能力を憎んでいた主人公が、やがて、能力を受け入れて、幸せに生きる話し。



こんなふうに、映画好きな人なら、どんどんと物語が頭に浮かんでくると思います。



でも、おそらく、そんな予想はすべてハズレます(笑)



僕もハズレました(笑)、イーストウッド監督が考える事は、もっともっと凄いんです(笑)



皆さんも、ぜひ映画を観て、世界最高の映画監督、クリントイーストウッドの素晴らしさを実感してほしい。



「ヒアアフター」という映画には、本当に人が人を想うという事しか描かれていないんです。



本当に素敵な映画だ(笑)