映画から学ぶ、優しさの描き方 | 新人ライター奮闘記

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自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

たとえば、20枚シナリオか何かで、「優しい人を描け」と、課題を出されたとする。



皆さんならどんなふうに描くだろうか?




高齢者の方の荷物を持ってあげる姿を描くだろうか?または自分の事を勘定にいれないで、相手に尽くす人を描くだろうか?




どれも、確かに、優しくしている姿は描けます




でも、それは優しさの表面的な部分しか描いていない気がする。




考えてみてください。




僕も含めて、多くの人間が誰かに優しくしたいと思う時、そこには打算が生まれます(笑)




もしかしたら、優しくしておけば相手に気に入られるだろうという考えがあって、優しくしているだけかもしれない。




何にも見返りを期待せずに、相手のためになる事をするって、かなり難しい。




男性が女性の前で突然、優しくなるのは、口説きたいという打算が確実に働いているわけですもんね(笑)




だから、観ている人をもっと深いテーマに連れて行くために、もっと良い表現方法を捜してみなければなりません。




ライターには、そんな粘りが大事です(笑)




僕がそんな時に、いつも参考にする映画があります。




アーサーペン監督作品、「奇跡の人」です




有名な作品なので、ご存じの方も多いと思います。




物語は、目が見えない、耳が聞こえない、話しが出来ない、7歳のヘレン・ケラーを中心に進んでいきます。




主人公は、そんなヘレンの家庭教師をする事になった、アニーサリバン先生。




この作品の優しさの描き方、圧巻です。




冒頭、サリバン先生は、ヘレンの家族に対して違和感を覚える。




家族が目も耳も話しも不自由なヘレンを可哀そうに思い、何でもヘレンのかわりになって、やってあげていたのです。




サリバン先生は、そんな家族のやり方とは、まったく逆の態度に出ます。




厳しい態度でビシバシとヘレンを指導して行くんです。




勉強するのを嫌がって、逃げようとするヘレンを押さえつけ、勉強をさせようとするサリバン先生。




そんなサリバン先生の姿を見て、ヘレンの家族は当然、猛抗議。




「そんなふうに指導しないでください、娘が可哀いそうじゃないですか?!」




だが、サリバン先生は、キッと睨みつけて家族達に言います。




「ヘレンをこのままにするとどうなるか?解りますか?あなた達、家族がずっと側にいられるならいい、でも、いなくなった時、ヘレンは間違いなく施設送りです。私は、幼い頃、施設で過ごした事があります・・・・




本当にヒドイところです。施設にいる人達は、みんな動物のように扱われて、檻のような部屋に閉じ込められるんです。ヘレンがそうなってもいいんですか!?」




今とは違って障害者の方に対する理解が少なかった時代です。本当に、当時の施設はヒドイところだったんだと思います。




サリバン先生は、その事を知っていた。




そして、知っていたからこそ、ヘレンが施設に入らなくていいように、一人で生きていける力を教えようとしたんですね。




「奇跡の人」が描きたかった優しさは、サリバン先生の態度に凝縮されています。




監督のアーサーペンは、必ずしも人を甘やかす事が優しさではないんだと教えてくれている気がしてなりません。




どうでしょうか?こういう優しさの描き方もあるんですね?




ここまで深いところまで描いて、はじめて何かを描いたと言えるのかもしれません。




キャラクターをつくる時、描きたい事を追求する時、観ておきたい名作の一本です