僕の名前は「ツトム」って言うんだ。
みんなボクのことをツトム君って呼んでるよ。
でも6年前のある日、
突然村から人が消えたんだ。
ご主人も居なくなったんだ。
時々ご主人や、ボランティアのお兄さん、お姉さんがご飯をくれたり、散歩に連れて行ってくれるけど、ボクは誰も居なくなった村で、独りぼっちでずーっとご主人が帰って来るのを待ったんだ。
雪の日も、嵐の晩もボクは待ってたよ。
前の家は雨漏りがひどかったんだ。
ある日ずぶ濡れになっているボクを見て、しっぽ村のお兄さんお姉さんが、僕に大きな犬小屋を持ってきてくれたんだ。とても嬉しかったよ。
真っ白な家。ありがとう。
年老いて、段差が登れなくなったボクのために、スロープも作ってくれたんだ。
今年の3月まではボクの家の前を何台ものトラックが通りすぎていったんだ。
荷台には真っ黒い袋が何個も積まれていたよ。
ボクの庭にも作業員が大勢入ってきて、庭の土を掘ったり、落ち葉なんかを集めては黒い袋に入れていったよ。
なんでこんなことをしなきゃならないのかな?
でも、これが原因でボクが独りぼっちになったのかな〜って、そんな気がしたんだ。
ボクの家の周りにもこの黒い袋の山積みがたくさんできたんだ。
そこは以前は豊かな水田が広がっていたところだよ。
飯舘村の中には、立ち入りができなくなった地域もあるみたいなんだ。
この春、ボクのご主人は古い家を壊して、
家を新築したんだ。
ピカピカの立派な家だよ。
4/1に避難指示解除になったら、飯舘村に戻って来るはずだったんだ。
やっと6年ぶりにご主人と暮らせるようになるはずだったんだ。
でもね。ボク聞いたんだ。ご主人とボラさんが話しているのを。
詳しくは分からないけど、どうしてもやむにやまれぬ事情があって、まだしばらくは飯舘村には戻れないそうなんだ。
その頃からかな。ボクの身体がおかしくなってきたのは。
急に痩せてきたんだ。あばら骨も見えてきたんだ。
大好きな散歩だって行きたいんだけど、身体が言うことをきかなくてね。
後ろ足が変なんだ。
ナックリングって言われたけど、足先が丸まってうまく歩けないんだ。
以前はこうやってちゃんと脚を地面につけたんだけど、
大好きな散歩もできなくなっちゃったんだ。
もう自分ではどうしようもないんだ。
うんちもね。気がつくと、真っ白な家の中でうんちをするようになちゃったんだ。
ボラのお兄さんお姉さんがいつも小屋の中を掃除してくれたよ。
ごめんね。汚しちゃって。
でも、もう自分じゃどうしようもないんだ。
もう自分では。
そんな時ボラさんが、東京から友人を連れて来たんだ。
Oさんと言って、老犬の介護看取りを
ライフワークにしている人なんだって。
Oさんは1月にも老犬を看取ったばかりなんだって。
Oさんはボクを見て直ぐに気に入ったみたい。
一緒に暮らそうって。
ご主人に書類を記入してもらったんだ。
きっとご主人も苦渋の選択だったと思うよ。
これでボクは飯舘村を離れて、Oさんの子になったんだ。
独りぼっちの日々は終わりなのかな
今日から身体を伸ばして眠れるのかな
雨に打たれなくていいのかな
冬の寒さに凍えなくていいのかな
ボクを仔犬の時から育ててくれたご主人、
今まで本当にありがとう。
クルマの中ではボクはよい子だったよ
粗相もしなかったし。
5時間のドライブのあと、Oさんの家に着いたんだ。
奥さんとともに優しく迎えてくれたよ。
Oさんの家には今までのボクの先輩の骨壺が沢山並んでいたよ
みんな大切にされてたんだね。
Oさんパパ、ママ。これからよろしくお願いします。
暖かいベッド、
美味しいごはん、
散歩のひととき、
ボクを呼ぶ声、
仲良しで楽しい家族、
穏やかな時間、、、
Oさんパパ、ママの笑顔が
ボクに「そうだよ」と、優しく伝えてくれている。
ボクは新しい家族との約束を交わしたよ
最期までずーっと一緒。
素敵な約束をボクにありがとう。
ボクは幸せだよ。
ここに来て。とても幸せ。
目を閉じればいつでも飯舘村の美しい風景が浮かぶんだ。
その時が来るまで。
最期までずーっと一緒にね。
約束だよ。
もう独りぼっちじゃないよね。
ツトム