manaca
JR東日本がSUICAをデビューさせて10年。当初は、キセルが横行し、損失額もばかにならないところから、改札を入り、出るまでの管理をすることが目的で、JR単独導入を図った。その後、タッチ・アンド・ゴーの便利さから一気に普及が進み10年間で3500万枚が流通している。普及が進むにつれてICマネーとしても活用されるようになり、キオスクはもちろん、コンビニや自販機でも使えるようになって利便性が増している。さらに、東京の全公共交通機関で使用可能になり、私鉄のPASMOとの連携で関東圏ではいちいち切符を購入することなく、小銭も出さずにシームレスな移動が可能になった。
そんなICプリペイドチケットが名古屋地区では導入が遅れ、5年前にJR東海がTOICAを登場させたが、名古屋市内と近郊のほとんどが利用する名古屋の地下鉄、名古屋鉄道とは連携がなく、5年かかってやっと100万枚が普及するにとどまってきた。そんな名古屋圏の公共交通についに2月11日からICプリペイドカードで電子マネー機能をもったMANACAが登場した。発売から1カ月で100万枚に迫る勢いというが、この地域の利用者にとって、ようやく切符の購入からの解放でもある。ただ、まだ、JRなどとの連携が取れておらず、シームレスな連携とは言い難く、来年春のTOICAとの相互乗り入れが待たれる。
いわば満を持して登場したMANACAだが、奇妙なことがある。それは、このMANACAは二つの発行会社を持つということだ。名鉄系と名古屋市交通局系のそれぞれが発行母体になっている。その違いは同じMANACAでありながら、名鉄系には買い物のポイントが付加されるサービスがあるということで、全く同じカードでも、購入先によってサービスに差が出るというおかしなことになっている。
ポイントそのものはよほどの大きな買い物(この手のカードで高額品の購入は?)をしなければ大したことがないので、そんなに大きな差別にはならないともいえるが、カードの持つIC機能を生かしたさまざまな展開にはMANACAの発行会社別にそれぞれの許可が必要ということになる。
かたや数千万枚の発行をしているところがどんどん連携を進める中、これから普及を促進し、この地方にICマネーを根付かせなくてはならない使命があるはずだが、これではTOICA、SUICAとの連携が進んだ時点で逆に淘汰されてしまう危険性がある。
どうしてこんなことになったのか、風評では名古屋市がMANACAの発行に名鉄との連携を阻んだと聞く。自らの天下り先の確保が目的か、主導権を主張したいからなのか、その理由はよくわからないが、まさに木を見て森を見ず。ユーザーの利便性を考えればなるべくわかりやすく、シームレスな連携が大切なのは自明の理だ。この地方がいまひとつ世にアピールできないのはこんなところに理由があるのかもしれない。
愛知万博と上海万博
地元の人間として、当然さまざまなところで万博に関与してきたが、関与してみて初めて万博の意義も多少理解できた。しかし、目玉は何千年も前の冷凍マンモスであり、対極のロボット技術だった。会場内を歩くと、張りぼてのようなパビリオンが並んでいたが、それでも、世界各国が一堂に会してミニ世界旅行を楽しむ事はできたように感じた。それが開幕後の人気の要因だろうと思う。ただ、あくまで名古屋ローカルの盛り上がりだったという印象はぬぐえない。
その次の万博が上海。いよいよ明日開幕する。5年ほど前の上海では、メディアタワーから見て、あのあたりが万博会場になると教えられたところは、まだ人家が密集していた。それがあっという間に広大な万博会場となって今、世界中に情報が発信されている。
しかし、目玉は何か、マンモス以上によく分からない。中国から見ると世界各国が集まるところに意義があるというようにも見受けられるが、それにしても、愛知万博の時に比べて、メディアの注目度、露出度があまりに違う。このあたりが情報発信力の違いなのだろうか。
PRソングの盗作問題もうやむやになってしまったが、皮肉なことに大きな注目が集まって本来のPRにも役立ったように思う。これが狙いだったたとしたら大したものだ。ただ、盗作問題は、厳重に対処する問題で、看過されてはいけない。
日本でもかつて、盗作は多く問題になったので、大きなことは言えないが、それは、内外からの批判にさらされることで、正当な姿になってきた。中国もよく分かってはいると思うが、日本政府筋からの抗議もないということが大いに不満だ。
万博という表面上のことではなく、水面下での世界各国の綱引きが今、景気の回復とともに激しくなっている。原発で韓国の国を挙げての取り組みに負け、新幹線でもブラジルへの売込みで日本は優位といわれながら負けるかもしれない。一企業への支援はしないなどと官僚はほざいているが、これでは日本は過去完了になる。
万博一つへの取り組みを見ても、5年前と今のこの情報発信の巧拙の違いが明らかで、立ち上がれ市民とつくづく思う。
寂しすぎるスキー場
しかし、何か例年と雰囲気が違う。そう、いくつかなじみのスキー場が閉鎖されているのだ。人が多いようにみえるスキー場でも、修学旅行の生徒がいなくなるととたんに閑散とする。週末でも人影がなくなってしまう。これは寂しい。
いつもの常宿の温泉宿も、週末なのに、宿泊客は数十人に満たない。しかも平均年齢はおそらく60歳を超えている。若者がいないのだ。よく話題にするように今の若者は、車は持たない、遊ばない、飲まないというが、どうしちゃったのだろう。もちろんスキーに限らず、あらゆるところで若者がいないという。少子高齢化といってもあまりに極端だ。これも、雇用環境や条件の悪さの反映なのか。写真は週末の志賀高原熊の湯スキー場の様子。けして営業終了後の写真ではなく、昼間の写真だ。
コンディションは最高だった。集客の一環として、志賀高原の焼額山では、ファーストトラックというイベントがある。前夜に整備してその後は全く手を入れず、一晩降り積もった雪をいの一番に楽しむことができる。われわれがトライした日は、前夜に雪が相当量降ったため、ひざまでの新雪を一気に滑り降りることができた。早朝のオリンピックコースは誰もおらず、爽快だった。早起きは三文の徳というが、まさしくその通りだった。
その後、日本で一番高いゲレンデという横手山山頂へ。ここでは天気が良くて、空気の澄んだ冬の朝限定で富士山が見える。ところがこの日は朝は曇っていたが、昼ごろに快晴になり、午後でもなんと富士山が見えた。一応富士を確認できる写真を撮ったので、貼り付けることにした。小さいのでこのブログでは見えないかもしれないが、モンスターの間から見える富士には感激した。
不況で、明るい気分にならないし、遊ぶ気も起こらないのかもしれないが、非日常空間の中で日ごろの憂さ晴らしも、必要なのではないか。大自然の風景を眺めながらそんなことを考えた。