qui est-ce que je suis? -49ページ目

私が旅に出る理由

私が旅に出る理由、


それはずばり、


旅が自分のアップデイトツールだから!


新しい街、人、文化に出会って、
そこで起こる自分とそれらとの反応が楽しみ。



まっさらな気持ちで、
何物にもとらわれず、
その反応を通して、
自分が何に幸せを感じて何に喜んで何に意味を見出して何に怒って、が
シンプルに浮かび上がるのが、

旅の最大の特徴じゃないかなーって思う。


そしてそこで浮かび上がるのが、


自分が人生に何を求めるか


っていうクエスチョン。


旅での選択は、おどろくほど直結してる。人生での選択に。


自分が幸せを感じる瞬間や、
見失いがちな自分の大切にしたいもの、

自分が望む生活スタイルが見えてくる。


たとえば夕日を見て、

「あー親にも見せたいなあ」だったら
夕日自体よりもその「親と見る」というシチュエーションが

自分にとって価値を持つってことだし、


「このおいしいご飯、あの人を食べられたらな」だったら、

その人がご飯を共にしたい存在なんだなーってことだし。



旅は自分を裸にし、浮き彫りにする。

忘れていたことや気づいていなかったことをもくっきりと。



普段私たちは、

たーくさんの物と人と情報に囲まれていて。


その氾濫・飽和状態では、


求めなくても手に入ったり、

興味がなくてもどんどん知っていったり、


自分で自分の意志や気持ちを意識していなくたって、
環境や外的要因が知らず知らずのうちに流してくれる。


でもこれを、恵まれてる、とはひとえに言えないと思う。

自分が本当は何を求めていて、

何がほしくて、どう生きたいのか、


自分で自分がわからなくなることがしばしば。


乗っかっちゃえば、悩んだり考えたり苦しくなることもないしね。



だけど私はこわい。

みんなが、とか、なんとなく、とか、いちばんこわい。


だからその外的な要因を取り除きたくなる。


情報をシャットアウトして、外的要因を取り除いたら、


残るは自分だけ。


単純に自分が好きか嫌いか、イエスかノーか、

すべての基準はそこになる。


判断の基準は、 自分 だけ。



だからね、


自分のままの自分を発見、再発見できる場、


それが私にとっての、旅。



裸の自分に帰るために、


そして取り戻してクリアになって、

そこから必要なものを自分で手にしていくために。


それまでの経験と感情と自分の歴史をもとに、

再発見したことを加えてさらにアップデイトするきっかけ。



旅から得た生き方、


それが


naked life, update me。


自分のライフテーマはこれ、って思ってから、


「ちゃんと裸で生きてる?」


って確認する場がまた旅であり。



裸で生きる、っていうのはね、


長くなったから次のエントリーにするー。