qui est-ce que je suis? -44ページ目

¥300、¥3,000、¥30,000の化粧水

昨日深夜のお話。





ふと毎日使っている化粧水が目に入る。


1本確か¥1000ほど、
韓国コスメメーカーのもので、
何度かリピートしている物。


効果は特段良くもなく悪くもなく。
劇的に保湿性がアップしたということもなく、
発疹ができたなんて悪くなったこともなく。

だからこそ、安パイのような感覚で何回か購入しているんだと思う。




そこで思ったこと、


良くもなく悪くもないとわかっているのに同じものを繰り返してる、

これって人生でよくある光景だな、って。




化粧水の相場と自分自身の感覚では¥1000はリーズナブルで、
だから「まあこんなものか」に着地している。



だけどそれってつまらなくない?もったいなくない?ってふと自分に。



可もなく不可もなく、を続けるメリットが実感できないなら、

一旦やめてみるのもいいんじゃないかな、って。




「化粧水の選び方ひとつも、

 人生の警鐘かもしれない!」(おおげさ)

と思ったの。


¥300の化粧水を思いつく度にこれでもかとざぶざぶ使ってみたり、


¥3000の化粧水を適量パッティングしてみたり、


¥30000の化粧水をちびりちびりと染み込ませてみたり、


化粧水だけでも数え切れないほど選択肢があって、


その使い方は人の数だけ方法があって、


その組み合わせはそれこそ無限にある。

ベストを探すのは、


根気と労力とあきらめない心とよりよい肌を求める欲とが必要。

でも、たかだか数十種類試した程度で、

「理想の化粧水なんてない」とか


「どうせ見つからない」


だなんてあきらめたくない。


というより、あきらめるなんてもったいなさすぎる。


これだけ化学は進歩していて、


あらゆる肌質とニーズに合わせた商品が


日々世に送り出されているなかで、


合う物があるって考える方がごく自然、なはず。


あきらめを日常化したくない。


可もなく不可もなくに甘んじるのではなく、


理想を探しにいきたい。


可能性に飛び込んでいきたい。


そのうちに、


¥300をざぶざぶ、が潤い度高しなのかもしれないし、


¥30000が劇的に肌質改善かもしれないし、


¥3000の現状維持が実はミラクルなのかもしれないし、


一段階上で感じられる。


それはいろいろな物を試さなければ実感できなかった事実であり発見であり。


安いんだから効果ないよね、という先入観も、


高くても合わないかもしれないという言い訳も、


ひとまずなくしてまずは手にとってみよう。


いつでも自ら変化を求めていく姿勢を忘れたくない。