異邦人のブログ
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天に向かって唾を吐く(1)

タミフルが効かないインフルエンザが増えているとの報道を、最近複数耳にした。

タミフルとは、体内に入ったインフルエンザウイルスの増殖を抑制する薬で、発症後早期に内服すると、ほとんどの場合、24時間以内に熱が下がるという画期的なインフルエンザ治療薬だ。インフルエンザ治療薬としては、他に、リレンザ、シンメトレルがあるが、リレンザは吸入薬であること、シンメトレルはパーキンソン病治療薬であるため予期せぬ副作用が懸念されることから、日本ではタミフルが好まれて処方されてきた。

ところが、このタミフルに耐性を持ったインフルエンザウイルスが、今年に入って次々と報告されている。

原因は、ウイルスの突然変異のためであろうという説が一般的である。

複数の識者の指摘によると、この突然変異は、東アジアのある国でのタミフルの乱用によってもたらされた可能性が高い。

タミフルを販売している中外製薬の営業員に話を聞くと、実に全世界の8割の量のタミフルが、この一国だけで使用されているという。どんなに人口の多い国でも、その国だけで地球上の8割のタミフルを消費しているというのは、どう考えても多すぎる。

タミフルを使えば使うほど、それに耐性を持ったウイルスが生き残り、そのウイルスが他の誰かに感染して一気に増殖すると、感染の連鎖が起こり手がつけられなくなる。

実際その国では、子供からお年寄りまで、インフルエンザと診断されると、ほとんどの人がタミフルを処方され、また患者も、特効薬として、タミフルによる治療を医師に希望する。今のところ国としてタミフルの使用を規制する動きはなく、今年に入ってタミフルが効かないインフルエンザが発見された後、政府は600万人分のリレンザの購入を発表した。

おいおい。タミフルどころかリレンザまで効かなくする気か?

この国では、政府も医者も国民も、諸手を挙げて世界中に薬の効かないインフルエンザを蔓延させる準備に余念がないらしい。

見方を変えれば国家規模のテロだな。

北朝鮮の核問題がかわいく思えてしまう。

そんな国はほっとくと危ないので、日本政府は早急に遺憾の意を表明し、国連にこの問題を訴えるべきである。国がだめなら僕たちが立ち上がり、大規模なデモを行って世界中にその国の愚行を知ってもらうしかない。

だけどそんなことできるわけがない。

なぜなら、その国とは、日本のことなのだから。

いじめの連鎖(3)

余談ではあるけれど、今回の相撲協会のいじめの構図は、何も角界に限ったことではない。

僕のいる病院の世界もそうだし、僕の友達の話を聞いても、企業や地域社会という枠の中で、強い者が「正しさ」という正義を後光に弱い者のあらを探し、一方的に責任を追及するといういじめの構図は、そこかしこで見受けられるようだ。そしてそれを押しつけられた弱者は、さらに自分よりも立場の弱いものに同じやり方で報復をする。まるでいじめの連鎖だ。揚げ足をとるだけで、横綱のこれまでの功績に対する感謝の気持ちを忘れてしまった相撲協会、マスコミ、ひいては我々日本人のあり方は、そのまま次世代に対する社会全体の姿勢に反映されているような気がしてならない。


僕は警告する。いつかその「つけ」を払うのは、他の誰でもない、僕たち自身であると。


僕たち大人は年々年老いていく。

そして何十年かが過ぎたとき、大人にいじめられて育った子供たちが大きくなったとき、政治的にも経済的にも実権を握った彼らは、彼らをいじめたか弱き老人たちを、果たして守ってくれるだろうか?

結論は明確である、と僕は思う。

教育は未来の自分への投資である。

よい投資には安らかな老後が、悪い投資にはそれ以外の結果が、やがて年ゆく僕たちに待ち受けている。

そのとき僕たちはまたぞろ第三者の、あるいは被害者のふりをして、世間が悪い、国が悪いと口を揃えるのだろうか。

老人のしゃがれた叫び声は、誰の耳にも届かず風に吹き消される。

そろそろ僕たちは、気づくべきじゃないだろうか?


「弱い者たちがゆうぐれ
さらに弱い者をたたく
その音が響き渡れば
ブルースは加速していく」


酔っぱけて、カラオケではしゃいでる場合じゃないよな。

いじめの連鎖(2)

朝青龍は、相撲協会にとって、守るべき大切な我が子ではないのか。

遠くモンゴルからやってきて、角界という厳しい世界に飛び込み、なれない習慣になれ、言葉の壁を越え、厳しい稽古に耐え、その世界の頂点まで上りつめた。その生き方は、尊敬に値すべきではないか?そしてその後、一人横綱という地位を何年にもわたり維持し続け、相撲協会に多大なる貢献をした、相撲協会にとって誇るべき息子ではないのだろうか?

彼の言動に難がある感は否めない。それが横綱としてふさわしからずと言われることも理解できる。でもそれは、教える側の責任という側面も同時に浮き彫りにする。

「あんたの親の顔が見たい。」

子供が悪いことをすると、昔の人は本人にそう言って聞かせた。この言葉自体僕は好きではないが、子供が悪いことをするのは親の責任、そう言ったニュアンスがこの言葉には込められていた。

今回の件で非難されている高砂親方はもちろん、相撲協会にだって、教育責任はあるはずだ。横綱がつたない立ち振る舞いをし、それを非難することは、自分たちの教育が間違っていたと公言することに等しいと僕は思う。朝青龍がもてはやされる時期はその言動を黙認し、いざケチがついてマスコミや世間のバッシングが始まると、まるで自分は第三者であるかのように当人や自分の下の人間(親方)を口さがなく非難する。これが分別のある大人のやり方だろうか?


自分の力を笠に着て、自分より弱い立場の者を苦しめる。


日本語で、これを「いじめ」と言う。


「横綱の今回の立ち振る舞い(バンザイ)は、力士の頂点に立つ者の言動として品格に欠ける。しかしながら、その言動は、横綱自身が苦しみの果てに優勝という栄光にたどり着いた喜びの発露であると我々は考えています。今後、朝青龍関には再び強い横綱として、肉体面においても精神面においても他の力士のお手本となるよう、我々は期待しています。横綱としての品位、適正な言動に関しましては、我々相撲協会が全力を持って教育していきたいと考えております。どうかこれからも朝青龍そしてたくさんの力士たちを応援していただきますよう、よろしくお願いいたします。」


このくらいのこと、言えるとかっこいいのになあ。