いじめの連鎖(3) | 異邦人のブログ

いじめの連鎖(3)

余談ではあるけれど、今回の相撲協会のいじめの構図は、何も角界に限ったことではない。

僕のいる病院の世界もそうだし、僕の友達の話を聞いても、企業や地域社会という枠の中で、強い者が「正しさ」という正義を後光に弱い者のあらを探し、一方的に責任を追及するといういじめの構図は、そこかしこで見受けられるようだ。そしてそれを押しつけられた弱者は、さらに自分よりも立場の弱いものに同じやり方で報復をする。まるでいじめの連鎖だ。揚げ足をとるだけで、横綱のこれまでの功績に対する感謝の気持ちを忘れてしまった相撲協会、マスコミ、ひいては我々日本人のあり方は、そのまま次世代に対する社会全体の姿勢に反映されているような気がしてならない。


僕は警告する。いつかその「つけ」を払うのは、他の誰でもない、僕たち自身であると。


僕たち大人は年々年老いていく。

そして何十年かが過ぎたとき、大人にいじめられて育った子供たちが大きくなったとき、政治的にも経済的にも実権を握った彼らは、彼らをいじめたか弱き老人たちを、果たして守ってくれるだろうか?

結論は明確である、と僕は思う。

教育は未来の自分への投資である。

よい投資には安らかな老後が、悪い投資にはそれ以外の結果が、やがて年ゆく僕たちに待ち受けている。

そのとき僕たちはまたぞろ第三者の、あるいは被害者のふりをして、世間が悪い、国が悪いと口を揃えるのだろうか。

老人のしゃがれた叫び声は、誰の耳にも届かず風に吹き消される。

そろそろ僕たちは、気づくべきじゃないだろうか?


「弱い者たちがゆうぐれ
さらに弱い者をたたく
その音が響き渡れば
ブルースは加速していく」


酔っぱけて、カラオケではしゃいでる場合じゃないよな。