春の雪


「お涙ちょうだいの純愛映画」 を期待して観にいった人は肩すかしをくらっただろう。


この映画は 社会、世間、愛にふりまわされて 混乱していくあるひとりの男の生涯を描いたものだ。


初めと最後じゃまるで別人。何がこうまで彼を変えたのか??そこを問いただすことに意味がある映画。


物語は妻夫木聡演じる、松枝清顕を軸にして展開していく。

彼が読むこともなく燃やした手紙の内容は、観客の私達も、結局さいごまで知ることはできない。 そして私達は彼の夢の中まで観ることができる。


両親にも本音がいえず、世間を冷めた目でみる青年。大正時代に限らず今でもたくさん存在すると思う。彼は自分でも気持ちを整理できずに、夢日記をつけることによって自分自身を見つめなおす。 今の時代におきかえると何だろ・・ネットだったりして。


愛がテーマにはなっているが、「ひとりの青年の生きかた」としてじっくり観た方が楽しめると思う。

ふたりがお互いの愛に目覚めるとこはなんだか不自然で、感情移入しずらかった。


ここぞという名場面は、いいとこどりを寄せ集めたような予告編で既に何度も観てしまってたので、目新しさがなかった。観た人たちが「なんだかもの足りなかった。」と言ってたのはそのせいかな。

正直、もっと短くできたと思う。 観ていて 長いな・・・ と感じてしまった。


色彩がほんとにきれい。植物の香りがこっちまで伝わってきそうなくらいのみずみずしい映像美が広がる。


大正時代のお金持ちの世界をあんなにもリアルに観れる機会はあまりないので、興味深かった。

お嬢様って大変・・。ひとり気ままにうろうろするのが好きな私には、いつも付き人が一緒だなんて考えられないなぁ。



ライフ イズ ミラクル


2004年 ユーゴスラビア フランス

監督:エミール・クストリッツァ

出演:スラブコ・スティマチ


「ライフイズミラクル!!」

思わずそう叫びたくなる。


みるもの全てがなんだかいとおしく見えてくる。


都会に住んでると、人間中心的な考えになりがちだ。

人工的に添えられた花や、オリの中にとじこめられた動物ばかり見ていると、自分は地球の中のひと種類の生き物にすぎないことをついつい忘れてしまう。

この映画では、動物と人と自然がおんなじ視点で描かれていて、忘れかけてたあったかい何かをふっと思い出させる。 


失恋で絶望し、泣いているロバは、線路をふさいでいっこうに動こうとしない。どんなに力まかせで押しても全くだめなのに、口笛をきかせると、のっそりと動き出す。

映画のなかでちらりちらりと登場するロバは、わたしたちにいろいろなことを教えてくれる。


音楽と人に囲まれたあたたかな暮らし。憧れるなぁ。毎日がミュージカルみたい。「人生は舞台よ。」て言葉がでてくるし・・。


時計盤のようなまるい窓。ジャムを塗ったチェス。身投げした鳩。

ひとこまひとこま、忘れないようにシャッターをおしたくなるくらい、印象的な場面がいっぱい。


思わずにこっとしてしまうエピソードたちの隠し味が、いろんなとこにちりばめられてある。それなのに夢物語ではなくしっかりと地に脚がついていて現実味があるわけは、戦時中の実話をもとにしてることと、ひとりひとりの性格を素直に丁寧に描写しているせいかもしれない。


人はいつまでもにこにこしてなんかいられない。混乱して取り乱すことだってある。突拍子もないことをしてしまうときもあるし、泣き出してしまうことだってある。

それを隠さずに、きれいに全部みせてしまうところがこの映画のいいところ。


さいごの方はロミオとジュリエットのようなせつない展開に・・。


終わり方がすっごくいい。

ほんとにみてよかった。

今夜はいい夢みれそう。

takeshi's


ものすごいものをみてしまった。

観終わった後は心拍数があがってて、なかなかおさまらなかった。


まるで連想ゲームのようだ。

「街を歩いてて、偶然ある植物の香りに包まれた瞬間、子供の頃の記憶が鮮やかにつぎつぎとよみがえる時」の頭の中。

「誰もが無口なバスの中で、今わたしが突然立ち上がって歌いだしたらどうなるだろうか などとへんなことを考えてるとき」の頭の中。

それらを全て映像にしてごちゃまぜにして出来あがった、異次元の世界のような映画だ。


わたしの頭が足りないせいか、わけが分からないとこもしばしば。 

でもたけしが「自分でも完璧にストーリーは分からない。理解しようとするのではなく、感情で受け止めるというか体感して欲しい」っていってたからいいや。


たけしがタクシーの運転中に出くわす衝撃の映像は、「フェリーニの82/1」の始まりの、ぎょっとする感じに似てる。 観終わったあとのなんともいえない脱力感は、ゴダール映画を観終わったときみたいだ。

この巨匠らが大好きな人なら、きっと気に入る映画だと思う。


幻想と現実がごちゃまぜになる状態。 夢なのか現実なのか一瞬分からなくなる状態。誰しもが一度は経験しているだろう。 

この映画を観ることによって、観客は無意識に、自分の頭の中の記憶と連想させる。 そうすることによって、この映画は初めて完成する。そんな気がした。


「たけしの頭の中をこっそりみてしまった!!」そんな気持ちにさせられる。

瞬きするのも惜しいくらい、のめりこんでしまった。 眠ってた細胞が動きだした気分。何度もみたくなる映画だ。


さりげないタップ、かっこよかったなぁ。


NANA


今更だけど、見てきた。

「ふつうによかった。」という感想が周りにあまりにも多くて、なんとなく後回しにしてたらそろそろ終わりそうだったので。

漫画愛読者にとっては、あまりにもそのまんまで、新たな発見がなかったそう。でも、漫画のイメージを大切にしなかったらそれはそれで批判の声が聴こえてきそうだし・・・難しいとこだと思う。


奈々もナナもはまり役で、ぴったりだった。宮崎あおいが奈々役だと聞いたときは、少し幼すぎるんじゃないかと思ったが、髪も眉も染めて見事にイメージチェンジをしていて、見事な演技力で奈々になっていた。

公開前、少しずつ出演者を発表する手法もよかったと思う。漫画愛読者は「誰が誰をするんだろう・・?」といろんな想像が出来て、わくわく感が増える。


最近の漫画は本当にすごい。まず、悪者がいない。みんなそれぞれ頑張ってて、いろんな人がいる・・・そんな当たり前のことを、漫画の世界だからといって歪めることなくリアルに描いている。


NANAを見に来る人達は特に小学生、中学生が多い。こんな年からこんな大人びたリアルな漫画を読むのか・・と驚かせられた。私が小学生の時といえば、現実ばなれした漫画ばかりを違和感なく読んでたけど・・。(セーラームーンとか・・汗) なるほど・・最近の小中学生が大人びているのに妙に納得してしまった。

 

「ブラックジャックによろしく」 とか 「ドラゴン桜」 とか、最近の漫画は真実味があって学ぶべきものがある。小さい頃親によく言われた「漫画ばっかり読んで!!」という言葉はもう古い??親も一緒に読んじゃったりして・・。


最近のお気に入りは安野モヨコの「働きマン」。 働くことの悩み、辛さ、生きがいを、ひとりひとりにスポットにあててリアルに描いている。 あれ。気づけばモーニングばっかりだ。もはや男性だけのものじゃない。


NANAは続編が決定した。2年後に公開らしい。今後、漫画とどういう関係を保った作品になっていくのか楽しみだ。


ドラマ化になるといううわさも聞いた。NANA役は土屋アンナ。ドラマまで・・それはやりすぎだと思うけど。いろんなNANAがでてきすぎて混乱しそう・・


ggg


監督:ウォルター・サレス
出演:ジェニファー・コネリー ティム・ロス


これは「大人のホラー映画」 だ。 

最近なぜか高校生に人気のホラー映画とは全くちがう。シックで落ち着いていて、これ見よがしの気持ち悪さはほとんどない。


子供と楽しそうに話す母親と、過去のトラウマから抜け出せずにいる女性。

かたちは「ホラー映画」だけど、それを飛び越えて、ひとりの女性にまつわる両極端な心情を、丁寧に描いている。


雨続きのどんよりとした空、ぼろぼろのアパート、不安にさせられる独特な音楽が融合した中、なぜだか変な心地よさを感じてしまった。ホラーなんだけどなぜか美しい、不思議な気持ちにさせられる。


じわじわーと不安な気持ちにさせられ、最後には軽く突き落とされた気分にさせられる結末が待っている。


親子のやりとりのシーンが印象的。子役の子がすっごくかわいい。


ホラー映画が苦手な人にもぜひ見てもらいたい作品だ。



ブラウンバニー


監督 出演 ヴィンセント・ギャロ

    出演 クロエ・セヴェニー


悲しい。悲しすぎる。 見終わった後はしばらく固まってしまった。 音もないエンドロールの中、いろいろと考えさせられた。


音楽がいい。 このサントラは人から借りて、ずっと聴いていた。

今まで「 濃厚な音楽だなぁ 」と思って聴いていたが、映画を観た後に聴くと、まるで新しい命をもらった曲のように感じた。 聴くだけで泣きそうになる。


映画と音楽のつながりってすごい。例えば古いミュージカル映画。映画を観ないでサントラ聴いても全然楽しくないのに、映画を観た後に聴くと、わくわくしてきて今にも踊りだしたくなる。(踊れないけど・・。)


最近、CDが売れないらしい。去年のミリオンセラーはたった1曲だけだった。

でもその1曲は 映画「今、会いに行きます」の挿入歌である。 

映画と音楽がつながれば、きっといいことがおきるはず。



about

[東京] [台北] [上海] で生まれた 言葉も文化も異なるふたりが出会う3つの物語。

日本映画にしてしまったけど、正確には日中合作映画。


(監督)下山天、イ・ツーイェン チャン・イーバイ

(出演)伊東美咲 チェン・ボーリン メイビス・ファン

 加瀬亮 リー・シャオルー 塚本高史 


「間」がよかった。3つのどの作品も、独特の「間」がある。言葉を超えた世界に迷い込んだ気分になる。異文化の者同士の愛をテーマにしているから、なおさら印象的だ。


何かの映画評で、「3つのつながりがあまりなかったのにがっかりさせられた」という類のものを目にしたが、私はそこが逆に魅力的に思えた。ここぞとばかりに3つをつなげすぎると、見たくない裏を見てしまった気になる。急に客観的な気持ちになってしまう。あえてちょこっとしか出さないところがいいと思うのだが。


最近の映画って、道しるべをつくりすぎてると思う。「ここはこうなんだよ。」て誰にでも分かるように親切に道案内をし、皆同じ感動のゴール地点にたどり着く。作り手に「こう見てほしい」という気持ちがあるからしょうがない気もするけど・・。


3編それぞれに、ひとつの言葉が心に残るつくりになっている。たった一言の短い言葉なんだけど、何だか考えさせられる。そして、3編とも、終わり方がとてもいい。観るものに考える余韻を与えてくれる。まるで 「あなたならこの後どうする?」とクレヨンを渡された気分だ。


3つのなかでは [上海] 編が切なくて、1番よかった。

話じたいは3つともどれもシンプルで、あっと驚く発見もなく、チラシのあらすじを読めばほぼ全部分かってしまう。それがおもしろくない といってしまえばそれまでだが、ストーリーよりも「雰囲気」、「間」を重視したい。


映画を観ていて、心の中の忘れてたはしっこの部分があったかくなるのを感じた。心に小さな火を灯してもらった気分になる映画だ。

落穂ひろい


機械がつかみそこなったトマト。売れない形の悪いトマト。傷がついたトマト。

トマトはトマトとみなされず、どこへ行くのか・・・?今までたいして考えたこともなかった。


「食べる」 毎日当たり前のように私達がしている行為。私達は毎回それにありがたみを感じているだろうか?


小粋なアコーディオンをバックに、色とりどりの果物が並んだパリのマルシェ(市場)の風景。よく旅番組などでお見えするおしゃれな風景。

この風景が、数時間後、正反対にうらがえることなど考えたことなどあるだろうか。

ゴミ、ゴミ、ゴミの山。 売り物にならなかった、食べ物としての役割を果たせなかった、野菜や肉たちが地面にうち捨てられる。そして、それらを目当てにどこからともなく集まる人々・・・・。彼らを差別的な目で見る人々・・・。なんともいえないような異様な空間が生まれる。


「みんな、食べ物に対する対する考え方がばかだ。僕はこの10年ゴミしかたべてない。仕事?ちゃんと働いてるよ。貧しくて拾ってるんじゃない。町中が無駄づかいだらけでどうしようもないんだ。」

「落ちたものを拾って生活している人」=「貧しい人。ひもじい人。」という固定観念が、私の中でがらがらと崩れ落ちた。博士号をとっているある男は朝、市場から拾ったもので朝食をすませ、昼は新聞売りの仕事をし、夜は読み書きできないセネガル人に無償で毎日読み書きを教えている。


別に、「さぁ。落ちたものをひろって食べましょう!」といいたいわけじゃない。

ただ、トマトをトマトだとみなす、変なものさしを捨ててしまえばいいのだ。トマトである以前に食べ物であるということ。そして、食べ物は私達にとってかけがえのない贈り物だということ。そして必ずどこかで食べ物がなくて死んでしまう人がいることを、忘れずにいればいいのだ。


「きれいなリンゴしかとらないわ。私の子供たちは、傷んだリンゴをとても嫌うの。」

こんな親がいるからだめになるんだ!


食べ物にもっともっと感謝しようと思う。生きるうえでの基本である。


感銘をうけたらすぐに鉛筆をとるメモ魔のわたしは、アニエス ヴァルダの考え方がだいすきだ。

針のない時計。雨漏りのしみ 一見役立たないものにも同じように愛着を抱く。すばらしさを決める基準はいつだって自分。そして、社会 人 自分 をいつも対等に考えてる。

彼女のように人生を楽しみたいと思う。


モーター


「じゃあ、なぜ 旅を?」


「旅をするためです。」


このセリフがいちばん心に残った。


ふたりの会話の中身が、少しずつ変わっていくのがおもしろい。お金のあてのことばっかりぼやいてグラナードもいつしか将来の野望をつぶやき始めていたり。


ばか正直なのは欠点なのだろうか。 確かに、表向きや礼儀は大事だ。でも、ばか正直な自分を、いつも忘れずに頭のすみっこに置いておきたい と思う。


そして、「あんな風に踊りたい!」と思った。ダンスホールではなく誰かのおうちの中で、修道女もおじいちゃんも集まってみんな同じ空間のなか、同じ音楽を楽しみながら踊る。 すてきだなぁ。


人の心は人によって、揺り動かされ、人によって、変わるんだ。 と強く感じた。


「旅」にもいろいろな「旅」があると思う。

去年バリに行ったときに感じたこと。私が泊まったヌサ・ドゥア地区は、門を境にバリの住民の立ち入りが一切禁止されていた。にっこりと笑うホテルマン。完璧に手入れされた色鮮やかな花。快適なのに、居心地の悪さを感じた。ここはどこなのか分からなくなった。


現実逃避のため、楽園で癒されるために人は旅にでるのだろうか。確かにそういう面も大事かもしれないが、 何だか旅の意味を履き違えてしまっている気がする。

最近はヌサ・ドゥア地区は人気が落ち、現地の人々が多いリアルなバリの空間に包まれる、ウブド地区が人気だという。うれしい傾向だ。


何も、お金を貯めて飛行機に乗らなくても、異国でなくても、「旅」はできるのだ。


「今この瞬間にだって、外に飛び出してってたまたまとても楽しい時間がすごせるかもしれないし、逆に腹の立つことを言われて席を立っちゃうかもしれないし、あるいは雨が降ってくるかもしれない。でもそういう瞬間に生きてる実感と幸せを感じるの。」


だいすきなビョークの言葉。今、外に飛び出して、家の周りをぐるぐる歩いてみるのも「旅」だと思う。お金じゃなくて、心さえ豊かであれば誰でもできちゃう。人生そのものが「旅」だとさえ思う。


私もドアを開けて「旅」に出ようっと。


※この監督の次回作はホラーである。11月公開の「ダークウォーター」 

きっとふつうのホラーじゃないはず。楽しみである。








エイプリル

はっきりいって、チラシを読めば、ストーリーはほとんど分かってしまう。


ある女の子にまつわる イースターの半日間の物語。

いつもと違う感じのおしゃれなケイティ・ホームズが観れるのも魅力だ。


「家族ってふしぎな存在だな・・・」と考えさせられる。

本音でぶつかったり 無口でそっけなかったり 冗談いったり 喧嘩したり・・・。


ここまでする・・・?てくらいにしらけさせるムード、親戚への愛想笑いが妙にリアルである。

シンプルだからこそ、セリフよりも、ひとりひとりの表情が印象的な作品。

ふつうなら、最後の場面をこれ見よがしに感動的にアレンジするだろう。でもこの映画は違う。

なぜなら結果より過程が大事だから。ひとりひとりの心情の変化にドラマがあるから だと思う。

「言葉にしなくてもいい。本当に大事なことは、見れば伝わるから。」 

最近かんどうしたある方の言葉を思い出した。



エイプリル3 エイプリル2


この映画は見るからに女の子向けのチラシであったが、実際観てみるとすこしギャップを感じた。こういうことはよくある。(左が日本版 右がアメリカ版) 

そして実際に観ることにより意外な面を発見するのが私のパターンである。

チラシは映画に出会うきっかけをくれる。このチラシにひかれたのでこの映画みたい!思ったわけだし。

そういえばこの映画は公開時、母娘割引キャンペーンをしていた。(ふたりで2000円) 何だかあったかいなぁ。


宣伝は映画に新しいスパイスを加える。 魔法みたいだ。