神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -11ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。

 

 派手なエレベーターだった。箱の中にシャンデリアが下がっている。なんという悪趣味! 途中の階に止まるボタンはない。2階のエントランスホールから最上階の47階まで直通の、エグゼクティブ専用のエレベーターらしい。

 


「こちらへどうぞ」

 


 47階のエレベーターホールは50平米はあろうかという広さだった。所どころにアンティーク調のイスやソファが置かれ、寄せ木細工のコーヒーテーブルの上には、ハバナ産を示す焼き印の押された葉巻の木箱が置いてあった。リクソン・モバイルはキューバとも取引を続けているのを思い出した。

 


 僕はそのホールのエレベーター正面の、観音開きのマホガニー製ドアの中に招き入れられた。

 


「やあ、君に会うのは2回目だね」

 


 200平米ほどの広さのそこは、会議室らしかった。円卓が中心に置かれ、周りは30台くらいのデスクが取り囲んでいる。

 


 入り口近くで僕に声を掛けてきたのは、ソニアと行ったラスベガスのホテルでの会合で遭ったことのある男だった。たしか・・・

 


「エドワード・リクソン」

「ほう、よく覚えていたね。頭脳もずば抜けているとは聞いていたが」

 


 ソファにもう一人、男が座っていた。こいつの顔は見たことがない。30歳くらいか? やたらと長身でハンサムな、ハリウッドの昔の男優のような優男だ。マイクのよこした資料にも、ソニアの方からのデータにも名前だけが記された男だった。

 


「初めてお目にかかります。トーマス・リクソンと申します」

「・・・そう。あんたがリクソン・モバイルの総帥か」

「いろいろご存じのようですね」

「そんな話はどうでもいい。エルマ、僕の妹を返せ」

「まあ、そんなに急ぐことはないですよ。エルマちゃんはふかふかの毛布にくるまってぐっすりお休みですから」

「薬を盛ったな」

「え?」

「エルマは規則正しいんだ。こんな時間に眠るわけがない」

「まあ、そういうことかもしれませんが、彼女が安全な場所にいて、髪の毛一本損なわれていないことは保証します。私が電話すれば、この場に連れてきますよ」

「直ちにそうしてもらおう。でなければ・・・」

「私を殺す。そうおっしゃりたいんでしょうが、せっかくいらしたんですから、私の話も聞いていただけませんか?」

「いいだろう。手短に話せ」

 


 僕は立ったままトーマスとエドワードに向かい合った。二人はイスとソファに腰を下ろした。

 


「あなたが異常な能力の持ち主であることは、かなり前から掴んでいました。しかし、その異常な能力というのが、セックスに関することに限定された情報でした」

「ふん。悪趣味な野郎だ」

「ソニアの愛人であるとか、あなたの性的能力に骨抜きになったソニアがイングリッシュ・ペトローリアムの株式を大量にあなたに譲渡したとか。しかし、そんなことは我々には無関係です。我々が興味を抱いたのは、あなたの精液が女性の生殖器系の病気を治すのではないかというレポートが上がってきてからです」

「そんなに前から僕のことを監視してたのか? ご苦労なこった」



「いえいえ。我々は調査機関を持っていません。必要な情報は世界中から集まってきますからね」

「まあ、そうだろうな。CIAでもモサドでも、ロシアからでも」

「まあ、そういうことですね」

「それで?」

「そのBIG the boy、つまりあなたには、もう一つ、異常な能力があるのではないかという報告が上がり始めました」

「・・・」

「どういう仕組み、能力なのか、それは今でも解明できていませんが、どう分析しても、あなたが時間を自由にできるとしか考えられない動きをしているのです」

「は! 国連安保理の中国並みだな」

 


 僕の茶化しも無視して、トーマスは話を続けた。

 


「相当数の動画を集めました。あなたはご自分の能力をあまり隠さずに、というか、自慢げに披露されています」

「子供っぽくて悪かったね。でも、僕は12歳の小学生なんだぜ。子供そのものさ」

「あはは。とんでもない子供がいたものです。世界史の中で、一人で1000人単位の兵士を殺した戦士というのはどこにも例がないでしょうね」

「僕がやったという証拠でもあるのか?」

「そんな見え透いた証拠を残すあなたではないでしょう。残っているのは状況証拠ばかり。証言を取れる状態の生き残りも、ただ『気づいたらやられていた』とか、『目の前から消えた』とかの証言しか出てこない」

「なあ。いったいあんたは何が欲しいんだ? 僕の何が知りたい? 僕をどうしたい? いきなり狙撃してきたり、妹を誘拐したり、全く脈絡がない」

 


 トーマスは立ち上がり、部屋の隅のデスクの上に置かれたPCをいじった。正面の白い壁に画像の投影が始まった。トーマスがよく通る声で解説をつける。

 


「これはあなたがその剣で監視カメラを壊すシーンだ。最初は普通の、といっても相当早いが、まあ『人間の』動きだと言っていいでしょう。しかしこのあと」

 画面では、僕の姿がぶれ始めていた。20倍速、そして100倍速にUPしたときの映像だった。

「何度見ても、どんなに検査しても、カメラの異常ではなかった。写っている人間の動きがいきなり何十倍にもスピードアップしたという結論しか出てこないのですよ」

「・・・それで?」

「まさに東洋の悪魔。いや、失礼。我々はこの現象が現実に起こせるのかどうかを、フィジカルの専門家、物理学者を何人も集めて分析させたのです。その結論はごく短時間で出ました。『この次元の現象ではない』。つまり、時間軸の制限を超えられる超能力者。そういう結論でした。あのやらせ動画『タイムコントロールBOX』は、あれはあなたのいたずらでしょう。ばかな赤い国が安保理に持ち出したのは信じられませんでしたよ」

 


 トーマスは本当に笑っていた。

 


「バカかおまえら。堂々巡りしてるだけじゃないか。意味ないだろ? その点、エリクソンは賢いな。自分に理解できない現象は考えない。どう利用できるか、僕に何をさせられるか。それだけだったよ」

「やはりエリクソンは、あなたを使っているのですね?」

「失礼な奴だな。僕はエリクソンに使われているわけじゃない。結果的にエリクソンに有利な状況となるとしても、僕自身がやるべきだと判断したミッションしか受けてないよ」

 


 ぐだぐだトーマスの話に付き合っていたのは、マイクの差し向けた探査部隊がエルマの正確な現在位置を僕に送ってくるまでの時間稼ぎに過ぎなかった。

 


「さて時間切れだ。エルマを連れて帰るからね。もう二度と会うことはないだろう。グッドラック!」

「え? あ、私の話はまだ終わってないぞ。君の妹は、私が無事で、かつ指示を出さなければ命はない」

「そうかい。じゃあ、殺すように指示しな。その瞬間におまえはこうなる」

 


 僕はまだソファにすわったままのエドワードに近づいた。

 


「えっ!」

 


 エドワードが恐怖の表情に変わるのを見ながら、100倍速に切り替えた。神威を抜き、正面から降り下ろす。エドワードは頭のてっぺんから股間まで、きれいに両断された。吹き出す血がかからない位置まで移動し、リアルタイムに戻した。

 


 エドワードの二つの断面から噴き出す血液は噴水のようだった。トーマスが大きく目をむきながら見ている。

 


「お気の毒さま。いつもならこうやって相手の弱点を握りながら交渉ともいえないようなごり押しが成功してきてるんだろうね。その成功パターンが僕に通用すると考えたあんたが世間知らずだったということさ。いまさっき、エルマが地下3階にいるって連絡が入った。阻止できるものならしてみな。まず最初にお前を半分にしてやる。冗談ではないのは、あれを見ればわかるな」

 


 僕は固まっているトーマスをそのままにして500倍速にUPし、インカムから得た情報を元に、地下3階に向かった。ちょっと計算したけど、あの直通エレベーターを使うより、非常階段を下った方が早そうだった。

 


 探査部隊はビルの縦方向の位置探査に成功していた。エルマはB3にいる。そして今は平面図上の所在地の確定に入っているだろう。

 


 家族全員が身につけている発信機もピカティニー・アーセナル製だ。実は避妊リングに仕込んであるんだ。全裸に剥かれて身体検査されても、普通の電波発信機ではないし、隠し場所がそれだから、まず発見されないだろうと踏んでいた。ただし、その装着は全員が僕にやらせた。まあ、しかたないよね。

 


 リクソンの2兄弟がロリコンでも、エルマの膣の中まで調べることはしなかったようだ。

 

 

 

(その⑥につづく)

 

 エルマが誘拐された。くそっ! ロリコン野郎どもめ!

 


 マイクの敷いた保護体制もまんまと裏をかかれてしまったみたい。

 

 
 僕は誘拐犯からの連絡を待ったりしなかった。井上由里ではなく、ダイ・ミシマに対する挑戦状が叩きつけられたのだ。いまダイはLAにいるとか、井上由里とダイとの関係がどうのこうのは、僕の頭から完全に消えていた。だってリクソン=ロベルト・アズナブールはダイが日本にいることを知っていた。


 僕はいきなり叔母の敦子も不在の道場に行き、ダイの服に着替えた。それから地下練習場に入り、戦闘服を着こむ。金庫と弾薬庫から持てるだけの武器、装備をバッグに詰め、地上に出た。

 


「由里ちゃん、私たちは?」

 

  
 事態をマイクから聞いたという双子がスマホに連絡してきた。

 


「いいからそっちでおとなしくしてろ!」

「・・・気をつけてね」

「あ、ごめん。だめだな、やっぱり怒りに我を忘れてる。もっと冷静になるよ。ありがと莉実。帰ったらキスしてあげるね」

「もう、ばか!」

 


 マイクが示したエルマの超音波発信機はリクソン・モバイルの日本支社を示していた。大胆なことだ。大手町にある、東証1部上場の国際的企業の日本の本拠ビルに、誘拐した少女を連れ込んだのだ。

 


(宣戦布告ってやつか)

 


 僕はタクシーでそのビルに乗り付けた。外見はかまっていなかった。ありったけの武器・装備が入ったデイパックを担いでいる。迷彩柄の戦闘服にヘルメット、背中のベルトには神威、静竜を差している。いかにも物騒な格好だった。

 


 1階ロビーはだれでも入れる。電車の改札口のようなセキュリティは飛び越えた。見ていたガードマンがあわてて走ってきた。僕はそれを無視し、エスカレーターを駆け上がって2階のビジネス棟エントランスを突っ切った。重厚なデスクの案内カウンターの前まで直進する。

 


「リクソンのトップに会いたい」

 


 3人並んだ受付の女性はいずれも美人だ。僕はその中の真ん中の女性に叫ぶように言った。



 しっぽが回りだしていたが、それを抑えるのはやめた。味方は多いほうがいい。

 


「え? あの、なんとおっしゃいました?」

「だから、リクソン・モバイルの日本支社長かアメリカ本社の誰かが来てるだろ? そいつに会いたいんだって言ってるんだよ」

「・・・少々お待ちください」

 

 
 普通なら、警備員を呼んで、アタマのおかしな少年をエントランスから放り出すだろう。しかし、僕の装備が物々しいせいか、あるいは剣幕があまりに迫力があったせいか、しっぽの効果か、その女性は警備ではなく、秘書室に繋いだようだった。

 


「・・・は、はい。わ、わかりました」

「どう? トップが会うって言ってるだろ?」

「はい。いま担当の者が参りますので、あちらでお待ちください」

 

 
 僕はちょっとイライラしていた。エルマ、怖い目に遭ってないといいけど。

 

 

「あの、三島様でしょうか?」

 

 
 頭の切れそうな顔をした日本人の男が、僕の座るソファの前に立った。見ると後ろには7、8人のスーツ姿のごつい体格のアメリカ人らしき男たちが、僕を焦点に遠巻きに円を描くように立っている。

 


「やっと来たか。面倒なことを言わずに、トップのところに連れていけ」

「・・・はい、わかりました。こちらにどうぞ」

「このバカ面どもはここに残しておけ」

 

 
 僕がそう米語で言うと、男たちの中に怒りの塊が膨れ上がったのがわかった。

 


「ケガしたくなかったら、引っ込んでな」

「このガキが。調子に乗りおって」

 


 一人の男が一歩僕の方出た。僕は静竜の合金の筒でその男の側頭部を叩いた。リアルタイムでも、僕の打撃を避けられる人間は滅多にいないだろう。こめかみが棒状にへこんだ。

 

 
 男は声も上げずにロビーの床にくず折れた。残りの男たちが殺気だった。

 


「やめろ。この方にかまうんじゃない」

 


 僕に声を掛けた男が一括した。男たちの動きがピタっと止まる。たいしたもんだ。

 


「おまえら命拾いしたな。そいつはもう廃人だろう」

 


 僕が歩を進めると、男たちの円陣がゆっくり開いた。頭に来ていたので100倍速ほどにして、神威でスラックスの真後ろのベルト、スラックス、トランクスをまとめて切り下げてやった。これで歩くこともできまい。

 


 リアルタイムに戻す。

 


(スピード・アイは出来るだけ低い倍率で戦うのがいいんだろうか? 破壊力優先で考えれば高倍率の方が威力はあるけど、それにばかり頼ってちゃ、僕の真の戦闘能力の向上にはマイナスになるんじゃないだろうか?)

 


 そんなことを考えながら、日本人の男の背後に付いていった。しばらくして「ああっ?」「わ!」「ガッ!」などという罵声が聞こえた。自分の下半身の無惨、というか、みっともない姿に気づいたんだろう。

 


 僕の前を行く男は、お供(ボディガード?)のアメリカ人たちが付いてこないので不審に思ったのだろう。振り返って立ち止まった。

 


「な、なんという・・・」

「あんたをどうこうしようってわけじゃないから、安心して案内しなよ」

「しかし、いつの間にあんな・・・」

「東洋の悪魔だからね、僕は。なんだって可能さ」

 


 男は無言でエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

(その⑤につづく)

 

 僕は双子から離れて、別の松の幹を叩いた。50倍速だ。

 

「バン!」という音とともに幹に大穴があいた。

 松の上部がゆっくりとこちら側に倒れ始めていた。僕はその場を左に寄って離れた。その場にいたら、松の大木の下敷きになる。

 

「こりゃ50倍速じゃ早すぎるな」

 

 いったんリアルタイムアイに戻して、松の巨木が倒れるのを見ていたが、今度は10倍速でやってみることにした。

 

「ガシュ!」

 

 10倍速の正拳突きは、米サックの突起の根本まで幹に食い込み、拳板が幹の表面から5mmほどを破壊して止まっていた。

 

(これくらいで充分だな)

 

 僕はこの米サックの改良型を「犀角」と命名した。

 

 それからしばらく、僕たちは林の中で松の木を相手に犀角の威力のテストに没頭していた。

 

                              *
 

 突如、僕の脳の一部に異常な感覚が走った。あの「超アイ=1000倍速」に切り替わる直前の感覚だった。僕は地面を転がり、視線をその異常感覚の向いている方向に向けた。

 

 男が林の中にうずくまり、両手を僕の方に突きだしていた。拳銃による狙撃だ。

 僕は一瞬で100倍速に切り替えた。男に駆け寄る。まさにトリガーを引き絞り始めたところだった。サイレンサーが付けられた大型オートマチック拳銃だ。銃口の狙う方向は、いままで僕が立っていた地点だ。

 

こんな銃を持っているのは、プロの殺し屋だけだろう。

 男の背後に回り、犀角の突起の先端を男の後頭部に突きつけながらリアルタイムに戻した。

 

「バスッ!」という押し殺したような発射音とともに「えっ!」という男の声がした。

「おとなしくしなさいね」

 

僕は男の後頭部に犀角の突起を押しつけながら、のんびりした口調で言った。

 

「ど、どうして・・・」

「どうしてあの場所から私の姿が消えて、自分の後ろにいるんだ? ってことかしら? それは内緒! で、この状態をどうするつもり? 見てたんでしょ? 私の拳の威力。あんたのアタマを一瞬で粉々にするのって、チョー簡単なのよ」

「・・・」

 

 男の頭の中の混乱が、手に取るようにわかった。

 

「あんたの組織のヒットマンは、バラバラに動いているようね。情報の伝達が遅いわよ。私は銃撃では殺せないってこと、伝わってないんだ。こないだは高速ライフルで狙撃されたのよ。時速1000km以上の弾速だったわね。それでもそのライフル弾をよけたのよ私。あんたのそのニューワルサーの弾なんて、ヒヨコが歩いてくるくらいにしか見えないの。それで私を殺そうなんて、笑っちゃうわ」

「・・・殺せ!」

 

 男がくぐもった声で言った。日本人だけど、アメリカで訓練を受けている殺し屋らしい。この程度のヒットマンだったら、尋問、拷問で新しい情報が引き出せるとは思えない。殺しても無意味だし。

 

 僕は男の後ろから前に回った。拳銃を掴む。男はあっさりと手を離した。

 

「帰っていいわよ」

「え? なんだって?」

「帰っていいって言ったの。あんたみたいな雑魚を殺してもしかたないし、その筋に引き渡して拷問しても、新しい情報なんて出てこないでしょ。だから無益な殺生はやめておくことにしたの」

「ううう。こいつ・・・」

 

 それなりの訓練を受けてきたんだろうな。格闘技には自信があるんだろう。男の体から、それまでとは違う気が吹き出してきた。

 

「いいわよ。相手してあげるわ」

 

 

 僕はスタスタと、すこし広くなっている場所に歩いていった。振り向くと男が立ち上がってすごい目つきで僕をにらんでいた。

 

「早くしてよ。あんたみたいな雑魚に時間を使うのはもったいのよ」

 

 思い切り侮辱してやった。

 

 男が飛び込んできた。相当の使い手だとわかる。いきなり後ろ回し蹴り。僕がステイでアタマを後ろにスライドさせた鼻先を、空気が焦げるくらいのスピードでかかとが通り抜けていった。

 

(うーん、どうしよう? 油断すると命取りになるなあ。じゃあ、2倍速だ)

 

 僕はリアルタイムでもこの男に勝つ自信はあったけど、それが「油断」というか「慢心」というものだろうと思ったのだ。実際、2倍速で、いい闘いになった。

 静剛流の技を次々と繰り出し、男を叩いてゆく。約15秒、闘いが続いた。

 男が白目をむいて前のめりに倒れていった。

 

「どう? 気が付いた?」

 

 僕は男の背中にドンと飛び乗った。靴の下で、男が蘇生して動いたのがわかる。

 

「このまま、アタマを蹴り潰してもいいのよ」

「・・・わかった。降参だ。おれの負けだ」

「当たり前でしょ。私がどれだけの力を持っているかくらいは教えてもらってるんでしょ? 一人で何千人もの武装集団と戦ってきて、いつも勝ち残ってきたのよ。あんたと遊んであげたのは、体を動かすためだけ。帰ってリクソン・モバイルのバカ連中に報告しなさい。東洋の魔女はとんでもなく強いって」

「・・・わかった」

 

 男の背中の筋肉が緩むのがわかった。殺されないことを確信した証拠だ。

 僕は男の後頭部に軽く蹴りを入れた。またぞろ逆襲しようとしてくるのは目に見えているし、それも面倒だったからね。

 

 見ると絵美莉実のふたりが静かに僕と男を見ていた。こんな雑魚に僕がやられるわけはないと確信しきった表情だ。

 

「ずいぶん遊んでたわね」

「静剛流の基本の型を全部やろうと思って」

「でも、どうしてリクソンだと判ったの?」

「持ってた銃がアメリカ製の最新バージョン。いま欧米で悪魔・魔女に手を出してくる理由があるのはシェブールかリクソン・モバイルだけ。シェブールはアズナブールとは絡んでなかった。リクソンのフェレは僕に捕まって、CIAで尋問中。報復する理由があるのは、あるいは捕虜交換したいのはリクソンだけ」

「なーる!」

 

 

 僕たちはマウンテンバイクを停めた公園の入り口にもどり、マンションに帰った。

 

(やっぱり超アイの1000倍速になる直前に銃撃を察知できるようになったみたいだな。これはすごい進歩だなあ)

 

 僕は自分の成長を実感していた。危険が迫ったとき、1000倍速に切り替わればその危険を避けられる。しかし、1000倍速はどれだけの時間継続するのかが分からない。2分続けばリアルタイムでは丸一日分に当たる時間を超スロースピードで過ぎる周囲の中で過ごさなければならない。退屈でやってられない。


 蜂の羽の振動がカラスの羽ばたきより遅く見えるし、電動丸ノコが出す木くずがゆっくりと舞い上がるくらい。ひとの首を断ち切っても、血が吹き出すまで1時間くらいの感覚だ。とにかく1000倍速はほとんど時が止まっているに等しい緩やかな流れなんだ。

 

 これは身を守るにはありがたいんだけど、そうなる寸前に察知できるとなれば、僕の行動も効率的になるってもんで、今回確認できたこの新しい感覚はすごい進歩というか、成長というか、ステップアップ、だったんだ。

 

「・・・ということで、その男を無傷で解放したんだ」

「君がリクソン・モバイルの名前を言ったのは、誘いだな?」

「そう。こうなったら向こうから仕掛けてくるのを誘った方が早そうなんだもん」

「そうだな。何人いるかわからんヒットマンを探し出すのは困難だ」

「国防省副長官のハリー・ブルースはどうなったの?」

「確実にスパイだと分かった人間は泳がすという方針どおりにしようと決まったとたん、拳銃で自殺した」

「あらら。ほんとに自殺?」

「まあ、暗殺だろうな」

「まだまだ根は深い、か・・・で、フランス・リクソンのフェレは?」

「あいつは食わせもんだな。支社長ってのも嘘だったし、大した情報はなにも持っていそうにない。ただのイスラム過激派とのパイプ役だ」

「リクソン相手じゃ、米軍やCIAでも動きようがないよね」

「・・・」

「でも、僕の家族に付けた超音波発信機のトレースだけは絶対に怠らないでね」

「ああ。それは約束する。一人に6人のスタッフを付けて、交代制で監視している」

「了解。まあ、誘拐しても、僕の身柄の確保が目的なんだろうから、いきなり殺すことはしないと思う。あそこに隠せば、超音波発信機は見つからないだろうしね。所在地さえわかれば、僕が何とかできるから」

「しかし、ピカティニー・アーセナルの連中は奇抜なものを作ってくるな」

「あの発信機のこと?」

「ああ。隠す場所も場所なら、電波ではなくて超音波というのも・・・」

「普通の発信機なら、探知機使えばどこに隠そうが見つけられちゃうでしょ」

「やっぱりあれもダイの発案なのか?」

「うん、そうだよ」

「いい子いい子!」

「なんだよそれ」

「で、ダイは本当にあのリクソン・モバイルを相手に闘う気でいるのか?」

「そうさ。リクソンが仕掛けてきてるんだよ。こっちからじゃない。闘うしかないじゃない」

「うーむ。とんでもない事態だな」

「うん。米軍の全部隊を相手にする方が楽だと思うよ」

「あんまり年寄りをいじめないでほしいもんだ」

「あはは。ごめんね」

 

狙撃者が僕の暗殺失敗をどう伝えたかはわからなかった。でも、僕と対峙して、無傷で帰ってきたあの男は、僕についてさんざん尋問されまくっただろうことは想像できた。

 

 

 

(その④につづく)

 

 フランスから帰国し、米軍の付属病院で外傷を、日本の大学病院で眼を診てもらいなおしたけど、莉実のケガは肋骨2本の骨折だけだと診断された。その骨折もすでに完治している。


 ちょっと治りが早すぎる気がするけど、絵美に言わせると「私たち特異体質なの。怪我してもいつもすっごく治りが早いのよ」ということだった。

 

  
 莉実がこう言った。



「由美ちゃん、私の被弾した場所、知ってるよね」

「うん。しっかり確認したから」

「・・・」

「なによ莉実。赤くなってないでちゃんとお話ししなさい」

「うん。それで恥骨のところに当たったのがあったの、覚えてる?」

「うん。恥毛の生え際、だよね」

「やだもう、しっかり見すぎ!」

「で、それがどうかしたの?」

「あれから私の視覚、やっぱり変なのよ」

「? 変ってどういうふうに?」

「いつもじゃないけど、人が何重かにダブって見えるんだ」

「・・・」

「普通の人はほとんどそのままなんだけど、ダイ、いえ由里ちゃんはよくダブルの」

「ふーん。それはなかなか興味深いお話ね」

「え? 変だと思わないの?」

「ちょっと思い当たることがあるからね」

「そう・・・」

「で、それと恥骨の関係は?」

「あ、そうだ。あそこのアザだけ、まだ色が戻らないのよ。紫色からだんだん赤くなっていって、いまは薄めの青。それにそこが変な感じなの」

「変、ねえ・・・莉実。それ、すごく明るい光の輪がグルグル回ってるって感じじゃない?」

「そ、そう! そうなの! ダ、由里ちゃん、どうしてわかるの?」

「やっぱりね。あれから莉実の眼、色が変わったこと、自分で気づいてる?」

「え? そうなの? 絵美、そうなの?」

「うん、気にするかなと思ったから言わなかったけど、莉実の眼、ときどき金色とか白とかに変わるのよ」

「白・・・ねえダイちゃん。私どうなってるの?!」

「まあ、落着きなって。それ、僕は別の場所で起きてるんだ」

「あー。ダイちゃんになってるぞー」

「あーもう、めんどくさいなあ! 私はいま3つは回ってるのよ」

「みっつ? ねえねえ、なんなのそれって?」

「チャクラ」

「チャクラ? あの、ヨガの本に出てくるあれ?」

「そうさ。インドのヨーガ・スートラに出てくるチャクラは6個。もっと時代が下がると7つ。それが次々と開花していくと、最後にはニルヴァーナに到達できる。これがチャクラ」

「なによニルヴァーナって?」

「イギリスのロックグループ!」

「そうだけど、違うんだ。漢字で書けば『涅槃』。人間が進化していって最終的に到達するステージ、ってこと」

「ちょっと由里ちゃん。それってあなたが論文書いてたヤツでしょ?」

「うん。ケンブリッジ大とスタンフォード大はその論文で僕に博士号をくれるって言ってる」

「ねえねえ。私の眼の話と関係あるのそれ?」

 


 莉実がじれったそうに僕の両腕を掴んで揺さぶった。

 

 


 どうやら莉実はパリのアパルトマンで銃撃を受けたショックで、チャクラのひとつが回り始めたようなんだ。場所から考えるとシュワディシュターナ・チャクラ。男女とも陰部付近に存在すると考えらえているチャクラだ。

 


「莉実ちゃん。あなた、今日からひとつ新しい訓練というか修行をやってもらうわね」

「?」

「ちょっとバルコニーに出ましょ」

 


 僕は双子をマンションのペントハウスからルーフ・バルコニーに連れ出した。ルーフ・バルコニーったって元々は緑化された屋上。そこにペントハウスが建ち、僕と絵利香がそこに井上母子として住むことになった。建物は北の端に建てられ、その前は広々とした屋上庭園となっている。

 


 僕ははだしのまま芝生を歩いた。双子もまねしてはだしのままついてきた。

 


「あとで買ってきてあげるけど、この芝生の上にヨガマットを敷いて、こうやって・・・」

 


 僕はその場で三角倒立をした。



「こうやって安定させて、と・・・うん、これでいい」

「なにそれ。それもヨガ?」

「うん、そうだよ。このまま、可能な限り三角倒立しているんだ」

「どれくらい?」

「僕は、いえ私は一晩このまま寝てたこともあるわよ」

「えー! ありえなくなーい?」

「こら、ちゃんとした日本語しゃべれ!」

「はーい。でもそれ、何に効くの?」

「効く、かあ。ちょっと違うな。何が、どこがステップアップするの? って聞くのが正しい・・・と思う」

 


 さっきから盛んに僕に食って掛かってるのは絵美の方だった。莉実は真剣な表情で僕の顔をじーっと見つめている。

「分かったわ。私やってみる」

「え? そうなの? わかんないなあ」

 


 絵美にはピンとこいないらしいが、当人の莉実が何かを感じているのは確かだった。

 


「そう。さすがにこんなのは簡単なんだね。どう、安定してる?」

 


 僕は見事な三角倒立をしている莉実に尋ねた。

 


「うん。これ、気持ちいいね」

「そうだろ? 僕が眠っちゃうの、わかるでしょ? じゃあ、呼吸だけど・・・」

 


 僕は逆立ちの莉実、結跏趺坐の絵美のふたりに、本格的な丹田呼吸法を教えた。

 


 この莉実に起きている現象は、僕にもよくわかっているわけではなかったけど、人間の多重構造に関係すると思う。西洋医学、科学では全く説明できないし、その存在すら認められていないけど、古代からインドでは「人間は多重構造である」という見方をしている。

 


 人間は物質=肉体で出来ている。その中に「自我」がある。ここまでは西洋医学、科学と同じ。しかし、ヨガやアーユル・ヴェーダの根本的な「人間存在の分析」によると、人間は肉体を覆うように「エーテル体」という存在があり、さらにそれを覆う「メンタル体」、
「アストラル体」という存在で多重に構成されている、と説明している。

 この「物質界の肉体」以外の構成物は普通の、つまり「物質界に縛られすぎている」人間には、見えない。感じられない。「物質界」の追及に終始する西洋の科学、哲学では、古代インド人が見つけ出したこの「精妙体」は認識することすらできないのだ。

 


 チャクラは物質界の肉体の中には存在しないといわれる。エーテル体、もしくはメンタル体のひとつの「器官」なのだという。これが開花、つまり働き始めると、それは物質界の肉体にも影響を与える。僕の場合は、木から落っこちたことによって、いくつかのチャクラが回りはじめ、BIGという超人的性能力が発現したのだとソニアは解釈した。

 


 さらに、僕が小さいころから叔父に鍛えられてきた静剛流古武術では、「丹田呼吸法」という特殊な腹式呼吸を日常生活レベルで出来るように毎日しごかれ、身についていた。これがヨガでいう「プラーナ(氣)」の通路を確立したらしい。他のチャクラもいくつか回り始めていて、これが「超アイ」の発現に繋がったのだと思う。

 


 莉実は銃撃のショックでひとつのチャクラが開花したようだ。それにより、人間の多重構造が見え始めているのだと思う。チャクラ開花の先輩の僕も、時々おかしなものを見たりするけど、莉実はかなり鮮明に見えるらしい。個人差が大きいのかな?

 


 チャクラの働きはまだまだよくわかっていないらしく、どのチャクラが開花すると、どういう変化が現れるかといった基本的な分析すら確立されていない。まして、複数が同時に回るとどうなるか? なんてのはどんな文献にも出てこない。

 しかしウパニシャッドや、ヨーガ・スートラ、ラーマーヤナなどの中に、「超人的な活躍をする英雄」が出てくるし、彼らの力はチャクラと結びつけて理解されている。そして理趣経が一番新しいけど、もっと古くから、仏教経典やバラモン経典にも、同様の記述が散見される。

 


 何はともあれ、莉実が何者かに成長(変身?)し始めているのは確かだった。僕はその成長を手助けしようと思ったのだ。

 

 

 

(その③に続く)

 

 

 もうすぐ冬がくる。春休み前の僕と、今の僕とではまるで別人だと思う。井上由里って名前の女の子「でもある」のが、一番違うところだけど・・・

 


 穏剣の飛距離は200倍速で300mに延び、100mの距離では戦車の20mmの装甲板をなんなく貫いた。これならモーゼル・レッド9の有効射程距離より長い。僕は練習を積み重ね、300mで50cmの的の中心に40%を当てられるまでになっていた。

 


 それから静竜。これまで30mが限界だった「必殺距離」を50mまで伸ばすことを中心に練習を繰り返した。



 20mの距離に24mm厚コンパネ板を立てて、そこにペンキで的を描いたものを打ち抜く演習を繰り返していたけど、しだいに威力が増してきていて、最近ではコンパネ2枚重ねを射抜けるようになっている。これなら拳銃弾並み、いやそれ以上の破壊力だ。

 


 僕は新しい武器も研究所に発注してあった。「メリケンサック改」だ。



 アメ横のナイフの店に寄ったとき、ガラスケースの中にメリケンサックというのがあった。握って拳の補強に使うもののようだった。

 


「双子の武器としていいかも」

 


 そう考えた僕は、これの改良版を発注した。正拳突きの時、拳の前面を覆うハイパーチタン&ステンレス合金の板が生身の拳を守る。さらに中指のあたりから突き出るように、ハイス(ハイスピード鋼)と酸化チタン・窒化タングステンの合金製のコーン型突起をねじいれられるようにした。これで殴れば、相手のダメージは致死的になる。

 


 適当な練習台がなかったので、近くの羽根木公園の松林に入り、太い幹の松の前に立った。

 


 米サック改を両手にはめる。呼吸を整え、正拳突きくりだす。

「ドン!」という衝撃音が僕の耳に伝わった。

 


 松の幹に突起が食い込んでいた。かなりの威力だ。次に50倍速にする。威力は50×1.5=75倍になるのかな?



 息を整え、腰を落とし、突く。

 


「バキャ!」という音がした。手に伝わる衝撃は逆に軽くなった。しかし、松の太い幹は突いたところからふたつに断ち切れていた。拳が松の幹の向こう側に達していたのだ。

 


(すげー!)

 


「すっごーい!」

 


 絵美か莉実のどちらかが感嘆の声を上げた。

 


「そこのケースに同じのが入ってるから、二人ともはめて試してみれば?」

「うん!」

「あら、軽いのね」

「ええ・・・うん、私の手の大きさにぴったり!」

 


 ふたりは右手のこぶしに米サック改をはめ、正剛流の正拳突きの型を演じた。様になっていた。

 


「あっちの木でやってみて」

 


 僕がスピード・アイにして突き出すのと比べる方がおかしいけど、それでも二人の突きは恐ろしいほどの威力があった。コーンはその全体を幹にのめり込ませていた。

 


「これ、左手にはめて練習するわ」

「左手? どうして?」

「右手は桜丸かワルサ―PPKを持っていたいのよ」

「なーる・・・でもこれはめたままでも銃は握れそうよ」

「・・・うーん、そうかー。刀握るのも銃を握るのもできなくはないわね。そうね、これ付けたままでいかに正確に撃てるか、刀を使えるかを練習する方がいいかな」

 


 新しいおもちゃをもらった子供のように、ふたりは熱心にあーでもこーでもやりながら、松の幹を穴だらけにしていた。

 

 

 

(その②に続く)