派手なエレベーターだった。箱の中にシャンデリアが下がっている。なんという悪趣味! 途中の階に止まるボタンはない。2階のエントランスホールから最上階の47階まで直通の、エグゼクティブ専用のエレベーターらしい。
「こちらへどうぞ」
47階のエレベーターホールは50平米はあろうかという広さだった。所どころにアンティーク調のイスやソファが置かれ、寄せ木細工のコーヒーテーブルの上には、ハバナ産を示す焼き印の押された葉巻の木箱が置いてあった。リクソン・モバイルはキューバとも取引を続けているのを思い出した。
僕はそのホールのエレベーター正面の、観音開きのマホガニー製ドアの中に招き入れられた。
「やあ、君に会うのは2回目だね」
200平米ほどの広さのそこは、会議室らしかった。円卓が中心に置かれ、周りは30台くらいのデスクが取り囲んでいる。
入り口近くで僕に声を掛けてきたのは、ソニアと行ったラスベガスのホテルでの会合で遭ったことのある男だった。たしか・・・
「エドワード・リクソン」
「ほう、よく覚えていたね。頭脳もずば抜けているとは聞いていたが」
ソファにもう一人、男が座っていた。こいつの顔は見たことがない。30歳くらいか? やたらと長身でハンサムな、ハリウッドの昔の男優のような優男だ。マイクのよこした資料にも、ソニアの方からのデータにも名前だけが記された男だった。
「初めてお目にかかります。トーマス・リクソンと申します」
「・・・そう。あんたがリクソン・モバイルの総帥か」
「いろいろご存じのようですね」
「そんな話はどうでもいい。エルマ、僕の妹を返せ」
「まあ、そんなに急ぐことはないですよ。エルマちゃんはふかふかの毛布にくるまってぐっすりお休みですから」
「薬を盛ったな」
「え?」
「エルマは規則正しいんだ。こんな時間に眠るわけがない」
「まあ、そういうことかもしれませんが、彼女が安全な場所にいて、髪の毛一本損なわれていないことは保証します。私が電話すれば、この場に連れてきますよ」
「直ちにそうしてもらおう。でなければ・・・」
「私を殺す。そうおっしゃりたいんでしょうが、せっかくいらしたんですから、私の話も聞いていただけませんか?」
「いいだろう。手短に話せ」
僕は立ったままトーマスとエドワードに向かい合った。二人はイスとソファに腰を下ろした。
「あなたが異常な能力の持ち主であることは、かなり前から掴んでいました。しかし、その異常な能力というのが、セックスに関することに限定された情報でした」
「ふん。悪趣味な野郎だ」
「ソニアの愛人であるとか、あなたの性的能力に骨抜きになったソニアがイングリッシュ・ペトローリアムの株式を大量にあなたに譲渡したとか。しかし、そんなことは我々には無関係です。我々が興味を抱いたのは、あなたの精液が女性の生殖器系の病気を治すのではないかというレポートが上がってきてからです」
「そんなに前から僕のことを監視してたのか? ご苦労なこった」
「いえいえ。我々は調査機関を持っていません。必要な情報は世界中から集まってきますからね」
「まあ、そうだろうな。CIAでもモサドでも、ロシアからでも」
「まあ、そういうことですね」
「それで?」
「そのBIG the boy、つまりあなたには、もう一つ、異常な能力があるのではないかという報告が上がり始めました」
「・・・」
「どういう仕組み、能力なのか、それは今でも解明できていませんが、どう分析しても、あなたが時間を自由にできるとしか考えられない動きをしているのです」
「は! 国連安保理の中国並みだな」
僕の茶化しも無視して、トーマスは話を続けた。
「相当数の動画を集めました。あなたはご自分の能力をあまり隠さずに、というか、自慢げに披露されています」
「子供っぽくて悪かったね。でも、僕は12歳の小学生なんだぜ。子供そのものさ」
「あはは。とんでもない子供がいたものです。世界史の中で、一人で1000人単位の兵士を殺した戦士というのはどこにも例がないでしょうね」
「僕がやったという証拠でもあるのか?」
「そんな見え透いた証拠を残すあなたではないでしょう。残っているのは状況証拠ばかり。証言を取れる状態の生き残りも、ただ『気づいたらやられていた』とか、『目の前から消えた』とかの証言しか出てこない」
「なあ。いったいあんたは何が欲しいんだ? 僕の何が知りたい? 僕をどうしたい? いきなり狙撃してきたり、妹を誘拐したり、全く脈絡がない」
トーマスは立ち上がり、部屋の隅のデスクの上に置かれたPCをいじった。正面の白い壁に画像の投影が始まった。トーマスがよく通る声で解説をつける。
「これはあなたがその剣で監視カメラを壊すシーンだ。最初は普通の、といっても相当早いが、まあ『人間の』動きだと言っていいでしょう。しかしこのあと」
画面では、僕の姿がぶれ始めていた。20倍速、そして100倍速にUPしたときの映像だった。
「何度見ても、どんなに検査しても、カメラの異常ではなかった。写っている人間の動きがいきなり何十倍にもスピードアップしたという結論しか出てこないのですよ」
「・・・それで?」
「まさに東洋の悪魔。いや、失礼。我々はこの現象が現実に起こせるのかどうかを、フィジカルの専門家、物理学者を何人も集めて分析させたのです。その結論はごく短時間で出ました。『この次元の現象ではない』。つまり、時間軸の制限を超えられる超能力者。そういう結論でした。あのやらせ動画『タイムコントロールBOX』は、あれはあなたのいたずらでしょう。ばかな赤い国が安保理に持ち出したのは信じられませんでしたよ」
トーマスは本当に笑っていた。
「バカかおまえら。堂々巡りしてるだけじゃないか。意味ないだろ? その点、エリクソンは賢いな。自分に理解できない現象は考えない。どう利用できるか、僕に何をさせられるか。それだけだったよ」
「やはりエリクソンは、あなたを使っているのですね?」
「失礼な奴だな。僕はエリクソンに使われているわけじゃない。結果的にエリクソンに有利な状況となるとしても、僕自身がやるべきだと判断したミッションしか受けてないよ」
ぐだぐだトーマスの話に付き合っていたのは、マイクの差し向けた探査部隊がエルマの正確な現在位置を僕に送ってくるまでの時間稼ぎに過ぎなかった。
「さて時間切れだ。エルマを連れて帰るからね。もう二度と会うことはないだろう。グッドラック!」
「え? あ、私の話はまだ終わってないぞ。君の妹は、私が無事で、かつ指示を出さなければ命はない」
「そうかい。じゃあ、殺すように指示しな。その瞬間におまえはこうなる」
僕はまだソファにすわったままのエドワードに近づいた。
「えっ!」
エドワードが恐怖の表情に変わるのを見ながら、100倍速に切り替えた。神威を抜き、正面から降り下ろす。エドワードは頭のてっぺんから股間まで、きれいに両断された。吹き出す血がかからない位置まで移動し、リアルタイムに戻した。
エドワードの二つの断面から噴き出す血液は噴水のようだった。トーマスが大きく目をむきながら見ている。
「お気の毒さま。いつもならこうやって相手の弱点を握りながら交渉ともいえないようなごり押しが成功してきてるんだろうね。その成功パターンが僕に通用すると考えたあんたが世間知らずだったということさ。いまさっき、エルマが地下3階にいるって連絡が入った。阻止できるものならしてみな。まず最初にお前を半分にしてやる。冗談ではないのは、あれを見ればわかるな」
僕は固まっているトーマスをそのままにして500倍速にUPし、インカムから得た情報を元に、地下3階に向かった。ちょっと計算したけど、あの直通エレベーターを使うより、非常階段を下った方が早そうだった。
探査部隊はビルの縦方向の位置探査に成功していた。エルマはB3にいる。そして今は平面図上の所在地の確定に入っているだろう。
家族全員が身につけている発信機もピカティニー・アーセナル製だ。実は避妊リングに仕込んであるんだ。全裸に剥かれて身体検査されても、普通の電波発信機ではないし、隠し場所がそれだから、まず発見されないだろうと踏んでいた。ただし、その装着は全員が僕にやらせた。まあ、しかたないよね。
リクソンの2兄弟がロリコンでも、エルマの膣の中まで調べることはしなかったようだ。
(その⑥につづく)