老後とピアノ | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

(内容)※Amazonより
朝日新聞を退職し、50歳を過ぎて始めたのは、ピアノ。

人生後半戦、ずっとやりたくても、できなかったことをやってみる。

他人の評価はどうでもいい。

エゴを捨て、自分を信じ、「いま」を楽しむことの幸せを、ピアノは教えてくれた。

老後を朗らかに生きていくエッセイ集。

 

恩田陸氏、清水ミチコ氏、推薦!
実は老後の話でもピアノの話でもなく、私たちがどう生きるかという話だったのにびっくり。

励まされます!―恩田陸
人はピアノの前に座ると、自分との対話が始まる。
稲垣さんの対話は、正直で面白いうえ、読んでるこっちまで参加したくなる。―清水ミチコ

 

◇◆

 

小学生の頃、モーツァルト「キラキラ星変奏曲」を弾いたのを最後にピアノを辞めて数十年。50歳を過ぎて再びピアノを習うことにした稲垣さんのエッセイ。

 

子どもの頃にピアノを習い、それから数十年の時を経て再度ピアノを習い始めた人なら、どの頁にも「わかる」と頷いてしまうこと必至。

 

ダガシカシ! ←著者である稲垣さんの文章の真似です。クセが強い・・。

 

そんな私たち大人の生徒以上に、ピアノ再開組の大人たちを教えるピアノの先生にこそ読んでもらいたいと思うエッセイであった。

 

大人になって初めてピアノを触った、という生徒さんにならきっとピアノの先生も、初心者だから、というフラットな(そして温かい)気持ちで、ゼロから教えることができると思う。

 

ダガシカシ! ←著者である稲垣さんの文章の真似です。何度も出てくるの。クセツヨ。

 

大人(特に10年以上のブランクがある中高年)がピアノを再開するにあたって、教える側のピアノの先生からすると

こんなこともできないの!?

と思うことって絶対にあると思う。

(私のモネ先生はそんなこと絶対に言わないが、密かに思ってる可能性はなくはない。)

 

さすがにこれくらいのことはわかるでしょ?

〇〇(曲名)も弾いたことあるって言ってたじゃない?

とか思うこともあるはずなんですよ。

 

私が太古の昔にベートーヴェンのワルトシュタインを弾いたことあると知ったドS先生(モネ先生の前任)は、わりと無理難題を言ってきたし・・><

そりゃその当時はできたかもしれないし、若いから何言われてもすぐ理解できたかもしれないが、ピアノから離れて数十年経った今。何もかも忘れているし、しかも指は全く動かないし、指だけじゃなく脳みそだって動かないし、できないことが多いということをみんなお忘れになってらっしゃる。お忘れ・・というよりピアノの先生はピアノから離れたことがないから、忘れる・できない、という感覚が頭ではわかっていても、実感としてないのでないか・・?と思っております。

 

そもそもピアノ関係なく、加齢により脳みその動きが悪いので、先生の言っていることに対する理解も遅いし、年寄りの手習いは弊害だらけということをピアノの先生は大人の再開組を受け入れる前に、是非ともこちらの書を読んでもらえるとお互いWin-Winなのではなかろうか。

 

さて内容だが、小学生の頃にピアノを辞めて以来・・と書いてあったので、稲垣さんの実力はこれくらい(バイエルとかブルグミュラーあたり)かな、と勝手に想像していたのだが、そのあとで最後に弾いたのがモーツァルトの「キラキラ星変奏曲」、という記載を読んで、

あれ?私が想定してたよりだいぶ上手だったのかも!?

と思った。

 

タイトルだけだと子供が弾く曲だと思うかもしれないが、実際聞いてみてください。

なかなか結構難しい曲です。

というか大人が弾く方が難しい曲だと思う。力のない子供の指で弾いた方が上手く弾けそう。

(モーツァルトってそういう傾向があると勝手に思っている。なのでモーツァルトの曲で弾きたい曲はたくさんあるが、もう少しおばあちゃんになってから弾きたい笑)

 

ピアノを再開する、と決めた稲垣さんは、ピアノに取り憑かれたように練習する。

と言ってもなんと稲垣さんのお宅にはピアノがない。

基本は知り合いのカフェに置いてあるピアノで営業時間外に練習。

(最後にわかるのだが、このエッセイを書くにあたってピアノの貸し出しを申し出たカフェ)

そして仕事で地方に行った際はレンタルスタジオなり、誰かのお家に眠っているピアノを借りたり・・とピアノを弾かない日はない、というピアノ漬けの日々を送っておられる。

 

ザ・根性!

というか家にピアノなくてすごいなあ・・と単純に感心。

 

そしてピアノの先生(プロのピアニスト。これまたエッセイを書くにあたり出版社から紹介された)から

5分でもいいので毎日ピアノに触れてください

と言われ

毎日ピアノに触れなければ・・・

強迫観念のようにピアノを探し求める。

 

その強迫観念、すごくわかる。

私は最近ではそうでもなくなったが、ピアノを再開してからの数年は、それこそ毎日ピアノを練習しなければ死ぬ、という呪いにでもかかったんじゃないかってくらい毎日練習してたな。

 

↓ピアノを毎日弾かなければ死ぬ呪いにかかっていた頃

 

>ともとも「1日弾かないくらいでやっぱり変わるもんです?」

>私「多分変わるんじゃないかなあ。というより、弾かないと下手になってしまう!って、もはや強迫観念に近い思い込みにとらわれてるのっ!!!!」

 

 

ベートーヴェンの悲愴のレッスンで、音が多すぎる和音があまりに過酷で勝手に音を間引いていた弾いた稲垣さんに、

「ベートーヴェンはこの1つの音を書き入れるのに一晩寝ないで考えたかもしれないじゃないですか!」

とピアノの先生。

 

うーん、名言。

ここに自分の好きなように弾いてはいけない理由がありますな。

流石に私は勝手に楽譜の音符を間引くようなことはしないが(先生に聞いてもらうのに、そんなことする勇気ない笑)、昔は気分屋でその日のノリで弾いてたな〜笑

偉大なる作曲家の作品を冒涜する行為〜。

ということをモネ先生にキツ〜く言われておりますので(笑)、今はちゃんと弾いてます。

 

これも大人になってからこそわかることだったりする。

もし高校時代にモネ先生から同じこと言われても、全然響いてなかったと思う。

そんなん没個性やんか〜

とかイキリ倒したJK時代のあもちゃんは内心ブーブー言いながら、結局言うこと聞かずに好き勝手に弾いていたであろう。

 

子供の時にはできていなかったであろうことが、大人になったらできることもある。

(例えば地道な練習、例えばどうすればいいかを自分で考える、例えば先生の言うことを素直に聞く、etc)

 

ピアノを再開してからしばらくして、稲垣さんは何かにとにかく焦っている描写があったのだが、その焦り、すごくわかります。

具体的に何に焦っているのかわからないが、急いで上手くならなきゃ、あれもこれも早くしなきゃ、早く次に行かなきゃ・・とか、私もとにかくいつも焦っていたと思う。

モネ先生はそんな私に「長いピアノ人生ですからもっと腰を据えてやりましょう」と言ってくれて、いまはそう思えるのだが、最初はそう思えなかったんだよな〜。

明日死ぬかもしれない、くらいの気持ちでやっていた。

ピアノの発表会だって、四年に一度のオリンピックくらいの気持ちで臨んでいたし。

いつも常に何かに追われてる感・・あれは一体なんだったんでしょうか笑

 

ピアノの先生らには、ぜひこの「焦燥感」というものが、中高年の再開組にはあることを知っておいてもらえると嬉しいなあ。

 

そしてこれまたわかる〜!と思ったのが・・

 

常に自分の指が自分の指じゃないような感覚で弾いている

 

ということ。

 

「確かに努力をすれば、そこそこ動くようにはなる。私の指とてそれなりには動くようにはなった。しかし「自由自在に動くようになるか」というと、そう簡単にはいかない。マジックハンドで1メートル向こうのリボンを蝶結びするような感覚をいつかは脱することができて、まるでピアノが自分の体の一部になったかのように弾ける日が来るのかもしれないとずっとユメ見てきたけれど、そんな日は多分、来ない。」(190頁)

 

マジックハンドで蝶結び・・・言い得て妙。

自分の指じゃないみたいなんだよね。

わかる。

私もレッスン再開してから3年目くらいまでは、右手はともかく左手がずっとそんな感じだった。(右利きなので)

 

なんか指が常に引き攣って、絡まっている感じ。

子供の頃ってこんな感覚なかった。

私の脳からの指令で動いてます?と聞きたくなるような、自分の預かり知らない遠いところで勝手に動いている感覚。

 

でも私はピアノが自分の体の一部になったかのように・・までは弾けないが(笑)、ここ1年くらいでようやく左手が私の左手になった感覚が戻ってきました!

 

それが「ピシュナ60の練習曲」をやっているおかげだ・・ということに気づいたのは、このエッセイのおかげであった。

 

↓地獄の「ピシュナ60の練習曲」について

 

 

 

なんと稲垣さんもピシュナこそやっていないが、ピアノの先生から「指の分離」の運動をするように言われている。

そしてその結果、指が自分の指と実感できるようになったらしい。

エッセイの中で書いている「指の分離の運動」の内容を読むと、理論はピシュナと同じ。

保持音と指の分離

である。

 

稲垣さんが言われたのは

 

「両手のある1種類の指を鍵盤に固定したまま残りの4本の指を2本ずつ、交互に動かすのだ。

例えば親指を固定した場合、人差し指と中指、薬指を小指をそれぞれワンセットにして、イチニ、イチニと交互に鍵盤を押さえるのである。固定する指をセットの組み合わせを変えていくと5×3=計15パターンの動きになる。」(179頁)

 

ということだった。

これ、私もやって見たのだがまあまあそこそこ動いたものの、やっぱりネックは薬指。

隣り合う中指への指令がぼんやりしているからか、どっちを固定させてどっちを上げていいのかわからなくなって、どっちも上がっちゃうとか。

ちなみに汗かき夫にもやってもらったが、これがもう問題外!

この人差し指を固定させてって言ってんでしょ!!!

と人差し指を押さえてもなぜか上がる。

 

私の言うことを聞かないのは、汗かき夫本体だけかと思っていたが、末端の指すら私の言うことを聞かないことに、頭にくる私であった。

 

それはさておき、私もピシュナでそんな感じのレッスンをやっております。

しかも音はクリアでまんまるの音を出すように言われておりますので、指運動+音作り、を錆びついた頭で日々やるようになってから、なんか私の左手が自分の手だ!という感覚を得られるようになった!

 

ピシュナを導入してくれたモネ先生には感謝してもしきれない。

この教本、本当におすすめ。

しかし上記記事でも参考サイトの引用を載せたが

 

「このピシュナの練習曲集はいわば「筋トレ」です。(略)

本当に指が痛くなるのです。本当に指が痛くて弾けなくなります。あ、ここでいう痛いとは弱い筋肉を酷使したから痛い意味なので安全です。

非常にマッチョな練習曲なので手に負担がかかります。手や指を怪我しやすい方は避けた方が良いかもしれませんが、この作品集を弾ききった暁には、それはもう強靭な指が作られていることでしょう。」

 

くれぐれも指を痛めないように気をつけてくんさい。

 

・・・てな話つながりで。

練習しすぎの稲垣さん、途中でなんと「手を痛め」てしまうのだ。

 

いやいや、音大生ですか!?

きっと必死で死ぬほど練習したんだろうなあ。。

 

思えば、私は過去一度も手を痛めたことがない。

痛めるほど練習したことがないだろ、と言われればそれまでだが、それをさっ引いても基本的に体は丈夫にできているんだと思う。

とんでもない転び方をしても骨折はもちろん捻挫すらしたことがない。

無駄に丈夫な体がもったいない。

豚に真珠、猫に小判。ああ、もったいない。

 

とはいえ、手を痛める、ことは非常に重大な問題で、手を痛めない弾き方を考えないといけないし、まずは手が痛い時は弾くのをやめる。これは鉄則だそうです。

(私は痛めたことがないので、調べたところによると・・・)

 

で、私は稲垣さんが月に一度というレッスン回数の弊害がここにあるな、と思った。

 

せめて2週間に1度なら、手が痛い、という話を早めに相談できたのだと思う。

そして先生からも有益なアドバイスがもらえたと思うのだ。

だが1ヶ月に1度のレッスンだと

あれ?なんか手が痛いかも・・・

と違和感を覚えてからも毎日ピアノに触れないと・・・と無理して1ヶ月も毎日練習しちゃうってことになる。

 

それでも稲垣さんは賢い方なので、なぜ痛いのか、ということをネットやら本やらで自ら調べて考えていく。

ネットで色々曲も聞けるし、調べられるし、いい時代になった。

取捨選択さえ間違えなければ・・・。←これが一番難しいですなあ。

 

私はモネ先生が週に一度、つきっきり(大袈裟)で教えてくれているので、手を痛めないような弾き方を日々見てくれる。

 

↓場合によっては、短いフレーズを2ヶ月も・・・><

 

そんな手の痛みを乗り越えて、少しずつ上達していく稲垣さん。

ところがあるスランプに陥る。

 

片手で練習して両手で弾けるようになる。すると、しばらくしたら片手で弾けなくなっていた。

両手では弾けるのに。

 

という箇所。

 

これ、本当にわかる!!!

片手では弾けるけど両手では弾けない、の間違いでしょ?

って普通は思うじゃないですか。

それが不思議なことに、両手では弾けるけど片手じゃ弾けないの!!!

 

ちなみに似た現象として

早いテンポだと弾けるのに、ゆっくりだと弾けない

というものもあるよ〜。

 

2つの現象についての原因は同じである。

指がいい加減に弾いてるから(=ごまかしながらテキトーに流して弾いてる)

である。

そして脳と指の神経の話でもある。

脳がちゃんと理解しないまま、指だけで弾いてるから、片手もしくはゆっくり、になった時に今まで流して弾けていたところが1音1音確認する状態になると、あれ?どうだったっけ?となるのだ。

 

この話を先日モネ先生にしましたところ、

音大生や現役のピアニストですらも、そういうことってあるらしいですよ。

だから常に脳と指は思った以上に繋がっていない、って意識しないといけませんね。

とのことであった。

 

とりあえず、この現象は加齢のせいじゃないってことで笑!!

 

そんなこんなで稲垣さんは、数十年ぶりに発表会に出るのであります。

いや〜懐かしい。

数十年ぶりに発表会に出た(2019年)時のことを思い出しました。。。。

 

 

という感じで、いちいち頷きながら読んでいた私であった。

 

ところでこのエッセイの最後に「付録1 私が挑んだ曲一覧」があるのだが、3年間で稲垣さんのやった曲がすごすぎてビビる(量もすごいが、難易度が高い)。

稲垣さんのレッスンは、練習曲も色々みてもらっている私と違って1曲(or数曲?)のメインの曲だけをレッスンしてもらっており、それもあるのかも・・とはいえ、練習曲なしでいきなり曲のみのレッスンだとしても、それでもすごすぎる。

どの程度の完成度で次の曲にうつっているのかわからないが、とにかくすごいの一言。

確かにこれは人生に支障が出るギリギリまで練習してるわ〜と納得。

そりゃ手だって痛めるかもしれん・・・。

 

それにしてもエッセイは何度読んでも疲れますな(誰のエッセイでも)。

 

特に稲垣さんのようなクセの強い文章は疲れる。

月刊ショパン(雑誌)に掲載されていたらしいので、その月に一度のペースで読むには楽しめるのだと思うが、これを一気に読むとかなり胸焼けが〜。

エッセイの名手、しをんちゃん(三浦しをん氏)のエッセイですら、そう感じることもあるのだからなおさら。

ちなみに稲垣さんはしをんちゃんのエッセイに影響受けてる気がする。単なる私の憶測だけど。ノリとツッコミの感じが寄せてきてるな〜と。

元からそういうお人柄と文章のクセなのかもしれないが、話すように書く、がかなり大げさな感じで書かれていて、わりと読む人を選ぶ作品なのが勿体無い、と思う私であった。