少年と犬 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

 

 

(あらすじ)※Amazonより

家族のために犯罪に手を染めた男。拾った犬は男の守り神になった- 男と犬。

仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す- 泥棒と犬。

壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた- 夫婦と犬。

体を売って男に貢ぐ女。どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった- 娼婦と犬。

老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた- 老人と犬。

震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ- 少年と犬。

犬を愛する人に贈る感涙作。

 

 

※以下、少し内容に触れる箇所があります。

 

◆◇

 

第163回直木賞受賞作である。

→あもる一人直木賞選考会の様子はこちら

あもる一人直木賞(第163回)選考会ースタートー

 

あもる一人直木賞(第163回)選考会ー途中経過1ー

 

あもる一人直木賞(第163回)選考会ー途中経過2ー

 

あもる一人直木賞(第163回)選考会ー結果発表・総括ー

 

過去の私に逃げ道を塞がれる。

 

本物の直木賞選考会(第163回)ー結果・講評ー

 

 

直木賞ノミネート7回目にしてとうとう受賞を勝ち取った、直木賞候補常連のベテラン、馳星周さん、お見事な作品であった。

・・あ、もちろんあもる一人直木賞は外しましたけど!お約束〜。

 

しかししかし、上記選考会の様子を読んでくださればおわかりのとおり、紙一重の接戦で、誰がとってもおかしくない、そんな中での受賞だったのです!・・言い訳タイム終了。

 

作品全体を通しての抜け感がスマートでおしゃれ、この引き算っぷりはベテランならではの技。

大胆に限界まで削ぎ落とし、計算され尽くした文体から織られる作品世界に、最初からラスト手前までひたすら感心しつつため息つきつつ読んでいた。

ラスト手前まで・・については後述します(笑)

しかも今まで世間がイメージする「馳星周の作品の世界感」と180度ガラっと変えるという変化球を投げてきた。

馳星周っていったらやっぱり不夜城の人でしょ?・・・古い?

なんというかミステリーというか裏社会というかそういうちょっと闇の部分を描く(※裏社会=ノワールというそうですよ。)、そういうイメージだったじゃないですか。

それが野良犬と人との交流をホカホカ描く・・というお話しなんですよーーー!!

 

・・・とか最初の章を読むと思うじゃないですかーーー(笑)!?

ところがどっこい(昭和?)、そうは問屋は下ろさず、それがなかなかどうして、やっぱりいくつも章を重ねて読んでいくと不思議なミステリーでもあり、ちょっとSF的な話でもあり、そして馳星周お得意(※イメージです)の裏社会の闇と表社会の光を巡り巡って描き、まるで万華鏡のようにキラキラクルクルと私たち読者に不思議な色合いで織られた世界を見せてくれ、とにかくそのテクニックはすごすぎる、の一言。

それもコッテコテのテクニックじゃなくて、いぶし銀のテクニック。

そして何より主役?の犬がとにかくかわいいってことがこの小説を成功に導いている。

とても勉強になる作品でもあった。

こんなミステリーの書き方もあるんだな、と。

まさかの展開続きではらはらどきどきであった。

 

私はひたすらかわいく賢い野犬「多聞」を愛でながら、馳星周の描く怖さや不思議さを大いに堪能した。ラスト直前までは。

ラストの章はそれまでの章で巧くきっちりと積み上げて来た「不思議な犬の多聞」の不思議な目的とは・・!?の解決篇として描かれているのだが、そこがなんか急に整えました!みたいな急ごしらえのふっつーのラストになってしまっていて、今まで究極の高さまで積み上がっていた読者の期待感が、ええええ?と肩すかしで終わってしまったのが、とにかく残念であった。

文字数の制限があったのかなあ、無理矢理大団円で終わらせていたように感じてしまった。泣かせてやろ感・・泣かせてやりたい欲?みたいなものが急にムクムクと出て来ていた。

 

一つ苦言を申しますれば(なんだかんだで文句は言いたいモンクイストあもちゃん)、野犬の多聞が体を売って男に貢ぐ女性に飼われる章(『娼婦と犬』)があるのだが、彼女がラスト、山に多聞を放つシーンに、いやいや、犬好きなら責任もって誰かに預けるとかしようよ・・・とか思いました。・・そしたら話が続かないんですけどね、それでもここだけはひっかかる、というか。

以上、犬を愛するあもちゃんからの苦言でした。


文句はこれくらいにして(多い?)、私が一番好きだったのは、・・最後の章以外はどれもとてもよかったのだが、特に好きだったのは『夫婦と犬』であった。

夫と妻が・・というか、夫の行動にめちゃくちゃイライラする〜。

妻もそのことに半ば諦めている・・という状況にさらにイライラする〜。

という情景がそれはそれはとても上手に書かれていて、はぎしりする思いで読んでいた。

最後、あっけない幕切れで、人生ってこういうもんよね・・と思いながらも、なんかスッキリしました(悪い人〜笑)。

妻も言っていたが、そのために犬がやってきたのだ、というのはこの作品に通じる話しである。

「多聞」(犬)が、狙いを定めた(?)人間の人生にピリオドを打つためにやってきたのだ。

 

これに続く次の章(「老人と犬」)では死期の近い老猟師の人生にピリオドをうつため(最期を看取るため)に犬はやってきたのだが、この章でのピリオドの打たれ方がかなり斬新?というか、驚きのピリオドで

ええー!?ここであれがピリオドをーーー!?

と、やられた〜と騙された(?)にも関わらず、その見事さに感服しきりであった。

 

この犬はある意味「死神」ともいえなくはないが、その人の人生の終わりに優しく寄り添い、その人や周りの人間を癒し、ラクにするという意味では神様とも言える(まあ死神も神様なんですが)。

常に犬上位!というところが大変好感が持てた。

犬が常に飼い主(狙いを定めたピリオドをうつべき人)を選んでいく、そういうお話しである。

 

改めてそういう視点で各章を思いだしてみると、やっぱりどの章もうまく書いているんだなあ。

そして最後の「少年と犬」ではどこにピリオドを打つか、というと・・・

すべてそのために多聞はここまでの長い距離を移動し、様々な人の人生に寄り添って来たのだ、と泣かせて来た。←言い方言い方。

今回(も)残念ながらあもる一人直木賞は外したが、なかなか納得の受賞であった。

 

本物の直木賞でも選考委員の宮部みゆきさんが

「初回投票から馳作品が高得点で、割とすんなり決まった」

と経緯を説明していて、いやいやそんなバカな、とさんざんっぱら文句をたれた私が、受賞そのものには全く異論はないのですっ。フンガッ!

「善人ばかりでない人物像は馳さんでなければ書けない」

というのも、なるほど納得、大いなる賛辞であります。

 

強面サングラスおじさんという風貌でありながら、不夜城みたいな小説からかわいいワンワンのお話しまで書けちゃう(しかもそのかわいさの周りにノワールをまぶしてくる)、という幅広い作品を書く作家さんだ、ということを世に知らしめたいい作品だったのではないだろうか。

 

最後に受賞会見は出身地でもある滞在先の北海道からリモートで行っていたが、新しい生活様式という感じで新鮮にうつった。

今後は様々な場面でそういうことも多くなっていくのであろう。

なのにジジババ多めの直木賞選考会は未だにこの感染者爆増中の東京の中心で行われるという不思議さよ。

新喜楽の高級料理が食べたいだけなんじゃないか!私だって食べたいぞっ!←?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Twitterをほそぼそやっています。

ブログ更新のお知らせが主ですが、時々ヒソヒソしています。

@amoru_kun