ピアノ・サンド | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。


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ピアノ・サンド (講談社文庫)/平田 俊子




まずはタイトルに惹かれた。

そして数頁をめくっているうちにその文章うつくしさに魅せられた。


著者は詩人だそうだ。

どおりで、言葉にものすごく気を遣う文章を書くはずだ。

彼女の文章に埋め込まれている言葉は、一つ一つの粒がそろっていて細かい。


私が読んだのは文庫ではなくハードカバー版である。

(図書館にはこれしかなかった。)


この本には、

「ピアノ・サンド」、「ブラック・ジャム」そして「方南町の空 かなり長めの「あとがき」」

が収録されている。


「方南町の空~」はあとがきなので小説とは切り離すとして、

残りの二つ、これが美しい文章だが、まあ、なんというか暗い。

湿気100%。


ポツポツと語られる女たち。

それぞれの小説に出てくる、それぞれの女主人公が、それぞれ暗い。

ああ~湿り気が私の身体を包み込む。

読後、私は軽く頭重感を覚えた。


語られ方といい、取り上げる内容といい、ふた昔前(いやもしかしたら5昔前くらいかも。)の空気。


「ピアノ・サンド」では、少し前に離婚した主人公が、新しい恋を始めるが、

恋のお相手は妻子持ち。

その一方で、せまい主人公の部屋に、アンティークピアノを預かってくれないか、

という話が舞い込む。

その話を持ちかけてきた男性とは、前の会社の同僚、という間柄。

なんということもない関係なのだが、ピアノの話がオジャンになってから・・・

近所に住む女の子は、同棲する男の子とケンカをしたのか、

突然一人になってしまった・・。泣きはらした顔の女の子・・。


とまあ、なんという話でもないのだが、

あ~でもねぇ、こ~でもねぇ、といじくり倒す。

そしてぐるぐる攻撃(頭だけで考えて、結局今居るところに落ち着くこと。私の造語。)。

がひたすら続く。


その日常に突如現れる妄想。

エレベーターを降りると、そこは存在しないはずの5.5階。

(ん?ハリーポッター?とか思ったあなた!私も思った。)

コンクリートでできているはずの床が妙にフワフワしている。

深い霧があたりにただよっている。


美しい文章で、ガラスの切っ先に立たされているような気分にさせられる小説。


私、実はこういう小説、キライじゃない。

むしろ好き。

暗いんだよね~。しめっぽいんだよね~。ぐるぐるなんだよね~。

でも好きだなあ。


「ブラック・ジャム」はさらに暗い。

母親が家に男を連れ込んで情事の最中、幼かった主人公は大やけどを負う。

一生結婚できない傷を負った主人公は、地を這い回るような生き方をしてきた。

大嫌いな母、その母と腹違いの妹、そして自分のおかしな同居生活。

そして恨むべく母親が突如倒れ、意識不明のまま病院の床に伏している。

主人公は、意識のない母に、あれやこれや言ってやる。


そういう話。


は~。読み終わったとき、ひっじょーに疲れる作品だった。

でも好きなのよ。本当に。

ただ、こういう繊細で、休みどころのない文章って、本当に疲れるんだなあ。

気持ちはいいのだけど。


最後の「方南の空~」が面白かった。


この二作品とも架空の話で(まあ本当の話だとしても本当だ、なんて言わないでしょうが。)、

「ピアノ・サンド」に出てくる、主人公の不倫相手の名前を「槙野」にしたくだり・・・


「わたしの小説の登場人物たちに特定のモデルはいない。すべて頭の中でこしらえた人物だ。

 そのせいか、腰が重くてなかなか動いてはくれない。特に男の動きが悪い。

 このままでは先に進めない。誰かをイメージして書こうと思い、

 「わたし」の恋人役に真田広之を抜擢(!)した。」


そして「槙野」の名字に「真」の字を潜り込ませたそうだ。そして真田さんを恋人にきめたあとは、

ワープロに向かうのが楽しくなったそうだ。

いいなあ。

わたしも真田広之を恋人にしたいぞ。妄想ではかなり勝手に恋人になってもらってますが!



「ブラック・ジャム」での不倫相手「黒坂」についてのくだりは・・・


杖をつく男性が友人の友人にいた。

その彼が、杖をつく不倫相手の「黒坂」のモデルになった。


で。


「異性を見て、久しぶりに胸がときめく体験をした。その後も何度かその人を見かけた。

 寡黙だろうと想像していたが、かなりおしゃべりな人だとわかった。

 おまけにその後は杖をついてはいなかった。

 足が悪いのではなく、一時的に腰を痛めただけだったらしい。

 足の悪い、寡黙な美形・・・。夢は無惨に打ち砕かれた。」


で、夢を無惨に打ち砕かれた作者の感想が笑えた。


「これだから男は信用できない。」


いやいや、待て待て、こらこら。

勝手な妄想ですから!誰が悪いって勝手に妄想してたあんたが悪いんだって~!


って作者の気持ちもすご~くわかりますけどね。



「「小説を書いていると、途中から登場人物たちが時湯に動くようになる」と

 作家が語るのを聞いたことがある。登場人物が勝手に動いてくれるようになれば、

 作者は楽になるだろう。しかしその「途中」までどうやって行けばいいのかわからない。」


産みの苦しみを見るようだ・・。


作者はきっと皮肉屋。

そしてちょっとだけさみしんぼ、そんな気がする。


作品の感想だが、

梅雨シーズンに読むと、さらに湿度が上昇するような気がする本であった。