鑑賞後の私は、
『渥美清が演じるフーテンの寅こと車寅次郎の対極に存在するような、役所広司が演じた平山という無口な男』というイメージでラストシーンまで観続けた気がしたのです。
で、いつものことで恐縮ですが、以下に並べた文章は「ネタバレ祭り」状態でございますので、
「これから 観るからあらすじは知りたくない!」…という方は、また 鑑賞後、後日お立ち寄り頂ければ幸甚でございます。
映画のオープニングから随分長い間一言も台詞を発しない主人公の平山。
開始後6分ほど過ぎて、平山のセリフよりも先に やっと流れた音楽は、彼が自動車のカーステレオにミュージックテープを挿れたときのもので、アニマルズの「朝日の当たる家 The House of the Rising Sun(1964年)」でした。ミニバンを走らせる早朝の東京の街の背景にぴったりで 乾いた砂漠の砂に水が沁みこむかのように心にしみこむ音楽でした。
まぁ正直言えば、私はサイレント映画が好きなくらいですから台詞が無くても全く苦ではありませんでして、しかも不思議な平山という人物を演じる役所さんの豊かな表情と、きびきびしたトイレ清掃時の動作によって、この無口な人物が現在の私・雨爺とは比べ物にならないほどの、とても雄弁な肉体を持って居る事が羨ましいくらいでした。
※相棒の声は聞いても返事はせずに、黙々とトイレ掃除をする平山です※
だから、『我が敬愛するサイレント映画の偉人であり、今は天国にいる筈のチャーリー・チャップリンに観せたい映画やなぁ』とも思いました。 上手く言えませんが、イイ映画を観た!…という喜びは、私の中で確かに生まれています。
今夜の映画鑑賞は、今日の早朝に拝読した「沖田虎丸様の日記」で高評価されていたことと、主演が役所広司さんだということから、早く鑑賞したくなりまして、いつものようにTOHOシネマズ西宮で仕事終わりに間に合う「スクリーン6」の17時55分開始の回をネット予約したことから 始まりました。
で、午後8時10分すぎて鑑賞がおわり、「いい映画を観たなぁ…」という余韻に浸りながらスクーターを運転して帰宅しました。
映画館で拝見する 役所広司さんは、「すばらしき世界(2021年)」で、前科持ちの元ヤクザである三上正夫 の演技を観て以来なので、とても楽しみにしていましたが、期待を超える素晴らしい演技を見せて頂くことが出来、とっても満足です。
STAFF
Directed by 監督
… Wim Wenders ヴィム・ヴェンダース
Writing Credits 脚本
… Takasaki Takuma 高崎卓馬
… Wim Wenders ヴィム・ヴェンダース
Cinematography by 撮影
… Franz Lustig フランツ・ラスティグ
Editing by 編集
… Toni Froschhammer トニ・フロッシュハマー
Music Department 音楽部門
… Milena Fessmann ミレナ・フェスマン(music supervisor)
producer 製作
… Yanai Koji 柳井康治
… Wim Wenders ヴィム・ヴェンダース
… Takasaki Takuma 高崎卓馬
executive producer 製作総指揮
… Yakusho Koji 役所広司
CAST
平山 役 … 役所広司
:東京スカイツリーの近くに建つ古いアパートで独り暮らしをしている寡黙な中年の清掃作業員。彼は毎朝薄暗いうちに起きて台所で顔を洗って歯磨きをして、玄関を出るとすぐ目の前に在る駐車場の側に立つ自販機でいつも同じ缶コーヒーを買い、一口飲んでからミニワゴン車を運転して仕事場へ向かいますが、その仕事場と言うのは渋谷区内に存在する公衆トイレなのでした。
タカシ 役 … 柄本時生
:平山と一緒に働く若い清掃員で、「どうせすぐ汚れるのだから」と清掃作業を適当にこなすような青年です。ガールズ・バーに通っていて、そこのホステスのアヤと深い仲になりたいと思いながらも、金欠で恋愛もできない…と、ぼやいてばかりいます。結局タカシはいきなり平山への電話で「トイレ清掃の仕事を辞めます」と宣言して飛んでしまい、平山は二人分のエリアのトイレ掃除でへとへとになるのでした。
:平山の妹 ケイコの娘。経済的に豊かな暮らしをしている母親のもとから「何故か」家出して、突然 平山のアパートにやって来て、彼が帰ってくるのをアパートの階段に座って待っていました。身近な家族よりも平山の感性の方が相性が良いみたいで、以前、「伯父さん」である平山から貰ったオリンパスのケースレス・カメラ「μ ミュー」を持って彼に会いに来ていたことも後でわかります。
アヤ 役 … アオイヤマダ
:タカシが入れあげているガールズ・バーのホステス。タカシのスクーターが故障したことから偶然乗ることになった平山のミニバンの中にあったカセットミュージックテープから流れる音楽をとても気に入った様子を見せます。ニコと同じように、アヤの感性も平山のそれと相性が良いみたいです。
ケイコ 役 … 麻生祐未
:兄の平山から電話連絡を受けて、彼のアパートまで家出娘のニコを迎えに運転手付きの車でやってきます。 随分久しぶりに会った兄には、「父さん、もう色々わかんなくなってきているけど、ホームに会いに行ってあげて。もう昔みたいじゃないから」と現在の父親の具合を平山に報告するとともに、面会してあげてとお願いをします。また、娘のニコから聞いたように兄が毎日トイレの清掃員として働いていることを確認すると 悲しそうに涙を流すのでした。
居酒屋の女将 役 … 石川さゆり
:平山が仕事の休日に訪れる、行きつけの小さな居酒屋の女将。お店を始めた頃から5~6年の間ずっと通い続けてくれている平山に親しみを感じている。他の客にせがまれて、たまに女将が歌う声に平山は耳を傾けるのがお気に入りです。映画の中では客が弾くギターを伴奏として、日本語で別訳をした「朝日の当たる家」を唄うシーンがあります。
友山 役 … 三浦友和
:居酒屋のママの元夫。七年前にふたりは離婚したのだけれど、事情があって「元妻に感謝の言葉を伝えよう、彼女に会っておきたい」とお店まで訪れたのですが、その様子を事情を知らない平山が偶然見てしまい、普段見せないような感情を高ぶらせることになります。 それでも隅田川の畔まで平山を追いかけてきて「世の中はわからないことだらけ…、結局何もわからないまま終わっちゃうんだなぁ」と後悔にも似たつぶやきを漏らすのでした。
街のホームレス老人 役 … 田中泯
:平山がトイレ掃除をしている時や、その後で立ち寄る神社などでいつも平山の事を見つめていたりする人物。といって、特に平山に語り掛けるわけでもなく、自分自身が一種の自然物のように公園や神社や街角に漂っています。
【かなり脱線した昔話】
皆さん、ご存じでしょうか?
実は三浦友和さんが今の奥さん、(旧 山口)百恵さんと共演した文芸作品映画「伊豆の踊子(1974年)」で、当時百恵さんと同じホリプロの少女歌手だった石川さゆりさんが、原作には無い薄幸の酌婦の少女「おきみ」を演じて共演していたんですよ~(だから何だってんだよ~)。 私の兄が当時の百恵ちゃんのファンで、踊り子の衣装を着た彼女の大きなポスターと、それを貼るための木製キャンバスボードを買ってきて、私もパネルづくりの手伝いをさせられたことまで、石川さゆりさんを観る事で思い出しましたよ~。(勿論映画「伊豆の踊子」も兄に引っ張られるようにして見に行きましたよ~。)
お店の中で抱き合っている二人を 平山は偶然に見てしまい、逃げるようにその場を離れて隅田川畔まで行くのでした。
一番最初に、平山はフーテンの寅さんの対極にいるような人物…と書きました。
寅さんは、出会ったマドンナに恋をして、周りの人が全員寅さんがお熱を上げている事を知ってしまうほどに なんでも洗いざらい態度や言葉に出してぶちまけてしまいます。
しかし、平山は居酒屋のママさんに心を寄せているんだろうなぁ…とは思わせるものの、その心は言葉になって現れません。
毎日の暮らしと同じで、自分が定義した生き方の範疇から飛び出すことのない、ある意味修行僧のような姿は、 寅さんのような気分がとっちらかっちゃう人間には「どこが完全なんだよ、オイ!」と問い詰めたいほどのものでしょう。
でも、おそらく過去にとんでもない苦難に押しつぶされて、きっとそこから克己した人物なんだろうなぁ~なんて 当方に思わせてしまうところも良かった。
平山の趣味の一つに寝る前の読書があるのですが、このあたりも寅さんが読書してるシーンなどほとんど見た事が無いのとは対照的でした。
私がこの作品に感じたのは行間だらけの人生哲学書のような映画だということで、「お好きに読んで下さい」とヴィム・ヴェンダース監督は差し出してきてるんだろうな…ということでした。
朝の起床は目覚まし時計無し。
近所の老女が道路を履く箒の音で平山は目覚めます。
植物への水やりもちゃんと済ませて出勤支度。
玄関のドアを出ると必ず空を見上げる平山。
(こんなシーンが何度も何度も出て来るよー)
平山の生活圏は浅草周辺
仕事の後は 銭湯に行って、 さっぱりしたら駅地下にある飲み屋でサワーなんか飲んで、社会とのつながりをかろうじて持っているような平山でした。
神社のベンチでお昼ご飯を食べながら 木漏れ日を見上げる伯父と姪。
その光と影の映像は、一瞬として同じものは現れない…という点が平山の魂をつかんで離さないようです。
映画のラストは、居酒屋のママさんの元夫、友山との会話や友山の人生が、平山が無風の湖面のように波を立てることなく耐えてきた人生に落として広げた波紋のようなものを感じさせる、「ミニバンを運転して 今日も変わらずトイレ清掃の仕事に出かけていく平山の顔 ドアップの長回しシーン」でした。
このときの役所広司さんの顔芸というか、表情の演技というか…本当に良かったです。
その時にカーステレオのミュージックテープから流れていた曲がニーナ・シモーヌの「フィーリング・グッド」だったのが、また意味深長でシブかったですね。
「Feeling Good」Nina Simone
Birds flying high
You know how I feel
Sun in the sky
You know how I feel
Breeze driftin' on by
You know how I feel
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
For me
And I'm feeling good
I'm feeling good
Fish in the sea
You know how I feel
River running free
You know how I feel
Blossom on a tree
You know how I feel
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
For me
And I'm feeling good
Dragonfly out in the sun, you know what I mean, don't you know
Butterflies all havin' fun, you know what I mean
Sleep in peace when day is done, that's what I mean
And this old world is a new world
And a bold world
For me
For me
Stars when you shine
You know how I feel
Scent of the pine
You know how I feel
Oh, freedom is mine
And I know how I feel
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
It's a new life
For me
私に向かってやってくる
新しい夜明け
新しい一日
新しい生活
And I'm feeling good
I'm feeling good
I feel so good
I feel so good
そして私は気分がイイ
そう、とても気分がイイのよ
最近観た大作映画なんかと比較すると、登場人物もスタッフ数も少ないですから、映画のエンドロールも全然長くありません。
最後に 平山が笑顔で見あげ、モノクロ写真にも撮影していた「木漏れ日」についての紹介文がスクリーンに映されますから それを観てから席を立っても良いかと思います。
執筆者への愛のムチを
頂けましたら幸甚です