「おじさんと彼女は一体どういう関係なんですか?」
唐突に僕は尋ねた。
「彼女?どの彼女だね?」
藪から棒の僕の質問に老人は戸惑った。無理もない。僕の感情が先走った所為だ。
「昨夜の彼女です。356に乗った」
「あの場所に君もおったかな?」不思議そうに老人は訊いた。
「帰り際に見かけたんです」
「そうだったのか。しかし、君こそ彼女とはどういう関係なんだね?」
確かに老人の方が深い中なわけだし、新入りの僕が関係を問いただすのが筋違いというものだ、と気づいた。
「実は、僕はバイクのパーツ屋で働いています・・・。」
僕は彼女と出会った経緯を老人に説明した。
僕の彼女への想いのことは言わずに。
「そうか!君はそれで彼女に惚れちまったというわけだ!」老人は笑った。
「・・・・」僕は拗ねたように黙った。
「そうかそうか。良いじゃないか。良いぞ良いぞ。」
「で、彼女とおじさんはどういう・・・」
「知りたいか?知りたいよな。別にどうと言う事もない。クルマ好き仲間だよ。あのドライブインで知り合ってな、あの人懐こい子の事だ。自然と仲良くなった。それだけの事よ。孫ほども離れた年齢だし、お前さんが心配するようなことは何もないぞ」
僕は胸をなでおろした。
しかし、これは恋心なんだろうか?彼女のことを僕はまだ何も知らないというのに。
「よし。お日様も上がってきたし、外に出るか」老人は立ち上がると、僕の背中を叩いて言った。「お前さんに見せたいクルマがある」
「あ、はい。」僕はマグカップに残った珈琲を一気に飲み干した。
ドアを出た老人は足早に敷地の隅にある布でできた簡易ガレージに近づくと、滑りの悪そうなファスナーを開けた。
中から現れたのは、とても小さなバッタのようなクルマだった。
「どうだい?どんな感じだ?」
「いや、わかりませんよ。そんな急に聞かれても」
「いいんだよ。第一印象を言えばいいんだ」
「小さくて、可愛いですね。でも、旧そうだし高そうです」
「そうか。いいね。初めてこのクルマを見るんだな?」
「はい。実物は初めてです。イギリスのクルマですよね」
「そう。イギリスのMGという会社のミジェットと言うんだ」
「屋根がないんですね。これ。」
「そうだな。ホロは欠品だ。でも、そんなもんだぞ。ミジェットで屋根を閉じるなんて野暮だ」
そんなもんかな、と思ったが屋根はやっぱり要るだろう。
「まぁ、英国車なんて言うものは部品はいつまで経っても手に入る。なんとかなるぞ」
僕の怪訝そうな顔を察したのか、老人は慌てて付け加えた。
「しかし、僕には買えないですよ。高そうですよ。そうでしょ?」
「いや、ちょっと高いバイクを買ったと思えば、買える!」
老人は意外なほど強い口調で言った。
バイクを買ったと思うかぁ。その考え方はなかった。
「実は、このミジェットは私が乗っていたクルマなんだ。でも、最近乗ってやれなくてね。でも、売るに売れずに、どうしたもんかと思っていたんだよ」
「そうなんですね」
「で、どう思う?欲しいかね?」
「い、今は答えられません。まだ、ほかのクルマ屋にも行ってませんし・・・」
「だろうな。他のクルマ屋に君が欲しくなるようなクルマがあれば、の話だが」意味深なことを言う「で、このクルマは気に入ったのかね?」
「は、はい。いいと思います。ただ、乗ってみないことには、なんとも言えませんけれど」
「確かにそうだな。良いぞ。クルマは乗ってやらんとわからん。その通りだ。仮ナンバーのプレートはある。あとはちょっとキャブとプラグの掃除をしてやる必要があるな。その間にお前さんは他のクルマ屋に行ってくるが良い。私はミジェットの整備をしておくから」
「わ、わかりました」
「昼までに戻ってくるんだよ」
僕はバイクに跨り老人の店を後にした。
https://www.goo-net.com/usedcar/spread/goo/19/700110132730180714005.html
続きます。