3時間と長いし、厳しそうだし…と1人で観るのを躊躇っていたら、友人から誘いがあり、ここぞと観に行った。


監督:のアグニェシュカ・ホランドの作品は2本観ているから3本目。

 

 

「人間の境界」

 


難民達が、ベラルーシの首都ミンスクの空港に降り立つ。
シリア人夫婦と男女の子供、祖父の一家。アフガン人の教師の女性など。皆、戦乱の地を逃れ、ポーランドを経由して、スウェーデンを目指す。

それら難民達がEUに混乱を引き起こす目的で、ベラルーシ政府がポーランド国境へと移送する「人間兵器」とよばれる策略に弄ばれたものだったとは。


日本は海の国境だから「国境を超える」意識は希薄だ。
ヨーロッパの列車の旅で、初めてパスポートの検閲があり、国境を味わった。
それでも同じ「西側」ばかりだったから、ゆるい国境越えだったのね。

ベラルーシ・ポーランド間の国境は、鉄条網が2列。間は緩衝地帯。
その鉄条網をくぐり抜けて、緩衝地帯を走って走って鉄条網をくぐる。

別の場所では、緩衝地帯が森や沼地だ。
スマホで見て、「ポーランドだ!」の喜びの声をあげる。

だが、国境警備員に見つかって、すぐにベラルーシに追い返される。
しかしベラルーシからは、またポーランド国境へ追い返される。

国境警備員の「教育」は、難民を「人間」とはみなさない。


亡くなった人間が出れば、死体を相手国に始末させようと放り投げる。臨月の妊婦でさえも容赦しない。絶句させられる。

真夜中に沼地からの「助けて!」の声を聞きつけた精神科医のユリア。危険を押して駆けつけるが、少年は溺れてしまう。
ユリアは、国境を超えた人々を密かに支援するグループに参加する。

この人達がいることにホッとさせられる。
そして国境を超えるトラックの荷物をチェックする国境警備員が、荷物の間の怯えた瞳と目があった時の一瞬。


「人間の境界」は、国境だけではない。その人間の中にもあるのだ、と思う。


難民の問題は、殆どの国で「困った問題」として捉えられているのではないだろうか。
確かに、さほどの問題もなく暮らしているところに、言葉も違い、生活習慣も違う、そういう人たちが大量に来たら戸惑うし、問題も起きるだろう。

日本政府の2023年の難民認定はわずか303人で、不認定が7627人。

なぜなら、「母国に帰れば身に危険が及ぶことを、客観的証拠に基づいて証明しなければならない」「証拠は日本語に翻訳して提出しなければならない」。

「身に危険が及ぶ客観的証拠」を「日本語で」って、もし私が今まで使ったことのない言語の国、知人のいない国に行って、どのくらいできるかと考えてみれば、その困難さが分かるだろう。

同じ国の人達とは一緒に暮らしたいだろうから、日本でも固まって暮らしている地域があり、ゴミの捨て方などでトラブルもあると聞く。

つまり、難民や外国人が暮らすことは、トラブルになりやすいのだ。その時に親身になって相談に乗ってくれる人、親切に教えてくれる人がいるかは大きいだろう。

来日した難民や経済難民には、日本政府は日本語と生活の仕方を教え、就労支援をする。そんなシステムをしっかりと作ったほうが良い。

今後、少子化は進むだろうし、日本人だけで労働力不足は補えないだろう。最初に暮らしを援助しながら、できるだけ日本社会に上手く馴染んで貰う。初期費用は掛かっても、労働力や治安を考えれば結果として費用対効果は高いはずだ。

その時に私たちの出来ることとして、ほんの少し親切な隣人になるのと、そういう隣人がいない社会では違うのだろうね。難民も外国人も私たちも人間なのだから。
Living in Peace  https://www.living-in-peace.org/
難民支援協会 https://www.refugee.or.jp