⑰「オッペンハイマー」加害者視点の原爆開発
オッペンハイマーは原子物理学者で「原爆の父」で有名、ロスアラモスで原爆の開発に取り組み、それは実験後に広島・長崎で使用された。しかし戦後は赤狩りで酷い目に合う、そのくらいは知っていると高をくくっていたが、原爆開発はともかく、公聴会の内容を理解するのは、ついていくのに精一杯だった。「オッペンハイマー」https://www.oppenheimermovie.jp/原作は「American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer」。映画でも火を人間に与えてゼウスの罰を受けるプロメテウスに、原子爆弾を作ったオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)はなぞらえられる。原爆を作るまでの彼の前半生、そして赤狩りに遭い公聴会で責められる。ここはカラー。もう1つは、ストロース(ロバート・ダウニーJr.)の商務長官就任のための公聴会でモノクロになり、これらが時系列ではなく入り混じる。なぜストロースがここまでオッペンハイマーと敵対したのか。オッペンハイマーがアインシュタイン(トム・コンティ)と河畔で出合った時、ストロースは2人に無視されたと感じたのか。しかし、彼らは夢中で理論について話していたので、そこまで気が配れなかったのではないだろうか。もう1回はオッペンハイマーが、彼の理論を笑いものにしたとき。例えストロースの論に齟齬があっても、あれは彼にはさぞ堪えたことだろう。オッペンハイマーは優れた能力はあっても、他者がどう思うかの想像力はあまり無かったのかと思わせる。大学や研究所では素粒子論に打ち込み、超新星の爆発後のブラックホール理論を予想していた。しかし、ロスアラモス所長に任命され、原爆開発のマンハッタン計画の責任者となってしまう。戦時下でさえなければ、研究者としての一生だったろう。彼はユダヤ人であり、ドイツのヒトラーも開発を進めているとの情報に、所員たちと原子爆弾を作り上げる。ニューメキシコの核実験前に、原爆が大気の核分裂を引き起こし、地球を覆うのでは、と恐れていたことも映画で語られる。こういうことも理論上では考えられるのかと驚いた。私たちは原爆がその実験後に、実際に広島と長崎で多くの人々を殺し、放射能被害に苦しむ人のこともすでに知っている。オレンジ色のボタンを押す恐怖、突然の無音、そして爆発の映像は息を呑む。彼は「原爆は終戦のために必要だった」との考えは揺るがなかったようだ。しかし、テラーの水爆開発には反対だった。水爆は世界を破壊する、ソ連との止めどない軍事競争の過程で、もし水爆が使われたら…とも考えたのだろう。水爆開発に反対したことで、原発を日本に落としたトルーマン大統領(ゲイリー・オドマン)はオッペンハイマーを嫌った。やがて戦後、共産党に入党していたのではないかと、赤狩りに疑われ、公聴会に掛けられる。党員ではなくとも戦前、共産思想は知識人の関心を引いていた。この公聴会での妻キティ(エミリー・ブラント)の毅然とした態度は見事だった。ストロースの商務長官就任への公聴会が、オッペンハイマーとの関係を正される場になったことは、彼にとっては意外だったろう。気の毒ですらあった。原爆の開発者として、オッペンハイマーが人々の称賛と喝采を受ける場面は、やはり米国では「戦争を終わらせた」勇者であり、原爆雲の下の悲惨な人々への想像は及ばないのだなとの思いを強くした。その意味で、まさに加害者側の原爆開発物語だが、一見の価値はある。俳優陣も豪華だ。出演者が語る。クリストファー・ノーラン監督の撮影風景。学生時代に米国に夏休みのホームステイをした時、若い人から「Pearl Harbor」と投げつけられた。私は咄嗟に「Hiroshima, Atomic bomb」と返したのだが、この映画を観て思うと、私は間違っていた。彼は「卑怯者」の意味で投げつけ、私は「残酷非道」の意味で返したつもりだったが、彼には「当然だ」と受け止められたかもしれないと。