世界の各地で紛争や軍事衝突が起きている中、日本は、「戦後」の時を80年以上過ごしてきている。これは幸いというほかはない。
この期間、日本では、自由民主主義という体制が続いてきたせいで、それ以外の政治制度の下の社会で生きることは、もう想像すら難しくなった感がある。
だが、「自由民主主義」の体制の下にある国は、実はそれほど多くはない。
スウェーデンの独立調査機関、V-Dem研究所(V-Demは、Varieties of Democracyの略)の年次報告(2026年)によれば、現在「自由民主主義国」に分類されている国の数は31で、全体(179ヵ国)のうちの20%にも満たない(日本はそのうちの24位)。
2026年の報告で、「自由民主主義国」から外されたアメリカは、選挙による民主主義はあるものの、三権分立や法の下の平等、市民の自由の保護の点では劣る「選挙民主主義国」(56ヵ国)に格下げされた。
「自由民主主義国」と「選挙民主主義国」の2つのグループを合わせた民主主義陣営の国の数(87)は、中国やロシア、北朝鮮など「権威主義」の国の(92)を下回っている。
「民主主義国」の数が「権威主義国」を22年振りに下回ったのは2025年の報告だが、世界の民主主義指数の低下傾向には歯止めがかからない。
“Unraveling The Democratic Era?”(「民主主義時代の崩壊?」)というV-Dem研究所のレポートの題名は、そうした世界の政治体制の傾向を物語っている。
もちろん、民主主義という政治体制にも欠点はある。
効率性の点では、権威主義の方が優れているという側面もある(少なくとも、電撃的な軍事行動を取ろうとする国にとっては、民主主義的なプロセスは足かせとなる)。
大衆迎合主義(ポピュリズム)が生まれやすいというのも民主主義の特徴だ。
また、「自由民主主義」という理念自体も矛盾を抱えている。
民主主義は、多数者の意見を優先するシステムであるがゆえに、少数者の自由や権利を脅かすことになりやすい。
その意味で、自由主義と民主主義とは対立し、お互いを抑制しようとせざるを得ない宿命にある。
かつては、「個人の経済的自由の最大化、政府の介入の最小化こそが最適解」という古典的な自由主義が、社会の平等・公正を損なうものとして批判された。
その後、大きな政府による社会の平等と公平の実現という思想(いわゆる、「リベラリズム」)が、1970年代の経済停滞を背景に後退したあとに、修正された自由主義(新自由主義、ネオリベラリズム)が生まれたわけだが、こうした模索が続く背景には、個人的自由の尊重と社会の平等・公正性の両立の難しさがある。
田中拓道(一橋大学大学院教授)の「自由民主主義とは何か」(ちくま新書)にはこう書かれている:
「自由主義と民主主義はまったく異なる原理だが、時代状況のなかで結びつき、修正しあうことで、歴史の変化を生き延びてきた。」
ところが、
「21世紀に入って以降、先進諸国の内側では自由民主主義への合意が侵食され、不信や不満が広がっている。
不満を持つ人々の一部は、自由主義や民主主義の原理を否定しかねない運動へ動員されている。
さらにグローバルな諸問題が噴出し、権威主義体制が広がることで、自由民主主義は外側からも懐疑の目にさらされ、苦境に陥っている。」
最初に近代西欧で成立した自由民主主義は、
「これらの国 (欧米諸国) が外部世界を支配し、今日の不均等な世界を作り上げてきたという負の歴史と結びついている」
そのため、奴隷制や植民地主義の犠牲になってきた国、グローバルサウスの国からは、相容れない価値観として見られることになる。
非-自由民主主義の国の立場から見れば、自由民主主義指数という尺度自体が、欧米流価値観の傲慢な押し付けと映るかもしれない。
田中教授によると、現代の政治理論家のほとんどは、自由民主主義の適用範囲が限定的だと考えており、自由民主主義が機能する政治文化を備えているのは主に欧米諸国だと想定しているという。
だが、その一方で、自由民主主義が普遍的な原理へと発展する可能性についても語られている。
「自由民主主義が普遍的な原理となりうるかどうかは、こうした過去の負の歴史を正面から向き合い、欧米の歴史経験を特権視するような理解を修正できるかどうか、そして豊かな自由民主主義国がグローバルな正義への責任を引き受けられるかどうかにかかっている」
では、現在の欧米諸国に、自由民主主義を守ろうという強い意志があるのだろうか。
英フィナンシャルタイムズのコメンテーターであるマーティン・ウルフの見方は、否定的なものだ。
「トランプ政権は法の支配、財産権の確立、有能な政府、科学の発展、報道の自由といった民主主義のよりどころに続々と打撃を与えている。
それでも、米国は影響力を引き続き持ち合わせている。模範的な姿勢は示せていない。
米国はこのところ世界に対し、かつて米国らしいと思われていた価値観を日々否定してみせている。」
「今日の西洋文明を形作った啓蒙主義の伝統を忌み嫌う人々が米国を導いているなか、われわれはどこに行き着くのだろうか。それは分からない。」
「民主主義が激しく攻撃されたことで、しかるべき反動が起きるかもしれない。
あいにく欧州は、各国間や各国内が分断しており、世界の民主主義を守ろうという意志を欠いている。
欧州諸国以外の真の民主主義国も、独裁者の時代に大きな成果を上げられるほどの力はない。」
(「民主主義の危機を侮るな」(FT特約/日経新聞、2026年4月1日記事)より)
自由民主主義は、近代西欧で成立し、その影響を受けたアメリカを含む国々で発展してきたが、アジアにも、日本や韓国、台湾のように自由民主主義指数の高い国はある。
自由民主主義が、いかに非効率・不合理であるように見え、普遍的・理想的な政治体制ではなかったとしても、戦後の日本に住む我々は、その政治体制のもとで、恩恵を受けてきたことは事実だ。
曲がりなりにも自分の意見を自由に言うことができ、法の下で公平・平等に扱われることを訴えることができる。
そのような社会であるからこそ、文化的な豊かさを得ることもできる。
自由民主主義的な社会を維持できてきたことを、私たちは誇りに思ってよいのではないだろうか。
その価値観の重要性を知っている我々は、それを守り、次の世代に引き継いでいくことに努めなければならないのだろう。
日本には、世界に対してアメリカのような影響力を持つ国ではない。
だが、どのような形であれ、自由民主主義の価値を日本から外に向けて発信していくことが、ささやかであっても、その価値を守ることに寄与するのではないだろうか。
たとえ、日本にとって最も重要な同盟国であるアメリカの自由民主主義が後退したとしても、日本がそれにならって権威主義を強める必要はない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日もお読みいただき、ありがとうございました。
<参考とした資料へのリンク>
https://www.v-dem.net/documents/75/V-Dem_Institute_Democracy_Report_2026_lowres.pdf












