宮本武蔵 巌流島の決斗(八)影・墨絵・地蔵 | 俺の命はウルトラ・アイ

宮本武蔵 巌流島の決斗(八)影・墨絵・地蔵

『宮本武蔵 巌流島の決斗』

映画 トーキー 121分 

富士フィルムカラー・一部白黒 東映スコープ

昭和四十年(1965年)九月四日公開

製作国 日本

製作会社  東映京都

配給  東映

 

製作  大川博

 

 

企画  岡田茂

     小川三喜雄

     翁長孝雄

 

原作  吉川英治

 

脚本  鈴木尚之

     内田吐夢

 

撮影  吉田貞次

照明  中山治雄

録音  渡部芳史

美術  鈴木孝俊

音楽  小杉太一郎

編集  宮本信太郎

 

助監督 鎌田房夫

記録   梅津恭子

装置  木津博

美粧  林政信

結髪  妹尾茂子

衣装  三上剛

擬斗  足立伶二郎

進行主任 福井良泰

 

出演者

 

 

中村錦之助(宮本武蔵)

 

髙倉健(佐々木小次郎)

 

里見浩太郎(細川忠利)

田村高広(柳生宗矩)

河原崎長一郎(林彦次郎)

 

内田朝雄(岩間角兵衛)

日髙澄子(御厨野耕介の女房)

浪花千栄子(お杉)

 

 

中村是好(御厨野耕介)

北龍二(酒井忠勝)

中村錦司(北条安房守)

尾形伸之介(秩父の熊五郎)

中村時之介(半瓦弥次兵衛)

高松錦之助(榊原康政)

神木真寿雄(縫殿介)

金子吉延(三沢伊織)

 

 

鈴木金哉(菰の十郎)

遠山金次郎

片岡半蔵

源八郎

有川正治(岡谷五郎次)

大里健太郎

江木健二

矢奈木邦二朗

那須伸太郎(本多忠勝)

 

 

大城泰

香月涼二

川浪公次郎

野村鬼笑

利根川弘

森谷源太郎

熊谷武

大東俊治

西春彦

有島淳平

西本雄司(壬生源次郎)

 

 

三国連太郎(宗彭沢庵)

 

片岡千恵蔵(長岡佐渡)

 

 

監督 内田吐夢

 

小川三喜雄=初代中村獅童→小川貴也

        →小川三喜雄

 

小川錦一→中村錦之助=初代中村錦之助

      →小川矜一郎→初代萬屋錦之介

 

髙倉健=高倉健

 

里見浩太郎→里見浩太朗

 

田村高広=田村高廣

 

鈴木金哉→鈴木康弘

 

三国連太郎=三國連太郎

 

片岡千恵蔵=植木進=片岡十八郎=片岡千栄蔵

 

河原崎長一郎の役名は一部資料では林吉次郎

となっている。

 

西本雄司はノークレジット

 

☆鑑賞日時・場所

平成十一年(1999年)十月二日 福原国際東映

平成十二年(2000年)九月十一日 高槻松竹

平成十五年(2003年)五月二十三日京都文化

博物館映像ホール

 画像・台詞出典『宮本武蔵 巌流島の決斗』DVD・

 解説書

 台詞・画像の引用、シークエンスの考察は作品の

研究・学習の為です。東映様におかれましてはご寛

恕を賜りますようお願い申し上げます。

 感想文では物語の中身に触れます。本作は今月

九日未明・十五時三十分、十一日十時四十分、十

二日十五時四十分、十四日十五時三十分にシネ・

ヌーヴォで上映されます。

 これから劇場で本作を御覧になられる方々には、

ご鑑賞の後に拙感想文を御高覧頂きますようお願

い申し上げます。未見の方はご注意下さい。

 ☆

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 佐々木小次郎と岩間角兵衛は酒席で細川家

仕官について語り合い、採否について重大な力

を持つ家老佐渡が「人間を見たい」と語った事を

語り合う。小次郎は「人間を見たい?」という言

葉を反芻し不快感を露わにする。角兵衛は採用

について値するかどうか会って見たうえでという

佐渡の意向を伝える。あくまでも形式であり、佐

渡に会えば士官は決まったも同じと付け加える。

 だが、小次郎の立腹は収まらず、藩公に仕える

のであり、佐渡に会う必要が何故あるのかと問い、

佐渡に嫌われれば自分は古物になると告げる。

  角兵衛は重ねて頼み、小次郎は忠利公に会

えるのならばと条件を付ける。

 

 忠利は鮮やかに弓を引き稽古に精進していた。

角兵衛の導きで小次郎は面談を許される。小次

郎は一礼する。忠利は奉公は初めてかと問い、

小次郎は頷き、忠利から駒川家への望みがある

と聞いたがと問われ、死に場所として死に心地が

よさそうな御家と答えた。忠利は「武道は?」と問

い、小次郎は巌流と称しますると答える。殿がその

名を問い返すと、小次郎は自身発明の兵法にご

ざりますると語る。殿は周防岩国から名付けたか

と問い、小次郎は郷土に由来することを肯定し、

御賢察の通りとお答えする。

 関心を抱いた忠利は一見したいのと望み、槍の

名手岡谷五郎次に小次郎との御前試合を命じる。

 岡谷自慢の槍ならば、小次郎の巌流の腕と良き

戦いになると見たのだ。

 お願い致しますと述べる小次郎は木刀を取り、

不肖お相手致しますと挨拶した岡谷も槍の穂先に

布を巻く。不快に思った小次郎は、それはいけませ

んと注意し、真槍で自分に立ち会って頂くべきだと

主張する。自身は木刀で岡谷殿を倒しても重傷で

済ませるつもりだが、岡谷殿は真槍で小次郎を刺し

てもかまわぬからという態度表明である。これは

当然小次郎が負けないという自信があるから起こる

言葉である。配慮無用と言われ、岡谷は貴方も真

剣を取って頂きたいと同じ条件での戦いを提言す

る。なりませんと小次郎は拒否する。

 

   小次郎「藩外の人間が苟も他家の面前で真剣

        を取る等という無遠慮は慎まねばなり

        ません。」

 

 佐渡は思わず、「小賢しい」と呟き微笑む。

 

 小次郎と岡谷は戦い、岡谷は足で踏ん張るが、小

次郎の木刀の責めは鋭く、足は派へ敷く動く。

 佐渡は「それまで」と制して、忠利に試合の終了の

許可を乞い、両者の健闘を讃える。かくして小次郎

は忠利への仕官を許される身となった。

 

 武蔵と伊織は、お杉・半瓦弥次兵衛一家に尾行さ

れる。気配に気付いた武蔵は伊織に提案し、道の

分かれ目で、競争しどちらが早く走り駆けて旅籠に

着くか競走しようと提案し、二つの道を走りだす。杉・

半瓦一家は怒って追走する。剣豪武蔵も競走では

伊織少年に負ける。旅籠で伊織は武蔵に勝利を誇

り、感嘆する武蔵に駆けっこで負けた事は無いと語

る。熊五郎が品川で捕まえた軍鶏を見せて一杯やり

ましょうと武蔵に提案する。

 

 お杉は半瓦弥次兵衛一家に守られ、弥次兵衛は

子分十郎に武蔵の逃走を糾弾する高札を江戸の各

地に立てさせた。十郎とその子分衆が武蔵を探して

いると高札を呼んだ熊五郎が激怒する。蠅捕縛を見

て吃驚仰天した熊五郎は武蔵に心酔し師事している。

 うちの先生をあしざまに言いやがったなと熊五郎が

怒り、十郎は武蔵はおめえの宿に居るのかと知り、探

索を強める。熊五郎は十郎が半瓦一家の身内と知り、

高札を立てまくったことを確かめ激しく争う。

 旅籠では弥次兵衛とその子分に支えられた杉が仇

と狙う武蔵に「タケゾウ!降りてこ!」と怒鳴る。お婆

と武蔵は呼びかける。弥次兵衛は婆さんに助太刀する

ので、降りてこいと武蔵を呼ぶ。伊織が心配するが、

武蔵は落ち着いて上がってくることはないだろうと述

べる。卑怯者と杉は怒り、踏み込むぞと弥次兵衛は

脅し、熊五郎がかけつけ、対立は激化し、杉は槍を

構える。

 そこへ将軍家指南役北条安房守の使者が一丁の

駕籠を引いて現れて制止する。

 御厨野耕介夫婦も現れ、「宮本様」と呼びかける。

弥次兵衛は将軍家御指南役安房守様と聞き驚き、

熊五郎は先生の偉さを自慢する。お杉は使者に食

い下がり、宮本武蔵は不倶戴天の仇でござるとして

身柄をお渡し下されと頼む。使者は婆殿のお身内

の誰が武蔵殿に殺されたのかと問い、杉は殺され

はしませんが仇でござると力説し、熊五郎はそんな

仇討ちがあるかと爆笑する。

 

 駕籠は北条家に入り、武蔵は正装に着替え座敷

に通された。侍が現れ挨拶し、主人北条安房守も

登場し、武蔵にお越し頂き忝いと礼を述べる。

 

 武蔵は拙者を存じ寄る方がご当家に居られるそう

ですが、何方でしょうと尋ねる。安房守は別室に案

内する。廊下の移動で武蔵は只ならぬ剣気の影を

見る。

 安房守が「さ、ござれ」と語り、別室に案内する。

中には師沢庵が居た。武蔵は襖の前に着座する。

 

   沢庵「武蔵か。待っていた。あがれ、あがれ。」

 

 安房守は沢庵に事の仔細を放さずにただあがれ、

あがれ、と申されてもと注意する。

 

  沢庵は仮令善意の企みでも、兜を脱いで今一人

の客人を武蔵に引き合わせましょうと笑顔で同意す

る。

 

    武蔵「柳生但馬守様に御席に付いて頂くよう

        お迎えを願います。」

 

    沢庵「但馬殿?」

 

    武蔵「そうではございませんか。暗うはござい  

        ましたが、あの壁に棲んでいた剣気、

        但馬様を置いて余人であろうとは思い

        ません。」

 

 安房守りは御明察と讃え、沢庵は「その影の御方、

お越し下され」と呼びかけた。

 「はっはっは」とほほ笑んで柳生但馬守宗矩は席に

入った。

   宗矩「身が又右衛門宗矩でござる。お見知りおき

      下され。」

 

   武蔵「初めてお目にかかります。作州牢人宮本武

      蔵です。」

 

 沢庵は挨拶も済んだのであがれと重ねて武蔵に勧め

た。

 

   宗矩「貴方の事は父石舟斎の手紙、又は沢庵殿

       よりよく聞いております。只今のご用心に

       は感じ入りました。」

 

 武蔵は、お言葉痛みいりますと述べる。

 

 安房守や宗矩は武蔵を将軍家御指南役に推挙しよ

うと望み、武蔵を城に召した。

 幕閣の重鎮である榊原康政は武蔵の推挙に賛成

するが酒井忠勝は黙していた。口を開いた忠勝は、

少年を斬殺した武蔵の剣は将軍家御指南役にふさ

わしいかと問い、一乗寺の決斗における武蔵は武士

道で正しいのだが、その剣は少年の血を吸っている

という理由で難色を示し、将軍家の御名において熟

慮が必要ではないかと述べた。

 

 別室で正装した武蔵は採否の結果を待っている。

宗矩が現れ、結果を伝えに来た。

 

  宗矩「折角だがこの度の事御縁の無い事と成り

      申した。」

 

 毀誉褒貶は浮世のならいであり、眼前を見ただけ

では何か幸不幸か分からぬと述べた。武蔵は落ち

着いて、仰せの趣よく分かりましたと確かめ、礼を

述べる。

 

  宗矩「聞けば貴殿には武辺に似合わぬ風雅の

      嗜みがあると聞いておる。将軍家にお目

      にかけて、嗜む芸術に己の深慮を無言で

      残しておくことは答えと儂は思う。では、後

      刻な。」

 

 宗矩は去り、坊主が武蔵に硯と筆を届ける。

 

 時が経ち、武蔵が去った部屋の屏風に描かれた

墨絵に宗矩は感嘆し、思わず、「虎を野に逸した」と

語った。

 

 一乗寺下がり松。親子地蔵が置かれている。

 

 武蔵は伊織と共にこの地に帰って、決斗を思い

出し、「怖い」と怯えた源次郎少年を無残に刺殺し

たことを思いだし苦悩する。石を掘る音が響く。

 盲目の僧が彫っている。武蔵は一乗寺の決斗

で自身が振るった剣で失明させてしまった林彦

次郎その人であることを知り、「あの時の」と呟き

驚く。

 

  林は穏やかに誰かそこに居るなと声をかけ

る。伊織は「お坊さん、何を彫っているの?」と

問い、「目が見えないんだね」と林の身体の在

り方を語る。お前は村の子ではないなと林は

問い、伊織は頷き、先生と一緒だよと告げた。

 

    林「おお、先生も一緒か。叔父さんはな、

       お地蔵さんを彫ってるんだよ。」

 

 武蔵は伊織と共に静かに去る。

         

 ☆虎☆

 

 小次郎は佐渡の考査定をくぐることに反発し、一

度は細川家仕官さえ断ろうかと思うが、忠利に面談

するならばと岩間に条件を出す。

 高倉健が高慢だが剣の能力を誇る小次郎を深い

演技で勤める。

 細川家の御前試合の場では里見浩太郎後の里見

浩太朗の爽やかな忠利公と有川正治の岡谷の凄み

が強烈である。

 ここでも高倉健の小次郎が凄み豊かで強烈な個性

を出す。岡谷殿の槍に布はいらんが、某は木刀で戦う

という姿勢は、槍の名手岡谷が自身に勝てぬという計

算があるからで、相手を巧みに挑発し、岡谷の真剣で

立ち会って欲しいという希望は、藩外の身で殿の御面

前で真剣は出せませんと一見遠慮して謙虚に述べる。

 換言するならば、武蔵との真剣の勝負迄じっくりと物

干竿は鞘にしまうという態度表明でもある。

 入場してきた佐渡は、小賢しいと思わず微笑む。御

前試合のシーンで、吐夢は有川正治の足の動きを映

す。小次郎の木刀の気迫・攻撃に名手岡谷も苦慮して

いることが窺えるのだ。

 佐渡の制止で小次郎・岡谷はこの試合では共に命を

落とすことなく戦いを終え、小次郎は細川家に仕官が

決まる。だが戦う男小次郎は、武蔵との決戦が生き甲斐

であり、安定した暮らしに関心は無かった。

 千恵蔵御大の佐渡は、物語全体を包むように観察す

る存在であり、健さんの小次郎が剣士として卓抜した能

力を持っているが高すぎる誇りと自尊心に警戒心を抱

いている。佐渡が、小賢しいと小次郎を笑うシーンだが、

時代劇スタア御大と任侠映画スタア健さんの歴史的

競演でもあり興味深い。任侠映画で御大の役は、健さ

んの主人公を見守る師匠親分や父親役であるが、本作

では壁の存在である。

 

 江戸の町で武蔵・伊織師弟がお杉婆と半瓦一家を

かけっこで巻くシーンは微笑ましい。剣豪武蔵も競走

では伊織少年に負けてしまう。復讐に燃えるお杉は

弥次兵衛一家の応援を受けて武蔵を斬りにくる。浪花

千栄子の「タケゾウ」の怒鳴りは怖い。蠅捕縛で一転

し武蔵に弟子入りした熊五郎は軍鶏を示し師匠に

飲食物を語る程惚れこむ男となっている。

 半瓦弥兵衛と熊五郎は、やくざと馬喰の意地を賭け

て、それぞれ大事に思う杉と武蔵を盛り立てて激しく

争う。弥次兵衛一家と熊五郎とその仲間の争いには、

吐夢のアクション演出が光る。旅籠の二階から武蔵・

伊織がじっと見守るという構成も深い。

 吐夢のシンフォニーの指揮は、旅籠の武蔵を軸にし

て、彼に弟子入りしている伊織少年・熊五郎一家とお

杉と弥次兵衛の争いの波を鮮やかに映し出し、耕介

夫婦の呼びかけで争いが沈静化していく様を描き出す。

 

 北条家侍の呼びかけで、復讐に燃える杉は制止さ

れ、武蔵は将軍家指南役安房守に召される。駕籠

が北条の家に入り、武蔵は安房守の挨拶を受ける。

 『宮本武蔵』第二部『般若坂の決斗』において僧を

勤めた中村錦司が今回は安房守を柔らかみたっぷ

りに演じる。

 

 廊下を歩む武蔵が影の剣気に警戒する場面は深

い。日本時代劇の重みと鋭さを静かに証している。

 武蔵は沢庵と対面する。初代中村錦之助の武蔵と

三国連太郎の沢庵の再会。『宮本武蔵』全五作の中

では、実に『般若坂の決斗』以来で、この弟子・師匠

の対面に感動を覚える、師匠沢庵は部屋にあがれと

勧めるが弟子武蔵は影の人物の並々ならぬ剣気を、

柳生但馬守様と言い当てる。 

 善意の企みが完全にばれたことを沢庵は確かめ、

兜を脱いで影の御人を呼ぶ。

 

 笑声と共に田村高広の柳生宗矩が現れる。

 

 時代劇の風格と情に感嘆する。

 

 初代中村錦之助・田村高広・中村錦司・三国連太郎

が語り合い微笑み合う名場面に感嘆しつつ、その豪華

さに感嘆し、「本当に低予算で製作されのか」と思わず

心の中で問いたくなる。

 

 日本活動大写真・映画における時代劇の生命力が

溢れて漲っている。時代の流れとしては、東映は全盛

期を迎えていた任侠映画に力を傾注していたのだが、

吐夢の燃え盛る情熱にも呼応して大いなる時代劇に

も汗を流して取り組んだ。

 わたくしの個人的意見だが、『宮本武蔵 巌流島の

決斗』には日本時代劇映画歴史の集大成と意図して

いたのではないかという心意気を感じるのである。

 

 微細な映像鑑賞しか為してないない勉強不足ファン

のわたくしだが、後にこれ程大きく深い日本時代劇映

画は無いと確信を以て判断している。

 

 『宮本武蔵  巌流島の決斗』の熱量は無限である。

 

 微笑ましい北条家の席から一転して幕閣の会議で

は、武蔵の剣・武士道は評価されるが、一乗寺の決

斗における壬生源次郎少年刺殺が問題視される。

 高松錦之助の康政、北竜二の忠勝の渋く重い演技

が強烈だ。無言の中村錦司の存在感も忘れられない。

 

 初代中村錦之助の武蔵が将軍家指南役合否の判

定を待つ。田村高広の宗矩が現れ、無念を噛みしめ

ながら縁の無さを伝える。

 

 広間で武蔵と宗矩が見つめ合い、立場を確かめ合

う場面は厳かである。日本時代劇映画の峻厳さがあ

る。内田吐夢映画の生命力に、わたくしは震え怯え

緊張し、自分自身の弱さが怒られ叱責されていること

を感じてしまうのである。

 だが、そのような愚鈍で柔弱な私に対しても、『宮本

武蔵 巌流島の決斗』の深い演出は、じっと見つめて

くれているような力を感じるのだ。

    

 毀誉褒貶は世の習いであり、嗜んでおられる風雅の

筆で、芸術の伝言を将軍家にされては如何と宗矩は

勧める。

 

 内田吐夢は、『宮本武蔵』五部作の撮影中、初代中

村錦之助が掛軸をじっと凝視していたことに注目して

いたという。

 

 初代中村錦之助と田村高広は、数々の傑作・名作の

映画・テレビで競演しているが、武蔵・宗矩の剣豪役競

演は、この関係性において白眉であろう。

 

 武蔵は去り、彼が描いた墨絵に宗矩は感激し、その

芸術においても名人・巨星と知り、「虎を野に逸した」と

投げる。武道・芸術両道において、宮本武蔵は虎であり、

初代中村錦之助の芸がその生命力を息吹かせている。

 

 一乗寺下がり松は白黒映像が映り、第四部『一乗寺の

決斗』が呼応する。親子地蔵を見て武蔵は、源左衛門・

源次郎の壬生父子を串刺しにして刺殺した事に罪を深く

感じる。

 

 吉川英治の原作小説では、武蔵が決斗で、源次郎少

年の生首を斬る。惨たらしい場面で読んでいて辛く悲し

い。だが、吐夢映画の父子串刺しも又残酷で悲しい。

 吐夢は勝者の悲痛を徹底的に凝視し、暴力の残酷さを

語り、得難い平和を探そうと呼びかける。剣による残酷

な殺人・流血を見つめ、失われた命への哀悼から、生き

残った者は平和に生きる道を探すべきだと無言で語る。

 

 武蔵は林彦次郎と再会する。河原崎長一郎は、『宮本

武蔵』五部作のうち、第二部『般若坂の決斗』、第三部

『二刀流開眼』、第四部『一乗寺の決斗』、そして本作

第五部『巌流島の決斗』の計四作で林を勤めた。林は

吉川英治の小説『宮本武蔵』には登場しない。映画に

おいて、鈴木尚之・内田吐夢が描いた人間で、武蔵の

剣の非情・冷酷を糾弾する存在である。

 盲目の僧となった林が親子地蔵の石像を彫り、壬生

源左衛門・源次郎父子を追悼する。武蔵は壬生父子を

刺殺したことと林の両眼を奪った罪を悲しみつつ、無言

で静かに去る。林は地蔵を彫り続ける。武蔵は無言で

林に詫びている。林が武蔵に気付いていたのかは分か

らないが、彫り物には命を尊ぶ心がある。

 時に河原崎長一郎、二十六歳の名演である。

 

                        文中敬称略

 

 

                            合掌