宮本武蔵 巌流島の決斗 (七)鍬・剣・箸 | 俺の命はウルトラ・アイ

宮本武蔵 巌流島の決斗 (七)鍬・剣・箸

『宮本武蔵 巌流島の決斗』

映画 トーキー 121分 

富士フィルムカラー・一部白黒 東映スコープ

昭和四十年(1965年)九月四日公開

製作国 日本

製作会社  東映京都

配給  東映

 

製作  大川博

 

 

企画  岡田茂

     小川三喜雄

     翁長孝雄

 

原作  吉川英治

 

脚本  鈴木尚之

     内田吐夢

 

撮影  吉田貞次

照明  中山治雄

録音  渡部芳史

美術  鈴木孝俊

音楽  小杉太一郎

編集  宮本信太郎

 

助監督 鎌田房夫

記録   梅津恭子

装置  木津博

美粧  林政信

結髪  妹尾茂子

衣装  三上剛

擬斗  足立伶二郎

進行主任 福井良泰

 

出演者

 

 

中村錦之助(宮本武蔵)

 

髙倉健(佐々木小次郎)

 

里見浩太郎(細川忠利)

 

 

内田朝雄(岩間角兵衛)

日髙澄子(御厨野耕介の女房)

浪花千栄子(お杉)

三島ゆり子(お光)

 

中村是好(御厨野耕介)

尾形伸之介(秩父の熊五郎)

中村時之介(半瓦弥次兵衛)

金子吉延(三沢伊織)

 

神木真寿雄(縫殿介)

鈴木金哉(菰の十郎)

遠山金次郎

片岡半蔵

源八郎

大里健太郎

江木健二

矢奈木邦二朗

岩尾正隆(野武士の主領)

 

大城泰

香月涼二

川浪公次郎

野村鬼笑

利根川弘

森谷源太郎

熊谷武

大東俊治

西春彦

有島淳平

 

 

 

片岡千恵蔵(長岡佐渡)

 

 

 

監督 内田吐夢

 

小川三喜雄=初代中村獅童→小川貴也

        →小川三喜雄

 

小川錦一→中村錦之助=初代中村錦之助

      →小川矜一郎→初代萬屋錦之介

 

髙倉健=高倉健

 

里見浩太郎→里見浩太朗

 

 

 

鈴木金哉→鈴木康弘

 

 

 

 

片岡千恵蔵=植木進=片岡十八郎=片岡千栄蔵

 

 

☆鑑賞日時・場所

平成十一年(1999年)十月二日 福原国際東映

平成十二年(2000年)九月十一日 高槻松竹

平成十五年(2003年)五月二十三日京都文化

博物館映像ホール

 画像・台詞出典『宮本武蔵 巌流島の決斗』DVD・

 解説書

 台詞・画像の引用、シークエンスの考察は作品の

研究・学習の為です。東映様におかれましてはご寛

恕を賜りますようお願い申し上げます。

 ☆

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 徳願寺において長岡佐渡は近習の縫殿介と共に

通され住職よりお茶を貰う。住職は毎年お越し下さ

ることに恐縮致しますと語る。

 

   佐渡「いや、あまり構ってくれるな。心尽くしは

       有難いが、寺で贅沢しようとは思わんが。」

 

 住職は恐れいりますと述べ、佐渡は今宵一夜厄介

になりたいが、何時もの通り寛がせてもらおうかと方

針を伝える。徳願寺は佐渡にとって安らげる場所で

あった。

 三沢伊織少年が庭から見つめ、住職に和尚さんと

呼びかけ預けておいた巾着おくれよと求める。住職

はこらこらそんな所から覗いてはいかんよと注意し、

用事があるならおいでと伊織を呼んだ。伊織は家

に伝わり、預けている巾着おくれよと重ねて頼む。

 住職は伊織の亡父より預かった巾着であるから

返さぬことはないが何に用いるのだと問い、百姓

になるのかと進路を聴いた。伊織は侍になりたい

と夢を力強く語る。住職はまたそんな事を言ってる

のかと呆れしょうがない奴だと否定的に観る。

 

   佐渡「おい、小僧。侍になりたいか。儂の屋

       敷に来んか?」

 

   伊織「嫌だ!」

 

   佐渡「儂の家来では嫌か?」

 

   伊織「それより約束のお菓子をおくれ。」

 

   佐渡「小僧。父御に死なれて寂しいか?」

 

   伊織「寂しくなんかないよ。先生が居るから。」

 

   佐渡「おお。あの時の若者か!」

 

   伊織「ああ、そうだよ。」

 

 住職は巾着を用意するが伊織の激しい取り方に

何をするか父御の形見じゃぞと注意する。菓子が

運ばれ、佐渡は「約束の菓子じゃ」と伊織に与える。

 伊織は元気一杯に「ありがとう」と語り走るように

去っていく。

 佐渡は「可愛い奴」と讃えた。住職はあの子の

本名は三沢伊織で父親は西国筋の侍でしたと

伝え、佐渡はほおと感心する。

 

 野武士達が夜に集団で馬で近付く光景を伊織

が観る。武蔵に、「おじさん、野武士だ」と知らせ

る。武蔵は何と驚き素早く武装する。野武士の集

団は米倉に襲い掛かり、略奪暴行の乱暴狼藉を

村人に対して犯した。武蔵が馬に乗ってかけつけ

炎の中野武士集団を打倒し村人達も立ち上がり、

野武士達を懲らしめる。

 

 徳願寺で炎を見た佐渡は村人たちは難儀をして

いると危惧し縫殿介の派遣を決める。住職から牢

人が馬に乗って駆け付け野武士集団の魔の手か

から村人を救ったと報告する。

 

  住職はその男の名は宮本武蔵と申し、先程参

っていた村の子供と百姓の真似事等して荒れ地の

開墾をして変わった牢人でございますと報告する。

 

  佐渡「ではあの若者が京の吉岡一門を倒した

      宮本武蔵!会いたい。」

 

 佐渡と住職と縫殿介は伊織の住居に行き武蔵を

尋ねた。武蔵が村人に託した手紙が住居に貼られ

ていた。佐渡は文を読む。

 

   鍬は剣なり

   剣も鍬なり

   土にいて乱を忘れず

   乱にいて土を忘れず

   分に依って一に帰る

   又常に世々の道に

   違わざる事

 

  開墾した土地や育てた米は武蔵自身を育てた。

 

   佐渡「武蔵という男、かなりの人物と見え

       ますな。」

 

 

 武蔵は伊織と共に江戸に向かい、新将軍のお膝

元で新しい時が動いているだろうと語りかけた。

 刀を研ぎたいと望む武蔵は「御たましい研所」と

いう板を掲げた店を尋ね、「ごめん!御亭主」と呼

びかける。亭主は着座し両手を頬につけ瞑目し

考え事に集中している。側にいるた主人の妻が

いらっしゃいませと挨拶し、あんたと主人に話し

かける。

 研師の主人の名は御厨野耕介である。耕介は

いらっしゃいませと挨拶した後何の御用でと武蔵

に問う。武蔵は自身の刀を見せ、これを研ぎにか

けてもらいたいと希望する。耕介は、拝見致しま

しょうと述べ、この刀をどう研げというご注文でと

重ねて武蔵の真意を聞いた。武蔵は、どう研げと

はと聞き返す。耕介は、斬れるようにと思召すか、

それとも斬れぬ程でも良いと仰るのか、と意向を

糺したうえで、手前にはこの刀を研げませんと拒

否する。

 

   武蔵「何故でござる?この刀が研いでも甲斐

       の無い鈍刀と申されるか?」

 

   耕介「いや、良い刀でござる。斬れるようにと

       いうのが気に喰わん。凡そ刀を持って

       くる注文が先ず一様に斬れるようにと

       いう。斬れさえすればそれで良いとい

       うもの。それが気に喰わん!」

 

 武蔵は刀を研いで寄越すからにはと店の課題

を問う。耕介は、待たっしゃいと呼びかけ、家を出

て表の看板を読み直してもらいたいと頼む。武蔵

は、確か御魂研ぎ所として出されていたと思い起

こす。

 

   耕介「そこでござる。儂は刀を研ぐとは看板

       に出しておらん。お侍方の魂を研ぐも

       のなり。人は知らず、儂の習うた刀剣

       の宗家ではそう教えられた。」

 

  武蔵は成程と感心する。耕介は、ただ斬れる、

人間を斬りさえすれば偉いと思う侍の刀は研げな

いと自身の道を宣言する。武蔵は一理あると聞き、

そういう教えを説かれた宗家の名はと問うた。

 耕介は京の本阿弥光悦と答え、武蔵も光悦殿

ならば儂も覚えがあると答えた。耕介の妻は、貴

方様は宮本武蔵様ではと直感し、武蔵はその武

蔵でござると答える。耕介の妻は主人の言葉を

謝る。しかし武蔵は御亭主の御話は教えられる

節があり、胸に銘じますと感謝の心を表す。

 

  耕介「恐れ入ります。ならば、改めてこの刀、

     研がして頂きます。失礼ですが、替えの

     差料をお持ちですか?」

 

 武蔵が、いやと否定すると耕介は大したもので

はありませんが家にあるものをお持ち下さいと奥

にあがるように勧めた。武蔵は長い大刀を見て瞠

目する。佐々木小次郎の物干竿であった。耕介が

目に留まりましたかと聞き、惜しいことに錆を湧か

しておりますと解説し刀を鞘から抜いた。刀身三尺

と武蔵は呟く。耕介はよくお分かりでと感嘆する。

 

  小次郎は細川家家老岩間角兵衛の屋敷で恋

人お光の琴を聴き、彼女の手を握る。お光は角兵

衛の姪である。お光は叔父様が帰ってこられると

恥じらう。小次郎は角兵衛殿はこのことを知ってて

知らんふりをされていると叔父御公認の仲だ光に

告げる。

 角兵衛は小次郎・お光の部屋の前まで来て若い

二人に忖度する。

 

 細川家では藩主光利が弓矢の稽古に汗を流

す。光利は角兵衛に弓の稽古を託す。角兵衛

と佐渡は稽古を為しながら語り合う。小次郎の

就職を斡旋したい角兵衛は佐渡に、ご相談申し

たいと切り出し、ご推挙頂きたい人物が居ると

頼む。佐渡はご当家に奉公したいという人物

かと聞き、角兵衛はさようと答える。ただ職に

ありつきたいという人物は困ると佐渡は注意す

る。角兵衛はそのような手合いとは違いますと

述べ、周防岩国の出で、佐々木小次郎という

若者で巌流という一派まで立てた程の者と報

告する。一度その人間を見てみたいと佐渡は

望む。人間を見たいという言葉を角兵衛は反

復する。佐渡は値するかどうかと審査の動機

を告げた。

 

 佐渡が弓矢を放つと、矢は的の中心を射る。

 

 小次郎は耕介の店に行き、まだ研いでおり

ませんという主人の言葉に、何時迄待たせる

つもりかと立腹し大刀物干竿を引き上げる。店

によく見た刀を見つけ、「武蔵のだ」と小次郎は

確かめる。

  

  武蔵は侠客半瓦弥次兵衛一家の元に行き、

一家からこれはこれは佐々木先生と歓待され

る。お杉婆はこの一家の世話になり、弥次兵衛

は武蔵を仇と狙うお婆の復讐戦を応援している。

 お杉自身、弥次兵衛一家の侠客達と武道に

励んでいる。

 小次郎はお婆殿に、相変わらず励んでおられ

ますなと讃嘆し、お杉も小次郎殿と喜ぶ。武蔵

が江戸に来て居りますぞと小次郎はお婆に伝え

る。お杉は「誠か?」と問い、小次郎は刀研ぎ耕

介の所に武蔵の刀が預けられていると根拠を述

べた。耕介の家に武蔵が居るのかという問いに

小次郎は分からんが、耕介の所に刀を取りにく

るのは間違いないから、弥次兵衛に若い者を

待たせておくようにと指示し必ず居所は掴める

と確約する。

 お杉は小次郎と弥次兵衛とそのお身内に深く

感謝する。

 

 武蔵と伊織は博労町の旅籠に滞在していた

が、二人の部屋では馬が引かれる光景が見え

て、伊織はヒヒヒヒヒンと鳴き声の真似をする。

 空腹を覚えた武蔵は寝転びながら蠅の多さ

に辟易するが、伊織に「蕎麦でも喰おうよ」と

提案し、二つ頼んできてくれと語る。伊織は

注文を伝え二人前の蕎麦を運び、二人は食

べ始める。旅籠では馬喰達が昼から賭博に

興じ大声で叫んでいる。「五月蠅いのお」と武

蔵は不快を感じ、静かにして下さいと頼んで

くれと伊織を派遣する。

 伊織は大騒ぎを為している馬喰達に、騒が

ないでおくれよと注意する。馬喰の頭領的存

在の熊五郎は激怒し、伊織を掴み、お前が言

うのかお前の主人が言わせるのかと詰問し

た。伊織は気丈に誰だって五月蠅いよと苦情

を叫ぶ。てめえみたいなちびに挨拶しても仕方

がねえと熊五郎は怒り、こっちから出向いて

五月蠅くない所につまみ出してやると方針を

威勢よく宣言する。

 熊五郎が伊織を連れて武蔵の部屋に来た。

牢人と熊五郎は呼び、落ち着き払って喰う事

はねえぜと威嚇する。武蔵は、お前は誰だと

聞く。熊五郎は博労町で俺の名を知らねえの

はもぐりか耳の不自由な存在だと強調する。

 武蔵が耳は不自由ではないと語ると、熊五

郎は秩父の熊五郎と言えば泣く子も黙る暴れ

ん坊だと叫ぶ。侍相手の商売で馬を預かって

いる人間だからそのつもりで挨拶しろと熊五郎

は語り、ここは殿様宿じゃねえぞと重ねて威嚇

する。武蔵は心得ておると確かめる。熊五郎は

怒り、心得えているなら俺達が遊んでいる所へ

どうしてケチをつけたと難詰し事によっちゃ、た

だじゃ下がらねえぞと脅す。

 武蔵は伊織に蕎麦を食べろと指示する。蠅

が飛び回る。武蔵は素早く箸で蠅を捕獲する。

熊五郎は吃驚仰天する。飛び回る蠅達を武蔵

悠然と箸で捕獲して行く。熊五郎の心に恐怖感

が走る。

 

   武蔵「熊五郎殿。すまんが、この箸、洗っ

       て来てくれぬか?」

 

   熊五郎「はい。」

 

 ☆鍬で耕し剣を研ぎ箸で捕らえる☆

 

 徳願寺で長岡佐渡が住職と語り合う場面は

観客の心にも安らぎを与えてくれる。伊織少年

が現れる。金子吉延が可愛さ一杯に元気を見せ

る。

 伊織は亡父が預けた巾着を欲しいと住職に

頼み、進路について侍に成りたいと希望する。

佐渡は儂の元に来ぬかと誘うが、伊織は嫌だ

と告げる。佐渡と伊織という初老男性と少年の

心の交流が観客の胸も暖める。大人と子供の

男どうしの友情は、内田吐夢映画の大切な主題

でもある。

 

 『血槍富士』における権八(片岡千恵蔵)と次郎

(植木基晴)。

 『暴れん坊街道』における与作(佐野周二)と与

之吉(植木基晴)。

 『宮本武蔵 般若坂の決斗』『宮本武蔵 二刀流

開眼』『宮本武蔵 一乗寺の決斗』における武蔵

(中村錦之助)と城太郎(竹内満)。

 千恵蔵と基晴という実の父子が、血の繋がりの

ない関係に芽生えた父子の絆を演じた。与作と与

之助は実の父子だが、その事を中々名乗り合えな

い。だが二人は篤き友情を確かめ合う。佐野周二

と基晴が深い情愛を演じ合った。

 そして錦兄と竹内満の武蔵・城太郎師弟には兄

弟の絆があった。

 本作『宮本武蔵 巌流島の決斗』における金子吉

延の三沢伊織は、錦之助の武蔵と千恵蔵御大の

佐渡の愛情に育まれ逞しく成長する。

 佐渡と伊織が菓子を通じて、血の繋がりのない

関りで親子的関係性を確かめ合う。

 野武士達の疾走には吐夢のアクション演出が光

る。

 錦之助の殺陣は壮絶である。荒くれの暴徒の野

武士達には凄みがある、頭領は若き日の岩尾正

隆だが、二十代から強烈な存在感を見せてくれて

いる。短い出番だが悪役の憎たらしさがないと時代

劇のドラマは成立しがたいことを教えてくれる名演

である。台詞も出番も少ないが、その短い登場で

野武士の頭領の憎らしさを、岩尾の芸はじっくりと

伝えてくれる。

 炎の中で武蔵が野武士集団と戦い叩き潰す

場面は、吐夢演出の迫力が燃え上がる。錦之助

の野生演技も壮絶である。

 徳願寺において住職から荒地を開墾し野武士

の横暴から村人を救った人物が武蔵と聞き、佐渡

は彼に会いたいと願う。

 

 日本時代劇映画の最大のスタアであり、戦前白

黒映画で武蔵を勤め続けてきた千恵蔵御大が佐

渡役を勤め、錦兄の武蔵の生き方に感動を覚え

るシーンは、それ自体が歴史そのものなのだ。

 

 晴れた朝、佐渡が馬に乗り住職・縫殿介を伴っ

て武蔵を尋ねるが既に彼は去った後であり、張り

紙の言葉を凝視する。

 

 鍬は剣であり、剣も鍬である。土において乱を

忘れず、乱において土を忘れぬ。分に依って一

に帰ると自己を確かめる。世々の事に違わぬよ

うにと伝える。村人への伝言であると共に武蔵が

自己自身に語りかける教えであることは間違い

ない。鍬を取って荒地を耕し農業に生きる事で

武蔵は剣に生きる道と同じ尊さを確かめた。土

において乱を忘れず、乱において土を忘れな

い。剣士は常に戦いの前に晒され、武蔵自身も

野武士との激闘に即時に応じ、彼らを撃退した。

同時に戦いは彼にとって避けられない事柄でも

あった。そのような過酷な環境に在って常に土

の教えを忘れず、世々の教えから違わぬように

する。

 若き剣士の自己探求に佐渡は感動する。戦前

から昭和四十年への武蔵役者のバトンタッチでも

あるのだが、武蔵役者であった千恵蔵御大が佐渡

役で錦兄の武蔵を包む事に映画演技の歴史が生

生きとフィルムの中に息吹いていることを実感する

のだ。

 

 片岡千恵蔵御大の重厚な演技が、吐夢の演出

と呼応し映画全体を支えてくれるものともなってい

る。

 

 伊織と共に江戸に来た武蔵は刀の研ぎを希望し

御厨野耕介とその妻の店を尋ねる。

 中村是好の深い演技が渋い。日高澄子の抑えた

名演も光っている。武蔵は刀の研ぎを頼むが、耕

介は刀を人斬りの道具として切れ味の良さのみお

求めになるならばお断りしますと厳しく語る。武蔵

は耕介の厳格な言葉に一理あると教わり、刀は己

の魂を研いでもらう為にあると学び、耕介に彼を教

えた師の名を問い、本阿弥光悦と聞き膝を打つ。

 武蔵は耕介の家の奥の間において小次郎の刀

身三尺の物干竿の大刀を見る。

 小杉太一郎が鮮やかに音響を決める。この「刀

身三尺」の呟きは、大詰め巌流島の決北への小舟

における刀身三尺の確認の伏線にもなっている。

 武蔵は源次郎少年を斬った罪の苦悩から改め

て、剣に生きる道を求め、鍬を持ち、魂の研ぎ方を

探求して自己自身を獲得する。

 

 一方の小次郎は琴を奏でるお光に強引な態度で

迫る。

 高倉健が小次郎の誇り高き在り方を凄み豊かに

見せる。三島ゆり子の可憐さも印象的だ。内田朝雄

の存在感が重い。

 

 里見浩太郎後の里見浩太朗が若き藩主細川光利

役で清々しい若さを晴れやかに魅せる。

 

 弓の稽古を為しながら角兵衛と佐渡が小次郎士官

採用の考査について語り合う。

 内田朝雄と片岡千恵蔵の重厚な演技合戦は深重

である。

 名優と名優の演技合戦は時代劇の根本的な魅力

でもある。

 

 小次郎は耕介の魂を研ぐという道が分からず、預

けた物干竿の大刀を引き上げる。健さんが小次郎の

高慢さを鮮やかに演じる。中村是好の無念の表現も

忘れられない。

 小次郎は武蔵の刀を見て、復讐に燃えるお杉への

報告材料としか見ておらず、武蔵が刀身三尺の物干

竿に脅威を感じるのとは対照的である。

 

 戦う前から謙虚で慎重な武蔵と能力に驕り高ぶる

小次郎は既に心の勢いが現れている。落ち着きの

武蔵と逸る小次郎。錦兄と健さんが探求と野望を深く

勤める。

 

 お杉は武蔵への復讐に生き甲斐を感じており、そ

の闘魂は侠客の半瓦弥次兵衛が敬意を表する程

だ。荒くれ男達が母性を感じ敬愛する。お杉婆には

それだけ魅力が溢れている。

 浪花千栄子の豊かな母性が光り輝く。中村時之介

の弥次兵衛の男気も印象的である。

 

 時之介の弥次兵衛、鈴木金哉後の鈴木康弘の菰

の十郎、尾形伸之助の熊五郎と暴れん坊達の魅力

が素晴らしい。荒くれの野郎達の凄みはやはり東映

映画に極まる。

 

 旅籠で伊織が馬の鳴き声を真似るシーンは可愛さ

の魅力が一杯に溢れる。

 

 武蔵は暑さに悩みつつ、蕎麦を食べようと伊織に

提案する。吐夢演出は食事シーンで蕎麦を美味しそ

うに撮る。熊五郎が仲間と博奕に興じ大騒ぎをする。

 注意してきた伊織を掴み逆上する熊五郎。前述し

たように尾形伸之助の迫力が豊かに漲る。

 武蔵は飛び回る蠅達を箸で捕縛して行く。凄み

脅していた熊五郎は恐れる。尾形伸之助は闘志

の崩壊も鮮やかに見せる。

 

 箸による蠅捕縛を描くかどうかでスタッフの間で議

論がったという。「お客さんは好きなシーンだ」と吐夢

は力説した。観客にとって言わば「定番」なのだが、

そうした好みを、吐夢は敏感に察し見事に映像化し

た。

 

 吉川英治の原作小説では蠅を捕縛し汚れた箸を

洗ってきてくれと伊織に頼むのだが、鈴木尚之・内田

吐夢のシナリオは驚愕して震える熊五郎に箸洗いを

頼むシーンに脚色されている。熊五郎の驚嘆と恐怖

を捕らえた見事な設定である。尾形伸之助が瞠目と

話法で吐夢の書くドラマを演じきった。

 

 鍬を振るって荒地を耕し米を栽培し、剣を振るって

野武士を討ち、魂として研師に研ぎを依頼し、箸を見

事に用いて飛び回る蠅を捕まえる。

 

 武蔵の剣を命とする生き方を、吐夢は重厚に映像

化し、初代中村錦之助が熱き芸で応えた。

 

 

                       文中敬称略

 

 

                            合掌