「〇〇があると幸せ」


より


「〇〇がなくても幸せ」


の方が強い。


親の身としては、子供に裕福な思いをさせるのは考えもの。

前者の考えに捕らわれると、親父超えができなかったときに、自身の価値を喪失しかねない。


例えば

「高級車があると幸せ。」

と子供心に優越感を感じていたなら、

自分が大人になって高級車を買う経済力がなければ、自分の子に優越感を与えることができず、苦しむ事にならないか?


なので、親は一種のハードルのような意味もあるんだろう。

低すぎてもいけないが高すぎてもいけない。

我が家ではお金があるなら、ものではなく、教育や経験に投資したい。

ふと、「自分は親として子供にどこまでのことをしてあげればよいのだろうか」と疑問が湧いてきた。


まず、自分の子供の頃を思い出しながら親に求めることを考えてみる。


・温かい家庭

・しっかりと見ててほしい

・周りと比べてひもじい思いはしたくない

 −逆に言うと、裕福でなくて良い。

 −毎年の旅行や大きい車、外食は要らない

・好きなことやしたいことを気軽に相談できる


こんなところかな。


備忘録として書き足して行く予定。



今日で東日本大震災後から10年。

どこのテレビも特集を組んでいる。


小学生の娘に先立たれた人の境遇が紹介されると、胸が痛み、涙をこらえることになる。

ただ、その人は「重荷の背負ったままだが、10年の月日の中で徐々に方向性が見えて来ている」とのこと。

本当に強い人だなぁと感嘆。


一方で、私事でないこういった類のニュースをどう受け止めるべきかと自問する。


防災意識の向上や準備などいろいろあるとは思うけど、私なりの答えは今ある幸せを謙虚に受けとめることだと思う。

先ほどのニュースを聞いたとき「自分は家族が生きてくれているだけで幸せだなぁ」と感じたのが素直な感想。

日頃から家族に多くを求めているわけではないけど、こんなニュースを聞くと、改めて自分は幸せだなと思う。