それは「バランス」である。

人は強い言葉に惹かれるが、実のところ大切なことは「バランス」。

偏った考えでは、真実にたどり着けない。現実をありのままに捉えることはできない。
死刑は廃止にしてほしい。
加害者にも家庭環境や遺伝的な問題を抱えているから。
(仮にサイコな遺伝子を持って生まれて、重罪を犯して死刑なら、それは優勢思想とあまり変わらないと思う。)

ただ、死刑廃止となると被害者家族の感情にどう配慮すべきか。
難しい問題ではあるが、一生残る心の傷を負わされた被害者家族が、もし、少しでも楽になるのは「極力重たい求刑」や「加害者を少しでも許せた」ときだと思う。

なので、被害者家族の私刑の裁量を認めるべきだと思う。
例えば、本来懲役30年のところ、被害者家族が70年を望むなら、あいだをとって懲役50年にすれば良い。

もちろん双方が望むなら、接触を許し、受刑中でも被害者家族が刑期短縮を望むならそれを実現する形にする。
受刑中のプログラムや目標などに口出ししても良いかもしれない。(相手はこちらの人生をめちゃくちゃにしているのだから。)

例えば、被害者墓に向かって土下座1日100回、1ヶ月間続けて刑期1日短縮とか。強制でもないのだから、人権侵害にもならんでしょ。


【まとめ】
死刑は廃止。
その代わり私刑の裁量をある程度認めるべき。
自分への訓戒でもある。

自分と他人を比べるのはほどほどに。

人は生まれた時から、他人と全て(環境やDNAなど)が違う。
生まれた時から不平等であることが当然。

だから、あなたのなし得たことは誇りに思ってよい。
なんてったって生まれた時から全てが違う。

恵まれない環境で育った人が例え所得が低くても、平穏な家庭を築けたのなら、それは凄いこと。
浪費家のあなたがお金をためて買った中古車は何よりも価値がある。
裕福な家に生まれても、物に埋もれず周囲が見えたなら、自分と向き合えたなら、素晴らしいこと。

あなたなりに「できた!」ことは価値がある。
周りがとやかく言う必要はない。
「たかがそんなこと−」なんて意見は聞かなくてよい。

誇りに思いなさい。
あなたが行った些細なことも、頑張っことも。