先日書いた話を母にしてみました。
心と身体をひと休み、しませんか。
風水薬膳®︎茶アドバイザー まきです。
「私と弟は反抗期もあまりなく、良い子すぎるくらい良い子だったよね。」
と言われました。
母にとっては言うことを素直に聞く
育てやすい子供だったそう。
自由奔放で子育てに
あまり関わらなかった父。
母はワンオペ育児を完璧にこなすために
それはありがたいことだった、と言っていました。
「親孝行だったよ。」
と。
それだけでも私は救われました。
もう十分親孝行したんだな。
母にとっては私を短大で仙台に出し、
一人暮らしさせたことがターニングポイントだったそうで、
「あれが良かったと思ってる。」
と言っていました。
「それまで何でもやってあげたから、一人で大丈夫かすごく心配だったけど、あの時に『やれば何でも出来る子なんだ』とわかった。」
当の私はというと、
一人暮らしにはワクワクしかなく、
ホームシックにもならず、
意外に自炊も出来たりして、
自由だ〜
何とかなるもんだな〜![ルンルン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/087.png)
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と、それはそれはのんきにしておりました。
母の心、子知らず。
(ここでなんとかなるマインドを手に入れたのかな。)
たしかにその後は
やりたいことは応援してくれて、
わからない時は
「こうしたら?ああしたら?」
言ってくれていました。
親離れ出来なかったのは私で、
親はとっくに子離れ出来ていたのかもしれないなぁ。
私は母を好きすぎるがゆえに
母への憧れが強く、
「お母さんみたいになりたくて」
母の言うことを聞いてきたことが
自分らしさを抑え
もちろん自分ではない母に近付いたとしても満足できずに
窮屈さを感じていたんだなぁ。
何か問題がある、
悩みがある、
自分らしさって何だろう、
生きることに窮屈さを感じた時、
そこには必ず愛がある。
そんなことを今、実感しています。