2.レティシア散策
レティシア(コロンビア)とタバチンガ(ブラジル)の国境は、徒歩でテコテコ渡れます(笑)。
レティシアのセントロ(市内の中央部)は、その国境から歩いて20分くらい。おきまりのアナコンダなんて名前の一級ホテルがあって、その周辺に土産物屋さんがいくつかあります。
グランデ・オガワがお勧めする土産物屋は、ウィラプル。25年くらい前から知っています。昔はボロ家屋で、ヘラクレス・カブトムシ(おそらく亜種オキシデンタリス)なんか売ってましたが、改装してこぎれいになっとりました。頭毛がボアボア生えてくるという密林の秘薬エキスも売っています(欲しいヒトいますか・笑)。
ウィラプルの向かいにブラジル&ペルー・アマゾンにないカフェテラスがあって、コロンビア・コーヒーが飲めます。
タバチンガの国境の看板
レティシアの怪奇土産屋のウィラプル
コロンビアはコーヒーが美味い
1.イキトスから国境へ
早朝のイキトス。今年は異常気象でアマゾン河の水位がたいへん下がっていて、いつも出港するはずのプエルト・ウィキット波止場に高速ボートが入らなくて、プエルト・ナナイからの出発となりました。
大馬力船外機つきゴルフィーニョ号で約10時間。625kmほどの航行で三国国境のペルー側、サンタ・ローザ村に午後の3時ころ到着。ペルー出国手続きをして、木造船外機ボートでトロトロと対岸のブラジル領タバチンガへ。モトタクシーってバイク・タクシーに乗ってブラジル連邦警察署に行き入国手続き。
宿屋はローコストのコロンビア領レティシアのホテルを選びました。
レティシアの怪しいナイトクラブ。コロンビアは美人の産地。でも、ここには女の子はいませんでした(笑)
レティシアの道端の屋台で売っていた串焼き肉
晩メシは…… スーパーでトマト、それに焼き肉を買いました。缶ビールは、コロンビアのポーカー。ホテルで食いました。
三国国境の滞在は、数日間。コロンビア側は景気がいいように見えました。コカインかな?
生還しました!
ペルー・アマゾンのイキトス・アジトを脱出したのは、たしか2010年の9月5日でしたねぇ。
2010年グレート・ジャニーというお題目をつけたこの長期旅行のため本ブログを中断して、もう3か月以上が過ぎちゃいました。もちろんグランデ・オガワは生きております(笑)。
まあ一応、イキトス・アジトに戻ってきていますが、まだジャニー継続の感じで、いろいろな場所にちょこまか移動中でもあります。
まだ忙しくてグジャグジャですが、明日あたりからグレート・ジャニー2010の簡単なコース紹介を始めることにいたしましょう。各地で起こったいろいろなイベントは、いずれまた落ち着いたらブログに書きましょうね。
今日は、グレート・ジャニー2010で最高イベントとなった写真を1枚だけ載せます!
どぉ~だぁ……
パンタナルのピキリ川でオガワがミノールアーで激闘の末にゲットしたピンタード!全長124センチ、体重20キロありましたゼ。ひっひっひっ…… (2010年10月9日夕刻)
そうそう、2011年度のアマゾン・フィッシング・チーム隊員募集のページを新規アップロードしました。来年度は、シングー河、ピキリ川、ネグロ河の3河川に力を入れます。ぜひのご参加をお勧めいたします。
2011年度のアマゾン・フィッシング・チーム隊員募集
お知らせ
日本時間9月4日より、イキトス・アジトを脱出してブラジル&コロンビア国境方面に潜入いたします。2010年オガワ、グレート・ジャニーのイントロです。おそらく、12月の初旬ころまで長期の鳥獣虫魚探索・行脚になると思います。
実はですね……
9月中には、シングー河にも入る可能性があるんです。自身の作品であるインペリアルゼブラ、やっぱりダム建設、生息地の水没前に観ておきたいという願望が強すぎなんですよね(笑)。来年の8月には、『インペと泳ぐチーム』募集をやりたいし、そのロケハンでもあります。
今回のグレート・ジャニー2010の期間中、ブログの更新は難しいかも知れません。約3か月の休刊になりますので、ご了承ください。無事に戻ったら、バンバンと情報を載せます。ご期待ください!
行ってきます!
大酋長ラオニーの活躍
アウグスト・フスチェ博士の容態は日に日に悪くなっていきました。時の大統領だったジョゼ・サルネイも、ブラジル自然科学界の重要人物の容態を心配していました。そこに、ブラジルでもっとも高名なインディオ、カイポー族のラオニー酋長が、シングー国立公園から大統領に会見を求めました。用件は、フスチェ博士についてでした。
ありし日のフスチェ博士
大統領は、ラオニー酋長を首都ブラジリアに呼びました。ボロをまとい、頭に羽飾りをつけたラオニーは、汚いサンダル履きで大統領宮にずかずかと入りました。ちなみに、先代の大統領まで、ここはサンダル禁止でした(笑)。
大酋長は語りました。
『このあいだ、こんな夢を見た。大きな沼があった。その沼はカエルでいっぱいだった。その一匹は、あきらかにフスチェ博士だった。彼はカエルに変身したんだ。しかし、まだ救える可能性がある。沼からだせれば人間に戻れる』
サルネイ大統領本人、『私はインディオの神秘を信じる!』とジャーナリストに語っています。大統領はフスチェ博士に、アマゾンのインディオ呪術による治療をセッティングしました。シングー国立公園からのラオニー酋長とカマユラ族の高名なパジェであるサパインが、博士の呪術治療にリオ・デ・ジャネイロに乗り込みました。
インディオ治療の後のインタビュー(左からサパイン、フスチェ、ラオニー)
まず猛烈なタバコの煙りをつかって、博士のどこにカエルが潜んでいるか探しました。それから呪文の言葉、そしてシングー・インディオの秘薬アトラコンをつかっての儀式がおこなわれました。これに効果があったのか定かでありません(笑)。しかし、フスチェ博士は同年中に亡くなりました。
以上、ウソのようなお話しですが、グランデ・オガワの創作でない、ホントウの史実です。
アウグスト・フスチェ博士
ちょっとヤドクガエルからみのお話しです。
ブラジルの蘭とハチドリの世界的な権威に、アウグスト・フスチェ(Augusto Ruschi)博士という人物がいました。彼の肖像画は、1990年のブラジル500クルザードス・ノーヴォス紙幣に使用されています。
1985年に亡くなりましたが、死因は、ヤドクガエルによる中毒の後遺症でした。1975年、博士はブラジル北部のアマパ州セーハ・ド・ナヴィオで綺麗なカエルを見つけて手に取りました。もちろん生物学のエキスパートですから、猛毒のカエルに注意を怠りませんでした。ところが突然、上空を素晴らしい色彩のハチドリが横切ったのです。博士が始めて観るブラジル最大にして最美、ヒムネハチドリでした。我を忘れた博士は、思わずヤドクカエルを握りしめてしまいました。このお話しは、博士自身の口述記録です。
博士は、肝臓機能の95%を失いました。生前の博士は、こう語っています。「醤油を料理に使えないのが大変に寂しいよ。塩分摂取を医者から止められているからね。ときどき醤油をドバドバとかける夢を見るよ」 博士は大の日本食愛好家でもありました。
ヤドクガエルはCBものはドクがないって言われていますが、現地WCものは、ビンビン強烈に決まっています。前にグランデ・オガワが、『怖いからアジトでヤドクを飼ってない』とした理由は、この事故のお話しが裏になってます。サシミにショウユがないんじゃ、余りに味気ないですからね。

















