東南アジアのお米はとても美味しいなあ。日本米よりも粒が長くてパサパサとしていて香りが強いのが特徴ですね。
 香港へ旅すると、朝はお粥です。僕は豚肉とピータン入りのお粥を頼むことが多い。とても人気のある具なので、何処の麺粥屋のメニューにも載っています。日本でいえば鮭茶漬けみたいなものでしょうか。
 お粥がラーメンどんぶりに入って、運ばれてまいります。僕はテーブル脇の葱と冬菜の漬物を少しとり、ラーメンどんぶりの中をぐるぐるとかき回します。頃合のよくなったところをレンゲですくって一口含むと、ぷわあんと米の香りがいたします。ゴクリと呑み込むと、胸にじんわりと温かみが広がってゆきます。僕は目を瞑って上を向き、口を阿呆のように空けたまま「うまあい」と、ため息ともつかないセリフを洩らしているでしょう。
 冷えては損じるとばかりに我に返り、レンゲを下に向けてラーメンどんぶりの中を探ります。豚肉とピータンを選ったら葱と冬菜のところも一緒にすくって、こぼさないよう慎重にレンゲを運びます。今度は豚肉とピータンを前歯で丁寧に噛みくずしてゆきます。肉と卵は千切られながら塩気と旨みをお粥に放ちはじめるのです。うす出汁で煮込まれた米と、豚肉、ピータン、葱と冬菜が、渾然一体となると……ググッ、ズビっ、あ、鼻水出ちゃった。少し涙目にもなっています。そして胸のうちを満たしているものは……郷愁感です。
「本当は、オイラは香港生まれなんじゃなかろうか」
毎朝こんな調子で朝を迎えるわけですから、香港の旅は幸せです。東南アジアのお米のおかげですね。

 ショコラクロワッサンが好きです。カフェやパティスリーに行けば、僕はきっとショコラクロワッサンを買っている。カフェオレとショコラクロワッサン。朝食として、おやつとして、最強の組み合わせです。
 休日に街へ出かける。何を買おうと決めているわけではありません。となると、歩いてゆくのが気分ですね。車に乗れば便利ですが、街の中では小回りが利かない。地下鉄は乗ったり降りたり自由自在だし、バスに乗るのもなんだか得した気分になります。 
 あっちの店だの、こっちの店だの、出たり入ったり。ここかしこに興味は弾みます。そして2駅くらいの距離なら歩いてしまう。胸を張って、顎を引いて、お腹に力をいれると、足は前に出てゆきます。日本橋や銀座の街が好きですね。歩道が広くて、歩きやすいから。神田に神保町も素敵です。青山も好きですが、歩くより自転車に乗りたくなります。吉祥寺はちょっと混みすぎかなあ。人気抜群だけれども。
 あてどもなく文房具を探すのが楽しい。ボールペンや鉛筆とか、消しゴムとか、手帳なんかは沢山の選択肢があるために、いいものを見つけたら嬉しくなります。本もいいです。書店で立ち読みをパラパラとやって、面白そうな本を見つける。手に持ち帰るときの気分には、初めての人にこれから会うみたいな、ドキドキがあります。もしかしたら、出会いは世界を変えてしまうかもしれない。
 あれやこれやと寄り道しながら街を歩いていると、体が温まり、喉のほてりを感じます。小腹も空いてきたような。体は必然と一服を求めています。街の必然。さあ、カフェに向かって歩いてゆこう。
 銀座界隈なら、泰明小学校前のカフェ・オーバカナルを目指してゆく。ショコラクロワッサンとカフェオレを頼みます。お気に入りのテラスは路に向いているので、歩く人たちと視線が交錯する。街ならではの緊張感です。含羞には流行のサングラスを掛けてしまいましょう。
 ショコラクロワッサンをかじる。パンの外側は、はらりとして、硬くて、儚い感じがいたします。わりとあっさりした発酵バターの味わいが口に広がってゆく。大きめにかじると、はらりからしっとりまで、パン生地のグラデーションを味わえます。そして発酵した小麦粉の滋味を感じる。クロワッサンならここまでですが、僕が頼んだのはショコラクロワッサン。芯に棒一本のショコラが入っている。クロワッサンの味わいの中に控え目なショコラの甘みと香りが含まれているのです。
 ショコラの甘みを感じたらカフェオレを一口含みます。パンとショコラはカフェオレに溶け出してゆく。バターの層を重ね生地を丹念に伸ばすことで、薄くてパリパリになったパンの外側は、カフェオレのミルクにすんなりと溶けてゆきます。そしてショコラとコーヒーの相性は抜群です。バターで揚げられた生地、発酵した小麦粉、控え目なショコラ、泡だてられたミルク、そしてコーヒー。料理としてはとてもシンプルです。それゆえ、精緻な技と巧妙な選択が生きます。
 街には洒落た人々が行き来している。目があったりあわなかったり。感じたり感じなかったり。そしてカフェオレを一口含む。街の光景が移ろいでゆくなか、僕はテラスに座り、これからについて思いを馳せているのです。
 とりあえず、帰りに朝飯用ショコラクロワッサン買ってこ。