千光寺の御朱印(生駒郡) | 神社ぢからと寺ごころ

神社ぢからと寺ごころ

寺社を通じて教わった気づきを綴ってまいります。
頂いた御朱印も順次公開していきます。
磐座とか陰陽石を探すほうが多くなってきてましたが、最近では街中の小社ばかり回ってる気がします。

写真の比率は4対3が好きな尼津彦です。

皆様おはようございます。

どうも16対9だと構図をもて甘しすぎて撮りにくいんですよ。

でも、ここのお寺だけはワイド比率じゃないと、僕の適当写真では素晴らしさが表現できないと思いまして、16対9にしてみました。


趣のある山門


夫婦和合の石像

左の男性の大きな膨らみが気になりますが決して捲ってはいけませんよ。

 

不動明王と童子がたくさん


本堂方面の石段両側には役行者像がずらり


これらは奉納されたものだそうです。

おそらくこれだけの役行者像のあるお寺は他に思い当りません。

 

手水舎はほら貝から水が出てました。


観音堂


巨大な数珠が垂れ下がっておりました。


弁財天


弁財天社


十三石塔


さらに役行者像の石段は続きます。


大師堂


鉄下駄


鉄下駄と鉄杖


行者堂

ここで修行されていた役行者の身を案じた母(白専女)は、従者と鳴川の里に登り、共に修行しました。

 

ある日、役行者が遠見ケ嶽に登り南の方を観ると、多くの山々の中に金色に輝く山を見て霊威を感じ、母を鳴川に残し、前鬼後鬼を従えて二上山、葛木山、金剛山、友ケ島を経て熊野、そして大峯山の山頂である山上ケ嶽に登り、修行根本道場と定められました。

 

そのため、役行者大峯山を開く以前に修行したところから、元の山上と呼び、母は鳴川の里に残り修行を続けられたとから、女人禁制の吉野大峯に対し女性の修行も受け入れたため、女人山上とも呼ばれるようになりました。

 

 

庫裡にて御朱印と行場への立ち入り許可をいただきました。

 

観世音菩薩の御朱印



役行者霊蹟の御朱印

 

表行場は以前、足を滑らせて亡くなった方もあり、現在倒木などで荒れているため、行者堂裏の裏行場は時間もかからずすぐ行けるとの勧めに従い、裏行場を目指しすことにしました。

 

この裏行場は行く前は正直なめてましたよ。

 

つづく。