さて、いよいよ天岩戸のお話です。
先に言っておきますと、天岩戸がいったい何なのかという結論には達しておりません。
天岩戸単体で考えると、いつも言ってますように墓、殯、死を待つ場所といったものと考えておりますが、今回のテーマから考えると、結びつけにくいのです。
もちろん、よく言われるように日蝕であったり、混乱の比喩といった説もありますが、やはり天照大御神を実在した人物と位置づけたいという根本がありますので、悩みどころです。
そんなわけで、天岩戸については現時点では納得のいく答えが出てませんので、そこはさらっと流します。
では、本日の尼津彦ワールドは岩戸隠れから始めます。
スサノオ率いる集団の引き起こした緊張と混乱のなかでアマテラスが岩戸にこもる様子は、特定の宗教的・技術的権威(祭祀権益)を握る集団が求心力を失い、国家的な祭祀機能が一時的に麻痺した混乱の記憶を反映していると解釈できます。
当時の社会において、青銅器は呪術的な権威を示すとともに、高度な鋳造技術を要する最先端の工業製品でした。
儀礼のために作り上げた八咫鏡に代表される青銅器は、大陸から伝わった技術を咀嚼し、日本列島内で磨き上げられた極めて精緻な金属加工技術の到達点です。
機織りなどの繊細な文様表現を支えた造形コントロールのノウハウが、鋳型づくりなどの金属工芸技術へ応用されていく過程は、当時の職能集団の間で確実に起きていた技術の深化とネットワークの成熟を物語っています。
天安河原に集まった神々のやっていることが、実は青銅器の鋳造プロセスそのものではないかと考えると、うまく一致します。
その具体的な対応関係を整理してみますね。
『天の安河の天の金山の鐵を取りて』
岩戸開きの準備として、材料となる金属を採取・調達する場面ですが、青銅器の原料となる金属資源(銅鉱石や鉛、あるいは錫など)の採掘です。
『鏡作遠弥乎に鏡を作らせる』
鏡作りの神に、八咫鏡の原型となるものを造らせる場面ですが、精密な鋳型の彫刻や、文様をコントロールする高度な造形技術を指します。
『玉祖命に五百つ御統の玉を作らせる』
長い紐に多くの勾玉を通した装飾品(玉)を大量に作らせるということですが、これも、鏡と並ぶ呪具である管玉や勾玉の製造をさします。
青銅器の鋳造現場では、鏡や剣だけでなく、セットで用いられる首飾りなどのガラス細工や石製品の加工も行われていました。
『天の香山の牡鹿の肩を椎の葉に取って占いをし、天の安河の真さく手を抜いて』
鹿の肩甲骨を焼いて吉凶を占うということですが、火種を得るための原始的な道具の準備であるという説もあります。
鉱石を溶かすための炉の温度管理と、失敗が許されない厳格な儀礼が伴います。
燃料の確保や、火おこし・送風のための管の調整など、炎をコントロールする科学的・技術的な準備そのものを表していると言えます。
『榊に鏡や玉を掛け、アメノウズメが踊る』
苦労の末に作り上げた最高峰の工業製品が完成し、それを神聖な祭場に奉納して、技術者集団と共同体全体の成功を称え合う完成記念式典の光景ととれますし、はたまた楽器を打ち鳴らす様は、さながら金属製品を大勢で加工している様子ともとれます。
登場人物たちがそれぞれの専門職の役割分担を象徴していると考えれば、古代社会における技術者ギルドの組織図がそのまま神話のなかに保存されていた、とも解釈できそうですね。
これらの最高峰の技術を完成させたアマテラス側が巻き返して、スサノオの追放となるわけですが、これは権力闘争における主流派と異端勢力の決裂、および政治的敗者の強制的な排除を意味しています。
この後、追放されたスサノオの物語になりますが、今日はここまでとします。
次回はヤマタノオロチの登場ですが、青銅器から鉄器への移り変わりとして読み解いていきます。