『ナビゲイター』
あなたの笑顔が好きだ。
あなたが微笑んでくれるなら、どんなことでもしたい。
あなたが微笑んでくれるなら、どんな嘘だってつける。
2F アルバムリスト「sweet,bitter sweet YUMING BALLAD BEST」
または
3F ソングリスト「な」の項目から
- 松任谷由実, 松任谷正隆
- 遠い旅路
出迎えるキッチン
私の住まいは、大げさに言うなら、ただいまとドアを開けるとすぐベランダになってしまうような、小さな古いアパートの一室。ただ、睡眠のために帰ってくる部屋。横になって眠れるだけの場所があれば充分だ。誰も待つ者はなく、誰かを待つわけでもない。夜明けとともに起床し、仕事に出て、日付が変わる数時間前に戻ってくる。月、火、水、木、金、5つ曜日を数えたら、土曜日曜はこの地で何をするでもなくぼんやりと過ごす。
ある日の朝焼けに感動し、今度の休みには早起きしてこの浜辺を歩こう、などと思う予定は未定、決定にあらず、時には、土曜日も仕事をし、或いは日曜日に出勤し、完全に休みだとしても、散歩どころか、ただ部屋に転がって眠りをむさぼっているような体たらく。この部屋は、ただの寝倉。名実ともにぴったりだ。
いつものように、寝倉へ戻ってきたある晩、いつもの習慣で、キッチンで手を洗おうとしていたときだった。
何か、音というか、声というか、歌のようなものが聞こえるような聞こえないような、かすかに耳に響いた。気がした。気のせいだな。手を洗い、カーテンを閉めた。
私は家では夕食をほとんどとらなくなってしまったので、食事のしたくはしない。山登りの果ての帰宅だから、水分だけはとりつつ、手足を伸ばして一日を終える準備を始めるようにしている。
冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出すべく、キッチンへ戻った。さっき持ってきておけばよかった。失敗。
大した距離でもないくせに、何か損したような無駄に費やしたような気になってみたりしている自分が、ケチくさい。冷蔵庫のドアに手をかけようとしたとき、何かが、また、聞こえたような気がした。
あれ?さっきの?音?声?
声、だ。歌ってるのか、喋ってるのか、小さな、声、だ。まちがいない。喋ってるんだ。でも、どこから?
隣に誰か客人でもあったのかな。
隣から、話し声やテレビやラジオの音が聞こえたことは今まで1年に1、2回あるかないかだ。暮らしていないのではと思うほど、聞こえてこない。私など、大音量でステレオをかけたり、真夜中に洗濯したりいろいろしているけど。でも、冷暖房の室外機の音は、ベランダへ出れば聞こえるときもあるし、住んでいることは確からしい。
冷蔵庫から、ビールとペリエを取り出し、歩きながらテーブルの上に置き、一度閉めたカーテンを開けて隣の様子をうかがってみた。今は6月で、今日はいい陽気だから、エアコンも冷暖房の室外機のモーター音は響いてこない。窓を開いてみよう。このあたりは、潮風のせいか、草むしりでもしなければ蚊に刺されることはないので、夏の夜でもためらわずに窓を開けることができる。アパートの隣の家のご主人が庭に出て、秋の品評会のための菊の支度をこんな時間までしている。蚊に刺されてるだろうか?いや、それよりも、我が家の隣室だ。部屋から漏れる明かりの様子はうかがえない。ということは、留守だ。
窓を閉め、カーテンを勢いよく音を立てて閉じる。
さて、それなら、先ほどから聞こえているあの小さな声は何者が発しているんだろう。
このような場合、人によっては、霊の仕業と考え、言いようのない恐怖の紙風船にすっぽり包まれてしまうのかもしれないが、私は違った。いえ、私だって、それらのどんとこい超常現象を恐れたり或いは畏怖したりという気持ちや感情は、人並みの3分の1弱くらいは持ち合わせてはいる。がしかし、大概そのような状況にめぐり合わせないし、もしやめぐり合っていても鈍感なために自覚していなかったり、或いはまた、めぐりあって恐怖におののいたくせに、時の流れとともにすっかり忘れてしまっているのかもしれない。いずれにせよ、今回の、この小さな声は、恐怖、という類の感情を喚起させない。それどころか、どこか、かわいらしい、楽しそうな印象を受ける。何かうれしいこと、楽しいことをぺちゃくちゃおしゃべりしてる女の子たち、という感じだ。
どこから、その声がしてくるのか、私は確かめようと思った。
キッチンのどこか、だ。
シンクまわり、冷蔵庫、食器棚、テーブル、行ったりきたり、居間に置いたビールがぬるくなってしまうのも忘れてしばらくあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、その声の出所を探した。
今ひとつ杳としてはっきりはしないものの、なんとなく、換気扇のあたりでそのしゃべり声はしているようだった。換気扇からなのか、換気扇へ消えていくのか、両方なのか、そんなように感じられた。
とりあえず、その声の場所がわかったので、ひとつ溜飲を下げ、一休みすることにした。出しっぱなしのぬるいビールと発砲水をもう一度冷蔵庫に戻し、別のキリリと冷えた方の缶とボトルを取り出しながら、また、換気扇でのおしゃべりは続いていた。なにかほほえましい気がして、そっとしておこう、と静かに冷蔵庫を閉めた。
翌日、いつものように出かけ、いつものように帰宅した。昨夜のおしゃべりさんたちのことは、朝起きたときにはすっかり忘れていた。いつものようにドアを開け、手を洗い・・・・・・、そのとき、思い出した。というより、聞こえてきた。昨日と同じだ。同じような音量の、同じような音質の、同じような話し声。ふーん。なんだろう。もしかして、何か私に用事があるのかな?うーん、でも、なんだか、この感じではそういうことでもなさそうだ。ただ、おしゃべりする待ち合わせ場所にしてるのかな、ここを。
昨日同様、怖くも不快でもないので、そのままにして、お茶を飲み、シャワーを浴び、眠ってしまった。
このおしゃべりさんたちは、それから、数日、私の帰りを出迎えるように、換気扇のあたりをサロンとして毎晩私が眠るまで飽きることなく何かを語り合っていたようだ。私は特別に気にもとめていなかったので、それが何日くらい続いたか、わからない。せいぜい、長くても1週間くらいだっただろう。そのうちに、ある晩帰ると、その声がしないことに気づいた。
あれ?今日は?聞こえない?
まあ、いいか。
私は少し心を砕いていることがあって、そちらの方がどうしても優先されてしまい、他のことは、あまり頓着できないでいたからだ。実態のわからない声のことで、いろいろ考えたりする余裕がなかったのだ。
数週間が経った。いろいろなことに少しずつ進展があり、様々なことを考える余裕がでてきた。
私は、あの声のことを思い出した。あれは、確かにどこかで聞いたような、懐かしいような、決して不快でない、どちらかというと好感のもてる声だった。
そして思い当たった。
あれは、私の死んだ妹の声だ。私に話しかけていたんだ。妹が生きていた頃は、家でもちゃんと夕食をとっていた。彼女は私が食事の支度をするのをみながら自分のベッドから背中越しによく私に話しかけたりしていた。
あれは、妹の声だ。確かにそうだ。何のために?いったいなぜ?彼女は私を許すはずないのに。少なくとも私は許されるとは思っていない。それなのになぜ、暖かい、懐かしい、愛しい、後押しするような、あのお喋りで、毎日私を迎えてくれたの?おかえりなさい、と言うように、私が帰宅して真っ先に手を洗うあの場所に待っていてくれたの?
どうしてなのか、わからない。でも、なんだか、それでいいんだよって、微笑まれたような気がした。許すとか許されないとか、そんなこと誰もこだわってないのに、私一人でそれにしがみつくように、ひとりの孤独から出ようとしないでいるだけじゃない、もうそろそろ、その考え、やめてもいいんじゃない?、といわれているような気がした。一番大切にしたかった、一番許して欲しかった、今はもういないその存在に。
それは、私が14歳の時、夏休みの美術室で授かった生命、妹は、私の実の娘だった。
許されて後押しなどされるはずはあり得べくもない。これは警告だ。警告なんだ。私一人、新しい仕合せを脳天気に手に入れようなどと滅相もない考えだという、妹からの、娘からの警告なんだ。
私は結婚しようと思ったことはないし、これからもするつもりはない。
また、いつの日か、ドアを開け、手を洗ったとき、あのお喋りが聞こえたら、それがしあわせというものなんだ。
das gemeine
ンダスケ、マイネ
2005-06-22 20:27:45
弓手と馬手
そばにいたかった。いつも一緒にいたかった。ずっと一緒にいられると思ってた。
剣さんの『レコード』 じゃないけど、ほんとに、そう信じていた。どちらからも離れていくことはないんだって。これは恋ではないのに。
なぜ、そんな風に思い込むことができたのかわからない。
いま、その思いが揺らいできて、そして、初めて、その思いは勝手な思い込みまたは勘違いだったのではという疑念にようやくたどり着いた。
朝起きたら誰よりも先におはようの挨拶を交わした。
お昼は何を食べるか考えて、話して、一緒に食べられないときもなるべく同じものを食べようとした。
一日の終わりにはお疲れ様とねぎらい合った。
できるだけ一緒にお風呂に入るようにしてた。
夜は毎日おしゃべりしながら手をつないで眠りについた。
休みの日には同じテレビ番組を見ながら、また、おしゃべりした。
本の話、映画の話、音楽の話、たくさんのこと、飽きもせず、毎日おしゃべりした。
今までのこと、これからのこと、たくさんのこと、たくさんのことを、飽きるはずもなく、毎日おしゃべりした。
あの日までは。
偶然。
この幸せな生活が始まったのは6月7日だった。
年こそ変われ、あの日、同じ6月7日にもしかしたら、点滅を始めたのかもしれない危険信号。これは恋ではないというのに。
無視して渡ってしまったんだろうか。
誰が?
私が?
ふたりが?
ここへ来てくれる?
思い出して、ここまで、迎えにきてくれる?
それとも私の留守の間に私の部屋の様子をみて、そして、決めちゃったの?
だから、ひとりで、行こうとしてるの?
一緒に行こうって、約束したのに。
一緒に行こうって、あんなに約束したのに。
自分から手を解くことはないからって約束してくれたその指を、私が振り払ったってことなの?
あなたの馬手を離してしまったのかもしれないのは、私の弓手なの?
- クレイジーケンバンド
- BROWN METALLIC
私があなたにグッときたのは
と言っても、別にラブレターを書くのではございません。
鼻濁音の話です。
東京地方では、ガ行の音が主格助詞として或いは複合語の連濁が起こった場合、たとえば「が」の時は、それが「ga」でなく「
a」となるものです。英語で発音するところの、「ring」「sing」のような「んぐ」「ンぐ」「nグ」みたいに舌根を呼気直前ぎりぎりまで口蓋につけておいてそれから「g」音を出す、剣さんの「ィヨコハマ」ではありませんが、発声の頭に、ちっちゃく「ん」が入るような感じです。まあ、現代ではそのように発音するのは、芝の生まれで神田の育ち、明神下の爺さん婆さんでもあまりいないかもしれません。実際、そのように発音しているの、私くらいなもんじゃない?この界隈では。というよりむしろ、「鼻濁音」という言葉自体が、せいぜい放送業界の一般教養的な過去の知識になりつつあるのではという気さえします。
鼻濁音。
私は好きなんですねえ。たとえば、
「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、
これを私が音読するならば、ガ行の音は、
「世が」→鼻濁音
「寛げ(くつろげ)て」→鼻濁音
「天職が」→鼻濁音
「画家」→濁音
「使命が」→鼻濁音
となり、ガ行の音の五分の四、即ち8割は鼻濁音になるのでございます。どうです、皆様はおそらく100%濁音でございましょう。とは申せ、別に威張っているわけではございません。
でも、言葉は書くものであることと同時に聞くものでもあると考えるわけです。ある特定の言葉に美しさを感じることは誰にでもあると思います。たとえばそうですねぇ、「泡雪」「朧月」「小夜時雨」など、いかがでしょうか。何も感じない?それは大変失礼申し上げました。ですが、ま、何かしら、個人個人で、好きな言葉というのはひとつや二つ、あるのではないかと思うんです。それが、文字面或いは字画等視覚的にお好みな方もいらっしゃるでしょうが、音韻的に好きだ、という方も少なくないと思うんですよね。少なくとも私はそこに該当するわけですよ。
件の一文を読み聞くとき、五つのガ行の音が、全て「ga」であったら、少々流れが澱むような印象を受けるのです。
「智(ち)に働けば
で始まるこの名作が文字通り無理やりに流されていくような印象になってしまうわけです。
鼻濁音と濁音を使い分けることは、朗読や会話の強弱を、減り張りをつけることだと思うのです。普段の会話の中でも、「怪我をしたのは、それが、投げられたためです」などといった場合は、「それが」の「が」を強めて話したりしませんか?「それ」を強調するためですよね?「怪我」「投げ」のガ行の音には、さほどの強勢をおきませんよね。そう、それこそが、音韻としての言葉なのでございますよ。
おそらく、現代では、日本語におけるほとんど全てのガ行鼻濁音は消滅してしまったのではなかろうかと思います。そもそも基準的に扱われる日本語は西の地域から発展流布してきている部分もあるようですので、5~60年ほど前には東京あたりにまで残っており、東京地方の発音、と定義されるところもあったのでしょう。東京以東の地域の方言には、まだ鼻濁音が多少なりともあるのではないかと桜桃忌にて若干は感じましたが、いずれにせよ、私は時代遅れの発音にしがみついて、その音韻の高低強弱を美しいと感じるような、ある意味閉鎖的保守的な人間かもしれませんね。
私があるときフォークソングの「風」という二人組の『海岸通』という歌について記そうとしていたのは、実はこの鼻濁音と発声のことだったのですが、今となっては昔、少々時機を逸してしまったので、また、仕切りなおして気が向いたら、何か、記録しておこうかと思います。
どうぞ気が向いたかたは、『草枕』の出だしを、鼻濁音を取り入れて音読してごらんなさい。濁音ばかりの時より、存外発音しやすくってよ。でも、たとえそうでなくともワタクシは責任は取れませんので悪しからず。
補足:
外国語、名詞複合の度合いの緊密でないもの(意識的なものも含む)、同音反復の擬態、擬声語、数詞などは東京言葉でも鼻濁音にならない場合もあります。
例:わたしがグッときたのはあなたのガッツィなはつげんなんです。





